勇者マルチ! 第2話

作 光十字

くじういんぐ! 30000Hit記念SS



 これは剣と魔法の世界、リーフランドでのお話です。
 この地を暗黒へと導く、恐怖の象徴ともいえる魔王。そしてそれに対抗すべく生まれた、人々の希望となるはずの勇者マルチ。魔王と勇者。宿命のライバルともいえるこれらの存在。果たして、軍配はどちらに上がるのでしょうか。
 無数の魔物達を統率し、王国の軍隊をも撃破する実力の持ち主である、魔王。一方、王様より賜ったゴールドと初期装備を速攻で失い、町の武器屋さんに身柄を拘束されてしまった勇者マルチ。さて、現在のところは魔王がやや優勢のように見えるのですが、しかし、それでも勝負は終わってみなければわかりません。
 RPGの勇者というのは、総じて最初は弱いものなのですから。



「ボケーッ、何回いうたらわかるんや! 薬草の置き場所はそこちゃうやろうが!」
「え? えっ? こ、こちらの棚だったでしょうかっ」
「アホッ、そこは毒消し草の棚や! 薬草はそこにぶら下がってる麻袋の中に入れるんやって!」
「はわわわ! そ、そうでしたっ!」
 活気に満ちた声が店内に充満しています。委員長のもとで働くことになった勇者マルチは、さっそくその当日よりこき使われているようです。魔王のことを考えると余裕は無いはずなのですが、彼女がそんな崇高な使命を意識しているはずがありません。3日以上先を想像するという高度な思考は、彼女の能力ではとうてい無理な事なのです。
「しっかし、ホンマに使えへんなー。それでも勇者かいな、まったく」
「はうぅ、難しいことは苦手なんですぅー。お掃除ならば得意なのですがー」
「アホ、どこの世界に掃除しかできん勇者がいてんねん」
「うぅ、ご期待にそえず、どうもすみませんです……」
「全くや。この調子じゃ、養う負担のほうが大きいで」
 予想を遙かに越えた使えなさに、委員長は頭をかかえ始めます。無償の労働力として期待したのですが、今のところは全く効果がありません。あるいは、このまま縛り付けて強制を続けても、これ以上は無理なのかもしれないのです。そう考え、彼女はもう少し踏み込んだ決断を下すことにしました。
「おう、勇者」
「は、はいっ、な、なんでしょうか……」
 先ほどより怒鳴られてばかりいる為、ビクビクしながら相手の顔色をうかがうマルチ。そしてそんな姿に背を向け、もうあきらめた様に委員長は続けます。
「もうええよ。どこへでも行きや、好きなようにしてええで」
「え……」
「あんたほど役に立てへんのは初めてや。ウチはもういらん、この店から出ていってや」
「あう……」
「今着てるそのボロ服だけはくれてやる、せめてもの情けや。さすがに丸裸では気の毒やさかいな」
「あう、あうぅ……」
「ほら、さっさといにや。ここはやっぱりウチ一人で十分……って、なんや?」
 後ろより服を引っ張られ、委員長は話を中断して振り返ります。そこには両手でそれを引っ張っているマルチが、大量の涙をたたえて見上げていました。その哀れな姿は、まるで捨てられることを理解した子犬のようにも見えます。
「許してくださーい! わ、わたしもっと頑張りますので、どうか、どうか、お願いしますぅー!」
「あかんあかん。それに、500ゴールドの借金返し終わったらどうせ他人になるさかいな。そんなん、いちいち面倒見てられへんわ」
「そ、そんなことないですー! ずっと、ずっと、お仕えしますっ。 どうか、見捨てないでくださいー!!」
「……」
 勇者の威厳はどこへやら。泣きながら詫びを入れるその姿は、さすがに少々情けないものがあります。しかもそれを見下ろす委員長の口元には、不敵な笑みが浮かんでいたりしますから。まさに思惑通りと言わんばかりのその笑い。しかし、これは委員長の決断を賞賛すべきではなく、勇者の奴隷根性をこそ褒め称えるべきなのでしょう。結果としてこれが、2人の運命の出会いを完成させるものとなるのですから。
「ふう、しゃーないな。まぁ、そこまで言うんなら使ったるわ」
「あ、ありがとうございますぅーー!」
 こうしてこの両名は、主従関係という名の暖かい友情で結ばれることになりました。勇者にとっては記念すべき最初の仲間です。仲間というよりは飼い主のようにも感じるのですが、ともあれ最初の一歩を踏み出すことに成功したわけです。
「よっしゃ、早速、お客さんへの対応の練習や。気ぃ入れていくで!」
「はい! 精一杯努力します!」
 心機一転、ついに自らやる気を出し始めたマルチ。そうです、そういった意欲こそが、物事を覚えていくうえで最も必要な原動力となるのです。
 しかし、実際に魔王を倒す旅に出るのは、いったいいつになるのでしょうか。



 日が少し傾いて、昼下がりの午後。この町へ1人の旅人が到着します。
「ふう、やっと着いたわね。智子のやつ、元気してるかなー」
 その旅人はどうやら委員長の知り合いのようです。そして一休みする時間も惜しみ、この町でただ一つしかない武器屋へと足を運んでいきます。大きな荷物をものともせず、軽快な足どりのその姿。かなり旅慣れた様子なのですが、一見したところ未だ若い女性のように見えます。
 やがて目的地へとたどり着いた彼女は、元気の良い声で挨拶をしつつ、中へ入っていきました。
「やっほー、智子! さすらいの薬売り、志保ちゃんただ今参上! ……って、あれ?」
「いらっしゃいませですー! どういった物をお求めなのですかー?」
「……」
 志保ちゃんと名乗る彼女を出迎えたのは、もちろん、我らが勇者マルチの姿です。本気になった勇者の底力なのか、委員長の教え方が優秀なのか、なかなか店員らしく対応しております。
「ただ今、キャンペーン中なのでー、この『皮の鎧』などがお安くなっていますがー」
「……あんた、何してるの?」
「え? いや、ですから本日はキャンペーン……」
「あんた、今回は勇者じゃなかったっけ?」
「はぅ……、よくご存じで……」
「こんな所で油うってて良いわけ? さっさと魔王でも倒してきなさいよ」
「う、こ、これには深いわけがありまして、じ、実は……」
「あ、やっぱいいや。別に興味ないから。それよりもさー、智子呼んできてくれない? 志保ちゃんが来たって言えばわかるからさ」
「ううっ、わ、わかりました……」
 せっかく店員としての自信を持ちつつあったマルチでしたが、旅の薬売りの心ないツッコミにより、再度落ち込んでしまいました。しかし、実はそれほど心配することもないのです。彼女の立ち直りの早さは天下一品でありますから。それが問題の解決に結び付けば、もう言う事は無いのでしょうが。
 ともあれ、マルチは店の奥に向かって叫びます。そちらには、マルチに仕事を叩き込んだばかりの委員長が、疲れて眠っているはずなのです。
「ご主人様ぁー、お客さんですぅー! 志保ちゃんさんという方がお見えですよー!」
「ご、ご主人様……?」
 さすがに志保は驚いたようですが、その呟きは誰にも聞こえませんでした。そして、やがて委員長が姿を現します。
「なんやねん、せっかく昼寝しとったのに」
「ご挨拶だわねー、まぁ智子らしいけど。とりあえず、元気そうでなによりね」
「ふん、その顔、またおもろいネタでも持ってきたみたいやな。ま、中に入りや。茶くらいは出すさかい」
「まいったなー、さすがにお見通しか。でも、ネタとしてはいつもと変わらない程度のものよ」
「ええよ、ついでに聞く外の様子も楽しみにしてるんやから」
「そうそう。そっちの方は、なかなか変化があったわよー」
 2人はそんな会話を交わしながら店の奥へと消えていきます。委員長は最後に振り返ってマルチに話しかけました。
「そやそや、勇者!」
「は、はい! 何でしょうか、ご主人様っ」
「店の方はそのまま任すわ、日が暮れたら片づけて閉店にするんやで」
「わかりましたー」
「それとな、しばらくの間は誰も奥まで入れたらあかん。ウチらは今から大事な話をするさかい、邪魔されたら困るんや」
「了解ですー」
「ほな、しっかり頼んだで」
「はい、わたしにお任せください!」
 笑顔で返答するマルチ。仕事を任せられた喜びに満ちたその顔からは、先ほどの落ち込みぶりは微塵にも感じ取ることは出来ません。完全に立ち直っているように見えます。そう、忘却は彼女の強力な武器のひとつなのです。



「ふーん、そんな訳なんだ」
「はい、そうなんです。わたしは今日、クジで運悪く大ハズレを引いてしまったのですよー」
「へー、それで何? あんた、その色が大ハズレだって最初から知っていたの?」
「いいえ。でも間違い無いですよ。ちゃんとご主人様に見せてお聞きした事ですから」
「……はぁ」
「?」
 その日の夜、店の片づけを済ませたマルチは志保と話をしていました。志保はどうやら今晩は泊まっていくようで、その為かマルチはずいぶん嬉しそうに見えます。彼女は幼児のごとく寂しがりやなので、一緒の部屋で寝るというのが楽しくて仕方がないのです。
「こらこら、あまりその事は人に言うもんやないで」
「あ、ご主人様ー、もう戸締まりは終えられたのですか?」
「ああ、鍵は全部閉めてきたで。あとはもう寝るだけやな」
 寝室に入ってきた委員長はベッドに腰掛け、落ち着いた声でそう言いました。
「智子。じゃあそろそろ、明日の予定をこの子に教えたら?」
「明日? 明日は何かあるのですか?」
 上機嫌なマルチは、無邪気な笑顔で問いかけます。記憶力が無いために刹那主義な彼女は、まるで世の中には幸福しか無いといった感じです。
「そや。明日はな、勇者としての戦闘能力を見せてもらおうと思ってな。ちょっと、町の外で魔物と戦ってもらうで」
「え? わたしがですか?」
「そのとおりや」
「な、なぜですか?」
「そら、勇者やからな」
「い、いえ、わたしは非暴力主義の勇者ですので……」
「アホかぁ! そんな勇者がどこにおんねんな!」
「は、はうっ! で、でも……」
「あかんで、もう決めた事や」
「でも、わたしのスペックでは、ちょっと無理が……」
「ああ? ウチの言う事が聞けへんってか?」
「はわっ! そ、そんな事はありません! ご主人様のおっしゃるとおりに致します……」
「ふん、わかればええんや、わかればな……」
「はうぅぅ……」
「まあまあ、元気出しなさいって。あたし達も一緒に行ってあげるんだからさー」
 こうして、めでたく明日の予定が決まりました。これは、勇者マルチにとっての初めての戦いになるでしょう。本人はあまり乗り気ではないようですが、これも勇者としての試練なのです。委員長の思惑も気にはなりますが、戦いの経験を積むことは必ず役に立つでしょう。何しろ、この勇者はまだレベル1なのですから。



 就寝前の楽しい雑談時間も終わり、いよいよ眠る時がきました。ベッドは2つしかないので床の上に寝るのですが、そんなことを気にする勇者ではありません。誇りという言葉とは無縁に生きているのですから。
「さて、もう寝るで。志保、そっちにあるランプ消してくれるか?」
「そうね、さすがにあたしも眠くなってきたわ」
「あ、ちょ、ちょっとその前に……」
 志保がランプを消そうと身体を起こしたとき、ふとマルチは思い出したように声をあげました。
「あ? なんや、なんかあるんか?」
「はい、ご主人様。実は、あの……」
「なんやねん」
「あ、あのですねー、その……」
「ああっ、うだうだすなや! さっさと言わんかい!」
「はわ! す、すみません……」
 なにやら言いにくそうなマルチ。いったいどうしたというのでしょうか。
「なによ、マルチ。どうしたのよ……」
「はい、志保さん。実はその、先ほどからコンセントを探しているのですが……」
「コンセントやて?」
「はい、そろそろバッテリーが切れますので、その、充電をしたいのです……」
「……は?」
「……マ、マジ?」
「はい。コンセント、どこにあるのでしょうか……」
「ア、アホゥ!! そんなもん、この世界にあるかぁ!! 何考えてんねんなー!!」
「はうぅ! し、しかし、このままでは……」
「あんたねぇ、いったい今まではどうしてたのよ」
「それが、良く覚えていないんですよー」
「……だってさ。どうする? 智子」
「ど、どうするって言われてもな、そんなんウチの知ったことやないで」
「そりゃそうよねー」
「はうぅ、コンセント……」



 明日にはようやく経験値を積めそうだという勇者マルチですが、ここにきて大きな問題にぶつかってしまいました。良くわからないのですが、どうやらコンセントというものが必要らしいのです。しかし大丈夫、困難を乗り越えてこそ真の勇者たりえるのですから。そう、努力と根性があれば、大抵のことは何とかなるのです。
 そしてこのパーティーには、どうやら志保も加わってくる様子。商人の委員長に、薬売りの志保。何となく戦闘力に疑問が残りそうなパーティ構成なのですが、それでも勇者よりは数段頼もしく思えます。
 頑張れマルチ、負けるなマルチ。この世界の未来と希望は、全てあなたの双肩にかかっているのです。コンセントが無いといって騒いでいる場合ではないのですよ……。




<第3話へ続く>