History is repeated

〜歴史は繰り返される〜

 

「お兄ちゃん、お客さん来ないね……」

「そうだな……」

 

 今、俺と乃絵美の二人で店番をしている。

 親父達はと言うと、町内旅行に出かけていていない。

 そして、今日は雨と言うこともあって、客足が途切れていた。

 

「お兄ちゃん、ピアノ弾いても良い?」

 

 俺が入り口を眺めていたら、乃絵美が聞いてきた。 

 乃絵美のピアノか……。そう言えば最近聴いてなかったな。

 ちょうど店には俺と乃絵美しかいないからな。

 

「あぁ、いいぞ。久しぶりだな、乃絵美のピアノ」 

「そうだね。何を弾こうかな〜。お兄ちゃん、何かリクエスト有る?」

 

 リクエスト……。何が良いかな〜そうだ!!!

 

「乃絵美、前に母さんが弾いていた曲が聴きたいな。弾けるか?」

 

 乃絵美は嬉しそうに頷く。あぁ、我が妹ながらなんて可愛いんだ……

 

       

    ♪♭♪♯♭♪♯♭♪♭♯♪

 

 

 乃絵美がピアノを弾いている時、一人の男がロムレットに入ってきた。

 少し変わった服を着ているが、喫茶店に居ても全然違和感がない。

 顔を見る限りでは歳は40歳位だろうか。しかし、動きを見ると50歳にも60歳にも見える。

 俺はその男を観察する事にした。

 男はピアノを弾いている乃絵美を見ている。

 席に座るでもなく、何か注文するでもなく、入り口の近くで乃絵美を見ている。

 乃絵美がピアノを弾き終わると、その男は拍手をしながらカウンターに座った。

 

「あっ!お客さん」

 

 乃絵美は男の拍手で、その男に気づいたみたいだった。

 

「お兄ちゃん、オーダーを取りに行かなきゃ」 

「あ!あぁ、乃絵美のピアノを聴いてたから、お客さんが来てる事に気づかなかったんだよ」

「もぅ、お兄ちゃんったら」

 

 乃絵美は俺が男に気付いてた事を知っているようだ。

 そういう笑みを乃絵美は浮かべている。

 

「それじゃ、オーダーを取ってくるね」

 

 そう言うと、乃絵美は男が座っている席に向かった。

 

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 乃絵美はいつもの調子で男にオーダーを聞いた。

 しかし、男は何も頼まない。何もしゃべらない。そして、動かない。

 じーっと俺や乃絵美を見ているだけ。

 乃絵美は不安そうにこっちを見つめている。俺も少し心配だった。

 

「お客さま?まだ、ご注文がお決まりになってないのですね。お決まり次第、私共を呼んで下さい」

 

 乃絵美が男に言うと、俺のいる台所に戻ってきた。

 

「お兄ちゃん、あのお客さん、なんか怖いよ〜」

「あぁ、見てたから知ってるよ」

「どうしようか」

「う〜ん、そうだな〜。親父達なら……」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 考えてしまう。こんな事は初めてだからだろう。

 俺と乃絵美は黙り込んでしまった。

 物事を考えるときは、大抵の人は黙り込んでしまうもの。

 この沈黙は10分ほど続いた。

 その沈黙を破ったのは、俺でもなく乃絵美でもない、あの男だった。

 

「お嬢ちゃん、ピアノを弾いてはくれないか」

 

 その男は乃絵美の目を見ながらいった。

 お嬢ちゃんとは乃絵美の事だろう

 乃絵美本人はというと、俺の方を見ている。

 どうすれば良いか俺に目で訴えてる感じがする。

 いや、訴えてるのであろう。

 

「乃絵美、弾いてあげなよ。俺も聴きたいからさ」

 

 そう言うと、乃絵美はピアノの前に腰を下ろした。

 何となくではあるが、乃絵美は嬉しそうだ。

 

「お客様、何を弾きましょうか?」

 

 乃絵美は男に聞いた。

 男はさっき弾いていた曲が聴きたい、と言った。

 

「兄さん、コーヒーをもらえるかな。ここの、店長スペシャルを」

「はい、分かりました。少々お待ちを」

 

 俺は台所に行って、コーヒーを炒れ始めた。

 数は3つ。男の分、乃絵美の分、そして俺の分。

 コーヒーを炒れているとピアノの音が聞こえてくる。

 優しいメロディー。疲れを癒してくれそうなメロディー。

 聴いているだけで寝てしまいそうになるメロディー。

 俺は、ピアノに聴き入っていた。

 そして、ピアノが終わる頃を見計らってコーヒーを持っていった。

 

「どうぞ、店長スペシャルです」

「…………」

 

 反応がない。

 もう一度呼ぼうとしたのを乃絵美が止めた。

 

「お兄ちゃん、お客様、寝てるんだよ」

 

 そうか、乃絵美のピアノがあまりにも上手すぎて眠りに落ちてしまったのか。

 しかし、とても気持ちよさそうに寝てるな〜。かなり疲労してたんだろうな。

 でも、どうしようか……。とりあえず、風邪をひかないように毛布をかけよう。

 

「乃絵美、毛布を掛けておいてあげよう。このままだと風邪をひくかもしれないから」

「そうだね。確か、奥の部屋にあったよね」

 

 そう言うと、乃絵美は毛布を取りに行った。

 

 その後、誰もロムレットには来なかった。

 まぁ、雨の日はいつもこんな感じなのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 六時過ぎ、男が目を覚ました。何となくスッキリしたような面もちで乃絵美の方を見ている。

 乃絵美も男が自分を見ている事に気付いた様だ。

 そのまま、男の近くまで行き声をかけた。

 

「お目覚めですか?今、コーヒーをお持ちしますね」

 

 そう言って俺の居る台所まで来た。  

 

「お兄ちゃん、コーヒー1つ入ります」

「はいよ!」

 

 俺はコーヒーを炒れ始めた。

 コーヒーを炒れながらも、男が気になっていた。

 

 どこかで見たことがある。

いや、お世話になったことがある。

     ずっと昔に……

 

 無性に男が気になるのはそのせいだろう。

 

「乃絵美、今いるお客さんに昔どこかで会ったことないか?」

 

 俺は無意識に乃絵美に聞いていた。

 乃絵美なら覚えているかもしれない。

 乃絵美なら知っているかもしれない。

 乃絵美なら……

 しかし、俺の意に反して乃絵美は不思議そうにこっちを見つめているだけ。

 多分、知らないのだろう。

 

「わるい、変なこと聞いてしまった。はい、コーヒーできたよ」

 

 俺は乃絵美に話しかけながらも作っていたコーヒーを乃絵美に渡した。

 そして、思いっきり背伸びをする。仕事が終わった時にする、いわゆる癖である。

 これを見て、いつも乃絵美も店じまいの用意をするのである。

 

「さて、店を閉めるかな……」

 

  トルルルル…………

 

 ビクッ!いきなり電話がかかってくるとビックリしてしまうのは何故だろう……

 

 がちゃ

 

「もしもし、ロムレットです」

「やっほー、正樹君」

「なんだ、ミャーコちゃんか……。なんだ?」

「なんだじゃないでしょ。私はお客よ、お・きゃ・く」

「…………」

 

 俺は思った。ちょっとからかってみようと……

 

「失礼しました。それで、何のご用でしょうか?」

「ええっとね〜、デリバリー頼めるかにゃん?」

「はい、大丈夫です。ご注文は何にしますか?」

「ええっとね〜、ハニーレモンパイと店長スペシャルコーヒーで」

「確かに承りました。蟹ー下手物麺麭(かにーげてものぱん)と天候スパゲッティーソースですね?」

「……かにーげてものぱん?そんな物がロムレットのメニューに有ったなんて。ビックニュースじゃん」

「はい、それではよろしいのですね」

「いいよ〜ん。明日のエルシア新聞の一面を飾ることになっても良いならね〜ん」

「……そ、それは……」

「あれ〜、店員さん。なんか声が震えてるよん。大丈夫かにゃ〜」

 

 ミャーコちゃんめ〜。やるな……。

 こうなったら、最終手段。

 

「それでは、もう一度だけ、メニューの確認をさせていただきます」

「は〜い。フッフッフッフ……」

「ハニーレモンパイがお1つ、店長スペシャルコーヒーがお1つ、以上でよろしいですね?」

「は〜い。オッケーで〜す」

「それでは、30分以内にお届けにあがります」

「楽しみにまってるよ〜ん」

 

 ガチャ、ツーツーツーツー

 

 ふ〜。やっぱり、ミャーコちゃんに口で勝とうなんて甘かったか……

 最後の手段(開き直って普通に受け答えをする)で逃げるしかなかったもんな〜

 

「お兄ちゃん、誰から?デリバリー?」

 

 乃絵美が俺の後ろから声をかけてきた。

 いきなり声をかけられると結構ビックリするものである。

 

「あぁ、ミャーコちゃんからデリバリーの注文」

 

 俺はビックリしたのを悟られないように普通に答えた

 

「ご注文の品は?」

「ハニーレモンパイと店長スペシャルコーヒーを一つずつ」

 

 それを聞いて乃絵美はデリバリーの準備を始めた。

 

「乃絵美、デリバリーだったら俺が行くぞ」

「お兄ちゃん、私ね、ミャーコちゃんにCDを借りてるから、デリバリーのついでに返しに行きたいんだけど」

「分かった。それじゃぁ俺はコーヒーを炒れるからハニーレモンパイの方をやってくれ」

「うん、わかった」

 

   ……………………用意、完了

 

 

「それじゃぁ、行って来るね」

「行ってらっしゃい」

 

 さてと、あれ?男が呼んでる。何だろう……

 

「お呼びになりましたか?」

「兄さん、ちょっと話し相手になってはくれぬか……」

「えっ、あぁ、はい……」

 

俺は戸惑った。自分でも分からないが戸惑った。

何故、戸惑うのだろう。何故、思い出せないのだろう。

何故……。

自分の中で同じ質問が回る。

 

「兄さん、ここの店長は元気か?」

 

俺の親父と知り合いなのか?

 

「兄さんの名前は正樹で合ってるかいの〜?」

 

何故、俺の名前を?

 

「儂を覚えておらんのか?」

 

そう、俺の知ってる人だ。でも、思い出せない……。

 

「まぁ、仕方がないかの〜」

 

……誰……なんだ……

  

「この話を聞けば思い出すじゃろう……」

 

 

「その話とは……」

 

 

 昔な、ある神社に女の子が居ったんじゃ。

 その女の子は明るくて、元気で、乱暴者で、でも時には女らしくて、優しい子だったんじゃ。

 そんな女の子にも好きな男の子がいてな、でも、その男の子は別の女の子が好きだったんじゃ。その女の子もその男の子が好きだった。いわゆる両想いというやつじゃな。

 そして、その三人は幼なじみでもあったんじゃ。そして、そんな関係が5年ほど続いたんじゃ。

 しかし、大きくなるに連れ色々と問題が有る関係になってきた。そのうち、幼なじみの絆が壊れていったのじゃ。

 そこで現れたのが絆の神様じゃ。その神様が男の元に降りて聞いたんじゃ。どっちの女の子が好きか、と。

 しかし男はどちらも選ばなかった。何故じゃかわかるか?

 

 

ここまで聞いて、もしかすると、と思う人物が浮上してきた。

しかし、確証はなかった。

でも、俺が生まれる前に、ずっとずっと前に会ったような気がする。

そんな感じの人物

 

 

  話を続けるぞ。

 男は幼なじみの絆を守ろうとしたんじゃ。壊れかけていた絆を……。

 そして、あろう事か男は実の妹と結婚して、子供を産んだんじゃ。

 そして結局、その幼なじみの絆は壊れてしまい、有ってはならない絆を作ってしまったのじゃ。

 そして、今、歴史が繰り返されそうになっているのじゃ……。分かったか?その男の子供よ……。

 

 

 やっぱりそうだったのか。

 前に、親父から結婚に至るまでの話を聞いたことがある。

 神が降りてきた、とか言ってたけど本当だったのか……。

 そして、この男が絆の神様……。

 

 

「あなたは、絆の神様……」

「そうじゃ、分かったか……?」

「あっ、でも……チャムナやレナンは……?」

「あれは、絆の精霊じゃ。儂は絆の神じゃ」

「はぁ……」 

 

 どう違うか説明してほしいが、神が俺の前にいると言うことは……

 そういえば、さっき歴史が繰り返されそうとか言っていたな……。もしかすると……。

 

「正樹よ、菜織か真奈美、どっちを選ぶのじゃ?」

 

 俺は迷った。

 いや、正確には答えはすでに出ているのだが……

 その答えを言って良いものなのか迷っていたのだ。

 

「さぁ、正樹よ……」

「俺の答えは親父と同じで、どちらも選べない」

 

 どう考えても、答えはこれしかなかった。

 

「何故じゃ……?何故イバラの道を行く?」

「人間、理屈で生きているんじゃないんだ。だから、神でも俺の気持ちは変えられない」

 

 俺ははっきりと言った。今の状態で真奈美ちゃんと菜織を選ぶ事なんてできない、と。

 そして、乃絵美を選ぶかもしれないことを……。

 

「正樹よ、お前は親父さんそっくりじゃな。人間、理屈で生きているんじゃないんだ、と、お前さんの親父さんにも言われたよ。20年ほど前にな……。やはり、歴史は繰り返すものなのかの〜」

「そんな事ないと思いますよ。俺が必ずしも乃絵美と結婚するとは限らないですし……」

「ほ〜、それは儂にとっては嬉しい事じゃ」

「でも、結婚するかもしれない……先の事が分からないから、人生楽しいんですよ」

「そういうもんかのう。まぁ、お前さんの人生じゃ。悔いの無い様にな……」

「はい」

 

 俺は神に会えて本当に良かったと思った。

 

「それじゃ、儂は帰るとしよう」

「それじゃ、コーヒー1つ400円です」

「……なんじゃ、儂から金を取るというのか……。こんな所も親父にそっくりじゃ」

 

 渋々、神様はお金を渡してくれた。

 

「そうそう、親父さんによろしく言っといてくれ」

「はい、わかりました」

「あと、乃絵美にも心地ようピアノだった、と伝えといてくれ」

「はい、伝えておきます」

「それじゃ、またの〜」

「ありがとうございました」

 

 

 神様が帰って5分ほどして乃絵美が帰ってきた。

 

「乃絵美、お帰り。今コーヒー炒れるから一緒に飲もうか……」

「うん」

 

 

 

 

 

乃絵美とコーヒーを飲みながら話すこの時間

一生は続かないこの時間

いつか乃絵美が妹じゃなく女なるかもしれない

神様が言ったように有ってはならない絆を作ってしまうかもしれない

だけど、今だけはこのままでいたい……

少なくとも、俺はそう思う

 

 

 

<Fin>