勇者マルチ! 第9話
〜もうひとりの勇者〜
作 光十字
くじういんぐ! 100000Hit記念SS
このリーフランドの世界に浮かぶ大きな島。大陸と呼ぶにはやや小さく、かといって他の島々とは比較にならないほどの広さを誇ります。南部には乾燥した草原地帯が広がっており、北の山々の頂は春先まで雪に覆われます。そして、島の中央部に位置する肥沃な盆地部には、大小の幾つもの王国が存在しておりました。
古くから交流を深め、外敵に対しては協力し合い、そしてたまに争いごとなどを経験しつつも、それなりの秩序を持って王国らは共存を続けてきました。そしてそれらは、やがて「帝国」と呼ばれる連合国家を構成するにまで発展したのです。それは、約30年ほど前のことでした。
しかしながら、現在では「帝国」はもはや存在しておりません。王国の中でも最も力を持ち、帝国の中心ともなっていた「ガークルス王国」。その美しくも堅固であったお城は、今では妖気漂う魔王の居城となっているからです。
そう、魔王は突如として、帝国の中枢国家であるガークルス王国に出現したのでした。
その魔王の居城。俗に魔王城と呼ばれ、残存する辺境の王国より恐れられているその存在。そしてそれを覆い隠すかのように、周囲にはうっそうとした暗い森が広がっています。侵入者を拒むように生い茂るその木々は、まるで邪悪な意志を持っているようにも思えます。
しかし、それをものともせずに森の中を進んでいく者たちがありました。藪をかき分け、木の根をまたぎ、じゃまな枝を切り落としながら、それでも迷うことなくまっすぐにお城を目指して歩いていきます。
「ふぅ、もうかなり歩いたはずだよな。そろそろ魔王城が見えるころじゃねぇのか?」
大きな剣を背中に担ぎ、プレートメイルを着込んでいる男。それはどう見てもただの旅人には見えません。幼さが少し残っているその顔立ちは、まだ少年と呼ばれるほどの年齢だと思われます。
「うん、私もそう思うよ、浩之ちゃん」
少年のすぐ横で応える赤い髪の少女も、明らかに戦いを前提とした冒険者風の服装です。杖を持っていることより察するに、呪文を主体とする僧侶か魔法使い系なのでありましょう。
「あ、藤田君、あれじゃないのかなぁ。あの木の向こうに飛び出ている、とんがった屋根……」
別の少女が、木々の隙間から見えている魔王城の塔の一部を発見します。
「お、でかした、理緒ちゃん。あのレンガの色は何となく見覚えがあるぜ。間違いないな」
「えへへ、偶然だよぉ」
照れ笑いを浮かべる小柄な少女。携える剣は小ぶりの短剣です。その身軽そうな装備から察するに、盗賊系の職業なのかもしれません。
「藤田先輩、い、いよいよ最後の戦いなんですね!」
さらに最後の一人が口を開きます。やはり小柄ではあるのですが、武器らしいものは身につけておりません。拳をかばうためのグローブと、動きやすさを優先した着衣。青い髪の色が特徴的なその少女は、格闘家であることを自ら全身で示しております。
「ああ、いよいよ……だ。葵ちゃんも頑張ってくれよな」
「はい!」
やがて、彼らは少し開けた広場のようなところに出ました。そこの空間には木々が少なく、ぽっかりと切り取られたような青い空を見上げることができます。そして先ほどの魔王城の城郭が、大きく、明らかにそれとわかるほどまでに前方に確認できたのです。
目的地である魔王城まで後わずか。――浩之ちゃん、藤田君、そして藤田先輩――それぞれ異なった呼ばれ方をされたその少年は、その場で城郭を見上げながら立ち止まりました。そしてみんなを振り返り、自分自身にも言い聞かせるように、こう宣言したのです。
「みんな、魔王城までもうちょっとだ。あそこにいる魔王さえ倒せば、この世界もきっと救われる。ここまでもかなり苦しかったけれど……本番はこれからだぜ!」
こくり。他の3人は無言でうなずき、その決意のために表情もおのずと引き締まったものとなります。
「理緒ちゃん、葵ちゃん、そして……あかり」
それぞれの名前を順番に呼びながら、親しみを込めた笑顔を見せる少年。藤田浩之という名のその者は、人々を苦しめる魔王を倒すべく、自ら立ち上がった「勇者」であったのです。
「やるぞー!!」
「おおーっ!!」
暗い森の雰囲気を吹き飛ばすようなそのかけ声。彼ら4人が魔王を倒すことができれば、確かに世界は救われることでしょう。実際、彼らはそうなるのを目指し、そしてそれを信じてここまで来たのです。
しかし、そんな浩之たちの前に敵が出現します。その少女は姿を隠しもせず、正面から堂々と歩いて近づいて来るのです。当然ながらその存在に気がついた浩之たちでしたが、彼女の顔を見た瞬間より凍りついたように動きが止まってしまいました。
「あら、いくら気合いを入れても無駄よ。勝負に必要なのは実力あるのみ。ここに来るには、まだまだレベルが足りないんじゃないかしら?」
敵は浩之たちと距離をおいて立ち止まり、からかうような目つきでさらに言葉を続けます。
「久しぶりね、浩之。まさかあなたが伝説の勇者だったなんてね……。でも、よくここまで来れたものよ、とりあえずは褒めてあげるわ」
「……あ、綾香!?」
顔見知りだったのでしょう、浩之は敵手の名を叫びます。しかし、それは驚きを示すものでもありました。
一方、綾香と呼ばれた少女は満足そうにその反応を楽しんでいます。
「ふふ、意外そうね。でも、そんなことはどうでもいいわ。ここから先――姉さんのところには行かせないわよ」
「姉さん……先輩のことか? 先輩は無事なのか!?」
「は? 無事も何も――」
浩之の問いかけに少し首をかしげる綾香。しかし、彼女の言葉をさえぎるように、浩之のすぐ横から鋭い声が飛び出します。
「綾香さん!」
声の主は葵という名の格闘家です。彼女も旧知の仲なのでしょうか、それを見た綾香の目つきがわずかに細く変化します。
「――ふうん、葵も一緒なのね。もうあがり症は直ったのかしら? ふふふ……」
「う、そ、そんな……」
「まあ、ともかく――」
そう言って綾香は視線を葵から浩之へと移し、腕を胸元まで上げてかるく構えをとります。そして大きく息を吸い込み、続く言葉を相手に叩きつけます。
「――ここは通さないわよ!!」
ビリビリッ、と空気が震えるほどのプレッシャー。それを受けて、思わず浩之たちの動きが止まります。あ、いえ、ただひとり例外がありました。それをものともせずに突撃していったのは格闘家の葵。すばらしいスピードでもって、先手必勝とばかりに相手に襲いかかったのです。
「綾香さん、いきますよっ!」
「そう? ふふ、少しは強くなっているのかしら?」
目に見えぬほどの速さで拳を交え始めるふたり。葵の繰り出す攻撃は、尋常でない速度とパワーをあわせ持ったものでした。しかし、それらをことごとく綾香は捌いていきます。格闘家のスピードについていけるのは格闘家のみと言いますが、綾香も恐らくはそうなのかもしれません。どことなく、ふたりの動きには共通したものも見られるのです。
「あ、当たらないっ……!」
「まだまだね、葵……」
綾香の瞳に危険な光が宿ります。敵の攻撃を大きく空振らせ、懐より渾身の正拳突きを放つべく腰をわずかに落とします。
「――っ!」
が、それを中止して慌ててバックステップで大きくさがる綾香。間一髪、その空いた空間を浩之の大剣が切り裂きます。
「葵ちゃん、大丈夫か!?」
「あ、ありがとうございます、先輩……。でも、やっぱりあの動きは綾香さんです」
浩之と葵は並んで相手に向かいます。その後ろで理緒は短剣を抜き放ち、あかりも呪文の詠唱を始めます。
「うーん、さすがに1対4だと分が悪いようね……」
頭をポリポリと掻きながら呟く綾香。言葉とは裏腹に、まだまだ余裕があるようにも感じられます。
「綾香、そう思うなら道をあけてくれよ。そもそも、おまえと戦う理由が俺たちには無いんだからよ」
「……そうもいかないのよね。私は姉さんから、何者も城には近寄らせるなって言われているから」
距離をおいてにらみ合う双方。しばしの間、沈黙が辺りを包みます。
「藤田君、それってやっぱり……」
「ああ、信じたくはなかったが……」
後ろよりの理緒の問いかけに対し、浩之は振り返らずに答えます。彼らにしても、知り合いである綾香がじゃまするからといって、ここで引き返すわけにもいかないのでした。倒すべき魔王までは、きっとあと少しなのです。
「――真空裂波!」
あかりの呪文が完成して敵に向かって放たれます。空気中に真空の刃を作り出して攻撃する、僧侶系では唯一のダメージを与える魔法。それが一直線に綾香に襲いかかります。そして、それが再び戦いの合図となったのでありました。
浩之と葵が二手に分かれて、左右より包み込むように襲いかかります。正面からの魔法をどちらに避けようとも、いずれかの攻撃を受けなければならないのです。浩之たちにしてみれば、使い慣れたお決まりの連携攻撃なのでしょう。
「ふん!」
しかし綾香のとった行動は予想より大きくはずれ、それを全く避けようとはしませんでした。彼女の首の周りが明るく光ったかと思うと、その光は突きだした腕の先へと移動していき、迫り来る魔法に対して迎撃するように光線が放たれたのです。
ドォン!
魔法と光線は空中でぶつかり、凄まじい音をたてて相殺されます。綾香が身につけている首飾り、それはどうやら魔法のアイテムのようです。雷神剣などと同じく、ある種のエネルギーが封じ込まれているのでしょう。
しかし正面に片腕を突きだしたままの綾香は、すぐに左右からの挟撃を受けることとなりました。剣と拳の同時攻撃。しかも、それを操る者の技量は並のものではありません。
「ちょっとヤバイかなー?」
が、綾香の身のこなし方はさらにその上をいくものでした。ふたりの攻撃を体をひねってかわし、さらに軽口をたたく余裕すら見せています。呪文を正面から受け止めるという一番危険な対処法を選んだのも、その人間離れした技量に絶対の自信があってのことだったのでしょう。
「ぐは!」
「浩之ちゃん!」
浩之が掌底をその腹に受け、後方へと吹き飛ばされます。プレートメイルのその部分がわずかにへこみ、その衝撃の凄まじさを物語っています。
「せ、先輩!?」
浩之を心配する葵。しかし、彼女にも綾香の攻撃は容赦なく加えられました。
「葵、よそ見している場合じゃないわよ!」
「きゃあ!!」
至近距離からのひざをくらい、浩之と同じく後ろへ吹っ飛ぶ葵。両腕でのガードは間に合ってはいるものの、受け身をとる余裕まではありません。そして地に転がるふたりが起きあがるより早く、杖を構えたあかりに突進していく綾香。あかりの方は浩之への回復呪文を唱え始めたばかりであり、全くの無防備状態なのです。
綾香の接近を防ぐべく、短剣を手にした理緒が立ちはだかります。しかし、どう見てもその戦闘能力は、浩之や葵よりは劣るものでありましょう。
「ザコは引っ込んでいてよね!」
すれ違いざまの、払いのけるような裏拳を受けて崩れ落ちる理緒。しかし、その不安定な体勢ながらも、短剣を綾香の背に向かって投げつけます。
「!!」
ちょっと油断をしていたのかもしれません。綾香のそれに対する反応はやや遅れたものでした。飛来する短剣をかわしはしたものの、バランスを崩して地面にひざを付いてしまいます。
「たぁー!!」
そしてその時をのがさず、追いすがった葵が飛び込みました。
「くっ!」
さすがにその姿勢からは避けることはできず、まともに渾身の体当たりを受ける綾香。そして、もつれ合って地面を転がるうちに遅ればせながら浩之が近づいてきます。あかりの回復魔法を受け、先ほどのダメージも無いように見えます。
葵を突き放し、再びその足で地面に立つ綾香。しかし理緒もすでに立ち上がってあかりの護衛についており、勝負は最初の振り出しに戻ってしまったようでした。
「……なかなかやるわね」
「それはこっちのセリフだって。4人を相手にして互角以上だもんな、さすがは王国武闘会の優勝者ってところか……」
「ふふ……それ、幼年学校のころの話? 昔を思い出させてくれるわね」
「なぁ、綾香。その昔のよしみでひとつ教えて欲しいんだが……」
話を切り出す浩之。魔王を倒すことは彼らの、いや世界中の願いなのです。それを妨げるものは、たとえ昔の知り合いであっても倒さなければなりません。魔王軍に滅ぼされた国々は、既に両手の指では足りないほどの数にまでのぼっているのです。
しかし、それとは別に確認しておきたいこともあったのです。最近流れ始めた妙な噂……それは魔王の正体が、浩之たちのよく知っている人物であるというものだったのです。
「……なによ、今さら」
「先輩――いや、おまえの姉さんは無事なんだよな。おまえと同じく……」
「そうよ」
その問いにあっさりと答える綾香。浩之は勢い込んで、真に聞きたい質問を口にします。
「そ、それで、先輩は……その、魔王……なのか?」
「……」
「いや、もちろん違うよな。あの優しかった先輩がそんなはずは……」
「……そのとおりよ」
「は?」
「魔王とは……姉さん、つまり、来栖川芹香のことよ」
そして、辺りは緊迫した静寂に包まれます。それほどに、綾香が口にした言葉は浩之たちにとって重いものだったようです。言葉の意味を理解し、それを消化するためにかなりの時間を必要としたのですから。
「ま、まさか!」
「……ふふ、長い沈黙の後にしてはありきたりなセリフね」
「あ、綾香さん! 周りの罪もない国々を滅ぼして、いったいどういうつもりなんですか!」
未だ頭の整理がつかない浩之に代わり、今度は葵が問いかけます。
「……さあ?」
「さ、さあっていったい……」
「よくわからないわね」
「そんな……無責任な……」
まるで他人ごとのように言う綾香の態度に、さすがに葵は言葉を失います。この混乱の原因となっている魔王の実の妹として、今の発言は確かに問題があるでしょう。よくわからない、で済む問題では無いのです。
「綾香ぁ!!」
一歩前に進み出る浩之。その顔からは怒りと、そして悲痛な決意とが伺えます。
「……」
「もう話すことはない! 魔王が誰であれ、俺たちはそいつを倒す。そして世界に平和を取り戻すんだ!」
「ふうん……その相手が姉さんでも?」
「ああ、説得はしてみる。でも、それが駄目なときは――」
「殺す……のね?」
そう言ったときの綾香の表情は全くの無表情でした。にもかかわらず、浩之たちはこれまでに経験したことのない恐怖を覚えます。殺意、というものが形を持って存在するのならば、まさに今の綾香こそがそれであるかのように……。
「い、いや……それはわからない。でも、そうするかもしれない」
が、浩之は恐怖に負けずにそう言い放ちました。そしてゆっくりと再び剣を構えます。他の3人もそれにならい、あとは戦闘開始のきっかけを待つばかりとなりました。
しかし、綾香の方もそれに応じるように戦闘態勢をとりつつ、こう言ったのです。
「……そう、じゃあ私たちふたりで相手してあげるわ」
「ふたり?」
「ほら、もうそこに来ているわよ……姉さんが」
そう言って綾香が指さした先の、陽の当たらない暗がりの中。目を凝らしてよく見ると、確かに何か人の形をしたものが立っているようです。
「せ、先輩?」
浩之が思わず漏らしたその呟き、それに応えるように人影はゆっくりと歩みを進めます。少しずつ、少しずつその輪郭がはっきりとしていき、やがては顔の識別ができるくらいまで近づいて来たとき。
「………」
お久しぶりです浩之さん――という声がみんなの頭の中に直接響きました。
「な、なに? 今の声!」
「頭の中から聞こえてきたよぉ……」
仲間たちの驚きも、しかし浩之には全く届いていませんでした。彼が見ているその姿、綾香とうりふたつのその容姿は、確かに彼の知っている「来栖川先輩」のものであったようです。
「やっぱり、先輩……」
「………」
はい、そして私が魔王と呼ばれるものです――。先ほどと同じように、脳に直接送り込まれるこの言葉。……そう、噂はやはり真実であったようです。魔王とは、勇者浩之の知り合いでもあったのでした。
さて。この世界を滅する魔王とは、どうやら魔物の類ではなく人間のようであります。魔王・芹香とその妹である綾香。勇者浩之たちは果たして彼女らを説得、もしくは打倒できるのでしょうか? 綾香ひとりにあれだけ苦戦していたのですが、それに魔王まで加わって勝てるものなのでしょうか? そして、もしも勝ってしまった場合、主役のマルチたちに出番はあるのでしょうか?
様々な疑問を残しつつ、この話はまだまだ続きます。頑張れマルチ、負けるなマルチ。この世界の未来と希望は、全てあなたの双肩にかかっているのです。いきなり主役を奪われている場合ではないのですよ……。