騒乱が続く盗賊団の野営地の中、倒れたかがり火の炎がテントなどに燃え移り、夜の闇を妖しく赤く照らします。静かな夢の中よりたたき起こされた盗賊たちは、慌てふためきながらも武器をとって寝床より出てきました。そしてそんな彼らを待ち受けていたのは、剣を手に暴れ回る2人の少女の姿だったのです。
「なんやなんやっ、こんなもんなんか? 手配中の盗賊団ちゅうても大したことはあらへんなぁ!」
委員長は右に左に雷神剣を振りおろしながら突き進みます。その剣の切れ味は凄まじく、盗賊たちの薄めの装備では全く防ぐことはできません。かといって剣で防ごうにも、そこいらの普通の剣ではあっさりと折られてしまうのです。
「まぁ、数が多いってことは認めるわよ。しかし、よくもこれだけザコを掻き集めたものよねー」
委員長にわずかに遅れて平行して進む志保。ショートソードをそれぞれ両手に持ち、軽やかな動きで敵を倒していきます。二刀流ゆえに変則的でもあるその剣技、あまり戦いが得意ではない盗賊たちでは、それをかわすことなど出来はしなかったのです。
まさに無人の野を行くがごとく、2人の快進撃は続きます。目指すのは、奥にある一番大きなテント。志保があらかじめ目を付けていた目標であり、この盗賊団のお宝がそこに置かれてあるはずなのでした。
「おめぇら、何をしているんだ! 敵はたったの2人なんだろ? さっさと始末するんだよっ」
ここのリーダーらしき者が、側近の部下に向かって怒鳴ります。その男の後ろには宝箱がいくつも積み重ねられており、ここが委員長らの目指す場所であることを物語っています。そう、お宝のあるところは、指揮系統の中枢部でもあったのです。
「しかし、その2人がとんでもない強さでありまして……」
「関係ねぇよ! まともにかなわねぇんなら色々と手段はあるだろうが。遠くから矢で射かけるとか、包囲して一気に斬りかかるとかだな……」
「や、やってはいるのですが、なかなか巧妙にかわされまして……今のところは効果がありません」
「チッ、全く役に立たない奴らだな」
そう言って唾を吐き捨てながらも、その男は考えを巡らせます。そして部下にこの場に集合するように指示をだしました。どうやらここの財宝を目指しているらしいので、戦力を集めて待ち受ける作戦をとったのです。
「しかし、お頭の留守の時にやってくるとはな……ツイてねえぜ、全くよぉ」
潮が引くように敵の姿が見えなくなった委員長の周り。盗賊たちは一部の見張りを残して、奥のテントへと一時撤退をしたのです。個別に戦うのをさけ、数の上での優勢を失っていない今のうちに戦力を集中しておこうというのでした。
「なんや? 急に静かになったな……」
「いったん引いて、態勢を立て直しているのよ、きっと。そのうちにまとまって襲いかかってくるわね」
「まとまってくれた方が好都合や。そこに『雷神の鎚(トゥール・ハンマー)』ぶっぱなせば終わりやんか」
「そこにお宝が置いて無ければだけどね……」
「確かにな、しかもアレは予備動作がえらいかかるさかい……」
疲労を回復するべく、2人はのんびりと歩いて進みます。もうこちらの存在は知られてしまっているので、特に急ぐ必要もないのでした。
「……!」
志保は突然右手の剣を振り上げ、どこからともなく飛んできた矢をたたき落とします。
「……矢か? しかし、相変わらず恐ろしい反射神経やな」
「――っていうより、殺気を感じるのよねー。あんなにギラギラした気を放つなんて、やはり所詮は三流の盗賊ってとこかしら」
「そんなもんなんか?」
「そうよ。鎧で守られている智子はあんまり関係ないけどね。あたしにとっては、気配を読むのは死活問題だから」
「……気配ねぇ、やっぱ、ようわからんわ」
やがて2人は目的地へとたどり着きます。そしてそこには、もちろん敵の残った全戦力が待ちかまえていたのでした。
「おめぇら、いったい何者なんだ? ただの傭兵には見えねぇが――」
委員長と志保をぐるりと取り囲み、先ほどの盗賊団のリーダーが問いかけます。周りの盗賊たちもそれぞれ剣を抜き、弓を構え、いつでも攻撃できる態勢を作り上げてしまいました。
そんな中、特に恐れる様子も見せずに志保が静かに答えます。
「ただの賞金稼ぎよ。それと、お宝をもらいに……ちょっとね」
「なんだと!」
周囲に刃の壁を作り上げている者たちより、怒りの声と憎悪の空気が発生します。それを片手で制しながら、男は続けます。
「……オレたちに賞金がかけられていたのは知っていたが、たったふたりでかぁ? 度胸はほめてやるが、よほど命は惜しくないと見える」
「あんたら程度に、別にたいした度胸はいらへんよ。それよりも、今のうちにさっさと逃げたらどないや? 特別に追わんといてやるで、今日は気分がええからなぁ」
男の脅しにたいし、今度は委員長が軽口で返します。どうやら、お互いに和解を求めるつもりは全く無いようです。
「おめぇらのクソ度胸、どこかしらオレたちのお頭にも似ているぜ。一度会わせてみたかったが、まぁ、今さら仕方のねぇことだ。おう! 野郎ども、やっちまいな!!」
その指をパチンと鳴らす合図とともに、周りの刃の輪がなだれ込むようにその囲みを狭めてきます。そしてその外より聞こえる弓の弦の引き絞る音。この2人の命運は、今、まさに尽きてしまうようにも思われました。だが――
「甘いでぇー!!」
委員長が念を込めて雷神剣を水平になぎ払うと、その剣先より発生する稲妻が広範囲に吹き出します。そして、その直撃を受けた者たちが次々に倒れました。拡散されているために威力も弱まっていますが、それでも数秒間は行動力を奪うくらいの力はあるのです。
「ザコは何人寄ってもザコなのよねー」
後ろから迫ってくる者たちには志保が相手をします。何本もの投げナイフが指の間に握られ、そして手首をひねった次の瞬間には盗賊たちに突き刺さっていました。正確に足を狙われ、もんどり打って倒れ込む者が続出します。そしてそれが障害となり、後ろの者もすぐには前進できません。
ヒュン! ヒュンヒュンッ!
間髪おかずに2人に放たれる数本の矢。しかし、志保はたやすく剣で払い、委員長も兜や鎧で防ぎます。
「今度はこっちの番やな!」
リーダーの男を目指して走り出す委員長。志保はそれを援護すべく、その障害となる敵に向かって投げナイフを放ちます。射手が次の矢を用意する前に決着をつけるつもりなのでしょう。
志保の攻撃を受けて膝をついた盗賊を足場に、委員長が空高くジャンプをします。そして降下地点にいるリーダーに向かい、輝く剣を振り下ろしました。
「ぐがあっ!」
次の瞬間、男はその身に焼け付くような痛みを覚えます。雷神剣は、まるでバターを切るかのようにやすやすと相手の剣と鎧、そして肉体をも切り裂いたのです。そして追加効果の雷撃までもがしっかりと発動し、それは男の戦闘力を完全に奪いさることとなったのでした。
一方、少し離れたところでのんびりとお茶を楽しんでいる、我らが勇者マルチ。その頭脳は、すでに明日の朝ご飯のことを考えていました。明日の食事当番でもある勇者は、彼女なりに色々と悩むところがあるようです。もちろん、委員長たちの戦いなど想像しているはずもありません。
「そーですねー、やっぱりご飯とおみそ汁がいいでしょうかー。納豆を付けるかどうかが悩むところなんですよー」
「……」
琴音は、そんなマルチを呆れたように眺めます。
「納豆は志保さんが好きなんですが、ご主人様は全然ダメなんですよねー。なんでも『関西人』っていう種族は、それを食べると死んじゃうらしいんですー」
「……」
「そういえば、琴音さんはどうなんですか? やっぱり死にますかー?」
「……はぁ」
琴音は勇者とは違い、赤い炎に映し出された野営地をじっと観察していました。炎は相変わらずテントや柵を覆い尽くしており、まだしばらくは消える気配はありません。しかし、どうやら騒ぎのほうはだいぶ収まってきたようです。
「……どうやら決着がついたみたいよ、マルチちゃん」
「はわ? 何のことですか?」
「……べつに」
呆れたのを通り越して諦めに変わってしまった琴音。その時、彼女の前に一羽の大ガラスが舞い降りてきます。先ほどから空を旋回していたうちの一羽です。琴音はそれに近づき、膝を曲げて会話を始めました。
「クワッ、カッ、カッ、カー」
「へぇ、そうなんだ。それで? 2人は無事なの?」
「カアーッ」
「ふうん、なるほど……」
「クゥ?」
「うん。もういいよ、おつかれさま」
会話が終わると、大ガラスは再び夜空へと戻ります。夜目がきかないと言われるカラスですが、モンスターである大ガラスともなると多少は異なるようです。上空には数羽の大ガラスがゆっくりと飛び回っており、戦場の様子を琴音の元に知らせているのでした。
「琴音さん? 今度は何て言っていたのですか?」
「うん、戦いは終わったみたいよ。あの2人が勝って、盗賊たちは逃げてしまったって」
「はわー、さすがはご主人様と志保さんですー」
「……」
味方の勝利を素直に喜ぶマルチ。そして何か考えているような素振りを見せる琴音。しかし突然、この2人の雰囲気は緊迫したものとなりました。夜の闇に紛れ、3人目の人影が登場したからです。
「――だれっ!?」
背後の茂みをかき分ける音に反応し、琴音が鋭く警告を発します。そしてそこから出てきたのは――琴音よりは背の高い、黒髪の少女でした。
「なによ? あなたたちは……」
その少女はマルチと琴音を、その鋭い眼光で交互に見据えます。この場にはとても似つかわしくない、まだ少し幼さの残る2人の姿。しかも、その一方は座ってお茶をすすっていたりするのです。そんな様子を怪しんだとしても、それはごく自然な反応のようにも思えます。
「はい! 私はマルチといいます。ご主人様の帰りを待っているところなんですよー」
「は? ご主人様?」
「はい、今、あそこにいるんですよー」
そう言って燃えさかる盗賊たちの陣を指さすマルチ。その少女も自然にそちらに目を向けます。
「な! も、も、燃えているじゃない! いったい何が……」
赤い炎が夜空を焦がす光景を、愕然として見つめる少女。まるで信じられないものを見ているような、そんな感じです。琴音は何か思うところがあるのか、その少女を観察しながらも少し距離をおいて下がります。さりげなく合図して、上空の大ガラスたちも密かに呼び寄せているようです。
「よく燃えていますよねー。ご主人様と志保さんが、盗賊さんたちをこらしめに行っているんですー」
「なにいぃ!!」
「はわ!」
いきなりマルチに掴みかかる謎の少女、なぜか異様に高ぶった感情をあらわにしています。もしかしたら、あの盗賊たちと関係のある人物なのかもしれません。
「……あなたは、あの盗賊団の関係者なのですか?」
背後より落ち着いた声で質問を受け、勇者の首根っこを掴んでいた腕が少し緩みます。キッと後ろを振り返り、琴音に対し突き刺すような眼光を浴びせる少女。そして彼女は高らかに、こう宣言したのでした。
「私の名前は坂下好恵。あそこで燃えている盗賊団の頭領よっ!!」
「……」
坂下と名乗った少女は、マルチの胸元をつかんで左手一本で持ち上げます。そして唇を噛みしめ、右の拳を堅く握りしめました。どうやら、怒りにまかせて勇者を攻撃するようです。
「あ……う、く、苦しいです……」
「マルチちゃん! ちょっと、そこのあなた! 私たちは関係ないじゃないですか!」
「あん? この子はさっきご主人様って言っていたわ。無関係じゃないでしょう!」
「いえ、無関係です! 文句はあの2人に言ってください、少し待てばここに戻ってきますから……」
「……ふん、もう遅い!」
坂下は右の拳を、マルチの腹部を貫通させるべく繰り出します。格闘技か何かの経験があるのでしょうか、その動きは常人を遙かに越えるものでした。熟練した格闘家の拳は剣と変わらないといいますが、まさしくこれがそのようです。
「ダ、ダメェー!!」
琴音の叫びもむなしく、勇者の体へと吸い込まれていく拳。しかし――
キィン!
その攻撃が当たる瞬間、透明な盾にはじかれるように拳は跳ね返されたのです。
「な、なんだ? 今の手応えは……」
打点をずらされ、不自然な力が加わった坂下の拳はひどく痺れてしまいました。マルチの体は直接のダメージは受けなかったものの、それでも反動で大きく飛ばされて離れた地面に落下します。
「マルチちゃん! 大丈夫?」
慌てて駆け寄る琴音、しかし外傷は無くどうやら気を失っているだけのようです。ホッと安堵のため息をつき、そして坂下のほうに向かって戦闘態勢をとる琴音。その周りにはすでに大ガラスたちも集まってきています。
「私のお友達に手を出しましたね? 無関係って言ったのに、許しませんよ……」
そんな琴音の様子に、わずかに気おされした坂下でしたが、その殺気を正面から受け止めます。
「ふん、それはこっちのセリフよ。妙な術を使うようだけど、部下たちの仇はキッチリとらせてもらうわ!」
――たった2人で盗賊団の退治を果たした委員長と志保。しかし、それによって別の場所で私闘が発生していることなど、さすがに知るよしもありません。
自分の留守の間に仲間をやられた坂下、そして友達である勇者を守るべく立ち上がった琴音。果たして正義はどちらにあるのか、それは答えの無い問いであるのかもしれません。もしも互いの立場を入れ替えたとしても、きっとこの戦いは起こってしまうのでしょうから……。
頑張れマルチ、負けるなマルチ。この世界の未来と希望は、全てあなたの双肩にかかっているのです。全く活躍しないうちから気絶している場合ではないのですよ……。