勇者マルチ! 第4話

〜4人目の少女〜

作 光十字

くじういんぐ! 50000Hit記念SS



 お城の周りに広がる草原地帯、その外れに1本の大きな木が立っていました。小さな木々であれば珍しくもないのですが、人の背丈を越えるものは全くと言っていいほど見ることができません。そんな中でこの大木だけは例外であり、その姿はとても良く目立つものでありました。
 ある朝のことです。その幹に寄り掛かるようにして立っている、ひとりの少女の姿がありました。未だ幼さの残る、しかしすでに美少女と言っても良い整った顔立ち。少し癖のついた薄むらさき色の髪に、透き通るような白い素肌。そして不思議なことに、その少女の周りにはたくさんの鳥たちが楽しそうに飛び回っているのです。
「おはよう、小鳥さん達。うふふ……今日もみんな元気そうね」
 肩や頭の上で羽を休めている鳥たちに微笑みながら話しかけます。本来ならば決して人になつくことのない野鳥たちですが、何故か彼女には気を許しているようです。鳥たちを惹きつける不思議な能力でも持っているのでしょうか。
「私? 私ならいつでも元気よ」
 周りの鳴き声に合わせるように少女は答えます。まるで会話が成り立っているかのように。
「……でも、本当は少し寂しいの。誰か……誰か人間のお友達がほしいな……」
 くぅ?
 頭の上にいる鳥が小首をかしげて返します。いったい、どこまで彼女の言葉を理解しているのでしょうか。
「あ、ごめんなさい。うそうそ、みんながいるから全然平気……」
 苦笑しながら謝ります。どうやら鳥たちと意志の交流ができるのは間違いないようです。
 ――実は、その少女は人間ではないのです。姿こそ非常に良く似ているのですが、彼女は一般に『妖精』と呼ばれる種族なのです。長い年月を経たこの巨木が生み出した、人に似て異なるもの。すなわち、樹木の妖精……ドライアードなのでした。
 一陣の、肌にまとわりつくような湿った風が駆け抜けます。それを浴びた肩の上の鳥が、突然羽を振るわせました。
「え? どうしたの?」
 その鳥だけではありません。全ての鳥たちは一様に何かに怯えているようでした。
「……そう、いよいよ来るのね」
 何かを理解した少女は小さくつぶやき、遙か遠くの北の方角を見つめます。
「ふふ……怯えなくても大丈夫よ。私がちゃんと守ってあげるから」
 ――北。地平線の彼方に蜃気楼のように浮かぶ山々が、彼女の瞳に大きく青く映ります。
「だから、いつものように楽しく歌っていてね……」
 ――北。少女は知っています。あの山々の連なりの向こう側に、邪悪な魔王の軍勢が迫ってきていることを……。
 朝のさわやかな木漏れ日の下で、たくさんの野鳥らに囲まれて笑う少女。鳥たちの幸せなさえずりの中、ひとり決意をかため平和を願うその姿は、普通に考えるならばさぞかし「絵になる」光景なのでしょう。
 少女の周りの鳥たちが、みな一様に黒い翼を持っていなければの話ですが……。



 場面は変わりまして、こちらは勇者様ご一行です。お店を今日も休みにして、昨日と同じく3人で草原を進んでいます。勇者は新しい武器である『はがねのモップ』を左手に持ち、先端部をずるずると地面に引きずるようにして歩いております。いえ、よく見るとそこには小さな車輪が取り付けられており、引きずっているのではなく転がしているようです。
「お、いたで。あそこや」
「はぅ、またまた大ガラスさんです……」
「ついてるわね、マルチ。1羽しかいないじゃない」
 委員長の指さす方向に大ガラスが羽を休めています。志保の言葉どおり今は1羽しかいません。
「よっしゃ、いてこましたれや! 勇者!」
「はい、が、頑張りますぅー」
「その調子よ、あたしがついているからねー」
「……」
 さっそうと走り出そうとしたマルチでしたが、ふと足を止めて背中越しに振り返ります。
「あの……」
「なんやねん」
「今度こそ、本当に本当に、助けて下さいよー」
「ばっちりや、心配いらんって」
「そうよ、この志保ちゃんにお任せよ!」
「はぅ、お願いしますよぉ……」
 どことなく納得はしていないようですが、気を取り直してマルチは駆け出します。重い武器を引きずりながら、少しずつ少しずつ加速して。
「ギッ?」
 大ガラスがその接近に気が付きました。
「てりゃりゃりゃ〜!」
 慣性を利用すべく少しだけ速度をおとし、力を込めてモップを持ち上げます。大ガラスはそれに反応し大きく羽ばたいて飛び上がろうとしました。基本的に、カラスというのは上空からの攻撃を得意とするのです。
「えーい! ご、ごめんなさ〜い!」
 しかし、その頭上より振り下ろされるモップ。昨日の木のモップとは異なり、今回ははがね製です。攻撃力だけは素晴らしいものがあるのです。
「お! こら、きまるんとちゃうか?」
「すごい偶然! タイミングバッチリよ」
 委員長と志保がそう叫ぶ中、ふわりと離陸した大ガラスの巨体に、はがねのモップが勢い良くぶつけられます。恐ろしい破壊力をもったそれは完璧なカウンターとなって。
 鈍い音が大気と大地を震わせます。それは、俗に言う会心の一撃と呼ばれるものでした。
 モップはそのままの勢いで地面に深く突き刺さり、勢い余ったマルチは一回転して草むらに突っ込みます。そして、大ガラスは地面へと叩きつけられ、そのまま動かなくなってしまいました。
「え? え?」
 身体を起こしてきょろきょろするマルチ。振り下ろしたばかりのモップと、遠くに転がっている大ガラスとを交互に見比べます。
「か、勝った……のでしょうか?」
 そして、やがて状況を把握したのか、2人の方を向いて大きく手を振り始めました。
「やっと、勝ちました……。ご主人様、私、勝ちましたぁー!」
「よしよし、ようやった。さすがは勇者や」
「あんたにしては上出来よ、今夜は赤飯ねー!」
 ……運のみで勝利した頑張りやの勇者、冗談で作った武器の成果に驚いている委員長、全くもって何もしていない志保。この戦いの勝利は3人のそんな友情パワーが結集された結果なのでしょう。マルチの会心の微笑みが全てを物語っているように。
「はい! みなさん、ありがとうございますー!」
 勇者マルチはとうとうやりました。宿敵大ガラスを1羽も倒し、何と1の経験値を獲得したのです。いえ、馬鹿にしてはいけません、千里の道も一歩からと言います。そうです、ついに戦う勇者としての長い道のりを歩み始めたのですから。



 生まれて初めての勝利に酔いしれるマルチ。しかし、そこに音もなく近づいてくる1つの影がありました。息絶え絶えになっている大ガラスに寄り添い、その体を優しく抱きしめる姿。それは、先ほど大きな木の根本にいたドライアードの少女に他なりません。
「ひ、ひどい! なんて事を……」
「はわ?」
 その気配に気が付いて振り返るマルチ。そして少女の突き刺すような冷たい眼光に睨まれ、凍り付いたように動けなくなってしまいます。
「あなたがやったのですか?」
「は、はわ……わ……」
 さっきまでの勝利の快感はどこへやら。突然出現した敵意むき出しの少女に対して、マルチは全く反論できませんでした。実は密かに感じていた敵を倒すという罪悪感、それが大きく心に揺さぶりをかけているのです。
 くぅー……。
 少女に首を支えられ、苦しげにのどを鳴らす大ガラス。右の翼を力無く持ち上げ、ふるふると震わせながらマルチを指さします。その様子は、まるで犯人はこいつだと言わんばかりです。
「やっぱり!」
 当然のごとく、少女の殺意は完全に目の前の勇者へと注がれます。
「あう、あうあう……」
 対して、すっかり腰が引けてしまっているマルチ。発した声は言葉にならず、ただ首を左右に振ることしか出来ません。相手の目が怖いのもありますが、悪いのは自分の方だとすっかり思い込んでいるのです。
「なんや? なにやってんねん」
「ん、なに? この子……」
 しかしその時、勇者の保護者――いや、仲間達が後ろより話に参加してきました。立ち込めた暗雲の中に照らされた一筋の強力な光明、マルチは期待を込めて振り返ります。3度目の正直とでも言うのでしょうか、やっと自分を助けに来てくれたことが嬉しくてたまらないのです。
「……あなた方は?」
 1対3。人数の上で劣勢となっても、その怒気に衰えは感じられません。よほど腹を立てているのか、もしくは腕に自信があるのか……あるいはその両方なのか。
 すっかり上機嫌なマルチの後方より、志保と委員長は平然と答えます。
「ん? あたしたちは単なる通りすがりの旅の者よ」
「そやそや。ウチら、そこにおる小さいのとは何の関係もあらへんからな」
 ただならぬ様子を感じ取ったのでしょうか、2人はとっさに少女の気をそらしにかかります。その息の合わせ方は実に自然であり、相手の少女も思わず信じてしまったほどでした。
「……そうですか。それでは危ないので少し下がっていてくださいね」
「そうやな、そうさせてもらうわ」
「じゃあね〜」
 軽い会釈を交わし、あっさりその場を立ち去る希望の光。そして少女は先ほどの話を続けます。何も考えずにニコニコと笑って突っ立っている、あわれな子羊……もとい勇者に向かって。
「あなたは許しませんよ。……覚悟はいいですか?」
「……は? わ、わたし? 私ですか?」
 その言葉が自分に向けられている事にようやく気が付き、驚きの声を上げるマルチ。彼女は保護者の2人が登場した時点ですっかり安心してしまい、ろくに話を聞いていなかったのです。
「あ、あれ? あれれ?」
 我に返って周りを見渡すも、後ろにいたはずの2人の姿はすでにどこにもありません。
「は……う……」
 大きくのけ反り天を仰ぐマルチ。口にすべき言葉も見つからず、大きな瞳に涙を浮かべます。そうだったのです。3度目の正直なんて、これっぽっちもなかったのです。
「ふふ……出ておいで! 私のかわいい小鳥さん達!」
 そのかけ声を待っていたかのように、空がどんより黒く覆われ始めます。思わず見上げたマルチの目に映ったもの、それは無数のカラスの大群でした。普通のカラスから大ガラスまで。数えるのが馬鹿馬鹿しくなるくらいのその数、もしかしたら万の単位に達しているかもしれません。
「ふわ、わ、わ、わ……」
 大きく口を開けて立ちすくむマルチ。相手は最弱モンスターとはいえ、その数が尋常ではありません。地面に刺さったままのモップを手にすることもなく、米粒ほどはあった戦意もすっかり干上がっています。
「さすがに驚いたようですね……でも、もう遅いです。あの子たちの敵は私の敵、私の敵はあの子たちの敵……」
「……はっ! す、す、すみませ〜ん! どうか、許してくださ〜い!」
 少女の言葉によって我に返ったマルチは許しを請い始めます。勇者とはいえレベルは1、どう考えても勝てるはずがありません。
「だめです! あの子の痛み……私の友達の痛み、あなたにも味わってもらいます!」
 しかし返ってきた答えは明確なる拒絶。少女の意志は相当に堅いようです。
「はぅ! そ、そんなー、なんでも言うことを聞きますから……」
「……」
「なんでも言うとおりにしますので、ここは許して……下さい……」
「……なんでも?」
 ぴくり。
 おや、どうしたことでしょうか? 少女の動きが止まりました。そして迷っている様子がわずかにうかがえ、勢いづいてマルチは話を続けます。そうすることによって恐怖を忘れようとするかのように。
「は、はい! なんでもです! お掃除にお洗濯、そしてお店の手伝いまで……なんだって言いつけてください!」
「……お、お友達でも?」
「は、はい? お……ともだちですか?」
「……」
 明らかに様子が変です。真剣な表情はあいかわらずですが、少女の攻撃的な気配はかなり薄まってきています。おまけに、頬が少しピンク色に染まっているようです。
「あ、はい! もちろんですー! お友達と言わず、お手伝いでもメイドでも家来でもなんだって……」
「……」
 ああ! 誇り高き勇者の言葉とはとても思えないのですが、しかし、それなりに効果はあったようです。相手の殺意はすっかり消え失せ、むしろとまどっているようにも思えます。
「あ、あの、どうでしょうかー」
 マルチは恐る恐る尋ねます。頭の上のカラス達とは目を合わさないように、そしてその鳴き声も無視しようと心がけて。
 しばらくの間少女は迷っていましたが、やがて意を決したように身を乗り出して小さく口を開きます。
「本当に――」
 くぅー……。
 しかし、少女の言葉と重なるように、傷ついた大ガラスが悲しくのどを鳴らしました。
「!!」
 そしてそれを耳にした少女は、金縛りにあったかのように動きが止まります。
「……あ、危うくだまされるところでした。そ……その手にはのりませんよ」
「え……」
「私がお友達を欲しがっていると知ってのその言葉、そんな卑怯な誘惑に負けるわけにはいきません!」
「はぅ、そんなつもりでは……」
「私の清らかな心を踏みにじるその行為、ちょっとだけ……うう、ほんのちょっとだけ期待した私が馬鹿でした!」
「いえ、ですから……」
「もう知りません! ええいっ! みんな、やっつけちゃって下さい!」
「はわぁ!!」
 いよいよとどめの号令が下されました。上空を覆っているカラス達が一斉に急降下してきます。何百、何千という黒い大きなくちばしがマルチに狙いを定めました。勇者の命はもはや風前の灯火、この数が相手では骨も残らないかもしれません。
「さようなら、お友達になれたかもしれない人……」
 その瞳に危険な色を漂わせ、少女は弔いの言葉を投げかけます。やや陶酔ぎみに、そして静かにゆっくりと。



「……ええかげんにしいや」
 ぽぐっ
「きゅう……」
「あ、ご主人様……」
 いつのまに近づいていたのか、マルチの前に委員長が立っていました。その足元には脳天に鉄拳をくらった少女が気を失って転がっています。
「危なかったわね、マルチ」
「志保さん! うう、ありがとうございますぅー!」
 委員長の後ろよりひょっこり顔を出す志保。そうです、この2人は立ち去るふりをして、実はこっそりと隙を伺っていたのでした。マルチがおとりとなって敵の注意を引きつけ、他の者が背後より不意をつく……。まさに理想的な連携と言えましょう、マルチもなかなかやるものです。
「さて、めしの時間や。帰るで」
「はい! 今日はなんだかとっても嬉しいですー!」
「カラス達もどこかへ行ってしまったようねー」
 大きな夕日を背景に、並んで去っていく3人の勇姿。勇者マルチは重いモップをゴロゴロ引っ張り、残りの2人は荒縄で縛った戦利品をズリズリ引きずって帰ります。その歩みはとてもゆっくりとしたものですが、ときおり楽しそうな笑い声が風に乗って聞こえてきます。
 くぅー……。
 だだ1羽取り残された大ガラスが悲しげに見送っていました。夕焼けに消えゆくその影を。いつまでも、そしていつまでも……。



 ――さて、敵か味方か。あっさり戦利品と化したドライアードの美少女、姫川琴音。カラス達を仲間とし、意のままに操るその能力。本人が倒されれば去っていく割と薄情な仲間たちですが、まあ、勇者のそれも似たようなものかもしれません。
 頑張れマルチ、負けるなマルチ。この世界の未来と希望は、全てあなたの双肩にかかっているのです。その場しのぎに敵の家来になっている場合ではないのですよ……。




<第5話へ続く>