このSSは「TYPE-MOON」の「月姫」二次創作です。ネタばれを少し含みますのでゲームをやってからお読みください
作者はまだ「歌月十夜」を手に入れてませんので、設定に矛盾するような事が多々あるかもしれません。
どうか御容赦を。
それ以外の点で文句、感想、意見、激励、苦情等ございましたら作者まで。
『本日の遠野家』
兄さんがいてくれるなら、他に何もいらない。
ずっとそう思ってきた。
「……兄さん、もう少し早く起きる事はできないんですか?」
「むう……まあ、寝坊したくて寝坊してるわけじゃないんだが……」
「もう、最近は特に遅くなってるじゃありませんか……休日か夕食の時ぐらいしか顔を会わせてないんですよ?」
幼い頃、一緒に遊んでいた男の子。
帰ってきてくれたとき、やっと昔の幸せな時間が戻ってくると思った。
「志貴様……秋葉様がお待ちです」
「ああ……分かった……今、行くよ」
「志貴様……体調が優れないのですか?」
「大丈夫、そんな心配そうな顔をするなって」
窓からいつも見ていた男の子。
私に感情を吹きこんだ男の子。
憎い……そんな感情。
それでも……抱いていた感情はそれだけだった……。
私を人形ではなくした男の子……。
「志貴さん、おかゆができましたよ〜」
「ううっ……いつもすまないねえ」
「おとっつぁん、それは言わない約束でしょう?」
「ううっ……ゴホゴホ……まずいな、体がほとんど動かない」
「じゃあ、食べさせてあげますからねえ〜」
「ううっ……恥ずかしいのに」
「ダメですよ〜、少しでも食べていただかないと……」
誰もがだんだん慣れっこになっていた。
四季を倒した事で、志貴の体には命が戻ってきている。
秋葉の負担も日々軽くなっていた。
そう、だから志貴が倒れる事もそのうち無くなるのだろうと誰もが思っていた。
「どうして……どうして、兄さんの病状は一向に良くならないのよっ!!」
ばあんっ、と秋葉がテーブルに掌を叩き付ける。
目には涙があふれ、肩の震えは収まりそうに無い。
その場にいた翡翠と琥珀もうなだれたままだ。
志貴の病状が悪化しだしてから1ヶ月にもなる。
最初は睡眠時間が延びはじめ、起きている時間が寝ている時間よりも短くなってゆくことから始まった。
次に、体が動かなくなり、起きている間の呼吸にも苦労する状態。
医師の診断では原因不明。
しかし、今すぐに死んでも可笑しくは無いという恐ろしい結果だった。
「こうなったら、私と翡翠ちゃんの感応の力で……」
「うっ……き、緊急を要する事だから……仕方ないかしら……」
「おそらく、お二人が感応の力を使っても、遠野君は助かりません」
そこには、高校の制服に身を包んだシエル、脳天気な表情を浮かべるアルクェイドがいた。
「な、なんですってっ!!」
「あっ、お二人ともいらっしゃいませ」
「志貴様が助からないってどういう事ですかっ!」
「今の遠野君は穴の空いた小さなコップのような状態です。 彼の体は生命力を収める器が小さくなり過ぎてしまった。 そこにいくら力を注いでもあふれるだけです。 穴からこぼれていく力は、秋葉さんの力ですぐ補える。 けれど、その器分の力では彼の肉体を支えきれないんです」
「そんな……」
「感応の力を使っても結果は同じです、少しだけ器を大きくすることはできるでしょう。 けれど、それでも少しだけ先延ばしにするのが精一杯だと思います」
「シエルさんは魔術が使えるんですよね? それで兄さんの体を治すことはできないんですか?」
シエルがゆっくりと首をふる。
「もう……残された手段は一つしかないんでしょうね……」
「手段が残ってるんですかっ」
「だったら志貴様にその手段を早く」
「で、いったいその手段って……」
…… …… ……
「そこに座ってる、あ〜ぱ〜吸血鬼に遠野君の血を吸わせる事です」
「「「……」」」
「「「えええええええっ!!」」」
「そうね、そうすれば志貴は吸血鬼になっちゃうけど助かる事は助かるわね」
「あ、あ、アルクェイドさん、あなたに兄さんの血を吸わせるなんて羨ましい……もとし、そんな事をさせるわけにはいきませんっ!!」
「なによ、妹……志貴が助からなくてもいいの?」
「それとこれとは別問題ですっ!! そんな事させるぐらいなら私がっ」
「兄さん……ごめんなさい……」
「なんだよ、そんな泣く事はないだろう」
「兄さん……」
「仕方ないさ……寿命だよ」
「そんな、兄さんは治ります」
「……自分で分かるさ……」
「そんな……」
「秋葉……俺の命を略奪してくれ」
「えっ」
「もう、それしか二人が一つになる手段はないんだ」
「兄さん……」
「そうすれば、俺と秋葉は、秋葉が死ぬときまで一緒だ……」
「兄さん、私もすぐにそちらに行きますから〜っ」
「秋葉様、落ちついてください」
どうどう、と琥珀が秋葉を押さえにかかる。
「放して琥珀っ、そんなことさせるぐらいだったら兄さんを殺して私も死ぬ〜」
「秋葉様、寝室をお連れします、眠ってください」
ぐ〜る、ぐ〜る……。
「あ、あう」
ぱたっ。
「な、ロビーにいたはずなのに……なぜ秋葉さんの部屋に?」
「……シエル様、志貴様をお助けするには本当にそれしかないんでしょうか……」
「ええ……非常に不本意ですが……それしか手段が……」
「姉さん……私達どうしたらいいのかな……」
「私は、志貴さんが吸血鬼になってもおっけーって感じかな」
「どうして?」
「秋葉様に吸われるよりは、志貴さんに吸っていただきたい……」
「……ね、姉さん……」
「あはは、翡翠ちゃんもちょっといいなとか思ったりしてない?」
「わ、私は……」
「志貴様……」
「ごめんよ翡翠、俺は吸血鬼になってしまった。 誰かの血を吸わなければ生きていけない体なんだ」
「私は志貴様に生涯お仕えすると心に決めてまいりました、たとえ志貴様が吸血鬼になられてもそれは変わりません」
「翡翠……」
「誰かの血が必要なら私の血をお吸いになってください」
「分かった、これから毎日君の血を吸おう、そう、世界が滅びる日まで……」
「はい……」
「……ちょっといいかも」
「翡翠ちゃん、顔が赤いよ?」
「じゃあ、あとは妹を……」
「ああ、秋葉様は薬を嗅がせておきますから当分は起きませんよ」
「じゃあ、志貴の部屋に行ってくるね」
「私も見届けますからお二人は待っていてください」
「……分かりました……志貴様をよろしくお願いします」
「お願いしますね〜」
「ふふふ……うまくいったわね、レン(ニヤリ)」
「ええ、アルクェイド様(ニヤリ)」
「ふふふ、あなたがシエルの姿になっただけで結構ばれない物ね」
「ふふふ、ここ1ヶ月ほど志貴様に悪夢を見せつづけたかいがあったと言う物ですね」
「これで志貴は私のもの、かっさらってすぐに千年城に戻るわよ」
「その後は3人だけで楽しい時間が過ごせそうですね」
「くっくっくっく」
「ふふふふふふ」
「まあ、実はそんな事じゃないかと思ってたんですよね〜」
ここは遠野家のオペレーションルーム。
あらゆる部屋の監視カメラと盗聴器を制御する琥珀の秘密の部屋である。
「だから、志貴さんの部屋には、志貴さんの体細胞から培養した見がわりを置いたんですが……どうやらあのお二人は気づいてないみたいですね」
ううっ……そんなうめき声が琥珀の後方から聞こえてくる
「あれ……ここは……琥珀さん? ここはいったいどこ?」
「志貴さん、お目覚めですか……もう、体は動きますよね」
「あれ? うん、今まで体が動かなかったのが嘘みたいだ」
「それは、私の薬が切れたから……げふんげふん……でも一時的なことなんです」
「えっ、じゃあ、すぐに動かなくなっちゃうの? そうか……」
「それでもですね、志貴さんが治る方法が一つだけあるんです」
「えっ、本当に?」
「まずはこの薬を飲んでくださいね〜」
ごくん。
「ぐっ……か、体が……うっ……」
「動けませんね、動けない間にちょっと失礼しまして……」
ごそごそ、ぬぎぬぎ、ごそごそ。
「ああっ、琥珀さん何をっ!!」
「嫌ですねえ、志貴さん。 若い男女が二人っきりでお互い裸だったらやる事は一つでしょう?」
「ちょ、ちょっと待って、あ、ああああああああああああっ!!」
さて、その頃、本物のシエルは……。
「もぐもぐ、ぱくぱく、ああ、カレーうどんは人類の至宝ですねえ」
アルクェイドが仕掛けたカレー地獄の罠にかかっていた。
「はあ、それにしても私の家にこんなにカレーを注文してくれた方はどなたなんでしょう……きっと私の日頃の行いがいいからですね」
今日も遠野家は平和だった。
『本日の遠野家』
勝者:琥珀
次点:アルクェイド、レン(ダミー)
犠牲者1名:秋葉(洗脳)
不戦敗:シエル(カレー地獄)