注意:少し残酷?なSSになっております。耐性の無い方は読まないほうがいいかもしれません。







         受けるよりは与える方が幸いである
                    ―キリスト教使徒言行録第二十章三十五節

                        1
 夢。
 夢を見ている。
 何年も見ている夢。
 変わらない夢。
 また同じ毎日の繰り返し。
 終わりのない夢の中で、
 来るはずのない朝を望んで、
 そして同じ夢の中に還ってくる…。
 赤くて、
 白くて、
 冷たくて、
 暖かくて、
 悲しくて、
 嬉しくて、
 そして…。
 また同じ毎日の繰り返し。
 ずっと前から何年も前から気づいていた。
 終わらない夢を漂いながら、
 来るはずのない夜明けを望みながら、
 ボクはずっと同じ場所にいる。



 声の消えた雑踏。顔のない人が目の前を行き交う。
 たった一人で湿った木のベンチに座り、人を待っている夢を見ている。
 今日もいつもと同じ夢のはずだった。
 だけどその夢の中で、ボクは、いつもと同じはずの夢の中の風景に違和感を感じていた。
 いつもの湿った木のベンチ。ベンチに座っている子供の姿なんか気にもとめず忙しそうに歩くいつもの大人たち。
 いつものように絶え間無く降る雪。重く曇った空から真っ白な雪がゆらゆらと舞い降りてくる。いつもの冷たく澄んだ空気。
 周りを見渡すと一瞬白いもやに覆われて、すぐに北風に流されていく。
 それはいつもと同じ夢の中の風景。何年も繰り返されてきた風景。でも何かが違った。何か違和感があった。
 違和感―何故感じるのか―わかっていた。
 その違和感を感じながら、ああ、ついにこの時がきたのか、とボクは思った。
 そして、ボクは心の中にある何かに対する焦燥感と少しの怯えを感じていた。
 今までに起こったことからこれから何が起こるのか、予想することができた。
 これから起こること―おそらくは―ずっと待ちつづけたはずの夢の夜明け。今日おそらくボクは天に召されるのだろう。
 ボクは今までの夢に想いを馳せながら、目を閉じ、そして目を開けていった。
 少しずつ網膜の中に光を取り入れ、焦点を合わせ、物を認識していく。
 認識したもの―いつものベンチ。いつもの行き交う人々。いつもの雪をかぶって白くなった建物。ここまではいつもの夢の風景。
 ただ、ひとつだけ、たったひとつだけいつもの風景と違うものがあった。
 それはボクの目の前に、ボクが夢の中で待ちつづけた人―相沢祐一がボクにくれた天使の人形がいたことだった。
 白い服に同じくらい真っ白な羽。頭の上には黄色い輪っかがのっかっていた。
 ゲームセンターの景品だったその人形はその体に神々しい光を身に纏わせて空中に浮かび、ボクを見ていた。
 "やっぱり、ね"―それが天使を見た時に自分からでた最初の気持ちだった。
 やっぱりそうなんだ、とこれから起きるであろうことを心のうちで思いながらボクは天使に挨拶をした。
 「こんにちは、天使さん、お久しぶりだね」とボクは少し震える手を合わせて精一杯微笑みかけて言った。
 「おう、久しぶり、あゆあゆ。天使さんだぞ。」そういって天使はにっと笑った。
 
 ずっこけた。
 危うくフェードアウトしそうになった意識を必死で保ち、うぐぅと道路にめり込んだ頭をあげ、服に付いた泥と雪を払いなが
 ら激しく抗議した。
 「うぐぅ、なんで君、祐一君の性格なの?こういう場面なんだから厳粛な性格の天使だと思ったよ」と言うと、
 「と言いつつ何が気に入らないのか目尻に涙をため抗議するあゆあゆ」っと自分がしゃべっていることに気づいていない様子の天使。
 "あああ、考えていることが無意識に口にでる癖まで祐一君だよ、"そう思うと安心したような情けないような複雑な気持ちになった。
 不思議とさっきまで感じていた焦燥感と怯えは薄らいでいた。
 ほっとした顔をしていたのだろう、そんなボクを見て、天使は祐一君が時々(頻繁に?)するようなイジワルな顔をして言った。
 「なんだか情けない顔をしているな、地面にヘッドスライディングするのが趣味な強者のお前がそんな顔するのは似合わないぞ」
 「あれは趣味じゃないよ、毎回、祐一君が避けるからだよ」っとおもわず叫ぶボク。
 「まあ、地面に激突する時、小さいし、胸というクッションが無いから、ダメージは相当なものだろうが落ち込むな、
 おかげで電車が半額で乗れるぞ」っと顔は真面目を装っているが、目が笑っている天使の人形。
 「うぐぅ、全然嬉しくないよ!ボクをからかうところまで祐一君しなくてもいいの!」と、天使の言葉に対しぷぅっとむくれるボク。
 そんなボクを見て天使は安心したように優しく笑った。
 しばらく笑っていた後、不意に笑みが消え、祐一君が時々する真剣な目と同じ目をしてボクを見据えて言った。
 「悪い、悪い、じゃあ、あゆ、本題に入る。今回、俺がお前の前に現れたのは3つ目の願いを叶えるためなんだ」と祐一君が時としてそ
 うするように単刀直入に言った。
 "ああ、やはりそうだった"天使の言葉を聞きながらボクは心の隅で妙に納得していた。
 「あゆ、お前はずっと夢の中で待ちつづけたから神様からプレゼントがあるんだ。それは3つ目の願いはどんなものでも叶えることができ
 るというプレゼントだ」天使はボクを見ながらそんなことを言った。
 
 「どんなお願いでもいいの?祐一君が叶えられないようなお願いでも?」
 「おう、どんな願いでもいい。神様がバックについているからな、どんな願いでもだいじょうぶだ!」
 「ほんと?」
 「ほんと」
 「本当にほんと?」
 「本当にほんと!」
 
 「本当に本当にほんと?」
 「本当に本当にほんと!!」・・・・・ちょっと疲れ気味の天使君。それでもふぅっと息を軽く吐き言った。
 「だからな、あゆ、おまえが願えば、おまえはまた祐一と一緒にたい焼きを食べることもできるんだ」
 「そしてな、あゆ、」っと言葉を続けた。ボクの中の気持ちの揺れを見透かすように。
 「おまえが願えば、どんな重病の女の子を助けることもできる」
  胸にひびく言葉だった。
  頼りなさそうな不安げな顔をしていたであろうボクを見て、天使は暖かい笑みをボクに向け、優しい声でもう一度言った。
 「ゆっくり考えていいんだぞ」
 "どんな願いでも叶えることができる3つ目の願い…"頭の中でその言葉を反芻する。
 ボクの願い…ボクの願いは…
 その問いに対する答えに想いを馳せながら、ボクは頭の中にいくつかの出来事をフラッシュバックさせていた…
                        2
 フラッシュバックされる、ひとつめの記憶―夢を見る原因になった、すべての始まり―
 場所は雪で白く染まり人々が忙しそうに往き来する商店街だった。
 "お母さんがボクをひとり置いていってしまった"この感情がこの時のボクにとってすべてだった。
 何故、ボクが商店街にいたのか―わからなかった。
 昔、お母さんとよく来ていたせいかもしれないし、孤独がいやで自然と足が人の多いところに向かったせいかもしれなかった。
 しかし、無意識にでも救いを求めてここにきたであろうボクは忙しく往き来する人達に余計に孤独感を強くしていた。
 自分を置いていってしまった母親、自分のことを気にもしない周りの人―小さな女の子が自分はひとりぼっちだと感じるのに、十分だっ
 た。
 意思に反して目から涙が流れ、口からは泣き声が漏れた。
 深い孤独感を抱きつつ、何処に向かっているのかさえわからないまま歩きつづけた。
 そこで祐一君と出会ったのだ。
 始めは何にぶつかったのかわからなかった。
 それが驚いた顔をしている自分と同じくらいの年の男の子だと気づくと、無意識にその男の子の上着を掴んでいた。
 心細くて、何かにすがりたかったボクに上着を掴まれた男の子はとても困った様子で泣いているボクと周りの目を気にしながらボクに聞いた。
 「ええっと、その、とりあえず・・・君の名前は?俺は相沢祐一だ」―それが最初の言葉だった。
 人の温もりが恋しくて、でも、自分の意思通りには口が動いてくれなくて・・・ボクは必死に自分の名前を伝えようとするけど・・・
 やっと口にできた言葉は自分の下の名前。でも苗字は口にできなくて、自分の下の名前を繰り返してしまう。
 「ええっと・・あゆあゆか?」
 口を動かずことができずに、首だけを横に振るしかできなかった。
 そのうちに祐一と名乗った男の子は集まる人の視線に耐えられなくなったのか、ボクの手を引っ張り、走り出した。
 そして、その後に―たい焼きを食べたのだ。
 この時食べたたい焼きの味は少ししょっぱくて、おいしかった。
 しかしなによりもボクと一緒にいて、ボクと一緒に話をしてくれて、ボクと一緒にものを食べたことが嬉しかった。
 そしてこの日、明日も会う約束をし、指きりをして別れた。これが始めて会った日の出来事だった。
 それから毎日のようにボクは祐一君と会い、一緒に遊んだ。
 たわいもない話をしながら商店街を歩き、遊ぶ。
 時にはクレーンゲームをして、時にはたいやきを食べて、、、そして、森に行って学校ごっこをした。
 今、ボクの目の前にいる天使の人形も、そうした時間の中でボクが祐一君からもらったものだった。
 今にして思えばそのときのすべてが祐一君からもらったものだったのだろう。
 お母さんがいなくなって絶望していたボクは祐一君の笑顔、仕草、声―ボクにしてくれるすべてに、救われたのだった。

  ―最後は少し悲しい結末になっても....
                        3
 次にフラッシュバックした記憶―奇跡のかけら。
 
 ボクは商店街にいた。始めの記憶の商店街が少し現代風になっていた。
 何故、ボクはそこにいたのか、わからなかった。
 頭の中が妙にもやもやして働かなかった。ただ、動かない頭に浮かんだこと―"探し物をしなくちゃ"
 その想いを抱きながら、商店街の通りを歩いた。商店街の通りを歩いている最中にボクの目に移ったもの―たい焼き屋さん♪
 はやる気持ちを抑えながら、たい焼き屋さんにダッシュ。
 「おじさん、たい焼き、5個下さい♪」
 「あいよ、たい焼き5個ね、ちょうど5個焼きあがったばかりなんだ、お嬢ちゃん、運がいいね」
 そういいながらおじさんはたいやきを袋につめ、渡してくれた。
 「たい焼き5個で400円ね」
 「あっ、はい」そう言いながら財布を取り出そうと服のポケット、次にカバンの中を捜す
 冷汗が出て、目の前が真っ黒になる。ない、ナイ、無い!財布が無い!
 おもわずおじさんを見て、にっこりと笑う。ときめいちゃうくらいの、素敵な笑顔で。
 それをみて反射的に微笑み返すおじさん。
 で、お約束の―後ろに振りかえり、ダッシュ!
 反射的に浮かべた笑顔のせいで、初期動作が遅れるおじさん。
 走ってちょっとしてから聞こえる「くっ、くいにげだぁ〜」という声と追いかけてくる気配。
 「ごめんなさい〜次はまとめてお金払いますから、今日は見逃してください〜」
 「うるさい〜!くいにげはみんなそういうんだ〜!!」
 それはそうだろうな、と心の中でつっこみをいれながら、はしる、ハシル、走る―
 走っている最中の目線の先―なにやらぼんやりと立っている男の子。こちらには気づいていないようだった。
 「そこの人、どいて、どいて」叫ぶボク。
 
 しかし男の子はどいてくれず、ついにぶつかってしまった。
 「うぐぅ、どいてって言ったのに〜」
 「悪い悪い、あまりに高速なんで避けられなかったんだ」
 「ボクはそんなに速くないよっ!」
 ―これが7年ぶりの祐一君との再会だった。
 またこれから祐一君と遊べる、と喜んだ。会えなかった時間を取り戻せると思った。
 でもボクと祐一君は、あの子、美坂栞ちゃんと出会った。
 出会ったのは偶然だった。ボクがたまたま(うん、間違い無い)連続でたい焼きのお金を後払いにし、逃げた先の並木通り。
 祐一君に感動の再会で抱きつこうとしたとき、ボクの木にぶつかった衝撃で落ちた雪の先に栞ちゃんがいたのだった。
 それから祐一君は栞ちゃんと頻繁に遊ぶようになった。
 時々、ボクと会った時にはからかいながらも優しくしてくれたけれどもその瞳はボクを写していなかった。
 決定的だったのは祐一君の「栞は俺の恋人だ」という台詞とプレゼントを何にしたらいいか相談してきた時の祐一君の顔だった。
 そして、その後、ボクは探し物を見つけ、祐一君に夕暮れの商店街で別れを告げた。
 この頃の気持ちを正直に言えば、栞ちゃんがうらやましく、嫉妬していて、そして悲しかった。
 栞ちゃんのいる場所は、以前はボクの場所だったのに、そう思った。
 それでも、栞ちゃんと楽しそうにしている祐一君を見ていて嬉しかった。
 祐一君には栞ちゃんが必要なんだと思った。
                       4
 フラッシュバックした記憶がそこで途切れた。
 目の前には天使の人形―ボクの答えを待っている。
 ボクの願い―
 ボクの願いは2つある。
 1つはボクの体を治して祐一君とまた一緒に遊ぶこと。もう1つは栞ちゃんの病を治すこと。
 叶えられる願いは1つだけ。
 考えてみる。
 もし、ボクの体を治した場合、どうなるだろう?
 たい焼きをお腹一杯食べることができるだろう。でも、それだけ。祐一君は笑わないだろう。栞ちゃんがいなくなってしまうから。
 もし、栞ちゃんの病気を治せば、ボクは助からない。でも、祐一君は笑うだろう。栞ちゃんがかえってくるのだから。
 
 ボクにとって必要なことはなんだろうか?
 ボクがいて、たい焼きが食べられて、祐一君が笑わない世界か、それともボクがいなくて祐一君が笑っている世界か。
 どちらを選択するか―どちらを選択してもつらかった。
 思案している頭の中にふっと昔の思い出がよみがえった。まだ―おかあさんがいた頃の昔の思い出。
 おいしいお菓子が2つ、テーブルの上にあった。ボクの分とおかあさんの分。
 ボクがおいしいと言いながら自分のぶんのお菓子を食べ終わると、おかあさんはそんなボクを見て嬉しそうに自分の分のお菓子をくれた。
 「おかあさん、嬉しいけど、でも、おかあさんの分がなくなっちゃうよ」ボクが聞くと、
 「いいのよ、あゆがおいしそうに食べているのを見ている方が、私が食べるより嬉しいから」と言って微笑んだ。
 ボクなら自分で食べたほうが嬉しい、と言うとおかあさんは微笑みながら「あゆも大人になればわかるわよ」と言った。
 そのときは変なおかあさん、と思った。
 ふっと我にかえった。
 何故、今、あんなことを思い出したのか―"ああ、そうか"突然、閃いた。あの時のおかあさんの気持ち―今ならわかる。
 不意に考えと願いが決まった。
 あのときのおかあさんは自分のことより大切なことがあったんだろう。それはおかあさんにとってはボクの嬉しそうな顔だった。
 あのとき、おかあさんはボクにいたわりと優しさをくれていた。
 そしておかあさんは教えてくれた。
 いたわりと優しさを与えられる源は相手が喜んでいる顔をみて自分が喜べることだと教えてくれた。
 考えてみれば、祐一君が、昔、ボクにしてくれたことも同じことだったではないのか、
 始まりは周りの目から逃げるためだったとしても、それから祐一君はボクを喜ばそうと色々してくれた。
 そして、祐一君はボクの喜んだ顔を見て一緒に喜んでくれた。
 祐一君は赤の他人のはずのボクにいたわりと優しさを教えてくれて、そして、そのことに祐一君自身も喜んでくれた。
 今度はボクの番。
 だいじょうぶ、自分に言う。祐一君の喜んでいる顔を見てボク自身喜ぶことができるから、と。
 ―例えその笑顔が栞ちゃんに向けられたものだとしても、自分の命と引き換えだとしても。
 栞ちゃんに嫉妬していないと言えば嘘になる。
 もし、栞ちゃんに会うことがなかったら、祐一君の栞ちゃんに向けられた笑顔はボクに向いていたかも知れない。
 からかわれながらも楽しく、一緒にたい焼きを食べ、商店街を遊び歩く、そんな時間があったかもしれない。
 でも、祐一君は栞ちゃんを選んだから、ボクでは祐一君を幸せにできないから。
 今のボクにとって体が治って、たい焼きを食べられる喜びよりも、祐一君の栞ちゃんが治って喜んでいる顔を見るほうが何倍も嬉しい。
 ボクの願いは、祐一君の幸せ。そして、それはボクの幸せでもある。
 天使の人形に向き直り、目をしっかり見る。
 「願いは決まったか?」
 
 「うん」
 「つらい選択だったな」
 「そうでもないかも、、、ね」
 「そうか」
 「じゃあ、あゆ、お前の願いはなんだ?」

    「"ボクの願いは、、、、、、"」


 だんだん薄れていく意識。
 ボクの意識は空中にあった。
 ちょうど、ある学校の中庭を見下ろしている感じ。
 春が近づいている季節。雪がまだ中庭に残っているのでアイスはまだ早いはずだ。
 そのアイスを傍らに置いて抱き合って喜ぶカップルがいた。
 そして見える、あの人の嬉しそうな、くちゃくちゃな顔。
 それを見た瞬間、よかった、という感情が体を駈け抜けた。
 "これでよかったよね、おかあさん"
 そう思いながらボクの世界はだんだん白くなった。

 

 

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