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〜永遠の盟約〜

 

第三章 

『永遠の盟約』

 

 私は普通に生きていた。

 それまでと同じように日常を生きることを努めた。

 もちろん…色んなところで無理はでてくるけど…でも前向きでいたいという姿勢は守りたかった。

 そうすることによって、自分を保ちたかったんだと思う。

 それでも、ふと悲しくなるのはどうしてだろう。

 どうしてなんだろう。

 季節のうつろいは緩やかで、いつまでも同じ時間にいるような気がする。でもちゃんと進んでいる。

 同じ時間にいる気がするのは、わたしの気のせいにすぎないのだ。

 同じ季節にわたしはいない。一歩づつ、あの日から遠ざかっている。

 あの日探していたものと、今探しているものは違うし、見ている風景も別だ。

 すべてがうつろいゆく。留まっているのは思い出だけだ。

 色褪せない思い出…

 その中に身を投じれば、わたしは辛くなる。激しく、心が震えてしまう。

 あまりにも、悲しいから。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、浩平っ…」

 見覚えのある背中をみつけると、わたしは嬉しそうに声をかける。

「おぅ、長森」

 浩平は、いつものように返事をしてくれる。

「はっ…あはっ…」

 わたしはそれが嬉しかった。こんな、平和なありきたりの日常が。

 どうして気付けなかったのだろう、ありきたりの日常の中にこそ幸せがあることに。

「どうしたんだ?」

 どうやら表情が沈んでいたらしい、浩平は聞いてくる。

「ううん、すごく悲しい夢を見てたんだよ。すごくイヤな夢だったよ」

 そう、嫌な夢を見ていた。けれど、それももう覚めたんだ。私はそう思って嬉しかった。

「そうか。それは可哀想になぁ…よし、じゃあ、今日はおまえのために一日時間を割いてやるか」

 わたしの頭を撫でながら、そんなことを言ってくれる。

 こんな時、浩平はわたしを妹のように扱うのだ。

 ぐしぐしと、少し荒っぽくわたしの頭を撫でる浩平の手が心地良かった。

「ほんとっ?」

 顔を輝かせて聞き返すわたし。

「ああ。一日遊べばきっとイヤな夢だって忘れられるだろ?」

 笑いながら言う浩平。

 わたしには分かる。嘘をついてない、本当のことを言っているときの浩平の顔だ。

「うんっ、おつりがくるよっ」

 わたしは浩平の手を握りながら答えた。はやる気持ちを抑えきれない。

「よぅし、いくかっ」

 浩平も手を握り返してくれる。

「うんっ、いこっ」

 私達は、一緒に町へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 たくさんの幸せのかけら。

 ビー球のように輝く小さな幸せのかけら。

 浩平と集めるんだ。

 一緒に集めた幸せは、ふたりの共有する幸せ。どっちの角度から見ても、それは幸せなんだ。

 互いが共有する幸せ、それこそが本当の幸せなんだと思う。

「ね、浩平」

 わたしは隣の浩平に話しかける。

 でも、それのほうがイヤな夢だったことに気付くとなにもかもを失った気さえする。

 そして思う。だったら、覚めなければいいのに。でも、覚めるから夢は夢なのだ。

 

 

 

 

 

 

 夢と現実、目覚めてみて初めてその境目が分かる気がする。

 けれど悲しいのなら、分からないほうがいいと思う。

 夢を見るために人は眠るわけではない。傷付くために人は夢を見るわけではない。

 人の心とは、何故にかくも脆いものなのだろうか。

 もっと、強くなれないのかな。

 何とはなしに、胸中で呟く。

「瑞佳…?」

 心配そうに私に話しかけてくる友達。けれど私はそれに気付かない。気付く余裕もないから。

「………」

 少しの間、何も考えられない。沈黙の時間が続く。そして湧き上がる悲しい気持ち。

「大丈夫、瑞佳…?」

 また話しかけてくれる友達。優しい友達だ、そう思う。だけど、まだ私はその声に気付かない。

「はぅっ…」

 私は泣き出しそうになる。

「瑞佳っ…」

 今度は体を揺すりながら話しかけてくる。

「…えっ?」

 さすがに私も、そこまでされると声と姿に気付く。

「瑞佳…」

 心配して、声をかけてきてくれたであろう友達に話しかける。弱々しい声で。

「あ、佐織…呼んだ?」

「どうしたの、なんだか…」

 顔色悪いよ、そう心配してくれる。

「ううん、なんにも」

 できるだけ、明るい顔を作り答える。顔色の悪さは、どうにもならないかも知れないけど。

「ほんと?」

 なおも、心配してくる佐織。無理もないかもしれない。泣き出しそうな声を出していたのだから。

「うん、なんにも。大丈夫だよ」

 笑顔を作るのもままならないまま答える。

 そして、ふと悲しみがわたしの心を捉えてしまうと、このぬいぐるみに話しかける。

 その人形はいつもバッグの中に入っている。大切な人がくれた物だから。

「うっす、おれ、ウサぴょん!」

 淡いピンクの色のうさぎの人形が喋る。

「なにそれっ、呪いの言葉を吐く人形?」

 佐織が驚いて声を上げる。

「ううん、私を元気づけてくれる友達だよ」

 そんな佐織に私は真顔で言う。

「そ、そうなの…」

 少し引いた感じの佐織。それでも彼女は私を本当に心配してくれているのだ。いつも彼女はわたしを気にかけてくれる。だけど、そのことを時々苦しく感じることがあったのも事実だ。

 親であれ、友達であれ、仲が良ければ良いほど心配をかけたくないものだ。かければ、かけるほど心が窮屈になる感じがするから。

「そうだよ。ご主人様に似て、口の悪いコだけどね」

 ご主人様は今はいないけど…。

 胸中でそう呟く。誰も彼を覚えていない。だけど、できるだけそのことは考えないようにする。

 考えれば考えるほど悲しくなるから…。これ以上、友達に心配をかけたくないから。

 ウサぴょんこと、うさぎの人形は話し続ける。

「よぉ、どうした、長森、元気ないねぇっ!」

 ほんとだな、そう思う。

「いいか長森! おまえのそばに、とんでもなく鈍感で頭の悪い男がいるだろう!」

 うん、いたよ。心の中で頷く。でも、今は……

「ときには、おまえを罵倒したり、なじったりするかもしれない! でもな、許してやってくれ! 我慢してそばにいてやってくれ! どんなことしたってな、そいつはおまえのことが好きなんだから!」

 うん、許してあげるよ。だから―

「だからな、長森! 元気なくても、そいつには元気のいい笑顔を見せてやってくれ! そうすれば、バカだから、そいつは幸せでいられるんだ! な、頼むぜ! そしてっ!」

ぬいぐるみが続ける。

「そして、そのバカがいないときでも笑っていろよな、長森! 引きつりそうな限界の笑顔で、笑っていろよな! じゃないと、あいつが戻って来たときに、寂しい思いをするからな! 以上、うさピョンが贈る、叱咤激励の言葉でした! さらばぴょん!」

 そう言って人形は締めくくると沈黙した。

「あはは…」

 わたしは悲しい笑いを浮かべる。

「……?」

 いぶかしむ佐織。

「おかしいよね」

 自分でも思ってしまう。きっと回りの人間から見れば、尚のことそうだろう。

「瑞佳…」

 佐織はそれ以上は聞いてこなかった。

「あははっ…」

 わたしは弱々しく笑った。

 悲しみは拭えなかった。

 ―だから帰ってきてよ…早く。私はウサぴょんの言ったように笑顔ではいられなかった。

 涙が頬を伝っていた。鼻がつんとして、目頭が熱かった。

(浩平、わたし……寂しいよ…)

 

 

 

 

 

 

 

 夏…暑い夏だった。

 友達は多いほうじゃなかったけど、それでもその大切さを感じた。

 わたしひとりだけが、遠くの南海の果てに浮かぶブイの方向を見ていたのに、友達はちゃんとそばに居てくれた。

 それはありがたいことだった。

 苦しい時、寂しい時、わたしを支えてくれている気がした。

 

 秋…日常というものが、すでに失われたものであったなら、わたしは一体どこに生きているのだろう。

 ふと思えば、肌寒く、わたしは風邪をこじらせたりした。

 何だかんだいいながらも、心配してくれる幼馴染はいなかった。それが寂しかった。

 もう一度前を見よう。

 しっかり顎を引いて。

 いつか、心から笑える日が再び来るその日まで。

 

 冬…凍てついたのは太陽だけでなく、心もそうだ。

 もし、次の季節がきて、明るい陽光が差して、溶けてくれるなら。感情のような朝露がわたしの心の雨どいを伝ってくれるなら。滑らかに落ちて、その下の琴線に触れてくれるなら。

 わたしの心は溶けるのだろうか。

 それでも、まだわたしの心に光は届かない。

 心は未だに凍てついたままだ。

 

 春…春という季節は、別れの季節だった。

 出会いと別れは、同時期にやってくるのだと思う。

 いろいろな人と別れて…そして今もわたしは、待っているのだ。

 あのひとを。

 ずっと永遠に繰り返される、季節のうつろい…だと思っていた。

 その日が訪れるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、どうしてたんだ、久しぶりだなぁ」

「病気でもしてたのか?」

 何人かの生徒が、驚いたような声をあげる。

 そこはいつもの学校の教室。

「おいっ、待てって…」

 ん…なんだろう…。でもちょっと手が離せない。学級日誌つけてるとこだから。…自習でプリントを一枚と。

「あー…ごほんっ」

 しらじらしい咳払い。

 なんか、聞いたことあるなとわたしは思う。

「えっと…長森…」

 え、わたし…?

 顔を上げる。

 そこに居た。

 少し照れたように、はにかんだ人が。

「あー…えっとだなぁ…」

 その人が言う次の言葉は分かっていた。

「………」

 わたしは待った。そこ言葉が彼の口から出るのを。ずっとこの時を待っていたのだから。

「ずっと前から好きだったんだ…俺ともう一度…付き合ってくれっ!」

 そう、その人が告げた。

「えっ…?」

 分かっていたのに、思わず口から出る驚きの声。さすがに、分かっていても告白なんて、慣れないことをされれば緊張もするものだ。

 ものすごく恥ずかしいことを正面きって言う人だ…。返事を考えながらそう思う。

 みんな見てるのに。

 でも、私は正直だから、答えちゃうんだ。

 その人は、わたしの大好きな人だったから。

 ずっと待ち続けてた人だから。

 これからもずっと、『一緒に居たい』人だから。

 返事は決まっている。考える必要も本当はない。ただ確認したかったんだ。今の現実を信じるために。

「うん…いいよっ」

 わたしはとびきりの笑顔で答えた。

 教室の中が歓声で埋め尽くされる。どうもこの教室の学生は色恋沙汰が大好きらしい。

 わたしもさすがに、彼の次の行動までは予想できなかった。

 だからその時は心底驚いたし恥ずかしかった。けれど、同じ位に嬉しかった。

 そんな歓声の中で浩平は照れたようにしながらも、わたしの手を取って椅子から立たせると強く抱き寄せた。

「きゃっ」

 思わずあげてしまう短い悲鳴。

 けれど、そんな悲鳴はより強まった歓声に飲み込まれてしまう。

「ただいま。今までまたせてごめんな」

 そう言うと浩平は、私の唇にキスをした。

 みんなが見ている教室の中で。

 確かに感じる浩平の温かさ。

 その時教室の中の歓声は、最高潮へと達した。

 そして、小さく一言。

「やっぱり、牛乳の味がするな…」

 まったく浩平は。

「バカ」

 わたしは浩平の頭を叩きながら言う。

「ずっと待ってたんだから。寂しかったんだからね。罰にこれからは一人で起きてよね…」

 最後のほうは言葉になったかどうかは分からない。わたしは浩平の胸の中で泣いた。

「善処はしてみるよ」

 苦笑しながら言う浩平の声が聞こえた。

 だけれどわたしは思う。きっと浩平は一人は起きられない。だからわたしが起こしに行くのだ。

 明日からはありふれた日常がまた始まる。

 お互いが望んだもの。

 こんなところに幸せはあった。日常の中に全てはあったのだ。

 こんなことに気付くのにどれくらいの時間がかかったのだろう。

 そう、こんなところに『永遠』はあったのだ。今は過ぎていくけど、それは終わりじゃない。次への通過点。

 今日の次は明日、その次は明後日。終わらない日々。決して紡ぐのをやめない時間。きっと、『永遠』っていうのはそういうこと。

 わたしたちが望めば、ううん、望まなくても日は沈みそして昇る。明日という未来は永遠に無くなる事はないのだ。

「よし、じゃあ、今日はおまえの為に一日時間を割いてやるか」

 どこにでも好きな所に行こう。浩平は言った。

 それは待ち望んでいた日々。

 「うん!」

 わたしは笑顔で返事をした。

 今日からわたしたちの『永遠』が始まる。

 

 

 

 

 

 

〜永遠の盟約〜

FIN