なんとなく日常



 さくさくとキャベツを千切りにする。
 炊飯器が、ぷしゅぅっと湯気を立て、ダイニングに暖かなご飯の香りを満ちさせる。
 メインディッシュの豚カツは、パン粉をまぶし終え、後は揚げるのを待つだけだ。
 もうすぐ二人きりの夕飯。

「ちょっと新婚気分……なんてね」

 名雪は、自分の独り言に少し頬を染めた。
 交通事故にあった母親が、快晴に向かっていると分かったとたん、今までの陰鬱な気分はどこ吹く風。
 彼女が退院してくるまで、愛する少年と水入らずなのだという事実に、今更ながら気付き、舞い上がっている乙女心である。
 我ながら現金なものだと自覚があるので、名雪は、母親たる秋子に心の中でちょっと謝った。
 別にお母さんが、事故にあったことを喜んでいるんじゃないよ、と。
 もっとも、ついつい霞がちになってしまう懺悔ではあったが。
 なんといっても二人きりである。
 ――二人きりだよ?
 しかもイトコ同士だったのは既に過去のこと。
 今や、互いに認めあった恋人関係だ。
 言うならば、これはもう同棲と呼ばれるレベルではなかろうか。
 それでそう呼ばれるからには、当然のように夜の営みも関わってくるわけで、祐一だって若い牡だったりするから、ここぞと毎晩のように求めてくるかも知れない。
 それどころか、休みの日だったら朝から晩までとか、ついでにそこからさらに夜通しで何てコトもあるかも知れない。

「わたし身体もつかな? きゃ〜☆」

 自身の妄想に盛り上がり、自分で自分を抱きしめつつ、クルクルとキッチン内を三回転半したところで、いつのまにか戸口に佇んでいた祐一と、ばったり正面から目があった。
 不意をつかれた名雪は、セルフ抱擁の体勢のまま、その場で身を竦ませた。

「えっと、これはその……」
「……」

 祐一は、しばし無言であったが、険しい表情で目を閉じ、数度こめかみを指で揉みほぐしたかと思うと、今度は可哀想な子を見る目つきで、慎重に言葉を選びつつ優しく名雪へ声を掛けた。

「名雪ちゃん、大丈夫でちゅか〜? お布団で、おねんねした方が、良くないでちゅか〜?」
「だだだ、大丈夫だよ。な、何でもないから!」

 おもいきりバツの悪い所を目撃された名雪は、真っ赤になりながら手を振った。
 それでも祐一の疑いを含んだ視線は変わらない。

「色々とあったからな……。積もり積もった疲労が、ついに前頭葉を侵し始めてたりしてないか?」
「へ、平気、平気! いたって健康だよ!」
「そうか? やたら顔色が赤いし、風邪とかなら大人しく横になったらどうだ。よかったら、落ち着くまで俺が一緒にいてやるぞ」
「えっ!? そ、添い寝だなんて……まだ日も落ちていないうちから、そこからの派生技につなげる気じゃ……」
「べつに添い寝とかじゃなくて、出来るだけ一緒にいてやった方が、名雪も寂しくなかろうと……料理途中というのならば、なんだったら終わるまで俺もキッチンに……」
「はっ!? もしかしてディープな新婚ちっくに料理しながらキッチンで!? い、いきなりそんな高難度なフュージョンなんて……」
「いや、あのな、とりあえず落ち着け。ほら、イスに座って水でも飲んで……」
「そんな無理だよ! 高手後手椅子上M字開脚縛りにしておいて、いけないところから飲ませようだなんて、わたしまだまだ素人で、神クラスの達人じゃないんだから!」

 今だ妄想を引きずっていた名雪は、祐一の他意のない言葉を勝手に勘違いし、激しく慌てまくる。
 妖しげな魔術を唱えているかのように両腕をバタつかせたり、両手で顔を隠し、イヤイヤと髪を振り乱す様を、祐一は、トロンとした光沢のない瞳でしばらく眺めていた。
 そしておもむろに、無言で電話の子機を手に取ったかと思うと、沈鬱な顔で番号をプッシュする。

「もしもし、三丁目の水瀬ですが……ハイ、至急、黄色い救急車の並を一台、サイレン抜き、拘束具は多めでお願いします」
「わーっ! なんの注文しているんだよ祐一!」

 重苦しい声を出す祐一の手から、名雪が慌てて電話を奪い取り、通話を断ち切った。

 

 

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