未来予想図
なんというか…いい気持ちだ。
温もりがすぐ側にある、それを実感出来ることは。
俺が一番大事にしたい人が、俺のすぐ横で寝息を立てている、それだけでこんなに満たされた気持ちになるなんて今まで考えたこともなかった。
「くー、くー」
可愛い寝息だな。素直にそう思える。面と向かって言うのは恥ずかしいし、名雪もそんなことを聞かされたくはないだろうから言わないが、名雪の寝息は本当に可愛い。
寝顔も可愛かった。普段から可愛いと思っていたが、寝ていても可愛いというのは他の女に対してものすごいアドバンテージじゃないだろうか。
もっとも、俺にとっちゃ名雪が全てだから、俺が気にすることでもない、むしろ俺が注意しなければならないことはこの寝顔を誰にも見せないようにすることだ。
この寝顔は俺だけが見ることを許された寝顔なんだからな。
「くー…くー…」
頬を軽く触ってみる。
すべすべで柔らかくて気持ちがいい。
飽きが来ることなんて絶対にないんじゃないか、そう思えるほどに病み付きになる。
まるで、麻薬だ。俺を完全に虜にしている。
軽く摘む。もちもちとして弾力もあって、柔らかくって。
「気持ち、いいな…」
呟く。
呟いた所で名雪が目を覚ますはずがない。こんなことで名雪が目を覚ますぐらいなら、朝起こすのに苦労はしない。
起きてくれた方が嬉しいんだけどな、俺としては。名雪が目を覚ました時の顔、好きだから。
まあ、今はまだ無理か。今日はちょっと激しかったから、名雪も疲れただろう。俺もこうやっているが半分意識がはっきりしなくなる瞬間がある。
でも、眠るのならこうやって名雪の感触を味わいながら眠りたい。
幸せってのは、こういう瞬間を実感した時に思うことなのかもしれない。
しかし、無反応ってのはちょっと悲しいものがあるな。
俺もとっとと寝てしまえばいいのかもしれないが、それは勿体無い気がして寝られない。次はいつこんなことが出来るかわからないからな。
今日は秋子さんが帰って来ないから、こうやって俺の部屋の俺のベッドで二人枕を並べて寝ることが出来るが、秋子さんがいる時はさすがにそこまで大胆な行動には移れない。よほどのことがない限りは夜に上がってくることはないが、落ち着けないからお互い自粛しているんだ。僅か数時間の営みの際もどきどきでやっているぐらいだ。何度となくやってはいるが、今のところは見つかっていない。が、バレバレって気がする。秋子さんは何も言わないから俺たちも隠したままにしている。公表してもいいかもしれないが、とりあえず卒業するまではお互い黙っていようと決めているから言わない。
「名雪、起きろよ」
起きて、もっと話そう、もっと触れ合おう。もっと感じあおう。折角の時間が勿体無いじゃないか。
明日学校さぼってさ、秋子さん帰ってくるまでずっとこうやっていようぜ。
「く――――――、く―――――…」
…やれやれ。
まあ、しょうがないか。名雪だからな。
仕方がない。寝ていても出来ることをしよう。
名雪の頬にもう一度手を当てる。今度は摘んだりしないで、さわさわと触れるだけ。
と、名雪が俺の手を掴む。
「な、名雪?」
起きたのか?と思ったが、それが間違いであると気付く。
俺の手を自分の頬と挟み込むように手を当てて、すりすりと頬ずりするようにゆっくりと上下させた。
「ゆういちー…あったかいね…」
「…寝言か」
目を覚ます気配は全然なかった。どうやら夢の中でも今のような状態になっているらしい。なんかくすぐったいな。でも、嬉しいぞ。夢の中でもちゃんと俺が相手らしいからな。
愛しくて抱き寄せる。元々俺の方に身体を傾けていたから簡単に俺の腕の中に収まった。
名雪に右手を預けているから残った左手で名雪の身体に触れる。頬も身体も同じだ。ふわふわでもちもちで、とても気持ちいい。
左手を肩から少しだけ腕に這わせ、そのまま胸の膨らみに持っていく。痺れるような感覚が脳内に伝わってくる。何度触れても必ず俺は同じ感覚を味わう。俺を狂わせる。
我慢出来ない。布団の中に顔を潜り込ませ、名雪の胸に顔を持っていく。左手で名雪の右胸に触れながら、顔を左の胸に近づける。
触れようとする直前、名雪の身体の匂いを嗅いだ。
いつも必ずやる行為だ。名雪が起きている時は嫌がるところを無理矢理にでもやってしまうが、幸いにも今はやり放題だ。嫌がるところをやるのも一つの楽しみだが、邪魔されることもなく匂いを嗅ぐのも悪くないというか嬉しい。
母乳が出るわけでもないが、名雪はミルクの匂いがする。たまらなく甘いミルクの匂い。実際に甘いミルクが出たら飲めたもんじゃないかもしれないが、名雪の匂いはとても美味そうに思えてしまう。
そのまま胸の谷間に顔を埋めて、また匂いを嗅ぐ。僅かに汗ばんでいるが、甘いミルクの香りが濃いだけで汗臭さはまるでない。
左手はずっと胸に当てたままだ。時々下の方から包み込むような形で軽く揉んでみる。むに、として気持ちがいい。そのままむにむにと、普段から痛がらないで気持ち良さそうな声を出してくれる程度の力で揉んでいく。
と、名雪の身体が小刻みに揺れているのを感じる。これって…
「…祐一。いっつも嫌だって言っているのに、どうしてそれやるの?」
「…いつから起きてたんだよ」
今気付いたが、俺の右手は自由になっていた。名雪は両手で俺の頭を掴み、身体から引き離そうとしている。
「ずっと起きてたよ」
「なに?」
「寝たふりをして、祐一がどんなことを言ってくれるのか聞こうと思ってたんだよ」
最近の名雪は性格が悪い。わざと先に帰るふりをして校門で待っていたり、待ち合わせ場所に遅れてきたフリをして陰でずっと様子を窺っていたりする。ったく、いつからこんなに性格悪くなったんだ。こりゃ間違いなく親友の影響だろう。
「それでずっと我慢していたのか?いつもなら軽く撫でるだけでも声出すくせに」
「うん、頑張ったよ」
名雪はとても感じやすいことを思い出した。いつもなら軽く触れただけでも軽く喘ぎ声を出すんだった。くそ、今度確認する時は耳元に息を吹きかけてやる。
いや、それよりも今はこの抵抗する腕を押さえつけて…というか、直接攻撃。手は名雪の好きにさせて、顔を胸に押し付けた。今度は谷間じゃなくて、膨らみの方に。そのまま舌で舐めあげる。
「あんっ!」
一瞬名雪の力が抜けた。その隙を逃す俺じゃない。
名雪の手を振りほどき、背中に腕を巻きつけ、さっきよりも密着させた状態で念入りに嘗め回した。
「あ…だ、駄目っ…はんっっ!」
「ごめんなさいを言うまで続ける」
「そ、そんなのずるいよゆう…んんっっ!…ご、ごめんなさいっ!ゆる…はぁんっ!」
よし、今はこのぐらいで許してやろう。名残惜しいがゆっくりと顔を離す。
「祐一のえっち」名雪は涙目だ。月明かりに目尻から光るものが見えた。
「可愛い声を出す方が悪い。ずっと聞いていたくなるだろ」
「…すぐそうやって怒れなくなるようなことを言うんだから…えい」
名雪が予想外の反撃に出た。
さっきまで逃れようとしていた俺の顔を、自分から胸に押し当てた。
「名雪?」
「…えっちな祐一も好きだからね、わたしは。何か可愛いから」
「可愛い、のか?」
「うん。わたしの胸にずっと顔当ててるのを見ていると、祐一のお母さんになったみたいな気持ちになるんだよ」
「ということは、思う存分吸ってもいいってことか」
「あまり強くしないのなら、いいよ。出ないけどね」
出たら驚きだ。名雪はちゃんと吸いやすいように位置を調整してくれている。
でも焦らそう。今はまだもう少し話をしていたい。
「名雪はわからないだろうけどな、名雪はミルクの匂いがするんだ」
「…まだ出たことないってば」
「出るとか出ないとかそういうことじゃなくてだな、匂いがするんだよ。とてもいい匂いだと思うぞ」
「だからって嗅ぐのは止めてよ。恥ずかしいよ」
「何を言っているんだ。もう名雪の見ていないところなんて、内臓ぐらいってぐらいに見ているじゃないか」
「そういう問題じゃないんだよ。恥ずかしいからくんくん言わせるの止めてよ」
「名雪はいちご好きだよな。母乳が出るようになったらいちごミルクの味がするかもしれないな」
「そんなことあるわけないじゃない」
「いや、決め付けはよくないぞ。あれだけいちごサンデーやらいちごジャムやら毎日食べているんだ。本当に出たりしてな」
「祐一変なことばかり言うね」
「夢があっていいじゃないか。名雪の子供はいちごミルクで育つなんて、な」
一瞬の間。その後自分の言ったことに気付いてうろたえる。この会話の流れだと…あ、名雪が俺を見ている。しかもその顔は絶対とんでもないことを言い出す顔だ。
「わたし、祐一との子供なら欲しいな」
「いきなりだな」
「祐一が変なことを言うからだよ」
「変なこと、か?」
変なこと、ではないと思う。
俺は名雪が好きだ。愛していると言い切れる。最近では名雪と一緒に生きていくことも考えている時間が長くなっている。名雪と、秋子さんと一緒にこの家で暮らしていくことを。子供を二人ぐらい育てて…なんてな。
名雪には言ったことがないが、ここのところずっとそんなことばかり考えている。未来設計というにはちょっと幼すぎるような気もするが、今まで将来のことなんか全然考えたことのなかった俺だ、今はこれぐらいの考え方しか出来ない。
今なら、名雪にも言っても笑われないかもしれないな。
「変なことだよ。だって…本当に出たら困っちゃうよ」
「その時は俺が独占させてもらうから構わないぞ」
「わっ、また変なこと言ってるよ」
「変じゃないよ。思っていることを言っているだけだ」
名雪の胸に顔を埋める。鼓動が早い。じっとりと汗ばんでいるみたいだ。名雪は動揺しているんだろうか。でもそれは俺も同じだ。名雪に負けないぐらい汗ばんでいると思うし名雪と同じぐらいどきどきしている。
「俺も、名雪との子供は欲しいな」
「え?」
「名雪と俺との間の子供が欲しい。そして名雪の出してくれる母乳を子供と争奪戦を演じたいんだ」
「…駄目だよそんなことしたら。子供はおかあさんのおっぱいで育つんだから。祐一はお父さんなんだから、子供を立てないと」
「お母さんのおっぱいは二つあるからな。一つは子供に預けるさ。残り一つは俺の独占だ」
「祐一、本当に子供みたい」
「いいんだよ。名雪は子供の母であると同時に俺のものなんだからな。子供は成長すれば親から離れていくけど、俺はずっと名雪と一緒なんだからな」
また、間。そして名雪が口を開く。
「…祐一、それってプロポーズみたいだよ」
ぐ、と。名雪が俺の頭を抱く力を強めた。鼓動がどんどん早くなっていく。
俺もちょっと力を入れて頭を上げ、名雪の顔の正面に持って来た。名雪はちょっと目を潤ませて、俺の目を見ていた。
「プロポーズじゃないな。未来予想図だよ。
名雪と一緒になって、この家で秋子さんと三人で暮らして、やがて子供が生まれて、俺と子供との間で名雪の争奪戦をして、秋子さんが負けた俺を慰めてくれて、そんな俺を名雪が困った顔で見て、夜に慰めてくれて…そうやってずっと生きていって、子供が大きくなったら独立して、そしてまた俺だけの名雪に戻ってくれて、ずっとずっと一緒に生きていく…今の俺の未来予想図だよ」
本当に、言ってしまった。でも不思議だ。全然恥ずかしくない。むしろほっとしている。ずっと心に秘めていたことなのに。言うには恥ずかしすぎることなのに、ほっとしている。それは多分確信しているから。名雪は俺と同じことを考えてくれている、そう確信しているからだ。
「ずっと、一緒だよ、祐一」
「ああ、ずっと一緒だ、名雪」
お互いに目を閉じ、そして二人は身体を重ね合う。
夜が明けて朝が来て、学校をさぼって、何も食わずに秋子さんが帰るまでずっとお互いを感じあった。秋子さんが「もうすぐ帰るわ」という電話を受けて、最後はシャワーを二人で浴びた。お互いの身体を磨きあって、そこでもまた身体を重ねた。
そして
俺たちは周囲を賑わせた。高校生にして子持ちになってしまったんだからしょうがない。秋子さんも香里も北川も祝福してくれた。俺の未来予想図は、ちょっとばかりシナリオが早くなっているようだ。
だが、一つだけ誤算があった。
生まれてきたのは双子で、俺が独占するはずの場所は結局子供に独占させてしまう羽目になってしまった。
「我慢してね、お父さん」
今の俺の未来予想図は、一刻も早い子供の独立が最優先となっている。そして子供に譲っていることへの鬱憤を夜に思い切りぶつけさせてもらっている。
そして一年後
「おめでたです。どうやら双子のようですね」
おしまい