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〜Aから始まるコミュニケーション〜
‐序章‐
作:りゅう太郎
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「祐一さん、もう行くんですか?」
背後で、残念そうに、呟くように言う秋子さん。
俺は、靴紐を結びながら振り向き、
「また来ますよ、ここは俺の家なんですから」
と、真顔で言ってみたりする。
ちょっと恥ずかしかったかも。
「いつでも遊びに来て下さいね。やっぱり、大勢の方が、何かと楽しいものですから…」
そんな秋子さんの言葉には、はっきりと寂しさのような物が感じ取れた。
胸の中が少し傷む。
「すみません・・・俺が」
「いいんですよ、祐一さん。そんな事気にしなくて」
俺の言葉を遮って、秋子さんは笑顔で言ってくれる。
「さ、早く行ってあげないとかわいそうですよ。新しい生活の始まりから遅刻じゃ、カッコが悪いですから」
秋子さんの心遣いが温かかった。
どんな時でもやさしく見守ってくれた秋子さん。
そんな彼女に俺は、心から感謝している。
「・・・じゃあ、そろそろ行きますね」
靴を履き、今まで生活をしていた家を眺めてみる。
何度も上り下りした階段、みんなと一緒に笑いあったリビングの入り口も見える。
それらは、俺の心の中にしっかりと刻み込まれて。
何事にも犯されない絶対的なモノで。
そして。
これらが、俺の帰る場所だと言うことが痛感できる、という幸福であり。
「秋子さん」
面と向う。
彼女は微笑んだままで俺を見ていた。
「・・・・今まで本当にお世話になりましたっ」
深ぶかと一礼する。
「こちらこそ、祐一さんがいてくれたお陰でとっても楽しかったですよ。いつまでも祐一さんは、私達の家族なん
ですから」
「はいっ」
秋子さんの言葉を受け取りながら、俺は新しい一歩を踏み出した。
ゆっくりと開かれる玄関の戸。
そこから差し込んできた光は、まばゆいまでの力強さを放っていた。
あゆと再会してから、俺たち2人は、共に時間を過ごして。
大切な思い出を重ね。
いつしか同じ夢を持つようになっていた。
『2人で暮らそう』
それはとても大変なことで。
つらいこともたくさん有るだろうけど。
それでも。
あゆと俺との大きな、とても大きな夢になっていた。
それが叶う時が訪れた。
小さな部屋ではあったが、俺たちの『家』を借りた。
仕事も見つけた。
籍も入れる。
ほんの小さな夢だったが、今日この日に叶う。
どんなに辛いことがあろうとも、あいつと一緒にならやっていける、何の根拠もない自信だったが、俺の中には
確かにあった。
「そうだ・・・名雪からの手紙・・・」
先ほど、家から出る時に秋子さんから手渡された物。
白い封筒に大きな字で『祐一へ』と書かれている。
封をしてあるシールは、茶色のデフォルメされたネコだった。
名雪らしいな、等と感じつつおもむろに封を開ける。
そこには、高校の頃によく見せてもらっていたノートと同じ字で、名雪がそこで話していた。
祐一へ
お元気ですか?
私は元気です。
毎日が、忙しく、楽しい日々を送っています。
大学の生活にもだいぶ慣れ、友達も出来ました。
ネコさんアレルギーも結構良くなって、今は3匹の子猫と一緒に暮らしています。
……ふふふ、なんか変だね。
何を書いたら良いのか分からないよ。
そっちでの生活はどう?
お母さんと仲良く暮らしてる?
大丈夫だよね、祐一やさしいもん。
私がこっちの大学に進学してから全然帰っていないけど、きっと楽しく暮らしているよね。
ほほえましい文章でつづられている。
すぐ隣で名雪と会話しているような錯覚に陥るものだった。
そうそう。
この間お母さんから聞いたんだけど、今度あゆちゃんと一緒に暮らすんだってね。
おめでとう。
突然だったからちょっとびっくりしたけど、きっと楽しくやっていけるよっ。
今度、絶対に遊びに行くねっ?
あゆちゃん悲しませたらダメだよっ?
…………うん、祐一だったら大丈夫だよね。
どんなに大変でも……きっと。
だって私が……
プァーーーーッ
けたたましい音と、光が俺を包み込む。
その直後、身を引き裂くかのような衝撃と爆音が頭の中を走った。
何が起きたのか分からないまま、遠くで小さな声が聞こえたような気がした。
(ああ・・・あゆ・・・俺はお前と・・・・・・)
繰り返し流れ映るビジョンは、あゆとの新しい生活の姿だった。