Sister Princess

例えばこんな妹姫★

 






 俺の名は―――まあ別にどこにでもある名前だから、わざわざ紹介するまでもないだろう。

 ちっと父親が居ないってのは問題だが、いたってどこにでもいる男の子で、この春無事に東京の大学に受かり、一人暮しをする事になった。

 別に俺は一人暮しをすることに他の連中ほど憧れを抱いていた訳じゃない。掃除は好きな方だが、炊事と洗濯が面倒くさくてしょうがない。今まで母親がやっていてくれたから、そのありがたさをわざわざ捨てたがる奴等の気が知れない。
 それでもまあ、晴れて自分の部屋を持ち、仕送りがあるとは言え、一国一城の主として俺様ちゃんライフを満喫するのはそう悪いもんじゃない。

 高校二年で彼女と別れて以来、ここ二年ばかりクリスマスシネシネ団(団長久慈光樹先輩ウォンチュー!として活躍していた俺だが、将来の夢は彼女をこの部屋に連れ込んでしっぽりとこう―――なんちゅーかその、そんな感じになることだ。
 なんとも安い夢だが、今の俺には重要なことだ。クリスマスまであと三ヶ月をきった。俺的に今年もカップルを撲殺して回ったり、彼女持ちの友人宅に赤穂浪士ばりに討ち入る活動に参加するのはなんとしても避けたい。

 などと日々くっだらない妄想をしつつ、大学の友人と酒を飲んだり、図書館で調べものをしたり、バイトをしたりの生活を送る、ごく一般の俺なのだ。
 たまには変わった日々を送りたいとも思う。

 そんなある日の出来事だった。俺的国家(国家元首 俺様ちゃん)に革命の狼煙が起こりかねない大事件が起こったりした―――――

























『朝だよ〜、朝ご飯食べて学校行くよ〜』

 なんとも眠くなる催眠電波を発する目覚し時計(自称)の声で、俺は目を覚ました。
 やっぱり名雪の声で起きるのは健康に悪い。十時間寝ても、この声を聞くだけで眠たくなる。これで講義中はほとんど爆睡なので我ながら自分の睡眠時間が怖くなる。が、この声だけは如何ともし難い。こんなことなら名雪ではなく、佐祐理さんや栞―――いや、いっそ『乙女の証明』留美の声の入った目覚ましを買うべきだったぜ。

 我ながら朝から萌える思考をしてしまったが、今日は朝からゼミがあるので、その前に洗濯をして布団を干してしまおうと思ってわざわざ目覚ましを掛けたのだ。起きねばならん。

 そろそろ涼しくなってきたので、掛け布団をタオルケットからワンランク暖かい物に替えた。
 それにしては妙に温か過ぎると思ったが、俺は無視して布団をどけ、元気に跳ね起きる。

 男の整理現象―――というか息子に『オッス』カカロットばりに挨拶してミョーッと伸びをする。そこで妙な感触を覚えて横を向いた。途端、無意識に冷や汗がダラダラと流れ始めた。

――――いや、いくらなんでも待て。それは変だ。だって俺、昨日は酒なんで飲んでないぞ?














―――――朝起きたら、知らない女の子が隣で寝てました。














「……………………なぜ?」

 いや、多分自問しても答えは出ない。ベッドで固まったまま、隣でスースーと気持ちよさそうに眠る中学生くらいの女の子を凝視した。

 柔らかそうなおかっぱの髪が印象的だ。なぜか俺に寄り添うように熟睡している。寝巻きではなく、セーラー服ってところがポイントだ。少しめくれたスカートからすらりと伸びる細い脚は素晴らしく白い。もうちょっとめくれてればって俺は変態か!?

 スカートに手を掛けてる自分がかなり怖かった。ついにきたのだろうか……脳に……

 それとも産んだのか? ……俺が……
 ホラ、お釈迦様とかだって、母親の脇の下とかから生まれたじゃんか。


 ……んなわきゃねぇっつーの……


 気を取り直して昨日のことを思い出してみる。
 前述した通り俺は昨日酒など飲んでない。講義が終わってから友達とラーメンを食いに行って、帰ってからゲームとレポートに手を付けて寝るという、味も素っ気もないいつもの生活のままの筈だ。

 まさか夢遊病にでも掛かっていて、知らぬまに誘拐でもしてきたのだろうか?

 俺だけに、ありそうで怖ぇ。

 まるでスライム相手にパルプンテを唱えたら、いきなり即死全滅したような気分だ。

「…………んん……あふぅ……あ、おはよう―――お兄ちゃま♪」

 女の子が、ニッコリと微笑みながら俺に挨拶してきた。




――――お兄ちゃま?




「どうしたの、お兄ちゃま?」
「いや待て、状況を整理しよう」

 俺は同じベッドで向かい合ったまま、頭が痛くなるのを堪えて女の子を制した。

「ここはどこだ?」
「お兄ちゃまの部屋でしょ」
「君は誰だ?」
「花穂」
「なぜここにいる?」
「お兄ちゃまのお世話をするためなの♪」
「いやそんな“♪”など付けられても困るのだが……」
「イヤなの?」
「断じてそんなコトはない」
「ならいいよね♪ 笑顔がイチバン! 頑張れ!」
「そうだな」


 違うッつーの!!


「いや、そうじゃなくて……なんちゅーか、俺は君みたいな妹を産んだ――――じゃない、妹をもった記憶はないのだが……」

 俺が申し訳なくそう言うと、花穂ちゃんは『ガーン』と擬音がつきそうな勢いで落ち込んだ。

「そんな……! ひどいお兄ちゃま! 花穂のこと忘れただなんて……!」

 いや、そんな今までの俺の人生を否定するようなこと言われても……

 花穂ちゃん―――いやもう面倒クセェ、花穂は猛烈に可愛いため、なんか「ああそうか」って納得してしまいそうで怖い。特に俺だけに。こんな可愛い妹がいれば、多分俺はシスコンと呼ばれていたかもしれん。

 まさか親父の子か?

 俺は親父の顔を知らないし、お袋も親父のコトは一才語ったことがない。離婚したんだがなんだか知らんが、まあ俺にはあまり関係ナイか。だってお袋怖ぇし……

 とにかく、このままじゃあ俺的に犯罪者になりかねん。せめて連絡先だけでも聞かんとな。

























「ただいまー」
「お帰りなさい、お兄ちゃま♪」

 俺が自分の部屋のドアを開けると、エプロン姿でキッチンに立つ花穂が笑顔で俺を出迎えてくれた。
 味噌汁でも作っていたのか、お玉片手に小さな鍋と格闘している。

「またドジ踏むなよ」
「あー、お兄ちゃままた花穂のことドジって言ったぁ!」
「…………先日味噌汁を作ってて鍋を爆裂させたのは誰だ…………?」
「もう! 絶対美味しいお味噌汁を作って、お兄ちゃまに『美味しい』って言わせて見せるんだからぁ!」

 プッと頬を膨らませると、花穂は再び鍋の中をお玉でグルグル掻き回し始めた。後ろを通りざまに肩越しで覗くと、粉々になった豆腐が渦の中に見えた。ダメじゃん。

 俺はちゃぶ台の上にどかっと腰を下ろすと、朝に読み忘れた新聞に目を通し――――

「って違ぁぁぁ―――う! なに和んでんだ俺は!?」
「なに、どうしたのお兄ちゃま?」

 俺の叫びを聞き付けた花穂が、キッチンから顔を覗かせた。頼むから包丁を持って歩くな、お前は……

 花穂がきた朝から数えて三日。どうしても俺は花穂から家のことや連絡先を聞き出せなかった。

 だって泣くんだよ! マヂ、マヂ泣き入るんだよ! 中学生くらいの女の子が(セーラー服姿のままで)俺の前で泣くんだぜ!?
 反則だ! レッドカードだよ! FIFAに訴えちゃる!

 この時点で相当に怪しいのだが、目の前で泣きじゃくる女の子に男が尋問出来るか!?
 お前は男か?はい男ですって俺は答えちゃうぜ!

 結局学校にも行かない花穂はこの三日間俺の部屋に居ついちまったワケだが、そのコトだけ聞くと何故か泣く。つーか泣き叫ぶ。
 これではまるで俺が花穂を―――してるみたいじゃないか!? 伏字使わないと表現出来ないぞ!?

 例えるなら爆弾岩を相手にベギラマをぶちかましてるようなもんだ。うっかりこの子がその辺の交番に駆け込むだけで俺の人生は終わる。罪状はなんだ? 拉致監禁? 淫行罪? 誘拐か!? いぃぃやああぁぁぁ――――ッ!! 俺にはまだやりのこしたことが沢山あるんだああぁぁぁ―――ッ!!

 家出少女かと思ったが、そうでもないらしい。家には連絡してるとのこと。その連絡先を聞きたいって言ってるんだが……

 どちらにしろ、このままじゃあそろそろ深刻にヤバイ……俺が……

「花穂、ちょっとそこに座りなさい」
「なぁに、お兄ちゃま?」
「そろそろ本ッ気でお前の連絡先を聞いておかないといけないんだが……」

 途端、花穂はもう泣く気も起きないのか、膨れっ面になった。

「なんで? 家のことは何も心配ないんだから、花穂、お兄ちゃまの部屋に居たっていいじゃない」
「そういう訳にはいかないっちゅーの。いいか、今日こそはっきり言っておくぞ。もしこれ以上花穂が我が侭言うんだったら、俺はもうこの部屋に帰ってこないぞ?」

 正確には帰って来れないの間違いだ。

 下手すりゃ手錠を掛けられ、はぐれ刑事純情派みたいな展開になりかねない。

 花穂は俺の言葉がよほど効いたのか、俯いて唇を噛んでいた。ちょっと可哀想だが、これくらい言わないと俺の人生がヤバイ、切実に……
 ここは心を鬼にして、この関ヶ原に勝利すべし!

 だが花穂は涙で潤んだ目でキッと睨んできた。

「……お兄ちゃま、花穂を捨てるの?」
「え? いや捨てはしないけど……どちらかというと懲役の可能性も……」
「どっちなの!?」
「ひぃぃ! 捨てない、捨てないッス!」

――――俺様大敗北。

 俺の心の石田三成は、花穂軍相手に「撤退!」と叫びながら落ち延びていった。

「なら良いよね、花穂がここに居ても♪」

 今までの般若の表情を時空の彼方に追いやり、コロッと表情を変えた花穂が再びキッチンに行こうと立ち上がった―――

 そのスカートの裾を俺は引っ掴んだ。

「きゃっ!? お兄ちゃまどこ掴んでるの!?」
「待て! 頼むから待て!」
「だ、ダメだよ! まだ外明るいし……でもお兄ちゃまが望むなら、花穂頑張って我慢するから……!」
「ナンの話をしてるんだお前は!?」

 いきなり違う方向に突っ走る花穂。これは一応前年齢対象だおー。

「頼むって! 家が納得してんなら花穂の好きにしてもいい! けどせめて俺にも家に連絡取らせてくれ! じゃないと俺は交番の前を胸張って通れねぇ!」

 俺は花穂の目の前で土下座して頼んだ。もう男の威厳欠片もなし。俺は二度と「女は男の三歩後ろ、影を踏まずに歩け!」などと言えません。
 思わず涙がチョチョ切れてきそうだ……

「お兄ちゃま……」

 そんな俺を、花穂は戸惑ったように見ていたが、やがて諦めたように大きくため息をついた。

「ごめんねお兄ちゃま、困らせちゃって」
「花穂……」

 分かってくれたか!?

 俺の期待に満ちた目を受け、花穂はニッコリ笑って言った。

「お兄ちゃまって、ホンット意気地なしナンだから」
「ギャフン!?」

 花穂のあまりの言葉が、俺様の最後のプライドにメテオストライク。

「この三日間一緒に寝ていたっていうのに、まったく花穂に手を出してこないし……しょうがないね、このボンクラ野郎!」
「ゲフゥッ!」

 笑顔で繰り出される花穂のリバーブローに俺様ノックアウト寸前。グロッキーだ。効いたぜ……

 だが花穂はそんな俺などアウトオブ眼中なのか、座布団の上に座りなおして話を続けた。

「花穂はね、お兄ちゃまと異母兄妹なんだよ。お兄ちゃまのお父様と、花穂のお父さんが同じ人で、その人がいわゆる獅堂家っていう大財閥の当主だったの」

 ほう、親父がね……あんまし実感沸かないけど。

「それでね。花穂は家のことなんてあんまり興味なかったから、お兄ちゃまと一緒に暮らしたかったの」
「そうだったのか……」

 大きな家に暮らすってコトは、それなりに苦労もあったのだろう。
 それで俺を頼ってきてくれたっていうんだから、それなら別に居てくれても構わないな。

 俺が納得し掛けた時、花穂は止めの一撃を放った。

「花穂ね、お兄ちゃまのことずっと知ってて大好きだったんだけど、妹達やお姉ちゃま達もお兄ちゃまのこと大好きだって分かったの。だから花穂、お姉ちゃま達を出し抜いてお兄ちゃまと既成事実を作ろうって思ったんだけど……」
「な、なんですと!? っていうかアンタ姉妹いるんかい!?」
「うん、花穂をいれて12人かな」
「ギャフンッ!?」


 ちょ―――ちょって待て! 姉!? 妹!? それが十二人もいて、しかも俺のこと好き!?


「花穂が家に連絡したくなかったのって、お姉ちゃま達に感付かれたくなかったんだよ。だって花穂はまだ良い方なんだよ? お姉ちゃま達はもっと過激なんだから。特に咲耶お姉ちゃまと春歌お姉ちゃまは」


 もっと過激なのもいるんかい!?


「あ、でももう手遅れかも。あーあ、お姉ちゃま達にばれちゃったみたいだね。ゴメンね、お兄ちゃま♪」
「“♪”をつけてもダメだぁぁ―――ッ!!」

 外から聞こえる大勢の足音、怒声、かなぎり声。

 どうやら花穂の言う“妹達とお姉ちゃま達”が来たようだ。
 この三日間のことを思い出してみる。中学生だというのに、年の差はおろか血の繋がりまであっさり越えようとした花穂。あれより過激!? ちょっと待て!

「大丈夫、花穂お兄ちゃまのこと応援してるから♪ 頑張れ!」
「嬉しくないわぁぁぁ――――ッ!!」



















――――どうやら――――



















――――――俺の受難は、まだまだ続きそうだ……――――



















END






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―――後書き……for久慈さんへ捧ぐ(笑)―――


 『くじういんぐ!』ファンの皆様、お久しぶりです! 泉蓬寺学園の悠です!

 今回は久慈さんが妹づいている!?というありがたい情報が入ったため、悠的お祝いをこめてシスプリSSなどを速攻三時間で書き上げて投稿させていただきました♪ 久慈さんどうでしたか? 萌えましたか(爆)?

 ヒロインは悠の一押しシスター、花穂です(^^)。春歌とどっちにするかで悩んだのですが、せっかく『くじういんぐ!』に投稿するのなら、イチバン理想の妹である花穂が良いかなと。
 それともチェキ娘の方が良かったですか?

 いつもの如くかなりぶっ飛んだ性格になってますが、それでも悠の愛情が一杯に詰まった花穂SSです♪
 どうぞ楽しんでやってください♪

 最後にネタを提供してくださった久慈さん、ありがとー♪ 起こっちゃいやデス(^^)。
 これからも一杯妹づいてくださいね(笑)。これで“妹☆ラブ”なテキストも出来ましたことですし♪

 そいでは、読んで下さった方、シスプリファンの皆様、そして久慈さんへ感謝をこめて!

 頑張れ、お兄ちゃま♪



2001/10/13公開
感想などは[泉蓬寺悠]まで。