勇者マルチ! 第5話

〜不幸の二重奏〜

作 光十字

くじういんぐ! 60000Hit記念SS



 日が暮れて空もすっかり暗くなり、町の家々にもランプの明かりが灯り始めます。魔王の出現以来、他の国や町との行き来も少なくなり、この町の商店街も以前ほどの活気はみることができません。しかし、武器屋などの一部の店はその例外でした。治安は町の内外を問わず悪くなる一方なので、人々は自分の身は自分で守らなければならないからです。委員長の店がここのところ連続して休みにする事ができるのも、そういった事情で経済的に余裕があるからに他なりません。



 そんな武器屋の奥。彼女たちはちょうど夕飯の最中でした。ちゃぶ台のまわりを3人で囲み、楽しそうに箸を動かしております。ちなみに今日は和食。白いご飯に、おかずは煮魚とみそ汁でした。
「ほい、勇者、おかわりや」
「はい。ご主人様ー」
 委員長が差し出したお茶碗を受け取り、マルチはご飯をぺたぺたとよそいます。
「マルチ、あたしはお茶が欲しいな」
「はい、志保さん。ちょっとだけお待ちくださいー」
 それがあたりまえのように、勇者を雑用に使う2人。しかし、マルチは特に気にした様子もなく、むしろそれを喜んでいるようにも見えます。このパーティの人間関係が今のところうまくいっているのも、そんな勇者の献身的な性格によるものなのかもしれません。
「なぁ、志保」
 マルチよりおかわりを受け取りつつ、委員長は話しかけます。
「はによ、ほもこ」
 おかずをほおばりながら志保が答えます。お行儀の悪いのは今に始まったことではありません。
「誰がホモ子やねん。まあええ……明日は店を開けるで、いいかげん常連さんにも悪いからな。それと、例の件……ぼちぼちやるつもりや」
 一応のツッコミを入れておいて、委員長は話を切り出します。少しトーンを落としたその話し方、何やら重要な内容のようです。志保もそれを感じたのか、口の中のものを飲み込んでから返答します。同じようにやや低めの声で。
「そうね、そろそろ動いたほうがいいわね」
「そっち次第やけど、早ければ明日の夜にでも……どや?」
「そりゃ、早いわね。いいわ、あたしはまた情報を集めておくから」
「頼んだで……」
 そんな2人の会話を聞いていたマルチ。当然ながら理解できるはずもありません。
「あのー、今のお話はいったい何なのでしょうか?」
「あ、ちょっとね。マルチにもあとで話してあげるわよ。それよりも問題は――」
 志保はその質問を受け流しつつ、視線を部屋の隅に移します。委員長とマルチもそれにつられ、同じくそちらに顔を向けてしまいます。
 部屋の隅。そこには昼間の戦利品が柱に縛りつけられているのです。まだ気絶したままのそれは、もちろんドライアードの不思議少女、姫川琴音の姿でした。



 ぺしぺしぺしっ。
「起きませんねー」
 つんつんつんっ。
「熟睡しているのでしょうかー」
 れろれろれろっ。
「はぁ、いいかげん起きてくださいー」
「ええわ、ウチがやる。ちょうどいてんか」
 マルチの努力も空しく、一向に目を覚まさない琴音。ついにしびれを切らした委員長が、ハリセンをその手に立ち上がります。
「はい……で、でも、やさしくお願いしますよー」
「なんやその言い方。まるでウチが優しないみたいやんか」
 そう言って、ハリセンを頭上高くに振り上げる委員長。その体勢は、どこからどうみても全力にしか見えません。
 すぱかーんっ!!
「!!!」
「あぁ! 言ったそばからー」
「甘いわねマルチ。智子が手加減なんてするわけがないじゃない」
「手加減してるって。本気やったら雷神剣でどつくところやさかいな」
「それじゃ死んじゃいますー」
 そして、さすがに意識を取り戻す琴音。その目にはすでに涙が浮かんでいます。
「……痛いです」
 まず口にした最初の言葉は、やはりそれでした。素知らぬ顔で委員長が答えます。
「さよか。風邪でもひいたんか? 今年のやつは頭痛をともなうらしいからな、気ぃつけや」
「そ、そうなのですか……?」
「そや。それでな、すこし聞きたいことあるんやけど、ええか?」
「え? は、はい……」
 基本的には素直な性格なのでしょう、琴音は相手の質問に対して疑いを持たずにすらすらと答えます。もっとも、委員長と志保の誘導も巧いのです。琴音にその時間を与えないように、次々と新しい質問を繰り出していくのですから。
「よし、決めたで。琴音いうたな、あんたは今日からここの店員や。きっちり働いてもらうで」
 質問という名の尋問を一通り終えた委員長が、最後にそう言い放ちました。志保は少し気の毒そうな表情を浮かべてそれを見守っています。
「はい?」
 きょとんとして小首をかしげる琴音。全く状況が飲み込めていないのです。無理もありません、自分の事だけを一方的に話し、彼女自身は何も情報を得ていないのですから。
「飲み込みの悪い子やな、はいやあらへんって。あんたはこの勇者と一緒に、ここで働くことに決まったんや」
 そう言って委員長は横にいたマルチを引っ張り、琴音の真ん前まで持ってきます。
「あ! あなたは――!」
「よろしくお願いしますー。私、マルチといいます」
「小鳥さんたちの敵! はっ、さてはあなたたちも……」
 マルチの顔を見た瞬間、琴音は暴れだそうとします。しかし、荒縄で自由を奪われているために結局はもがいただけでしたが。
「カラスさんのことは謝りますー。どうもすみませんでした……」
「……」
 琴音の顔を覗き込み、マルチはお詫びの言葉を続けます。
「もうカラスさんと戦うのはやめますので、あの、これからは仲良くしたいのですがー」
「……そ、そう」
 あどけない瞳。それは勇者の持つ武器のうちのひとつです。乱暴な性格の人間には逆効果だったりもしたのですが、まれに素晴らしい効果を生み出すときもあるのです。
「まぁ、ウチは別にどっちでもかまへんで。ウチらの敵になるいうんなら遠慮なく相手したる」
 しかし、矛を収めかけた琴音に対して委員長が挑発を始めます。琴音の目に、再び警戒の色が蘇りました。
「……本気で言っているのですか? 私の友達たちが黙っていませんよ?」
 彼女の声からはかなりの自信が伺えます。荒縄で自由を奪われており、仲間のカラスたちもいない。そんな状況にもかかわらず……。
「カラスがなんぼのもんや。たとえ何千羽こようが、こいつ一振りでイチコロやで」
 そう言って琴音の目の前に、雷神剣をすらっと抜き放つ委員長。青白く輝く、小さな稲妻の絶えることのないその刀身。琴音の瞳が大きく見開かれます。
「雷神剣!? そ、そんな……」
「ついでにあの大木にも火ぃつけたる。あんな枯れ木、さぞかしよう燃えるやろうなー」
「……!!」
「鬼……」
 ぼそっと志保が呟きます。マルチも口元に両手をあてて成り行きを見守っています。
「あそこにはカラスの巣もようけあるみたいやしなー」
「そ、そ、そんなことはさせません!」
 激しく身を乗り出して叫ぶ琴音、でもそれは当然のことです。彼女にとってあの大木は生みの親であり、そこに住むカラスたちは大切な家族。それらが炎に包まれるなんて、考えるだけで気が狂ってしまいそうなのです。
「けど、それもこれもウチらの敵にまわったらの話や。この店で大人しゅう働くいうんなら別やで。そこの勇者の言うとおり、カラスにもあの木にも一切手ぇだせへん」
「……」
「さあ、どないするんや? さっきも言うたけど、ウチはどっちでもええねんで」
「……わ、わかりました」
「わかったじゃわからへん」
「私は、このお店で……働きます」
 ついに委員長に屈する琴音。こうまで的確に弱点を突かれてはどうしようもないのです。うかつに大切な事をペラペラと話してしまった自分を呪うしかありません。
 がくりとうなだれるそんな彼女に対し、3人は次々に励ましの言葉を投げかけます。
「よし、ええ子や。素直な子は好きやで」
「これって、ほとんど脅迫よねー」
「なんだか私の時と似ていますー」
 ええ、たぶん……。



 騒がしかった夕飯の時も終わり、マルチと琴音は寝床の準備をしています。何もかも初めてな琴音に対し、マルチが大はりきりで仕事を教えているのです。
「えーと琴音さん。こちらがご主人様のベッドでー、あちらが志保さんのですー」
「……私たちのは?」
「無いですよ、そんなの」
「……」
「私たちはこの床の上で寝るんですー。ひんやりしていてとっても涼しいですよー」
「……はぁ」
「たまに寒いときもありますけどー、2人で抱き合って眠ればきっと暖かいですよね」
「えっ、だ、抱き合って?」
「はい。とっても楽しみですー」
「……そ、そうね、ちょっとだけね」
 それなりに会話を弾ませながら、2人はベッドメイキングを終えました。そして次に床の上に毛布を敷き、自分たちの寝床を作ります。最近は毎晩そうしているのですが、その上に座ってマルチは色々な話を始めます。志保といい琴音といい、だんだん仲間が増えてきて実はとても嬉しいのです。
「へえ、マルチちゃんって本当に勇者だったんだ……」
「はい。一応はそうなっているんですよー」
「でも、勇者ならいずれ魔王と戦うはずだけど、やっぱりそうするの? それなら――」
「いいえ。だって私は平和主義なものですからー」
「……それじゃ、戦わないの?」
「はいっ、もちろんですよー」
 どかっ!
 いきなり勇者の後から蹴りが炸裂しました。床におもいきり額を打ち付けるマルチ。上を見上げた琴音の目に、委員長の怒りの顔が映ります。
「ボケーッ、まだそんな事を言うとるんかい! 勇者は魔王と戦ってなんぼのもんやって、何度言うたらわかるんや!」
「はぅ、で、でもー」
「琴音! あんたからも何か言うたりや。ウチらはいつか魔王と戦うことになる。昼間のカラスの件かて、元はと言えばこの勇者のレベルアップの為にやったんやからな」
「……そうなの? マルチちゃん」
「あぅ、そうみたいです……」
 やがて志保も寝室へ入ってきて、賑やかさは一段と増すことになります。店のこと、町のこと、お城のこと、外の世界のこと。慣れない雑談に加わり、もっぱら聞き役にまわっていた琴音。しかし、ふと疑問に思ったことを聞いてみることにしました。
「あの、智子さん。ちょっといいですか?」
「ん、なんやねん」
「そういえば私の着ていた服って、お洗濯中なのですか? 縛られていたときは、もう今の服になっていましたが……」
「ああ、あの『水の羽衣』やな。もうあれへんで。さっき知り合いに売ってもうたからな」
「はい?」
「ちなみに、脱がしたんはそこの勇者や」
「はいっ。私が服と下着、全て脱がしてさしあげましたー」
「え、え? し、下着?」
「そうですよ。でも……服のほうは着替えさせてもらいましたけど、あとはそのままなんです。すーすーして寒いですかー?」
「そ、そ、そういえば……」
「琴音さんの肌ってきれいですよねー。どこもつるつるしていて、とっても羨ましいですー」
「……!!」
 今まで気が付かないほうもアレなのですが、酷い話もあったものです。高価な『水の羽衣』を取られたばかりでなく、下着にまで手にかけられていたなんて。しかも、それがさも当然のような感じなのです。
 しかし、木やカラスの件で脅されている以上は、やはり諦めるしかないのでしょう。そして、さらにトドメとばかりに委員長は続けます。やや得意そうに胸を張って。
「下着はな、別ルートで売りさばく予定なんや。その手のところに持っていけば、ごっつ高う買ってくれんねん」
「ご主人様ー、その手のって……どこなんですか?」
「マルチ、それはあたしが教えてあげるわよ。つまり早い話が、変○さんに売っちゃうってことなのよねー」
「はわ! ○態さんですかー。しかし、それはあまりにも琴音さんがかわいそうなのでは……」
「別に琴音だけやないで、あんたのも一緒やさかいな」
「え? 私? き、聞いてないですよー!」
「そうです! 早く返してください!」
 ……そういえば勇者のも最初に取り上げられたままでした。マルチを店に置いてその姿が人々に知れ渡っていけば、それに応じて値段もつり上がっていくという寸法なのです。琴音を店で使うのも、きっと同じ目的があるのに違いありません。
「却下や。まぁ、真面目にコツコツと働いてくれたら返すかもしれへんけどなー」
「そういうこと。おふたりとも頑張りなさいな、あたしも応援だけはしてあげるからね」
「……」
「……」



 さあ、新たにマルチの友達となったドライアードの不幸少女、姫川琴音。どうやら4人目のパーティメンバーになりそうな感じです。気になる戦闘力は、カラスを操ること以外は全く不明。色々と謎の多そうなキャラクターではあります。
 そして問題の明日の夜、委員長と志保はいったい何をするつもりなのでしょうか? マルチと琴音にも関係してくるのでしょうか? いよいよ冒険の始まりなのでしょうか?
 頑張れマルチ、負けるなマルチ。この世界の未来と希望は、全てあなたの双肩にかかっているのです。ブルセラショップにパンツを売られている場合ではないのですよ……。




<第6話へ続く>