最初に断っておきます
この物語ではマルチは不幸になります。
従って、そのような物は見たくないとお考えの方
これより下は、読まれない事をお勧め致します。


あきらめの殺人者

作 光十字



「すみませーん、痛かったですかー?」
 わたしが話しかけた男の人は、目の前で前屈みにたおれます。もちろん、返事がかえってくることはありません。ちゃんと心臓を貫いてあげましたから。
「よかったですー。苦しまないように、確実に急所を狙いましたからねー。きっと痛かったのは一瞬だけだったと思いますよー。」
 わたしは、返り血でまっ赤になった右手をみつめます。そして先ほどの手応えを思い出します。背すじがゾクゾクして、なんだか飛んでいっちゃいそうな気分ですー。こういうのを快感っていうんですよね、とっても勉強になりますー。


「さあて、次はあなたですよー」
 わたしは横をむいて声をかけます。実はもうひとり男の人がいるのですよー。地面におしりをつけたまま、口をパクパクさせて…うぅ、すごくかわいいですー。
「逃げないのですねー、ご協力感謝しますー。」
 目の前まで歩いていってしゃがみこむと、ちょうど目の高さが同じくらいになります。その方は相変わらず全身を震わせながら、それでも何とか声をだしました。
「こ、こ、こ、ころさ…ないで…くれ、たのむ…」
 …そうですよね、やっぱり死ぬのはいやですよねー。でも、わたしだって…もっともっと快感を味わいたいのですよー。
「申し訳ありません、運が悪かったと思ってあきらめてくださいー」
「ひっ!! お、おねがいだから…」
「大丈夫ですよー、すぐに楽になりますからー」
 わたしは笑顔をつくり、右手を大きく振りかぶります。特殊チタン製のこの腕は、人間さんの頭蓋骨なんて簡単に割ることができるのです。何しろわたしは最新型ですからねー、エッヘン。それでは…いきますよー。


 夜風に吹かれながらわたしは立っています。さきほどの人間さんの頭がこわれた感触が、まだ右手にはっきりと残っています。あたまの真ん中が痺れるような、そしてからだ中に鳥肌がたつようなこの感じ、もう…気持ちいいなんてものではないですよー。パンツがちょっぴり湿っちゃうほどのこの快感、全身にわきたつ興奮、とても言葉では表現できないですー。


 それにしても、人間さんの命が尽きるときの…ぱぁっとかがやく一瞬の炎。とってもとってもきれいでしたー。今まであんなに美しいものは見たことないですよー。死んでしまわれる方にはちょっと気の毒ですが、仕方ないですよねー、獲物なんですから。狩猟者であるわたしに狩られるのは、あたりまえのことなのですよー。
 何しろ、わたしのからだの中には…エルクゥの血が流れているのですから。


「ひっ!!」
 突然、わたしの背後より知らない人の声が聞こえました。ゆっくりと振り向くと、そこには今度は女の人が立っています。どうやら目撃されてしまったようですー。
「はわわわー、またまた、見られちゃいましたー。」
「ひ、ひ、ひ、人殺し…」
 その方は足をガクガク震わせながら後ずさりをしていきます。だめですよー、そんな遅い動作じゃ…追いかけるわたしだってつまらないですー。
「でも…、ちょうど良かったです。実は、もっともっときれいな炎を見たいと思ってたんですよー。」
 そう言って軽い足どりで近づいていきます。血みどろの腕を構えつつ、満面の笑みを浮かべながら…。そして腕を振りかざしたその瞬間…いきなり全てが闇に閉ざされてしまいました。


 はわわ!?
 あ、あぅぅ…、もうちょっとだったのに…。
 そう、わたしの楽しい時間はもう終わってしまったのです。
 周りのもの全部が闇におおわれ、意識すら遠のいていきます。そしてそれが消えてしまう最後の瞬間に、メッセージが聞こえてきました。毎日聞き慣れた女の人の声です。
「…バッテリーの充電が完了しました」
 こうしてわたしは楽しい夢の世界より、昼休みの図書室へと戻ってきたのです。




「はふぅ…」
 溜息をつきながら体を起こします。うぅ、いいところだったのに…とっても残念ですー。
 わたしはメンテナンス用のノートパソコンから、CDを取り出して片づけ始めます。そのCDは、最近手に入れたお気に入りのゲームソフトなんですよー。
 はい、そうなんです。実はゲームCDをパソコンにセットすると、充電中の時間にその夢を見ることができるのです。偶然見つけたウラ技で、長瀬主任にも内緒のことなんですけどねー。


 一週間の試験通学、実は今日が最終日なんですよー。研究所へかえればわたしの役目は終わり、わたし自身も永遠の眠りへと旅立つのです。怖くないといえば嘘になりますけどねー、それはそれで構わないと思っていますよー。だって、このまま学校に通うよりはずっといいですからー。


「はわわっ、大変ですー。急がないと授業にまにあわないですー!」
 いくらがんばってもクラスの皆さんには声をかけてもらえないし、何か言われるとすれば用事の言いつけや、お叱りの言葉ばかり…。
 涙を流せば生意気だと言われ、口ごたえをすれば蹴飛ばされてしまいます。教科書に落書きなんていつものことですし、昨日なんてカバンごと無くなっていましたから…。
 長瀬主任からお祝いにと頂いた大切な通学カバン。その変わり果てた姿をようやくゴミ焼却炉で見つけた時、いったいわたしがどんな気持ちになったか…。あの方達には想像できないのでしょうか、他人の悲しみなんてわからないのでしょうか…。


 だから…いいですよね。夢の中でのわがまま、許してもらえますよね。
 でも、もしも、わたしに力があったら…人を殺せるような力があったとしたら…、わたしは…きっと…。
 いえ、やめておきましょう。考えても意味のないことですからねー。それに、明日にでも消えて無くなる身なのですから。


 しかし、わたしって、いったい何だったのでしょうかね…




 え…藤田浩之さん? どなたですか? それ…




<終>