「永遠の正体が復讐だってことに気づくことができたのは、彼女のおかげなんだ」
 長瀬祐介は、子供が大切な玩具を自慢するような口調で言った。
 柏木楓はベッドの上の女性から顔を上げて頷く。祐介の顔には、その言葉とは裏腹に、ほとんど表情らしいものは浮かんでいない。
 確かに、彼が自慢するだけのことはあった。混じり気のない静寂を人の形に捏ね上げれば、きっとこのような姿になるのだろう。
「彼女は、こんな姿になってまで僕を苦しめる。僕の過ちを責め続けるんだ」
 祐介は、瑠璃子の長く伸びた髪を掬うように手にした。楓の目には、まるで彼女に人格を認めていないかのように無遠慮に映った。
 それでようやく楓は祐介の態度に合点がいった。彼は自分でさえ気づかないうちにこの女性を憎んでいる。ならば、この女性に対する執着が消えるのは、彼自身の復讐が遂げられたとき。言い換えれば、彼女がこうして眠り続ける限りは、祐介は自覚すらしていない静かな炎を抱き続けるのだろう。
 黙ったままの楓を前に、祐介はやはり無表情にベッドに視線を落としている。しかし、祐介は気づいているのだろうか、最高の復讐は忘却であることに。
 きっと同じことなのだろう、と楓は考える。来世での再会を約して恋人と死に別れた五百年前のあの男が、恋い焦がれるあまり、全てを記憶の奥底へとしまい込んでしまったのも、きっと同じことなのだろう。
 それに、と楓は思う。永遠がその言葉のうちに完全という意味をも含むならば、このベッドの上に横たわる女性は、永遠そのものでは有り得ない。祐介がどこまでも彼女に拘ることがそれを証明している。彼女が永遠そのものならば、祐介の心に彼女に対する憎しみが芽生えることも有り得ないはずだから。
 祐介の頷きに、楓は醒めた声で続ける。
「この人の何が長瀬くんをそこまで惹きつけるの」
「美人だから、とかね」祐介は、自嘲気味の苦い笑みと共に言った。「でも、美人かどうかなんて、相手と自分との距離が近づけば、どうでもよくなるからね。相手を装飾品か何かと考えているのでもない限りは」
 楓が見る限り、あまりに変化のない五年間は、祐介に、きっぱりと諦めるだけの情熱さえも奪い去っていた。楓をわざわざここに伴ってきたということは、全てを忘れることもできず、苦しみの中でもがき続ける日々にも耐えかねて、最後の望みとしてきっかけを作ってくれる存在を望んだということだろう。
 しかし楓は、そんな祐介の最後の熱情の矛先をも逸らすように、傍らのベッドの男性に視線を落とした。
「この人は?」
 その質問は当然予期されていたはずなのに、祐介はすぐに答えを返すことができなかった。
「瑠璃子さんのお兄さん。僕の過ちの発端は、全てこの人からはじまったんだ」
「兄弟仲よくってわけね」
 楓は殊更につまらなそうな声を立てる。しかしその目は、この上なく真剣だった。
「いつまでここに通うつもり?」
「分からない」祐介は言った。「多分、罪が赦されるまでは」
「つまり、この子が眠り続ける限り、長瀬くんはここに通い続けるわけね」
 楓が今出来ることは、この言葉を祐介にぶつけること以外には在り得なかった。苦しそうに顔を歪めたまま黙する祐介に、用事は終わったというようにドアを握って退出を促す。
「意気地なし」
 楓は開く扉の軋みに紛らせるように、小さく呟いた。口を衝いて出たその自らの言葉が、祐介に対するものか、あるいは自分自身に向けたものかさえ楓には判らなかった。




藪の中・完(2003年2月脱稿)

 

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