勇者マルチ! 第3話

作 光十字

くじういんぐ! 40000Hit記念SS



 海のほうからお城のほうへ、さわやかな空気が乾いた香りを運んでいきます。この広大な草原地帯には風をさえぎる物は何もなく、草色の地平線が世界の果てまで続いているように見えます。
 今は春。寒くもなく暑くもない、心地よい季節。この大地のふとんに身体をあずけ、暖かい日差しにくるまれ、そして草のざわめきを子守歌に。それは最も贅沢な一時なのかもしれません。
 そう、あの2人のように。



「うーん、やっぱりこの時期はこうして寝っころがるのが一番よねー」
 緩やかな斜面をベッドにして、旅の薬売りの少女は話しかけます。
「そうやな、なんや心が洗われるみたいや。たまにはこうして町を出てみるのもええな……」
 武器屋の少女がそれに答えます。草の上に同じく横になり、すでにまぶたも閉じています。
「でしょ? どう、私と一緒に旅に出てみない?」
「そーやな、それもええかもしれへんな。……昔みたいにな」
「――昔か……」
「そや、もう過ぎた事や……」
 風に吹かれる草の葉が、優しく頬をくすぐります。そして少女達はしばらくの間、言葉を発することはありませんでした。聞こえてくるのは風の歌、草のざわめき、そしてカラスの鳴き声……。



 そう、カラス。
 2人が寝そべっている斜面の下の方で、大ガラスが3羽騒いでいるのです。
「ギャース! ギャース! ギャース!」
「はわ! い、痛い、痛いですぅー!」
「ギャギャギャギャーー!!」
「あうあうあうあうーっ」
「シャー!!」
「ご、ごめんなさーい!」
 そこには、魔物と戦っている勇者の姿がありました。武器を投げ捨て、両手で頭をかかえてしゃがみ込んでいます。そしてそれを囲んで、大ガラスらが交代で襲いかかっているのです。
「ギャース!」
「うぅ、もう、バッテリーが……」
「ギャギャギャ!!」
「き……れ……ちゃ」
「シャー!」
「……」



「……ん」
 武器屋の委員長のまぶたがゆっくりと開きます。
「ふあぁ、なんや、つい眠ってしもうたんか……」
 周りの景色は先程と大きく変わり、全てが茜色で染め上げられています。
「綺麗な……夕焼け……やな」
 雲一つない透き通った空。地平線には、今まさに沈まんとする赤い太陽。世界はことごとくその色で埋め尽くされています。
「んん、おはよう、智子……」
「なんや、志保。あんたも寝とったんかい」
「あー、久しぶりにいい夢見てたわよ……」
「……ほら、見てみ。あんなに大きな夕日……何年ぶりかいな……」
「まーね。私は見慣れているけど、町の中だとあまり見れないかもねー」
「……」
「……」
「帰るか……」
「うん、そうしよ……」
 しばし夕日に見とれていた2人は、腰を上げて斜面を下り始めます。そして、そんな彼女らの目の前に落ちていた物……。
「あ……」
「わ、忘れていたわね……」
 思わず足を止めてしまったその前方。そこには――言わずとしれた、勇者の変わり果てた姿が転がっていました。赤い血のような夕焼けに照らされて。



「ひどいですー! 危なくなったら助けてくれるって言ったじゃないですかー」
「せやから、さっきから謝ってるやんか。悪かったって」
「志保さんだって、私がついているから大丈夫よ――って胸を張ってましたー」
「ごめんごめん、つい昼寝しちゃってさー」
「はうぅー……」
 ここは委員長の経営する、この町唯一の武器屋の中。死んでしまったかと思われたマルチでしたが、意外にも元気な様子です。さすがは勇者、この世界を救う存在だけのことはあります。
「ぼちぼち機嫌直しや、コンセントの代わりも用意してやったんやさかいな」
「え、あ……そういえば、身体が動いていますー」
「智子のお陰よ、感謝しなさいよね」
「はい。ありがとうございますー。でも、いったい何を……」
 そんなマルチの前に、委員長は一本の輝く剣を差し出します。鞘から抜かれたその刀身には、放電現象の証である小さな稲妻が絶えず発生しています。
「これや。ウチの自慢の逸品でな、『雷神剣』いう無敵の剣や」
「ら、雷神剣……ですかー」
「そや。これには無尽蔵の電気エネルギーが蓄積されていてな、これさえ持っていればバッテリーの心配もあれへん」
「ふわ、す、すごいです……」
 雷神剣。それは太古の昔、雷を司る雷神が使用したものだと言われています。その刃に封じ込まれた雷エネルギーは膨大無比であり、熟練者がそれを使うならば雷撃の魔法以上の効果も期待できるというのです。もちろん、剣自体としての破壊力も申し分ありません。
「そやけど、あんたにやるわけやないで。充電の時に貸すだけやさかいな」
「え? そ、そんなー!」
「そんなやあれへん。これは激レアアイテムや。国宝級の宝物やねん」
「で、でも、それが無いと……」
「なんや? 文句あるんか? 別に貸さんでもウチは困れへんねんで?」
「はう! な、何でもないです……」
「よしよし。せいぜい頑張ることやな」
「はいです……」
 ああ、勇者マルチ。これで借金だけでなくエネルギー的にも縛られることになってしまいました。今の勇者にとって『雷神剣』はまさに生命線、これなしでは生きていけないらしいのです。
 しかし、状況としては幾分ましといえるのでしょう。その剣が無い状態に比べれば、それは雲泥の差があるのですから。



 そして眠る前の雑談時間がやって来ました。マルチが一番楽しみにしている時間です。それは用事を終えてあとは寝るだけなので、みんながお話に付き合ってくれるからなのです。
「魔物のみなさんって、とっても強いですよー。全然かないませんでしたからー」
 大げさなゼスチャーを交えて、マルチは昼間の戦いを説明しています。
「あのねぇ、大ガラスってスライムと並んで一番弱い魔物なのよ。そんなのに負けてどうすんのよ」
「だって、大ガラスさんって本当に大きいんですよー! カラスさんなのに私より大きいんですから……」
「そのかわり奴らは動きがトロいんや。剣が当たれば一発やで。耐久力も無いさかいな」
「はうぅ、剣ですか……。私、それ、装備できなかったんですよー」
「……な、なんやて?」
「剣が装備できないって、あんた、勇者でしょ?」
「はう、一応は……」
「じゃあ、槍や弓系の勇者なの?」
「いえ、それもダメでした……」
「ほんなら魔法使いタイプかいな。杖とか棍棒系の――」
「あぅ、ダメです……」
「なんやねんな、いったい」
「――そういえばあんたが倒れていた近くに、ボロいモップが落ちていたけど……まさか」
「あうあう……」
 マルチは小さくうなずきます。
「うそ! モップ系しかダメなの?」
「モ、モップ系って……それ、武器ちゃうで」
「で、でも、お店にあるもの全部試したのですが、結局それしか……」
「……智子、あんたモップなんて売ってたの?」
「売れへん売れへん、ウチは武器屋や」
「え? ちゃんと掃除用具入れの中にありましたけどー」
「……」
「……はぁ」



 今日も昨日と同じくいい天気です。お店を休みにして、勇者マルチは今日も頑張ります。町から出て草原に姿を見せる3人組。委員長は銅の剣を背中に担ぎ、志保はショートソード2本を腰に差しています。防具は全く身につけておらず、それはこの付近に強い魔物がいないのを物語っているようです。
「あの、今日はちゃんと助けて下さいよー」
「大丈夫や。今度こそちゃんと見てるからな」
「私がついているからねー、ドーンと思いっきりいきなさいよー」
「はい! 頑張りますー」
 そしてマルチは新品のモップを振りかざし、魔物の中に突っ込んで行きました。
「うりゃりゃりゃ〜〜〜!!」
「ギャッ?」
「ギッ?」
 今回の敵は大ガラス2羽です。昨日より1羽少ないので何とかなるかもしれません。魔物はマルチの接近に気が付き、奇声を発して上空より攻撃を開始します。
「ギャー! ギャー!」
 そしてそれを迎え撃つ勇者マルチ。モップを大きく振りかぶって攻撃します。
「えーい! 当たってくださーい!」
 そんな様子を、少し後から2人は眺めています。さすがに今回は寝そべらず、戦いの行方を真剣に見守っているようです。
「……あかんな」
「そうね、やっぱりモップじゃダメージが与えられないわね」
「鋭いところが無いさかいな、あの武器は。刺すことも切ることも出来へん」
「まぁ、武器じゃないからねー」
「……あ、転びよった」
「頭つつかれてるわよ、かなり痛そう……」
「両手で頭かばってるけど……」
「時間の問題ねー、モップも既に投げだしてるし」
「……なんやだんだん動きが鈍くなってきたな」
「なるほどね、昨日はこうやって負けちゃったんだ……」
「ふむ、ちょっと武器の改良が必要やな……」
「へえ、久しぶりじゃない。智子が武器をいじるのって」
「しゃーないやろ、木のモップじゃ戦いになれへんからな」
「……そんな事、昨日の時点でわかってたと思うけど」
 やがて、勇者は動かなくなってしまいます。大ガラス達は頭をつつくのに飽き、やがて帰っていきました。そして2人が近づいてきます。
「さあ、今日はもう帰るわよ」
「もう飯の時間やさかいな……」
「……」



「今度こそ助けてくれるって言ってましたー!!」
「なんや、えらい不機嫌やな」
「志保さんだって、私がついているからって胸たたいてましたー!!」
「まあまあまあ」
「うぅ、もう、もう、いいですよぉ……」
「まー、ぐれんでもええやんか」
「そうよ、智子が新兵器を作ってくれたんだからね」
「新……兵器、ですかー?」
「これや」
 そう言って、委員長はマルチの前に新しい武器を持ってきます。重量感のある、いかにも破壊力がありそうなモップです。
「これは……?」
「見ての通り、『はがねのモップ』や。これが命中すれば、ザコモンスターなんてイチコロやで」
「へえ、凄いじゃない。良かったわねー、マルチ」
「……」
「これはプレゼントや。勇者の頑張りに対する、ウチのほんの気持ちやからな。これからも頑張って欲しいんや」
「そーよねー、なにしろ勇者だもんね」
「……えへ。それほどでもないですよー」
「その調子や」
「頼りにしてるわよー」
「はい、私にお任せください!」



 何だかいいように扱われている勇者マルチですが、別に今に始まったことではありません。それに結果的には、強力な武器を得ることに成功しているのですから。そして、ようやく戦いを始めた勇者。全敗しているので経験値にはならないのですが、そのうち何とかなるでしょう。勇者とは、最後は必ず勝つものなのですから。
 頑張れマルチ、負けるなマルチ。この世界の未来と希望は、全てあなたの双肩にかかっているのです。大ガラスに頭を突つかれている場合ではないのですよ……。




<第4話へ続く>