勇者マルチ!

作 光十字

くじういんぐ! 20000Hit記念SS



 ここはお城の謁見の間です。
 玉座にはこの国を治める王様の姿があり、その前には恭しくひざまづいている者がひとり見えます。王様はその者に向かって問いかけました。
「――で、その者か? 魔王を倒す勇者というのは。」
 …魔王。それは最近出現した悪い魔法使いの事です。この世を暗黒へと導く存在であり、この王国にも度々魔物の軍勢を使って襲いかかっているのです。城の兵士達も善戦しているのですが、何しろ多勢に無勢、徐々に敗色が濃厚になってきていました。
 そんな中で、人々の希望の光である勇者が出現したというのです。今、王様の前にいる者がそうなのですが、未だ小さな子供の様です。緑色の髪に耳カバーを付けたその少女は、名前を『マルチ』といいました。
 王様は威厳のある白いヒゲを撫でながら勇者の答えを待っています。そして勇者マルチはそれに答えるべく、ゆっくりと顔を上げました。
「あ、あれ? 長瀬主任じゃないですかー。どうなさったのですか? ヒゲなんか生やして…。」
「ゴフッ、ゴフゴフンッ!」
 長瀬主任という意味不明な呼ばれ方をされた王様は、なぜか大きくせきこみました。
「そのおヒゲ、あまり似合わないですー。」
「そ、そうか? あ、いや…、違うぞ、マルチ。私は今は王様なのだ。この国で一番偉いのだぞ。」
「え? で、でもー。」
「でもじゃない。…コホン。あーあー、…勇者マルチよ。世界を破滅に導く魔王を倒すとは良くぞ申した。我が国民を代表して礼を言わせてもらうぞよ。情けない話なのだが、我が軍隊ではあの化け物の群に対抗することができないのだ。しかし、勇者のそなたならば必ずや勝利を得ることができるであろう。」
「主任…?」
「まず、200ゴールドのお金を与えよう。これで酒場へ行き仲間を募り、パーティーを編成するのだ。最大4人なので、仲間の職業には十分気を付けて選ぶように。無難なところは、戦士、僧侶、魔法使いといったメンバーであるぞ。」
「あぅ…」
「それから武器屋に行って装備を買うがよい。それぞれの職業によって装備できる物が違ってくるからな、効率の良い買い物をするのだぞ。あと、ちゃんと装備コマンドで装備しないと、買っただけでは意味が無いからな。」
「あぅぅ…」
「それでは期待しているぞ、勇者マルチよ。」
「主任?」
「主任ではない。王様だ。」
「はぅぅ…」



 勇者マルチはお城を後にして考えています。城門を出て町中へと歩いているのです。
「うーん、仲間を集めないといけないのですか。うう、困りましたー。」
 そんな独り言をつぶやきながら、肩を落として溜息などをついています。
 そうなのです。実は彼女は人見知りが激しいので仲間なんていなかったのです。そのうえ知恵や度胸も無ければ胸も無い、全然ダメダメな勇者だったのです。そして、そんな彼女にとって知らない人に話しかけ、あまつさえ冒険に誘うなどという離れ業は、来栖川先輩に高校野球の選手宣誓をさせるくらいに無理がある話なのでした。
 それでも何とか雀の涙ほどの勇気をフル全開にして、王様に教わったとおりに酒場へ向かうマルチ。しかしそんな彼女にも、ちゃんと運命の出逢いというものは優しく妖しく微笑んでいたのです。
「ちょっと! そこの勇者さん、ちょっと寄ってんかー!」
「え、私の事ですか?」
 ちょうど武器屋さんの前を通りかかったときでした。目の前をとぼとぼと歩いていくマルチをいいカモだと思ったのか、威勢のいい声で店員さんが話しかけてきたのです。それは、眼鏡をかけ流暢な関西弁を操り、マルチの10倍はありそうな胸を誇る少女でした。
「そやそや。他におれへんやろ? 勇者なんて奇特なことやっとるアホゥは。」
「え? え? なぜ勇者だとわかったのですか? 私、未だ誰にも言ってないのに…」
「そんなん常識や。その緑の髪に、訳のわからん耳飾り。ウチの目に狂いはないで、あんたは間違いなく『天空人』や。それで、地上にいてる天空人ゆうたら勇者のことやさかいな。」
「い、いえ、それは偶然だと思うのですが…」
「違うんか? …まあ、どうでもええことや。それよりもな、あんた黙ってウチの店のまえ素通りする気か? 何か買うたってや。」
「え? でもー…」
 マルチは少し悩みました。確かに200ゴールドという彼女にとっての大金は持っているのですが、それよりも先に仲間を捜したかったのです。度胸は無いくせに人一倍寂しがりやでしたから。
「申しわけありません。今はちょっと寄るところがありますので…」
「あ? 何も買わへんってか? なんや冷たいなあ。」
「はい、すみませんです。で、でも、後できっと来ますので…」
「ええよ。ほんなら今回は通行料だけで許したるわ。あんた勇者やから特別に100ゴールドな。」
「は? 通行料…ですか?」
 思いもかけない事を言われてしまった勇者マルチは、何故そんな大金を取られるのかが全くわかりませんでした。いつもは家畜のように従順な彼女、しかし、さすがに素直に払うのはためらいを感じたようです。
「で、でも、高くないですか? 100ゴールドって、『銅の剣』が買えちゃうじゃないですかー。」
 少しばかりの抵抗を試みます。本来ならば払うこと自体を疑問に思うべきなのですが、そこまで彼女に求めてはいけません。普通の人並みの判断力を期待してはいけないのです。
「そうやな、確かに銅の剣が買えるな。しかもお釣りが20ゴールドもくるで。」
「そ、そんな大金、私にはとても…」
「はぁ…」
 そのセリフをさえぎるように、わざとらしく大きく溜息をつく店員さん。既に少し怯えているマルチの目を見据えながら、話のテンポを落としてゆっくりと語り始めます。
「あんたわかってへんな。何か買うてくれたら通行料はサービスになるんやで? つまり、本来は100ゴールド払わなあかんところを、80ゴールドの銅の剣を買うだけでオッケーになるんや。よう考えてみ? どっちが得なんや?」
「な、なるほどー。確かにそうですねー。」
 ぱぁっと明るい笑顔をとりもどすマルチ。騙されるほうもちょっとアレなのですが、こんな屁理屈を通してしまう店員さんの度胸もなかなかに侮れません。
「さよか、わかってくれてウチも嬉しいで。さすがやなー、勇者さんはやっぱり頭ええわ。」
「あ、ありがとうございます、そう言って頂けると私もうれしいですー。こう見えても一応は最新型なんですよー。」
「よし、気に入ったで。ほんまは銅の剣は80ゴールドなんやけど、特別に79ゴールドにまけといたる。大サービスや。」
「本当ですか? な、なんか悪いです…。」
「ええって、このくらい。なにしろ勇者さんやからなー。」
 気持ちの良いくらいに手玉に取られている勇者マルチは、お礼まで言って銅の剣を手に入れました。でも未だ損をしたわけではありません。いえ、考え方によっては1ゴールドの得だともいえるのです。彼女が銅の剣を装備できたらの話なのですが…。
「それでは、どうもありがとうございましたー。」
「おおきに。…あ! あかん、大事なこと忘れとったわ。」
「どうしたのですか?」
「実は今、サービス期間中でな、買い物してくれた人みんなに、クジ引いてもらってんねん。」
「クジですか? 何か当たるのですか?」
「ふふふ、よう聞いてくれたな。1等は、何と1万ゴールドや。」
「い、1万…、本当なのですか? す、すごいですー!」
「せやせや、あんたも1本引いていってや。」
「はい! 私、精一杯がんばりますー。」
 マルチの小さな脳みそは、早くも1万ゴールドのことでいっぱいになっています。愛想笑いを絶やさない店員さんは、頭の悪い獲物が罠にかかるのを待ち構えているかのようにも見えます。
 店員さんが持っている、箸のような棒がたくさん入っている筒。意味のない迷いを繰り返しながらその中より一本の棒を選び、マルチは勢い良く引っこ抜きます。
「えーいっ!」
「…」
「えっと…、下の方が緑色に塗られていますねー。どうなのでしょうか、これは…」
 マルチは期待に胸をおどらせながら店員さんの顔を見上げます。何色が当たりなのかも知らないのですから、もうどうしようもありません。
「…」
「あのー」
「…はぁ」
「え…」
 店員さんは心底残念そうな、それでいて気の毒そうな演技をして言いました。
「残念やったな、大ハズレや。そしてこれは罰金なんや。…悪いけど500ゴールド払ってくれへんか?」
「え? え? ええっー!?」
「気の毒やけどしゃーない。そういうルールやねんから。ウチもホンマ、心苦しいんやけどな。」
 端から見ているとバレバレの演技なのですが、ネジが少し緩んでいるマルチにはわかりません。そもそも緑がハズレなんていうのも、店員さんがたった今決めた事なのですから。
「そ、そんなぁー! 聞いてないですー!」
「あのなぁ、当たったら1万ゴールドなんやで。外れたら500ゴールドくらい当たり前やんか。」
「だって、だって、さっきサービスだって言ったじゃないですかー!」
 さすがに後がないマルチは必死になって抗議します。しかし…。
「そらそうや、もちろんクジ引くのはタダやで。そやけどあんたは大ハズレを引いたんや、それをウチのせいにするんは筋違いってもんやで。恨むんなら自分の運の悪さを恨むんやな。」
「うぅ、でも、そんな大金持ってないですー。」
「…あ? 今何ゆうた?」
「私、500ゴールドなんて無いです…。」
「…それ、ホンマか?」
「はい…」
 すっかり意気消沈してしまったマルチ。なぜこうなってしまったのか、彼女には全くわかりませんでした。幾つかの重要なポイントでしっかり反論するべきだったのです。いえ、今からでもそれは間に合うのですが…。
「うらぁーー! なめとんのか、われぇ!! 金も持たんと買い物が出来ると思っとんのか? ああ!?」
「ひっ! す、す、すみませーん!」
「すみませんですむかぁ! ウチの500ゴールドの赤字、どないしてくれんねんなぁー! 家に連絡してでも持って来させんかい!」
「あうあうあうぅ、私、家なんてないですー! 1人っきりなんですよー! お願いです、許して下さーい!」
 店員さんにちょっと脅されただけでこの始末です。相手が悪かったのでしょうか。
「…なんや、貧乏人かい。全くシケた勇者やな。…ほな体で払ってもらおか。」
「か、体って…」
「金の払えん奴は身ぐるみ剥がされて体で払う。これ、大昔からの決まり事や。…おぅ、まさか逃げるような事はせえへんやろうな。」
「あ、あの…、私はいったいどうなってしまうのでしょうか…」
「ウダウダぬかすなや、とりあえず家の中に入ってもらうで。着てる物と持ち物、全部脱いでもらうさかいな。少しは金の足しになるやろ、ま、それでも全然足らへんねんけどな。」
「うぅ、も、もう、お嫁に行けなくなってしまうのですね…」
「大丈夫や、キツイんは最初だけやからな。せいぜいしっかり稼ぐ事やな。」
「はぅぅ、私、いちおう勇者なのにぃ…」



 ああ、王様の期待をわずか30分後に裏切ってしまった勇者マルチ。こんなことで果たして魔王を倒すことができるのでしょうか。いえ、それ以前に冒険にでることができるのでしょうか。
 頑張れマルチ、負けるなマルチ。この世界の未来と希望は全てあなたの双肩にかかっているのです。武器屋の委員長に身ぐるみ剥がされている場合ではないのですよ…。




<…続くかも?>