| ∇魔法少女さゆりん∇ Words by Kensuke マジカルW/『さゆりん、悲しいお話』 『かつて、人間界と魔界の丁度中心で忌々しく恐怖に満ちた争いが勃発した。 互いに傷つけあい、憎み合い、殺戮を繰り返した人間と悪魔たち。 誰が望んだ争いでもなかったこの戦いにより、数千の生命が失われてしまう。 やがて幾年月が過ぎ和解を遂げた両者であったが、 人間側が悪魔側に捧げた秘宝の中にはかつて悪魔を戦争で虐殺した物も多数あり 両者はその秘宝をそれぞれのしきたりに則り浄化することにした。 だが・・・悪魔側の一部の道化師が僅かの秘宝にのみ細工をし、それが発覚。 主犯格と目された魔女一族は粛清の波に飲まれることになる。 だが・・・ 生き残った魔女の子はその秘宝を人間界へと繋がる唯一の泉に投げ入れた。 そして・・・現代。その秘宝の一部は数百年の時の流れと共に 一人の人間の元へと辿り着いたのだった。 これはその秘宝の力を導き出し人々の平和、己の正義の為に使う 一人の勇敢な少女の物語である その秘宝にはどんな力が込められていたのだろう? 『魔法少女さゆりんC』 春が終わる。短くて儚い春の時間が。 春という生命のみなぎりの季節が、また私たちから過ぎ去っていく。 夢か幻か、桜が咲き、舞い、そして散る短い日々。 桜に想いを似せて桜の持つ多種多様な魅力を味わう。 窓を開けてその木の枝に触れれば鼓動が聞えてきそう。 透き通った桜の花びらがふわりと私の額へと舞い降りてくる。 そうしてまた私は何回目かの春に別れを告げることを意識する。 この春が過ぎれば辛い夏が来るから・・・。 看護婦という仕事の合間に私は彼女の病室へと足を運ばせる。 思えばもう何年同じことを繰り返しているんだろう? 初めて彼女がやって来たのは私の娘と同じ年の時だった。 その出会いから現在まで私と彼女は互いに面識を持たないまま。 彼女を一方的に見知っている私と私を見たことも無い彼女。 出会ったときから彼女の意識は別の世界のものだった。 何度桜が散り、蝉が死に、紅葉が枯れ、雪が降り積もったことだろう? その全てを彼女は見ていない。感じることもできなかった。 そう、彼女はいつも優しい寝顔のまま別の世界に出かけている。 こうして私は昨日と同じことを思いながらこの子の傍に居る。 与えられた時間の許す限り私はこの子の傍を離れない。 担当からは既にはずされているけれど、この子の傍にいたいから。 悲しくて切なくて儚いこの子の境遇を思うと、私は涙も枯れ果てた。 多分最初で最後だろう。誰かのために泣き腫らしたのは。 同じ年の娘を持つ親として、同じ女として、彼女が眠っている間に失い続けたものを 私は代わりに拾い集め保管している。それもほんの一部だが。 多分起きることの無い彼女の将来を考えると、私は無心になることができた。 また、大きな悲しみが波のように私の心を濡らした。 少女に与えられた時間は一体どのくらいなんだろう? 私は少女の本当の眠りの理由を未だに知らない。 理由を知れば気持ちが落ち着くかもしれない。 逆に、今以上に落ち着かなくなるかもしれない。 でも、彼女はその理由を覚えているのか? 自分に何年もの空白を与えた忌々しい過去の出来事を、思い出すのか? たとえ意識が戻ったとしても、そのトラウマは計り知れない。 意識が戻れば以前のように元通りになるわけでもない。 もう、時間は彼女を取り残し取り返しがつかないほどの距離を保って進んでいる。 取り残され、立ち尽くしている少女を誰が先導する? 誰が一緒に残りの長い時間を過ごしてくれる? もう少女に残されたものはない。悲しいが、それが真実だった。 「キーンコーンカーンコーン」 昼食の時間を告げるチャイムが校内にいる生徒の耳に流れ込んだ。 ごそごそと鞄の中から昼食を取り出す者、購買部に駆け出すもの、 学生食堂に何人かで連れ添って繰り出すものなど様々な生徒たちの風景。 その中で倉田佐祐理はぼんやりと浮かない表情を浮かべながら机にひじを突いて 頬に手を置いて支え考え事をしている。 佐祐理の親友舞はいつもどおりの待ち合わせ場所で佐祐理の到着を待つ。 特に持参しているものも無く、突っ立った状態で窓の外を見ている。 晴れ渡った青空には雲ひとつない。舞は自分自身と重ねることのできない空を睨んだ。 やがて5分が経過しても佐祐理が来ないことを気にし始める舞。 同じクラスならクラスで佐祐理と来ればいいと思うだろうが、 舞はあのクラスにいたくない。だからゆっくりと教室で佐祐理と話すこともできない。 今から戻るには舞には苦痛になることが多すぎた。 しょうがなくその場を跡にしようとすると、廊下を走りながら佐祐理がやって来た。 「ご、ごめんね舞。考え事してたらつい時間のこと忘れちゃって」 「大丈夫」 二人はいつもどおりに憩いの場所へと向かう。 昼食時間には人気が無く誰も来ないような場所。 最初にそこを見つけたのは舞だった。 佐祐理は舞と教室で食べようと思っていたが舞はそれを予測して 予め場所を用意していた。佐祐理は戸惑った。 そんなところで食べることもないだろう、正直驚愕した。 だが、だんだんと時間が経つにつれ慣れが生じ、今では好きな場所になっている。 佐祐理は持参した大きなお弁当箱を舞の前に出して包みを取る。 すると目の前には大きなハコが3つ出てきた。 そのハコの中身が気になるのか、舞はジット見つめている。 「・・・さゆり」 「はーい。それじゃ開けようか」 1つめのハコを開けると、その中にはプラスチックの容器がさらに5つほど入っていた。 「えっと、今日は厚揚げオクラの甘みそ味でしょ、貝割れ菜とカニスティックのおひたし風 ほたてとコーンのチーズ焼きでしょ・・・」 佐祐理は次々に中身を開けてはその料理の説明を開始する。 舞は黙って耳を傾けていたが、やがて呟いた。 「・・・梅じそかまぼこ・・・」 舞が口にしたその名前を聞いた佐祐理はすぐに該当のおかずを舞に渡した。 「青じそや梅を挟んだりするのがチョット面倒なんだけど、舞が好きだから作ってきたの」 「・・・え、好き?」 突然舞は驚いた表情でそう呟いた。自分に言い聞かすかのような口調で。 「?舞は梅じそかまぼこって好きだったでしょ?」 「・・・うん」 舞は納得のいかない表情に変わったがすぐにもとの表情に戻りそのかまぼこを口にした。 顔に似合わず舞は結構な量を胃に運んでいく。 佐祐理もパクパクとマイペースに弁当を食べている。 これがいつもの昼食風景だ。 職員室でも教諭同士仲良く昼食をとる風景がある。 だが、この二人は例外だが。 「おい、それは俺のから揚げだ」 「なんじゃ、文句があるならワシのから揚げを食べればよかったじゃろ」 「食ってから言うな」 「おおー倉田家秘伝のだしが効いておるのー」 「話をそらすな」 「ん?なんか言ったか。怖い顔しおって、食の味が落ちるじゃろうが」 グダグダと喧嘩しながらも弁当を食べている安田と往人。 一番迷惑しているのはもちろん臨席の教師だが。 「ホーラ国崎くん、おにぎりお裾分けー」 「お、どうも」 往人は風貌が女性教師に多少人気があり、昼食時にはおかずを貰ったりした。 そのほとんどの女性教師が往人にペットの犬のような扱いをしているのだが。 当の本人は気づいてはいない。 ふと、安田は往人の箸が止まっていることを確認しておかずを奪う。 だが、往人は気づいていない。 「どうしたんじゃ?何か考え事かね?」 「あ、ああ。なんでもない」 丁度桜が満開になったころから往人は今のように考え事をするようになった。 ぽけーっとした表情で窓から覗く桜の木を眺めている。 その桜の木にはもう花はついていない。枯れ落ちた後だった。 「いよいよ今年の春も終わりじゃなぁ。花見もろくにできんかったのう」 「そうだな」 二人は黙って自分の弁当を片付け始めた。 ・・・・・・ 何処か知らない場所に往人は立っていた。 周りを見渡すが殺風景な印象しか残らない。 ・・・少女は鯛焼きを美味しそうに食べていた。 その表情の偽りの無い眩しさに往人は自然と惹きつけられ足を運んだ。 往人が近づくことも視界に入っていないような感じで 黙々と熱々の鯛焼きを平らげていく少女。 「うまそうだな。一つくれ」 往人の口から突然そんな言葉が出た。 唐突すぎるその言葉に、少女は怪訝な顔で往人を見上げる。 「どうしてボクが知らない人に鯛焼きをプレゼントしなきゃいけないのー?」 「生意気なガキだな。さっさとよこせ」 何故だかそのときの往人は理性を失い彼女から鯛焼きを奪おうとしてしまった。 しかし、彼女が必死に死守する姿と一緒に、少女に走り寄る少年の姿も見えた。 その少年は慌てて少女の手を握り引き寄せ往人から逃げ去った。 往人の手に残った何切れかの鯛焼きをぼんやりと眺めた後、 味も考えることもなく無心に口の中に入れた。 それが彼女との初めて出会った夢だ。 学校からの帰り道、佐祐理は商店街へ舞と来ていた。 特に用事があったわけではない。ただ、確かめたかったから。 ここ最近、毎晩のように見る夢が佐祐理の悩みの種だった。 とくに悪夢とかそういう類ではないのだが まったく見知らぬ少女が出てきて佐祐理と遊んでいるから不思議なのだ。 昨晩のあの夢に出てきた舞台、そうこの街に似たあの風景の存在を。 現実に存在している場所なら自分と何らかの接点があるということだ。 もしかすると、誰かが佐祐理に呼びかけているのかもしれないから。 佐祐理と舞は人ごみの進む方向とは逆をゆっくりと歩いていった。 やがて、その目に入った一つの風景。 鯛焼き屋の屋台がそこにはあった。夢と同じような場所に。 「いらっしゃい」 「え・・・あ、どうも」 鯛焼き屋の主人はずっと自分を見ている佐祐理たちに声を掛けてきた。 どうやら一般客に写って見えたのだろう。 「うちの鯛焼きはこの街で一番だよー」 「そうなんですかぁ?じゃあ、4つください」 「あいよ!」 佐祐理は流れに身を任せてみようと思っていた。 そう、昨晩の夢の世界で自分がしたことをそのまま現実でもやってみる。 出てきた鯛焼きが入った袋を主人から受け取りお金を払いその場を去る。 舞は不思議そうな顔で佐祐理を横目で眺めている 少しの間無言になる二人はそのままの状態で近くのベンチに腰を落ち着けた。 「ホラ舞。暖かいうちに食べよう」 「・・・うん」 佐祐理は舞に1つ鯛焼きを渡した。 舞は暖かいその鯛焼きの温度を珍しいものを触ったような表情で感じている。 「・・・暖かい」 佐祐理は今朝からずっと一つのことを考えている。 夢に出てきた見ず知らずの登場人物。 赤いカチューシャの少女・・・。 やがて舞のほうが先に鯛焼きを食べ終わり立ち上がった。 「どうしたの舞?」 「・・・さゆり、朝から様子ヘン」 佐祐理のことを一番気にかけていた舞が喉に引っかかっていたものが取れたような そんな感じの口調で言った。 佐祐理は舞に隠し事をしたくはない。だから素直に話すことにした。 佐祐理の説明の後、舞は佐祐理に向かい言った。 「その夢なら・・・私も見た」 「え、舞もなの?」 「うん。私は3日前から毎晩見てる・・・」 自分と同じ夢を見ている舞に驚いた佐祐理。 やはりこれは唯の夢ではない。そうだ、そうなんだ。 舞は冷静に自分の見ていた夢の話を打ち明けた。 聞けば聞くほどそれは佐祐理の見る夢と酷似していた。 佐祐理も舞もその時点であまりいい気持ちはしない。 よりにもよって・・・あんなにも悲しく切ない夢を見てしまっているのだから。 往人、佐祐理、舞の3人がここ数日眠りの後に必ず見る夢。 その夢には小学生くらいの少女が出てくる。 夢の世界は冬。雪が積もるその街並みに懐かしさを覚えた。 自分もきっと昔に同じ風景を現実で見た。そう佐祐理は感じた。 少女は元気の良い笑顔で佐祐理たちといろいろな会話をする。 学校のこと、友達のこと、家族のことなど。 だが、最終的に夢の終わりには必ず少女の悲しい顔がインサートされる。 それは雪の時期・・・悲しくも淡く綺麗な夢だった・・・。 4月も残り10日をきった頃。倉田家に衝撃が走った。 「な・・・なにーーー!!佐祐理が、骨折ー!!!」 「落ち着いてください旦那様っ。事実確認を行っていない現状では的確な判断は・・・」 「うるさいだまれ!佐祐理の苦痛に満ちた顔を想像すると・・・なんと哀れな」 ある日の体育の授業で、佐祐理は両手を骨折し救急車で県内の病院に運ばれた。 骨折の具合は軽くなかったが、佐祐理は心配させないよう笑っていた。 青ざめた倉田家の当主は安田の制止も聞かずに佐祐理の病室に向かった。 ただ、母親のほうは予想外に冷静な対応をした。 「あんたは娘の看病に行かないのか?」 「あらやだ、私まで行ったら佐祐理を心配させてしまうじゃない。 それに、佐祐理には友達が着いていてくれてるから」 「そこで何故俺の目を見る?俺は友達とか・・・」 佐祐理ママの殺気を帯びたその眼光に言葉を失う往人。 「わ、分かった。俺も行こう」 「そうしてちょうだ」 ある意味強引に佐祐理の見舞いに行くことになった往人。 心底はいそうですか、などと思えるわけも無く (そんな切り替えの良い男でもないが) 渋々最後尾を歩き始めた。 この街にやって来た記憶が未だに無い。 どうやって俺はこの街にたどり着けたんだろう。 いや、むしろ俺は何処からやって来たんだ? 自分の来た道を振り返ることもできずに俺は今ある現状に着いていく。 素直な気持ちではない。素直に言うことだけは聞く。 そうしないと生きていけそうにないからな・・・。 往人はぼんやりと今日までの出来事を振り返っていた。 歩いて来れる距離だと知って少し安心した往人は大きな溜息を吐いた。 安田は当の昔に佐祐理の病室に駆け込んでいるから ここにいるのは騒ぎに乗り遅れた者たちばかり。 対して危機感を感じ取れない往人はだらりと腕を伸ばして病院のロビーに設置してある ソファーに腰掛けた。残ったメンバーの舞も往人の隣に腰掛けた。 院内はとても静かで人の気配もさほど感じられない。 余りに物静かなため、人が居ないのかとも錯覚しそうだな、と往人は感想を持った。 安田から渡された時計を見ると長い針は2時丁度で止まっていた。 時計のコンビであるもう一本の短い針が長い針を探し回るかのように カチカチカチと一周、二週と回転している。 その休みの無い動きに機械的な感覚を抱き往人は時計をズボンのポケットに仕舞いこんだ。 「いやはや、まったくもって安心しましたぞー」 少し時間が経ち、待ちくたびれた往人と舞に安田がそう声を掛けた。 「どこから現れた?そっちに戸はないはずだが・・・」 安田の登場シーンに神経質になる往人。 「まあ、それよりもだ。ワシは一通りの面会を済ませたから二人も会ってきたらどうだ?」 「そうだな。舞から先に会いに行け」 「・・・なぜ?」 舞は往人の提案に耳だけ傾けてそう問う。 「まずは親友のお前が会って来て安心させる方がいいだろ」 「・・・うん、行って来る」 舞は往人の意図が掴めたのか、納得した面持ちで佐祐理の待つ2階へと駆けて行った。 「それではワシは使用人を連れて帰るからの。あとは舞とキミだけじゃ。 くれぐれも変態衝動だけには駆られるんじゃないぞ」 安田がニコニコしてそう往人の耳元で囁いた。 「5秒以内に俺の視界から失せろ」 その後ソファーに腰掛けてから30分くらいボーッとしていると 自然と眠気に襲われ始めた往人は、ここで眠れば負けだと自分を励ましていた。 それに往人はじっとしている性質でもなかった。今更自分でもそれに気づいたらしい。 だから一先ずどうでもいいイベントを手短に終わらせることにした。 2階への階段は眠いモードの往人には心臓破りの坂よりも手強く思える。 そういえばエレベーターを見かけたことを階段の途中で思い出すが今から降りるのも 時間の無駄だなと納得して再び一段一段慎重に上って行った。 2階に辿り付く事ができた往人だったが、病室が分からない。 安田の話だと東側の病棟の何処からしいが、その東が何処か分からない。 生憎、自慢の方位磁石も倉田家に置き忘れてきた。 だからと言って、そこらに居る看護婦に尋ねるのも往人にはめんどくさく思える。 だから適当にそこらを歩き回ることにした。 倉田佐祐理の病室への探求の旅を始めて5分足らずで病室の外に居る舞と再開した。 「どうした、面会は終わったのか?」 「・・・うん。私は今日は帰るから・・・」 「そうか。気が向いたら適当に差し入れでも持ってきてくれ」 「・・・気が向いたら・・・」 廊下で他愛も無い会話を切り上げ、舞は往人の来た道を歩いていった。 残った往人は冷静に考えてみた。自分が面会を終われば今日のスケジュールは終了だ。 すぐに帰宅したら晩御飯には間に合うから空腹で苦しむこともないだろうと。 病室のドアをノックもせずに往人は開けた。 そこに居たのは紛れも無く佐祐理だった。だが、彼女はスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。 「なんだ・・・?俺が来るって知ってて寝てるのか?」 往人は自分が態々見舞いに来ることもなかったんじゃないか?そう疑い始めている。 しかしよくよく考えると、これで往人が起きている佐祐理と会話をせずに帰ってしまうと 佐祐理は往人がやって来なかったと倉田家の連中に言いふらしてしまう。 佐祐理を起こして自分のアリバイ?を作っておく必要が発生してしまった。 恐る恐る往人は佐祐理に話しかけようとする。 だが、佐祐理の寝顔を見ると起こそうにも起こせなくなってしまった。 体育の授業でドジったから骨折したと言っても、かなりショックも痛みも大きかっただろう。それに始めての骨折だし、まして女の子だから。死を初めて自覚したかも知れない。 今日一日いろいろあって疲れて眠っている佐祐理をアリバイつくりに起こすほど 往人も腐っていない。だから往人は直接的行動から間接的行動に移る。 佐祐理が起きるまで自分も寝てしまおうと、短絡的な考えで自分もさっきの眠りを呼び覚ます。近くの丸いイスに座って机にもたれた体制で頭を垂れて眠りに吸い込まれていく。 眠りは・・・彼女と再会させてくれた・・・。 コレハナンダ?コノシラナイフウケイハ・・・。 少女は泣いていた。何が悲しくてそんなに泣いているのか、カレには分からなかった。 カレはただ見守ることしか出来なかった。 遠くからその少女が誰かに救われることを祈って。 やがてカレの隣に一人の少年がやって来た。 その子は以前見た夢にも出てきた。 少年は少女の近くへ歩いていき何かを告げた。 すると少女は泣き止んで少年に笑いかけた。 カレは少しだけ、ほんの少しだけ・・・心の奥底で、 誰も見えないくらいの嫉妬を抱いた。 コレハナンダ?コノシラナイフウケイハ・・・。 眠りは・・・少しずつ現実へと戻り始めた・・・。 そして、再びカレの意識はハッキリして、急激な温度変化に身を縮ませる。 そこは病室だった。さっきまで往人が佐祐理の寝顔を見ていたあの病室。 だが、なんだか感じが違う。そう、辺りは真っ暗になっていた。 病室の時計に目をやると午前1時50分。 その時間の激しい消費速度に驚愕する往人。 もしかすると記憶が飛んでしまっているのかもしれない。そうも思った。 だが、自分自身はさっき眠り始めた時の体制のままにイスに座り机に突っ伏していた。 夢を見ていた。 それはとても短い映画のワンシーンのようだったが、 現実では10時間以上も経っていた。 佐祐理の方に目をやると佐祐理はさっきと同じように気持ちよさそうに眠っていた。 そして往人は重大なことに気づいた。こんな深夜の時間帯にはバスもない。 倉田家へ帰る手段が絶たれ、同時に夕飯にもありつけない。 でも、予想外に空腹感は感じない。ある意味それは不幸中の幸いなことだ。 往人は一先ず次の行動を思案したが とにかく喉の渇きを潤したいという衝動に駆られた。 「(確か一階のロビーに自販機があったな・・・)」 記憶を絞りだしてようやく目的地を決定し行動に入る。 夜の病院は何処と無く別世界のような雰囲気を漂わせていた。 昼間見た風景が思い出せないくらいその雰囲気は強烈に視界を覆う。 まるで濡れたタオルを瞼の上に置いたように目前には闇が広がっている。 その闇の中に滑稽な明かり、純粋な光の色をしていない明かりが見える。 それを辿りに往人は目的地へと歩いていく。手がかりは昼間の記憶だけ。 やがて1階への階段を降りた往人の目の前には記憶とは違う光景が見えた。 目隠しをしてスイカ割をするような気持ちで自動販売機の位置を確認する。 だがそれはなんの迷いも無く記憶どおりの場所に見つけた。 自動販売機の前まで来ると往人も自然と落ち着きを取り戻した。 何を飲もうか考え始める。往人の背後には誰も待っていない。 だからじっくりと考えることが出来た。 それがある意味贅沢な時間の使い方にも思える。 数分考えた挙句に結局当初決めていた飲み物を購入することを決心する。 ガッシャン 清涼飲料水の入った缶が静かな夜の院内中を駆け巡るような気がした。 取り出し口からお目当ての物を取り出してその場で飲みだそうとする往人。 だが、その行動に及ぶ前に往人の目にあるものが映った。 それが彼女だった・・・。 往人が最近見る不思議な夢。 その登場人物は往人のまったく知らない女の子だった。 彼女は別れ際に必ず自分の名前を名乗る。 それはもしかすると往人に忘れられたくないという恐れからなのかも。 往人はそのたびに自分の名前を名乗らなければならなかった。 が、名乗ろうとすると毎回夢はそこで途切れてしまう。 不思議な夢。脆くとても脆く、切なくてふんわりした夢の世界。 こんな居心地の良い夢なら毎晩見たいとも思える夢。 その夢の要的存在の少女・・・が今往人の視界に入った。 沈黙が闇を深く彩るような、そんな印象を受けた。 この場に居ることが自分にはいけないことのように思う。 往人は何故だか知らないが彼女に声を掛けられずにいた。 さっき買ったジュースは往人が驚いた時に手から零れ落ち コロコロと彼女の立つ方向へと転がっていた。 ジュースの缶は彼女の足元で止まる。 彼女はそれを手に取り一度自分の目で確かめてから往人へと走り 笑顔で近づいてきた。往人はただ呆然と迎え入れた。 「はい!落し物だよぉっ」 突然彼女の声が心の奥底で響き渡った。 その瞬間、往人は自分の心まで入ってくる彼女の意識に クラクラと眩暈を覚える。どうしようもないくらいの戸惑い。 深夜の病院に少女一人がいるのもおかしい。 100%往人は納得できる答えを探し出そうとしていた。 そんな時、少女は黙って往人の手を取り、手のひらに缶を置いた。 「ゎあ、キミ生命線が長いねー」 「ほっとけ」 どうでも良いような台詞を投げかけられて戸惑いながらも いつもどおりぶっきらぼうに応対する。 「こんな夜遅くになにやってんだ?」 「別になんにもしてないよぉ」 「なにもせずに突っ立っているのか?」 「うんうん、違うよ。ボク、冒険してるんだよー」 往人の声は喉を伝って外に吐き出されるが、少女の声は往人の心にだけ響く。 (器用な奴だな) ある意味会話を通すうちに彼女とのやり取りに慣れを感じ始めた往人。 「俺は往人だ。ここで会ったのも縁だろう。宜しくな」 往人は見ず知らずの少女に自分の名前を明かした。 どうなってんだ?と心の内では問いかけをしているが。 自然と言葉が体から溢れ始めていた。 「ボクはあゆだよ。宜しくねー」 少女は満面の笑顔でそう答えた。 その夜から往人とあゆの短い交流は始まった。 それは非現実に思えるくらいに淡く暖かい交流だった。 深夜に見知らぬ少女と話をすること自体が非現実、非常識でもある。 佐祐理が入院して2日目の朝。 往人は一階のフロアに設置されている外来患者用のソファで起床した。 目を開けた瞬間昨日とは違う朝の光が目に入ってきた。 周りには入院患者や医者や看護婦がうろうろと行ったり来たりしている。 「・・・あれは・・・単なる夢か?」 寝ぼけ眼で昨日の出来事を振り返る往人。 不思議な少女だった。あの少女の笑顔が往人には眩しかった。 往人は佐祐理の病室へと足を運ぶ。 「あー往人さん。おはよー」 佐祐理はいつもとなにも変わらず元気に挨拶した。 「・・・ああ、おはよう」 二日酔いのように頭がギンギンと鳴っている。 いけない遊びでもやっちまったのか?往人は割れそうな頭でそう思った。 ギブスをした佐祐理は別に寝たきりでもないので朝から散歩に行くらしい。 ピクニック気分で弁当を用意して安田さんや使用人数名と近くの公園へと行く。 そんなにぴんぴんしてるなら退院しろ、そう思うが 倉田家の当主が何故か病院側の意向を無視して 佐祐理を2週間ほど入院させる手続きをとったのだ。 佐祐理自身も早く学校に行きたいらしいが父親の命令ではどうにもならない。 往人は安田とピクニックに繰り出すほどの余裕も無い。 というよりも誘ってくれもしなかったが。 空腹を満たすために病院内で食事を済ませることにした。 「シケてやがる・・・」 そして深夜の2時過ぎに、往人は再び昨日の舞台となったフロアに向かう。 何を期待しているのかも分からないがとにかく急いだ。 そして期待どおりの結果が往人を待っていてくれた。 「あ、往人くん。おっはよー」 「今何時だと思ってる。日本語もろくに話せないのか?」 「うわぁ!ひっどい言い方だねー」 ”あゆ”は自販機で買ったジュースをチビチビと飲んでいた。 そのジュースのラベルをチラりと覗き込んだ往人。 それは今はもう販売されていない名前だった。 「おまえ、珍しいの飲んでるな。好きなのか?ソレ」 「うん!大好きだった先生がね、お昼にいつも飲んでたんだぁ」 「だからオマエも飲むようになったのか」 学校のことなどの話題で2日目の夜は更けて言った。 佐祐理が入院して3日目の昼に佐祐理の病室へ客人がやって来た。 往人がドアを開けるとそこには舞が俯き加減で経っている。 舞は2度目の見舞いになる。昨日は用事があって見舞いに来れなかったが 佐祐理のことを心配し、退院するまで通い詰める気だ。 そんな舞と違い、往人の当初の予定は1日目で終了となっていた。 そんな往人のスケジュールを変えてしまった少女との出会い。 それが大きなものになりつつあることを往人も感じ始めていた。 そして、今日もあの時間になった。 午前2時過ぎ。往人はあゆの元に居た。 だが、この日は往人の他にももう1人参加者がいる。 川澄舞だ。 舞は今日は佐祐理の病室に泊まることになっていたが それを往人は知らずに居た。 だから午後8時から佐祐理の病室を離れた往人は舞が病室で眠ることを 知らないでいた。 そして、舞もあゆと出会ったのは単なる偶然ではない。 舞が10時に眠り始めた時、妙な違和感が辺りを包んだ。 その違和感がただの勘違いでないことは舞には分かる 舞は念のため西洋剣を持ってその感覚の先へと足を運んだ。 最終的にあゆと往人の二人に会うことになった。 「舞もろくな趣味がないな・・・」 「・・・」 「痛え!少し煽ったくらいで足踏むな!」 「・・・少し?」 「・・・いや、なんでもない」 あゆは舞と往人の違和感丸出しの漫才をニコニコと眺めていた。 その笑顔はとても心の奥底から溢れてくるような笑顔だ。 「・・・あゆ、そんなにおもしろいか?舞」 「・・・私じゃないよ」 「うん!すごくおもしろかったよ。またやってねー」 「ま、またやるのか・・・」 舞が参戦したこともあり、その日は早めに会合を切り上げた往人。 このことは佐祐理には内緒だぞ、往人は舞に年を押した。 佐祐理が入院して7日目が来た。 なかなか退院の話がやってこないことに佐祐理は疑問を抱いた。 その疑問の答えを求めた先はもちろん安田だった。 この入院の手配から病院の選択まで全て倉田家執事の安田が担当している。 担当を申し出たのは安田本人からだということだ。 だからその本人から説明を受けないと疑問も解けそうに無い。 「ということなんだけど、どういうことなの?」 佐祐理は不安な表情をして聞いた。 「お嬢様の怪我が感知するまで退院は引き伸ばされました」 「どうして!?普通ならもう・・・」 「お嬢様。このことはお父上様がお決めになられたことです」 「お父様が?」 少し強引な感じもしたが父親の考えならしょうがないか、と佐祐理も納得する。 そして、佐祐理はその引き伸ばしに感謝することになる。 往人があゆに出会って7日目のその時間。 その場所で3人の若者が不思議な雰囲気の中雑談を繰り返していた。 何かをして遊ぶわけでもなく、ただ何かを話し続けていた。 そこに4人目としてやって来たのが佐祐理だった。 「あははー舞の後を追いかけてたらここに来ちゃいました」 佐祐理によると、舞が佐祐理の就寝を見取ってから病室を出た時 実は佐祐理は薄目を開けて舞の動きを見ていたのだ。 舞が毎晩夜になると何処かに出て行ってしまうこと それが佐祐理には気になって仕方無かったのだ。 そうして、 4人はあゆを中心に深夜になると約束の場所で他愛も無い雑談を繰り返した。 ・・・・・・・ ・・・・・ ・・・・ 13日目。 佐祐理も本来なら退院できる状態にまで回復したのだが 未だに父親から退院命令は出ていない。 昼間は舞と往人と佐祐理の3人で雑談したりする。 そして、夜になるといつものようにまた4人で会う。 そんな毎日を繰り返していると生活リズムが狂ってしまう。 佐祐理も舞もその人の昼間はずっと居心地の良い眠りに身を託していた。 往人だけは昨晩感じたあゆへの不信感をどうすればいいか苦悩していた。 ここまであゆに関わってしまった自分に一問一答する。 そう、始まりは3人が見た共通の夢からだった。 夢の内容は今になると思い出せないくらい淡いものになった。 あゆと初めて会ったあの日からあの夢を見なくなった。 居心地の良い夢が正夢になったようにさえ思える。 往人はあの夢の断片とあゆの話していた内容とを照らし合わせてみた。 照らし合わせると夢の中の少女とあゆとは共通点が多いことが分かる。 まず第一に、赤いカチューシャ。 第二に、二人の話し言葉。 第三に、二人が抱き、往人に助けを求める辛い過去のこと。 そう、あゆは夢の中の少女のままだ。 それは夢の少女が現実に出てきたような感じだ。 夢の中の少女は病院のベッドから窓の外を眺めていた。 何が悲しいのか毎朝往人が来ると必ず窓の外を見て悲しそうな顔をする。 だから往人も悲しくなってその夢を悪夢だと思うようになった。 それはけして悪夢などではない。 あゆに出会えたのもその夢のおかげのような気がする。 ある日の暖かい昼。往人が別れを告げに少女の病室へと足を運んだ日。 そこに少女の姿は無かった。 病室中を探し回ってやっと一つの真実に辿りついた時にはもう、手遅れだった。 開いたままの窓から顔を出して下を見下ろした時、 往人の目が覚めた。 それが最後の夢の無いようだ。 もし、もしそんな結末があゆにも用意されていたら、 それを分かっていて救えずに見殺しにしたことになってしまう。 往人はそう考えた。そんなことだけは許せない。 お別れの言葉も言えないで居なくなったあゆのことが。 そして、何よりも助けられない自分自身が。 往人は病院中を駆けずり回った。 そして、一つの病室で足を止める。 そこにいるのはあゆかもしれない。 異質な空間。 そう、確かにその部屋に少女は存在していた。 意識も無く、言葉も発することにできな状態でベッドに寝たきりのまま。 往人はただ呆然と少女の眠る傍らでその寝顔を見ることしかできない。 少女の眠りをさまたげることもできないまま、 ただジッと往人は彼女の手を両手で強く握り締めていた。 なぜそうしたのかは分からない。 そうすることしかできないだけなのかもしれない。 気持ちを伝える術が無いから、そうすることしかできない。 そうすることにより、少しでも少女に自分の存在を知らせることができるかもしれない。 自分だけ都合の良い考えだ。 苦しんでいる少女が直ぐ傍にいるのに何もできずにそうしているだけ。 起きるのを待っていることしかできない。 少女が哀れだ。往人は惨めだ。 そこに看護婦が廊下を歩く靴音が聞えた。 往人は急いで何食わぬ素振りで看護婦と顔を合わさずに出て行く。 一瞬看護婦が往人に何か言いたげだったが 往人はそれを完全に無視してそそくさと佐祐理の病室まで帰る。 ・・・看護婦が来たから逃げたわけじゃない。 俺は彼女から、自分自身の非力さから逃げたのかもしれない。 佐祐理がこの病院にやって来てから13日目の夜が来た。 すっかり4人は打ち溶け合っていて仲の良い幼馴染みたいだ。 「もうー往人くんヒドイよ」 往人があゆからカチューシャを奪い取って走り回っている。 「舞、ちょっとこれでもつけてみろ」 「・・・いや」 往人は舞の頭に無理やりそれをつけようとするので舞が拒否する。 夜の、たった2時間弱しか4人は集まることができない。 この和やかな風景も、後数分で終わりを告げてしまう。 そう考えると往人も舞も佐祐理も物悲しくなる。 多分、あゆ自身もそう思っているだろう。 そんなあゆがいきなり往人たちがショックを受けるセリフを放った。 「明日で・・・ボクとはお別れなんだよぉ・・・」 突然のことで往人も舞も佐祐理も戸惑いを隠せないでいた。 来ることは分かっていた。 病気で入院した子が完治しればまた学校に戻るのと 同じことだと思ってずっと覚悟はしていた。 だが、いざその時がやってくるとそれはまるで別物だった。 この深夜の不思議な数時間が突如消えてしまったらそれはとても悲しい。 けして失いたくない。それは4人が抱いた共通の感情だった。 あゆからの告白の後、少しの間沈黙が4人を包み込んだが 「そうか、まあ仕方ないな。このまま何年も病院で生活するわけにもいかない」 往人が自分に言い聞かせるような口ぶりでそう呟いた。 「そうだよぉ、往人くんたちには自分のことがあるんだから」 あゆは怒るでも悲しそうにするでもなく淡々とした口調でそう言った。 往人も佐祐理も舞もそのセリフに対する返答ができなかった。 明日のこの時間。4人は二度とこの不思議な少女とは会えなくなる。 最初はハッキリとそのことを認識していたのに、 いつからだろう?そのことを考えなくなったのは。 考えたくなくなったのは。 その晩は皆、遊びに夢中になることで時間を忘れようとした。 それは確実に迫っている別れを考えたくないからでもある 夜はいつもより静かにゆっくりと明けていく。 ・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ 14日目。 出会いは突然にやって来て、勝手な思い出を心に残して 無責任なタイミングで消えていく。 回避できないものか?一度は考えたことだ。だが、それは容易に叶わなかった。 明日、佐祐理が退院することになった。 安田が今朝、いきなり電話越しに往人にそう告げた。 それは佐祐理の父親の意向だと安田は言うが、 往人にはどうしても安田自身の都合にしか思えないでいる。 しかしそんなことはどうでもよかった。 昨日の深夜、今朝の2時くらいのことを思い返す。 『明日で・・・ボクとはお別れなんだよぉ・・・』 その言葉が往人の頭の中で何度も流れてくる。 その度に往人は目の前の現実がどうでも良く思えてくる。 現実世界でのあゆのことなど、どうでもいいじゃないか。 往人には関係の無いことだ。佐祐理の退院はめでたいことだろう。 なのに、なんでここまで往人は深夜の不思議なあゆに執着するのか? それはハッキリと断言できるようなことでもない。 今分かっていることをいうなら、初めてあゆと会った夜のことを思う。 ジュースの缶を拾って手渡したあゆ。 あの時のあゆの無心な表情は今も往人の心に刻まれている。 寂しそうでも、嬉しそうでもなかった。 少しはにかんだ無機質な微笑を浮かべてあゆは往人の前にやって来た。 あゆは往人のことを待っていたのか? それとも、誰でも良かったのか? ぶつけることのできない疑問はやがてどうでもよくなり 往人は夜が来るまでの退屈な時間をどう過ごそうか悩み始めた。 目覚めると頭が重く少し熱を帯びていた。 ゆらゆらとした意識のまま往人は佐祐理の部屋を出て いつもの場所に向かった。 今夜は少し遅れてしまった。 「本当にお別れなんですかぁ?」 往人が到着するのを待って佐祐理があゆにそう聞いた。 「・・・うん。もう遊べる時間も無くなっちゃったんだ」 あゆは名残り惜しそうにそう呟くように答えた。 「もう会えないのか?」 往人が一番聞いておきたかった質問をぶつける。 「多分、あえないと思うよ」 「そうか、ならオマエのことは今夜で忘れてやるよ」 突然の告白にあゆも佐祐理も舞も往人に釘付けになる。 往人はただ静かな目をしてあゆに語りかける。 「ただ、夜の病院でどっかの誰かと遊んだことは忘れられないだろうがな」 「・・・往人くん、ボクのこと忘れて欲しくないよ・・・」 あゆは泣きそうな顔で往人にそう言った。 「おまえが忘れないなら俺も忘れない」 「じゃあ、約束しようよ。ボクも往人君のこと忘れないから」 「俺もあゆのことは忘れない・・・達者でな」 あゆという名前の不思議な少女は自分から姿を消した。 佐祐理も舞も往人も見えなくなるまであゆを見つめ続けた。 佐祐理が病院を出たのは入院後15日目の朝だった。 木々の枝が大きく揺れ、道端に落ちている葉が風に乗って飛んでいく。 退院見舞いにやってきていたのは舞と安田とほか何名かだ。 その連中の中に彼が居ないのに気づいた佐祐理は、 「往人さんは今何処に居るんですか?」 「さあて、ワタシは存じませんが」 「・・・遅れてくる、だって」 舞が自分から往人の伝言を伝えた。 「そうですかー、なんだか寂しいなって思って」 「それでしたら、ワタシがカレをつれてきますよ」 「あ・・・でも!」 安田は佐祐理の返事を待たずに往人が残っている病院へと舞い戻った。 往人はあゆの病室に居た。 現実世界であゆの存在を確認したあの部屋にいって 再びあゆが生きていることを再確認したかったからだ。 だが、病室のドアを開けた往人の目に入ってきたのは カラッポになった室内の様子だった。 あゆが寝ていたベッドにはシーツもなにも無い。 いきなり殺風景な部屋になってしまった病室で立ち尽くす往人。 それはあゆの存在が非現実だと認識させるに十分な光景だった。 往人がこの二週間ほど毎晩出会っていた少女はもう居ない。 往人は佐祐理たちがいるこの現実へと戻ることを決める。 安田は往人を探していたがうまい具合にすれ違ってしまったようだ。 やむなく往人を探すついでにスケジュールの一つを済ますことにした。 往人が居なくなった病室の隣の病室へと安田が何か包みを持ってきた。 安田がドアを開けて中に入るとあゆの眠るベッドの傍らに 水晶を持った少女がイスに座っていた。 「キミか」 少女と安田は顔見知りらしくそんな会話で始まった。 「うん・・・。これで残りは1つだけになっちゃった・・・」 「わかっとるよ。さぁ、あゆちゃん」 安田はあゆの額や顔や手をタオルでぬぐった。 それはまるで父親が子供を看病しているような光景だった。 「・・・6年もよく通いつめれたね・・・」 少女が安田に無表情に呟いた。 「これがワシのできる唯一の償いじゃからな」 「・・・自己満足?むなしくない・・・」 「・・・・」 「この子は本当にそんなこと望んでるのかな?」 「・・・・」 安田は黙ってあゆの身の回りを整えた。 やがて、水晶を手にして少女が安田に話しかけた。 「もう6年なんだよ?どうして今になってもキみは背負い続けてるんだい?」 不思議そうな顔をして安田の背中に疑問を投げかける少女。 安田はただ、静かに。ただ、沈黙を守っている。 「キミが罪悪感からこんなばかげたマネをしていることくらいわかる。 でも、もういくらなんでも忘れてもいいころだろうに」 「キミには分からないよ。ワシの気持ちをな」 「分からないね。どうしてそこまでこの子に執着するのか」 「ワシは、6年前のあの事故以来常にこの子のことを第一に考えておった。 だが、今になって分かった。結局こんな事態にまで進行してしまい ワシのやってきたことがスベテ仇となって この子の未来を閉ざしてしまっていることを、ワシは見えないフリをして 今まで6年間も生きてきたんじゃ」 「キミのせいで現状に陥ったわけではないのだろう」 「だが、ワシは事件が起こる前にどうにかする義務があの時あった」 「それは今だから言えることなんじゃない?」 「そうじゃ。ワシはこの子の未来まで奪った。ワシは償い続けないとだめなんじゃ」 「・・・・」 少女は水晶を覗き込みながら安田の話に耳を傾けていた。 その瞳の中に写る安田。少女の表情が哀れみを抱いていることを教えていた。 「とことん救えない人だね・・・キミは」 少女は無表情の中にほんの少しだけ笑みを浮かべそう呟いた。 「ワシが教頭をしていたあの学校も今はもう無い。 6年の月日の後に残ったのは意識の戻らない悲しい少女と 名誉を捨てて罪滅ぼしをする自己満足な老いぼれだけ」 安田は少女から手渡されていた小ぶりの水晶に自分を映す。 だが、その水晶に安田は映らない。 「ふう・・・約束だけは守ってくれとるようじゃな・・・」 「・・・そうだね・・・」 安田は少し気持ちを落ち着かせあゆの世話を再開した。 ”ある病院のある病室には6年前に意識を失ったまま眠り続けている少女がいました” その少女の名前は、【月宮あゆ】と言います。 桜の季節が終わりを告げる頃、一人の少女の願いが時計の針をまき戻していく・・・。 公開日/2003年4月15日 企画・原案・シナリオ/Kensuke copyright(C) 2003 Kensuke All Right Reserved 掲載されているすべての文字情報・その他一切の権利は 上記権利元と当サイトに帰属します。小説内容の無断転載・使用はご遠慮ください。 |