作者:流人


『おーい、お前もこっち来てドッチやろうぜ』
『・・・・・・』
『ダメだよ、あいつ喋れないんだって』
『・・・・・・』
『なんだよ、じゃー気が付かなかったら、そこに”いる”のか”いない”のかもわからないじゃないか』
『・・・・・・』
私は一人
いつも一人でブランコに乗っている
私は自分を表現する術を持たないから
私は自分の意思を伝える術を知らないから
だから私はずっと一人
ただ俯いて道端に転がる石ころのようにただそこにいるだけで
いつしかきっと誰も私の事など気にとめる事さえ無くなってしまうだろう
なぜなら自らを表現出来ない私はその存在さえも否定されてしまうのだから

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おーい、澪、そんなに急がなくたってお店は開いてるって」
『はやくなのー』
俺が、永遠の世界から帰ってきて、はや1ヶ月。
学校では新学期が始まり澪も最上級生となった。
そして、澪は、演劇部の部長に選ばれたのだ。
今までの頑張りが、みんなから評価され、全員一致で選ばれたそうだ。
そこで俺は、お祝いに何かプレゼントするため澪と商店街に向かっていた。

「澪、演劇部の部長になったんだな」
「・・・・・・」
澪は、振り返り、うんっと頷き
少し照れたような笑みを浮かべている。
確かに、澪なら部長に選ばれてもおかしくない。
言葉を発する事が出来ないというハンディを持ちながら
精一杯演技する澪は、部長たる資格を持っていると思う。
最上級生とは思えない
その幼さとあどけなさの残る部分もあるかもしれないが
澪は、やはり演劇部の部長として相応しいと俺は思う。

「じゃー、これからは”澪部長”と呼ばないといけないな」
「・・・・・・」
そうだな。
これからは、敬意と愛情を込めて
澪の事を”澪部長”と呼ぶ事にしよう。
澪は、ふるふると首を横に振っているような気がするが
きっと気のせいだろう。

「澪部長、そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
「(う〜)」
俺は、立ち止まった澪にようやく追いついた。

「澪部長、プレゼントは何が良いですか?」
「(いやいや)」
澪は、やはり泣きそうな顔をしてふるふると首を振っている。

「澪部長・・・」
「(えぐえぐ)」
な、なんだか、澪はすごくイヤがっているように見える。

『嫌なの』
「・・・・・・やっぱり、澪と呼ぶ事にしようか」
ま、まあ、呼び方なんか変えなくても
澪が、演劇部の部長である事は変わらないし
みんなも認めている事だ。
澪が、嫌がるなら、無理に変える必要はないだろう。

「澪、何が良い?」
「(あれあれ)」
澪は、洋服屋さんを指差している。
あのお店は、確か俺と一緒に、演劇で使う衣装を買いに行ったお店だ。
俺達は、目の前にある洋服屋さんに入っていった。

「いらっしゃいませ」
店員が、笑顔で迎えてくれた。
店内に入った澪は、楽しそうに店内の服を見て回っている
だがどうも、俺は、こういうのは苦手だ。
そして、そうこうしているうちに、澪は一着の洋服を手に取った。

「それが良いのか、澪」
「・・・・・・」
澪は、うん、うん。
と2回頷き、選んだ洋服を、自分にあてながら屈託の無い笑顔を浮かべている。
澪が、選んだのは、青いワンピース。
シンプルなデザインだが、春の空を思わせるような
爽やかで、清々しい洋服だ。
澪には、きっとよく似合うと思う。
俺と澪は、そのワンピースを持ってレジに向かった。

「妹さんに、プレゼントですか?」
「・・・・・・・」
「い、いや、あのそうじゃなくて」
店員さんは、俺と澪を見て
洋服を袋に入れながら、微笑んでいる。
俺は、お金を払い、澪と店を出た。

「澪、気にするなよ」
「・・・・・・」
澪は、うん、うん。
と2回頷き、いつもと変わらない屈託の無い笑顔を俺に向けてくれている。
やはり客観的に見ても
澪は、高校三年生には見えないのかもしれない。
だが人間の本質
それは、見た目とは全く関係ない事だ。
澪を知る者なら、澪がどんな人間であるかという事はわかっている。
だからこそ澪は、演劇部の部長に選ばれたのだから。

「そうだ、澪、その喫茶店で休んでいこうか」
「・・・・・・」
澪は、うんっ。
と元気良く頷いた。
俺と澪は、目の前に見える喫茶店に入る事にした。

「さて、何にしようか」
俺は、メニューを手に取ろうとした時
店長お勧めメニューと書かれた三角の形をして立っているメニューを見た。
”季節の味覚シリーズ イチゴサンデー480円”

『イチゴサンデー、もう一ついいかな?』
『晩御飯、食べられなくなるぞ』
俺達の斜め前にいるカップルの
髪の長いおっとりした感じの女の子もイチゴサンデーを頼んでいたようだ。
そういえば、このお店のイチゴサンデーは、評判で俺も話には聞いた事がある。
以前、澪と入った店のパフェは、確かに美味しかったが
どちらかと言えば、あの圧倒的な量の方がインパクトがあった。
その点、この店のイチゴサンデーは、かなり美味しいらしい。

「澪、俺達も、イチゴサンデーを・・・」
『牛乳』
俺が、澪の方を見ると
澪は、いつもと変わらない屈託の無い笑顔を浮かべつつ
スケッチブックには、大きく見開きを使って1ページずつに
それぞれ一字ずつ”牛”、”乳”と書いてあった。
その笑顔とは裏腹に澪には、大いなる意思を感じる。
やっぱり、さっきの洋服屋さんの店員に俺の妹と間違えられた事を気にしているのか?
だが、俺達くらいの年齢になると、それほど身長は伸びたりしない。
まして、1回や2回牛乳を飲んだくらいでは、背は伸びたりしないものだ。

「澪、、、もしかして、さっき事気にしているのか?でも、別に・・・」
『牛〜乳』
澪は、さっきと変わらぬ屈託の無い笑顔のままで”牛”、”乳”と
人差し指で文字の下の方を一字ずつなぞった。
どうやら、澪の意思は固いようだ。

「あのー、すいませーん」
「はい、ご注文がお決まりですか?」
俺は、ウエイトレスさんを呼んだ。
すると、店内を歩いていたウエイトレスさんが、俺に気が付き
微笑みながら近づいてきた。

「えーっと、ホットミルク1つと”イチゴサンデー”1つお願いします」
「はい、かしこまりました」
ウエイトレスさんは、俺の注文を聞くと厨房へと向かって行った。
そして、俺が”イチゴサンデー”を注文した時
澪が、ピクッと反応したのを、俺は見逃さなかった。
澪も、ごく普通の女の子で甘い物は大好きだ。
あの巨大パフェを、最後まで食べようとした意思
実際には、すべて食べる事は出来なかったが
相当の量を食べた事には違いないのだから。

「お待たせしました」
「あっ、それはこっちです」
ウエイトレスさんは、イチゴサンデーを澪の方に置こうとしたので
俺は、イチゴサンデーを注文したのは、自分だという事をウエイトレスさんに伝えた。
ウエイトレスさんは、ちょっと意外そうな顔をしたが
すぐに俺の方にイチゴサンデーを置き
澪の方に、ホットミルクを置いた。
そして澪は、自分の目の前から俺の方へと移動していくイチゴサンデーを
じーーーーーーーーーっと見ていた。

「どうした、澪?交換してやろうか?」
「・・・・・・」
澪は、まだ俺のイチゴサンデーを見ていたので
俺は、澪にイチゴサンデーを食べるよう促がしたが、澪は、ふるふると首を振った。
澪は、普段それほど気が強い訳ではないし、優しい温厚な性格なのだが
一度決めた事は、なかなか変えようとしない強い意思を持っているという一面がある。
学食で俺の制服に、うどんかラーメンをこぼしてしまった時も
俺の制服を洗うと言って、一歩も引かなかった事もあった。
仕方ないので、俺はイチゴサンデーを食べる事にした。

パクッ
「う、うまい・・・このイチゴと生クリームが、混ぜん一体となって芳醇な味わいを醸し出している
そして、この舌触り、まったりとしつつ軽い感触が、口一杯に広がっていく・・・まさに芸術だ!」
「・・・・・・」
俺は、何か意味不明な形容を、大げさにしてみる事にした。
案の定、澪は、ホットミルクを、ただスプーンでクルクルを混ぜながら、ジッとこっちを見ている。

「澪も、注文するか?イチゴサンデー?」
「・・・・・・」
澪は、再び首をふるふると横に振った。
やはり澪の意思は固かった。
まあ澪が、そこまで言うなら仕方ない。
俺は、諦めて普通にイチゴサンデーを食べ
澪もホットミルクを飲みほした。
そして俺と澪は、店を出て
澪を家まで送り、その日はそのまま俺は澪と別れた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ピンポーン
「俺だ。澪、開けてくれ」
俺が、澪に洋服をプレゼントして1週間が過ぎた。
昨日、俺宛に澪からFAXが送られてきた。
その内容は、演劇部の部長となった澪が
来年の3月に行われる演劇のシナリオを書く事になったので
その手伝いをして欲しいという内容だった。
そこで俺は、今日シナリオを書く手伝いをするために澪の家にやって来たのだ。

ガチャ
『どうぞなの』
澪が、微笑みながら俺を迎え入れてくれた。
澪は、先週俺がプレゼントした青いワンピースを着てくれていた。
俺が、思っていた通り
そのワンピースは、澪にとても良く似合っていた。
そして俺は、澪の部屋へ向かった。

『何か飲み物持ってくるの』
「ああ、ありがとう、澪」
俺が、澪の部屋に入ると
澪は、台所に飲み物を取りに行ってくれた。
澪の部屋は、俺の部屋と違ってよく片付いているし
とても、良い匂いがする。
俺は、用意されていたテーブルの前に座って澪を待つ事にした。

『どうぞなの』
「澪、それ・・・」
澪は、俺にオレンジジュースを出してくれた。
そして、澪は、牛乳・・・

「澪、もしかして、あれからずっと牛乳飲んでいるのか?」
「・・・・・・」
澪は、うん、うん。
と2回頷き、牛乳を飲み始めた。
もしかして、学校でも、牛乳を飲み続けているのだろうか?
お腹を壊さない程度にしろよ、澪。

「で、どんなお話にするか決めたのか?」
「・・・・・・」
澪は、ふるふると首を横に振った。
確か以前、俺が見た劇は、深山先輩がオリジナルで作ったシナリオだった。
俺は、よくは知らないが、もしかしたら俺達の学校の演劇部は
代々部長が、劇のシナリオを作っていたのかもしれない。

「やっぱり、ハムレットとかリア王とか、よく演劇の使われる話を参考にした方が良いかもな」
「・・・・・・」
澪は、少し考えて、うん、うん。
と2回頷いた。
澪も、俺の意見に賛成のようだ。
やはり、最初から全部自分で劇のシナリオを作るのは難しいと思う。
だから俺は、シナリオの参考になりそうな本をいくつか図書館から借りておいた。

「えーっと、これなんか、どうだ・・・!?」
「・・・・・・(!)」
俺は、一冊の本を取り出した。
タイトルは”ガジラVSモニュラ”
な、なんで、こんな本が入っているんだ?
と思いながらも、ガジラの着ぐるみを着た澪を想像してみた・・・
火を吐く着ぐるみ澪ガジラ
のしのし歩く着ぐるみ澪ガジラ
モニュラと戦う着ぐるみ澪ガジラ
けっ、結構いいかもしれない。
これなら台詞もないし。

「あ、案外、良いかもしれな・・・」
『絶対嫌なの』
俺の提案は、すぐさま却下されてしまった。
それに、ガジラVSモニュラは、劇には向いていないかもしれない。
劇には、向いていない、いないが
澪ガジラは・・・
はっ!澪が俺を睨んでいる
俺は”真剣”に劇のシナリオを作る事に集中する事にした。

「どうだ、澪。良いのあったか?」
「・・・・・・」
俺と澪は、借りてきた本をパラパラと読んでいる。
だが、澪を出るとなると普通のお話は、そのまま使いにくい。
深山先輩も、澪のためにわざわざ話す事の出来ない役を入れておいてくれたのだから。
やはり、オリジナルの話を考えた方が良いかもしれない。

「ふぅ〜、少し休憩しようか、澪」
「・・・・・・」
澪は、うんっ。
と元気良く頷いた。
俺と澪は、図書館で借りてきた本を置き
少し休憩する事にした。
劇が行われるのは、3月だが、大道具の準備や演技の練習があるので
劇のシナリオは、出来るだけ早く出来た方が良い。
だが、だからといって、適当に作る訳にはいかない。
慎重かつ迅速な作業が必要とされるのだ。

「気分転換に外を少し歩こうか?澪、どこか行きたい所はあるか?」
『      』

何か、スケッチブックに書いたようだが、小さくてよく見えない。

「どうした、澪?もう少し大きく書・・・」
俺は、近づいて目を凝らした。
そのスケッチブックには、とても小さく
それこそ虫眼鏡が必要ではないかというほど小さく
”イチゴサンデー食べに行きたい”と書いてあった。

「そうか、澪。イチゴサンデー食べに行きたいのか」
「・・・・・・」
澪は、真っ赤な顔をして、スケッチブックで顔を隠してしまった。
そうか、やっぱりあの時、イチゴサンデーが食べられなかった事を
今でも少し後悔していたのかもしれない。

「よし、じゃー、食べに行こう。イチゴサンデー」
「・・・・・・」
澪は、うんっ。
と元気良く頷いた。
俺は、立ち上がり部屋を出ようとした。
すると、澪は、何か入った紙袋を大事そうに持ち
その紙袋を抱えながら、俺の後をついてきた。
一体、何だろうか?

「澪、それは、もしかして?」
『新しい靴なの』
玄関まで来ると
澪は、紙袋から中身を取り出した。
それは新しい靴で、靴底が10cmはある厚底の靴であった。

「澪、それ、履くのか?」
「・・・・・・」
澪は、うんっ。
と元気良く頷いた。
澪は、やはりまだ自分が小さい事を気にしているようだ。
厚底の靴を履いたところで、実際の身長は変わりはしないのだが
当の澪は、それで満足しているようで、元気良く歩く出そうとした。

「お、おい、大丈夫か、澪?」
『大丈夫なの』
いつもは、俺の肩の辺りまでしかない澪の頭が、にょきっと伸び上がっている。
だが澪は、慣れない靴を履いて、第一歩目から少しバランスを崩した。
”大丈夫なの”という、スケッチブックに書かれた字も、少し歪んでしまっている。
そして、玄関を出てからも、まるで竹馬にでも乗ったような感じで
俺にしがみ付きながら歩いている。
本当に、大丈夫なのか?

「(イチゴサンデ〜、イチゴサンデーなの〜)」
澪も、ようやく厚底の靴に慣れてきたようで
なんとか普通に歩く事が出来るようになってきた。
澪は、上機嫌で、鼻歌まじりの軽快なステップで
先週行ったお店に向かって道を歩いている。
そして、目の前に踏み切りが見えてきた。
その踏み切りを渡れば、目的のお店がある商店街にたどり着く。

カーンカーンカーンカーン
「くっ、間に合わなかったか」
俺達の目の前で遮断機が下りてしまった。
今の時間帯は、電車が多い上
この辺りは、大きな駅に挟まれているので
一度遮断機が下りるとなかなか通る事が出来ない。

「・・・・・・」
澪が、陸橋を指差している。
この遮断機は、駅と隣接しているので
陸橋を使えば改札を通る事なく、向こう側に行く事が出来る。
俺と澪は、階段を上り陸橋を使って遮断機の向こう側に渡る事にした。

「本当に大丈夫なのか、澪?」
『大丈夫なの』
澪は、一歩一歩、踏みしめるように階段を上っている。
なにせ、靴底が10cmはあるので、階段を上るという作業は
慣れていない澪にとっては、困難を極めるようで
俺に、しがみつきながら下を向き、慎重に足を上げている。
そして、今ようやく陸橋の通路の部分までたどり着いた。

「まだ、遮断機は下りたままだな」
俺は陸橋の上から、踏み切りを見た。
こういう遮断機や信号に引っ掛かって陸橋を使った時
自分がまだ向こう側に着かないうちに、遮断機が上がったり、信号が青になると
少し損をしたような気分になる。
澪も同じ事を考えているのだろうか、階段を上がる時は少し慎重だったが
今は、少し急いでいるような気がする。
そして、俺達は、階段を下り始めた。

「危ない、澪!!」
澪は、階段の真ん中の踊り場から階段へと足を踏み出した時
靴の底の踵の部分が、階段の角のぶつかり、前によろめいて倒れそうになった。

ドサッ
「・・・・・・(!)」
澪が、つぶっていた目を開くと
澪をかばうように抱きしめた浩平が、気を失っている事に気が付いた。

「(目を開けてしっかりするの)」
澪は、血の気が引き、真っ青になりながら必死で浩平の体を揺すったが
浩平は、ぐったりとしてピクリとも動かなかった。
だが澪が、助けを呼ぼうとした時
遮断機が開き、待っていた人達が、忙(せわ)しなく踏み切りを渡り始めた。
浩平が、階段から落ちた事に気が付いた人もいたが
澪が大声を出す事もなく
周りにたくさんの人がいたので
一瞥するだけで、特に気にとめる事もなく通り過ぎて行った。

「(あれは!)」
澪は、改札口の近くにあった公衆電話に気が付き
そして、電話のところまで走ろうとしたが
底の厚い靴のつま先が地面をこすり
つまずいて転んでしまった。

「(邪魔なの!)」
澪は、厚底靴を脱ぎ、投げ捨てた。
そして靴下のままで電話のところまで走り
電話の受話器を取って、赤いボタンを押して119番に電話した。

「はい、こちら119番通報」
「(早く!早くなの!!)」
「もしもし?・・・・・・ダメじゃないか、イタズラしたら!!(ガチャ、ツーツーツー)」
澪は、必死で浩平が気を失った事を伝えようとしたが
電話を受けた人は、澪が何も喋らなかったので
イタズラ電話だと思い、すぐに電話を切ってしまった。
澪は、混乱し自分が言葉を発する事が出来ない事を忘れてしまっていた。
そして、その時ようやく自分が話す事が出来ない事を思い出し
改札口にいた駅員に近づいて行った。

「(お願い、早くなの!)」
「な、なんだ、君は?」
澪は、改札口にいた駅員の必死で袖を掴み、電話を指差した。
だが駅員は、澪の行動が理解出来ず
袖を掴んだ澪を手を振り払った。

「ダメだよ、電話にイタズラしたら」
「(か、書かないといけないの)」
澪は、ようやくスケッチブックの事を思い出した。
そして澪は、スケッチブックに救急車を呼んで欲しいと書こうとした。

「(きゅ、救急車)」
伝わらない
決して伝わらない自らの想い
大きな悲しみが込み上げ、涙が溢れてくる。
なぜ自分は、言葉を話す事が出来ないのか
自分をかばってくれた大切な人を助ける事が出来ないのか
澪は、悲しかった。
大粒の涙が、頬をつたわり、そのスケッチブックはみるみるうちに涙で濡れていった。

「(あっ!)」
澪は、急いで書こうとしたため、サインペンを落としてしまった。
そして、急いでサインペンを拾おうとした。
その時

「・・・・・・(!)」
「どうしたんだ、澪?突然いなくなるから驚いたぞ」
澪は、泣きながら俺に抱きついてきた。
俺は、澪が落としたスケッチブックに気が付いた。
そのスケッチブックには”救急”の後に”一”の下に”日”と書いてあった。
そうか、澪は、救急車を呼ぼうとしていたのか。
俺は、一瞬気を失っただけかと思っていたが
自分が思っていたより、長い間気を失っていたようだ。

「そうだ、澪。靴、そこに脱ぎ捨ててあったぞ」
「・・・・・・」
俺は、さっき拾った厚底靴を澪に手渡した。
だが澪は、何か神妙な顔をして、靴を履かずに券売機の方に歩いて行った。

「・・・・・・」
「わっ!何するんだよ、澪」
澪は、手に持っていた靴を券売機の横にあったくず箱に捨ててしまった!

「その靴、買ったばかりなんだろ」
「・・・・・・」
俺は、くず箱から靴を取り出そうとしたが
澪は、両手を開き俺を遮った。
そして、今にも泣き出しそう顔をしてふるふると首を振っている。
そうか、自分が、こんな慣れない厚底の靴を履いて町を歩いたから
こんな事になってしまったのだと思っているのだろう。
元々、厚底靴など、澪には必要なかった物だ。
俺は、澪がその厚底靴捨てるというのなら、それで良いと思う。

「そうか、じゃー、一度家に帰ろう、ほら澪」
「・・・・・・」
俺は、その場にしゃがみ、澪におぶさるよう促した。
澪の家に帰れば、昨日まで履いていた靴が玄関にあった。
だが澪は、躊躇し、なかなか俺におぶさろうとはしなかった。

「靴無しじゃー歩けないだろう?ほら早く」
「・・・・・・」
ようやく澪は、俯いたままちょこんと俺におぶさった。
そして、俺は立ちあがり、澪の家へと向かって歩き始めた。

「澪、あれくらい気にする事ないぞ」
「・・・・・・」
澪は、まだしょんぼりとしたままだ。
まあ、無理もないかもしれない。
自分が、身長が低いという事を気にしたばかりにあんな事になってしまったのだから。
澪は、責任感が強い。
だから、自分が些細な事にこだわって
俺が、階段から落ちた事を気にしているのだろう。

「それから、別にあんな靴なんて履く必要ないぞ。今でも澪は十分なんだから」
「・・・・・・」
ダメだ。
まだ、澪は落ち込んでいる。
仕方ないな・・・

「もっと自分に自信を持ってくれよ。そ、その、俺が好きになった女の子なんだから」
「(!)」
澪の雰囲気が、ぱっと明るくなった。
そして、俺にピタッとくっつき
俺の肩越しから照れたような微笑を浮かべながら、俺を見ているようだ。
だが、さすがに今の台詞は少し恥ずかしかったな。
俺は少し話題を変える事にした。

「そうだ、澪。先週からずっと牛乳飲んでいたんだろ?」
「・・・・・・(?)」」
澪は、俺の質問が、あまりに唐突だったので
意外そうに、うん、うん。
と2回頷いた。

「身長は伸びなかったけど、胸は成長したんじゃないか?」
「(!)」
澪は、俺の頭や肩をポカポカと叩いている。
俺にはわかる。
澪が、今どんな顔をしているのか
どんな事を考えているのか
嬉しいのか、悲しいのか
笑っているのか、怒っているのか
振りかえるまでもない。
なぜなら、それは伝わるから
俺には、澪の想いが伝わってくるから
だから、伝わると思う。
澪が伝えたい事
たくさんの人に、きっと伝わると思う。
そして、俺はその手助けがしたい。
澪と一緒に、言葉なんかじゃ伝わらない大切な事を、より多くの人に伝えていきたいと思う。
そして、澪の手が止まり
澪の小さな指が、俺の背中を滑っていく・・・

『私も大スキ』
悩みや欠点の無い人など何処にもいない
だからどんな人でも自らの存在というものに不安を持っていると思うの
でも本当に大切な事はその悩みや欠点を互いに認め合い
そして許し合える存在がいるということ
いつもそばにいてくれる
いつも大切に想ってくれる人がいるということ
だから私は歩いていけるの
自分信じた道を、そう

私にクレヨンと勇気を与えてくれた男性(ひと)と共に・・・     

 

 

 

<つづく>

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