そして・・・君に

 

 

 

「あはは〜。それもそうですね〜」
 屋上の扉の前のおどりば、いつもの場所で、いつものように微笑を浮かべる佐祐理さんが居る。
 その隣には、黙々と弁当を食べる奴。
 舞だ。
 2人とも俺の1個上なんだが、そうは見えなかった。
 気が合う・・・とでも言うのだろうか。
 ホンの少し前に出会ったばかりなのに、遠い昔から知り合いだったかのように。
 とても深い親友だったかのように。
 少なくとも俺にはそう思えた。
 目の前では、佐祐理さんが作ってきてくれた弁当と、俺の買ってきたパンがその姿を変えながら存在していた。
 3人で食事をつまみながら談笑して。
 時に佐祐理さんの本気だか冗談だか分からない言葉に舞がツッコミ。
 それをまた笑って。
 俺にはこれが当たり前の物になっていた。
 
 ・・・・・・・。

 どこか・・・。
 何処かでこんな風に生活をしていた事あったような気がする。
 そう・・・。
 何処かで。
 こんな風に舞と佐祐理さんと。
 ・・・舞・・・。
 あの時初めて会った時もそうだったんだが。
 なんだろう、なにかこう・・・感じたんだ。
 何かを・・・、なにか大切な・・・。

 不意に目の前を見ると、舞が俺の顔を見ている。
「ん?どうした舞」
 舞は視線を動かすことなく、表情を変えることも無く、
「・・・・・・・・」
 と、箸をくわえたまま何も言わない。
 ・・・・・。
 ふっと、俺の脳裏に何かがよぎる。
「ああ、タコさんウィンナーか?確か舞はウィンナーが好きだったよな?」
 コクッと頷く舞。
 目の前にある弁当箱から可愛らしい・・・のかどうかは分からない、タコさんウィンナーを取り、舞の皿の上に置いてやる。
 それを待ってましたと言わんばかりに舞は口の中に運んだ。
「ほぇ〜……」
 その行為を見ていた佐祐理さんが、感心したようなため息を漏らす。
「なんか祐一さんって、舞の事だったらなんでも知ってるって感じですね」
 その、佐祐理さんの言葉がなにか引っかかった。
「こないだ会ったばかりのはずなのに、なんだか長年連れ添った夫婦みたいです」
 満面の笑顔でそんな事を言う佐祐理さんのその笑顔には、いやらしい感情は含まれていない。
 そういう人なのだ。
ぼかっ
 舞のチョップが佐祐理さんの頭にきれいに決まる。
「あはは〜」

 その後、程なくお弁当会(?)はお開きとなり、俺は自分の教室へと帰っていった。
 何だったんだろうか、あの時、佐祐理さんの言葉に感じた物は。
 それに。
 俺は、確かに舞に惹かれている。
 なぜだろう。
 舞に。
 舞を見ていると何か大切な、大事な物を感じることができるような気がして。
 ナニカ・・・。
 なんだ?
 なんなんだろう。
 決して無くしてはいけないような・・・
 手放してはいけないような。
 ・・・・・。
 分からない。
 何だろう。
 
 舞と出会ったのはつい3日前の事だった。
 校庭でちょこんと座って何かを造っていた姿が目に入って。
 周りの人間が目に入らなくなった。
 裏山から下りてきた野良犬のためにざわめき、人だかりが出来ていたのにも関わらず。
 その少女しか目に入らなくなって。
 俺は。
 声を掛けていたんだ。

―――なにをしているんだ?

 俺の目の中に入ってきたのは、無表情の少女の顔と・・・雪で作った小さなうさぎだった。

―――うさぎさん……

 その無表情の少女、その声

 俺は、自分の心がざわめくのを感じていた。
 その初めてあった『はず』の少女の瞳の中に。
 ・・・かけがえのない感情を見出す事ができたから。

 その少女は、俺の顔を見つめたまま、近くにあったスコップを右手に握り、人だかりの中央へと歩んで行く。
 俺の目を見つめたまま。

 そして・・・

 
「祐一〜、放課後だよっ」
 幼なじみで席が隣の名雪が話し掛けてきた。
「ねぇ、これからどうするのっ?」
「ん。なんでだ」
「もし何もなかったら、商店街寄って行かない?」
 今日は部活が無いらしい。
 名雪と一緒に帰るのもひさしぶりか。
「・・・ああ、別に予定なんてないからな。そうするか」
「うんっ」
 名雪の顔には笑みが浮かんでいる。
 まあ、たまにはいいかな。
「じゃあ、、遅くならないうちにいくか」
 俺達は放課後のざわめき立っている教室を後にした。

 なんてことのない言葉を交わしながら昇降口付近まで歩いてきた。
 その時、俺の視界の中になにかがよぎった。
 ・・・・小さな少女。
 その少女の向う先には、誰一人としていない。
 放課後だと言うのに、ひと一人としていないのだ。
「なに?どうしたの祐一?」
 名雪が怪訝そうに聞いてくる。
「・・・今、そこに小さな女の子が歩いていたんだ・・・。向こうの方に・・・」
 俺の指した方を見て、
「旧校舎の方?あっちは会議室とか備品室とかしかないよ?そんなトコに行くわけないじゃない」
 と言う。
「いや・・・。確かに歩いて行ったんだ・・・頭になにか・・・そう、ウサギの耳・・・・・・・」
 俺の言葉に名雪が何かを思い出したかのように反応する。
「ウサギの耳?……ああ、そういえばね、祐一。祐一が昔私の家にいたでしょ、その時の荷物の中……ってちょっと祐一!?」
 俺は、名雪の言葉が終わる前に走り出していた。
 後ろで名雪の声が聞こえてくる。
「悪いっ名雪!また今度にしてくれっ!!どうしても行かなきゃならないところがあった!!!」
 後ろでしている名雪の声が小さくなっていく。
 何かを言っていたようだったが俺には聞き取れなかった。
 少女の後を追って旧校舎の方へと走る。
 早く・・・早く・・・!
 先程見た光景。
 俺の腕の中で冷たくなってゆく俺のかけがえのない人。
 そして、もう2度と開かないその唇。
 瞳。
 叶う事のなくなってしまったその約束。

―――祐一の事はすきだから……
  ―――いつまでもすきだから……

 ・・・言葉。
 
 くそっ、なんで今ごろなんだ!
 なぜ今まで忘れていたっ!
 7年前のあの時になぜ思い出せなかった!
 なぜ俺は前の時と同じようにこの町を去ってしまったんだ!!
 くそっ!
 
 額から汗が流れ落ちる。
 こんなに遠かったか?
 いや、走っているからだけではない。
 これは走っているからだけではない。
 また・・・。
 また彼女を失ってしまう事になるからか!?
 もう一度同じ時を歩む事になってしまうからか!?
 あの、少女はいた。
 俺の前にまた現れた。
 という事は、舞はまた戦っているのか。
 一人で。
 この暗く冷たいコンクリートのなかで。
 なぜっ!
 それじゃ全く意味がないじゃないか!!
 俺は・・・馬鹿だっ!!
 結局何も救われていないじゃないか。
 何も・・・変わっていないじゃないか。

 目の前に、あの日、舞と居た部屋の扉がある。
 この中にあの少女はいるはずだ。
 いや、絶対に居るだろう。
 10年前に別かれたこの場所に。
 腕が震える。
 いや、腕だけじゃない。
 体中の震えが止まらない。
 怖い・・・。
 また・・・舞を・・・舞を目の前で失ってしまう事が・・・。
 もう2度と。
 2度とそんな事をしてたまるかっ!
 扉に掛かっていた右手に力を入れる。
 まるで俺を迎え入れるかのように簡単にそれは開いた。
「舞・・・・・・」
 俺は呟いていた。
 少女の名前を。
 あの日、ここで別れた少女の名前を。
 金色の光りに包まれながら。
 静かにたたずんでいた、少女の名前を。
 部屋の中には何もなかった。
 俺の望んでいる物は何もなかった。
 静寂と闇。
 俺の言葉に返す者は誰もいなかった。
「舞っ!!」
 腹のそこから叫んでみる。
 しかし、やはり帰ってきたのは静寂だけだった。
「そんな・・・・そんなっ!居るんだろ!?出てきてくれよっ!だめなんだよっ、それじゃ何もならないんだよっ!・・・頼む・・・頼むから・・・・出てきてくれよ・・・」
 汗ではないものが俺から流れ落ちる。
 あの時も流れていたモノ・・・。
 あの時俺は・・・。
 お前さえ居てくれれば何もいらないなんて思っていたのに。
 お前さえ居てくれれば全てが満たされると思っていたのに。
 舞・・・。
 いままで思い出せなかったなんて・・・・。
 舞・・・。
 今度こそずっと一緒に居られると思っていたのに・・・・。
 舞・・・。

舞・・・・

―――帰ってきたの

 声がひびく。
 誰もいない、俺しか居ない、俺の声しかしないこの部屋の中に。
 あの時聞いた。
 あの時話した。
 少女の声が。
 ・・・舞の声が。

―――私は帰ってくる事が出来たの

 懐かしい声で。

―――1つになれたから

 嬉しそうな声で。

―――一緒になれたから

 あの時と同じように

―――私達の想い

 包み込んで。

―――きっと届くと信じていたから

―――私達の……

そうか

受け入れる事ができたのか

舞は

もう大丈夫なんだ

だから

ここから始まるんだ

そう

あの時満たす事のできなかったこの

この思いも

これからは

いつでも一緒なのだから 

                      終わり