このSSは「ToHeart」のネタばれを含んでます。
ゲームをしてからお読み下さい。
感想、苦情、提言、叱咤、激励は作者まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『失われない想い』

It has become a lasting memory

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざっと1000年ほど前、正確には900年ほど前の事。

 人類が第三次大戦で地球を人の住めない星へ変えてしまった時から、約1000年。

 大国同士のいざこざは、地球に住む人類の全てを巻き込む消滅を生み出してしまった。

 そして、わずかに生き残った月都市や他星系への移住者は、地球が浄化されるのをひたすら待ちつづける事になった。

 

 1000年。

 記録で見れば長い話だ。

 最も、そんな昔の事は映像でしか残されていないので分かりはしないのだが……。

 

「それでも受験には地球の歴史が出てくるんだからなあ……」

「そうそう、あたしらシリウスの生まれなんだからそこだけの歴史で十分だよね」

「だいたいさ、おかしいよな、もう西暦なんて使ってる所はどこにも無いのに、その前の事まで勉強するんだぜ?」

「まあ、受験なんて、もう終わってるからいいけどねえ」

 

 だいたいにおいて、不正確な部分の多い地球の歴史なんて習ってどうするのだろう。

 ただでさえ歴史家の主観的な意思が入ってしまう歴史。

 しかも、それの真偽を確かめる手段が存在しないときたもんだ。

 カビの生えたような記憶。

 なんせ、この1000年、地球には人っ子一人居なかったのだから。

 

「あと5分ほどで地球の大気圏に入ります、お二人ともシートベルトをしてくださいね」

「へいへい」

「あれが地球か……本当に青い星なんだね」

「地球は青かった……ってか」

「何それ?」

「ああ、ユーラシア大陸って言われてる所出身の人の台詞だってさ。 名前何だっけな……」

「ああ、そう言えば歴史学の講義で聞いたような記憶が……ロシアの人だっけ?」

「その当時はソビエト連邦と名称がついております、お二人とも、話の前に体の固定をしてくださいね」

「衝撃なんて無いのに?」

「万が一事故が起きないとも限りませんから」

 

 

 宇宙船から切り離された降下船は、地表めがけて落下する。

 もちろん、逆噴射はかけるから安全に着陸できるのだが、まあ念には念を入れてというところだろうか。

 船内は重力が1G(地球換算)で固定されているので着陸後も直に調査活動が行われると言うわけだ。

 

「来栖川宇宙開発ってさ、どうしてここまで地球にこだわるのかね?」

「さあ……まあ、私達はただの社員だからね、上の意向を気にしててもしゃあないっしょ」

 

 

 そして、歴史的瞬間。

 人類が地球の土を踏む。

 実に900年ぶりの事だった。

 

 

「ふむ……放射能は基準値以下まで落ちてるな」

「有害紫外線の量も1900年代当時と同程度に回復してるわ」

「大気の酸素濃度、二酸化炭素濃度も問題ありません」

 

 

 場合によってはこの防護服での活動を余儀なくされる所だったのだが、あらゆる計測の数値は安全を示していた。

 1000年と言う時間は地球の大気が浄化されるには十分な時間だったらしい。

 

 

「気温は21世紀に比べると低いな」

「氷河期突入により、全体的に温度は下がっているようです」

「そうすると極近辺は氷の下に都市が埋まっているわけか……」

「あれ? 確か、この場所は極点に比較的近い所じゃ無かったっけ? 地球地理学ではそう習ってるような気が……」

「極移動が起きたようですね……地軸が90度ほど傾いています」

「なるほど、つまりここは……赤道直下に近くなってるんだ」

「はい、2000年代の名称では日本、温帯気候に属していた地域です」

 

 

 日本……来栖川グループ発祥の地。

 シリウス星系に移住した人達の先祖が住んでいた場所。

 つまり、俺の先祖が住んでいた所だ。

 今回の調査の目的地でもある。

 

「とにかく、調査をしようか」

「移動用の車を出します、お二人とも荷物等の準備をしてください」 

「はいはいっと……」

 

 調査開始。

 

 俺達、地球調査班の仕事とは、地球の生態系の調査。

 つまり、人類が再び生息できる環境になっているのかどうかの調査だった。

 

 樹木、動物、魚介類……。

 

 場合によっては生物が全くいないことも予想されたのだが、この近辺を見る限りその心配は杞憂に終わったようだ。

 資料に残っているような生物が多数確認できる。

 

「樹木の類は20世紀当時とそれほど変わらないな……針葉樹の割合が多いようではあるが」

「鳥も飛んでるし、小動物の類も結構いるわね」

「レーダーには比較的大き目の動物が確認されます」

 

 

 都市であったろう部分にさしかかった。

 道路らしき部分の舗装は全て剥がれ落ち、建物は崩れ去って植物に覆われている。

 いたるところから樹木が生え、小動物が辺りを走り回っていた。

 

「これじゃ森だな……」

「つまんないわねえ……なんか面白い物見つからないかしら?」

「面白い物って……おっ? なんだありゃ??」

「あれは……人形?」

 

 

 

 そこに人形があった。

 大きな木の根元に倒れこみ、ほぼ原形をとどめていないであろうことがうかがえる。 

 その廻りには鳥達が集い、心地よい歌をさえずる。

 草で敷き詰められた緑の絨毯には、やわらかい陽の光が降り注ぐ。

 

 

 そう、まるでそこだけ童話の世界に入りこんだかのように、幻想的な光景が広がっていた。

 

 

 

「……あれ? あの人形……見た事有るな」

 

 

 その人形を間近で見た時、奇妙な既視間にとらわれた。

 

 

「これは……まさかHMXシリーズか?」

「えっ? 電工の大昔のヤツ?」

「……間違いありません、これはHMXシリーズです。 しかも後期型の物です」

「てことは12から14のどれか……どれだ?」

「機体のベースは12型のようですが……どうやら量産機ではなく試作型のようですね」

「まさか……マルチか……嘘だろ……」

「へっ? 凄いの?」 

「凄いなんて物じゃないよ、世界で初めて自立思考型のAIを搭載した機体だ……歴史的価値はとんでもない」

「売れるって事?」

「売るとか売らないとかそういう問題じゃないな……これだと星間重要文化財でも可笑しくない……」

「嘘……」

 

 

 世紀の大発見って所かな?

 まあ、地球にあるものは、現存するなら非常に高い価値を持つ物ばかりではあるが。

 

 

「機能は完全に停止してるな……」

「このタイプは電力供給で動作するタイプですから……仕方ないですね」

「これだけ外装がやられてるのは……戦争の直撃でも受けたかな?」

 

 

 そういや、そんな話をどこかで聞いた気がするな……。

 

 

「しかし、1000年もよく持ったわねえ」

「正確には900年だな、その頃、この辺りはちょうど戦場になった」

「そうすると、そのウチの人達もみんなと言う訳か……気の毒な話ね」

「いや、その一家の長男は宇宙開拓に参加しててね……難を逃れたんだよ」

「やけに詳しいのね?」

「ああ、まあね……その辺りは機械工学の歴史で勉強するから……」

「演算装置と記憶装置は無事です、何か記録が残されているかもしれません」

「ふ〜ん、じゃあ当時地球で起きたことの資料になるんじゃない?」

「……かもな……舟にもどって調べて見るか」

 

 

 とりあえずマルチを車の後部に積み込み、舟に引き上げる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、記憶装置の部分に結線して見るか」

 

 

 この当時は今ほど通信制御が発達していなかった。

 よって、どうしても有線での検索が必要になる。

 幸いにも、この舟には昔の技術を使っている物でも十分調べられるように設備が整っていたので問題は無かった。

 

 

「破損部分が多いですね」

「さすがに時間が経ちすぎたからな……」

 

 

 それでも記録された映像は、十分に有効な物であった。

 当時の風俗や生活環境を調べるのには貴重過ぎる資料だ。

 考古学を専攻する連中が見たらよだれをながして欲しがること疑い無し。

 コピーぐらいはとっておいてやろう。

 

 

「おや? 一つだけやたらとサイズの大きいファイルがあるな」

「あれあれ? 本当〜、なんでだろね?」

 

 どうやら、このロボットの記憶の中では一番新しい物のようだ。

 恐らく、これ以降の生活のデータは優先的に退避させてでも、このデータを守りたかったらしい。

 

「戦争の起きる少し前か……」

「見てみようよ」

「……そうだな」

 

 

 そのファイルに写されていたのは、一人の老人の姿だった。

 マルチは涙でも流していたのだろうか、画像はいまいち不鮮明だった。

 

 

「おっ、音声も記録されてる」

「大きくして見ましょう」

 

 

 

 

「「浩之さん……」」

「「すまないな、マルチ、どうやら私にもお迎えが来たようだ……」」

「「……」」

「「あかりが逝ってから早や10年か……長かったのか短かったのか……」」

「「……」」

「「すまんな、もう手が動かない……お前の頭を撫でる事すらできそうにない……おまけにだんだん視界がぼやけてきたよ」」

「「いいんです、浩之さんがそこにいてくれるだけで……それだけで……」」

「「勝手な事を言うようだが……子供達や孫達を頼むよ……」」

「「まかせてください、だから……安心してください」」

「「ああ……マルチ……お前、幸せだったか?」」

「「幸せでした。 浩之さんと、あかりさんと、みなさんと……過ごしてきた時間はとっても幸せでした」」

「「そうか……それなら良かった」」

「「きっと、これからも浩之さんの子供や、孫や、曾孫……ずっとみなさんと幸せな時間を過ごせるんです……私はずっと動けますから」」

「「泣いてるのか? マルチ……」」

「「ううっ……泣いてないです」」

「「いつまで経っても嘘は下手だな……」」

「「ぐしっ」」

 

 老人の手が伸び、マルチの涙をぬぐった。

 だが、次の瞬間、マルチに向かって伸ばされた老人の手は力なくベッドに横たわった。

 

「「浩之さん……浩之さ〜んっ!!」」

 

 叫び声がこだまする。

 

「「嫌です、死んじゃ嫌です……私、ずっと、浩之さんと一緒にいたかったんです……どうして、どうして……」」

 

 そこで映像は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ? 地球に置いていく?」

「ああ」

「貴重な文化遺産なんでしょ?」

「それでもだ」

「藤田君、あなただったら直せるんじゃないの? 彼女だってあなたが作ったんでしょ? 父さんも浩之は機械工学の天才だって誉めてたわよ?」

「あのな、長瀬……直す事はできると思うんだ」

「うん」

「でも……マルチが一緒にいたかった人達はみんな地球に眠ってるんだよ」

「……」

「だから、このままそっとしておいてあげたいんだ」

「……う〜ん……気持ちは分からないでもないけど……もったいないような気もするなあ」

「浩之様、宜しいのですか?」

「ああ……マルチはもとの場所に戻しておこう……」

 

 

 

 

 地球を離陸する。

 操縦は自動操縦なのでやる事が無い。

 今回の調査行では様々な発見があり、収穫も大きかった。

 ボーナスも期待できるだろうか?

 そしたら、セリスのメモリを増設してあげるのもいいかもしれないな……。

 

 

 

 

「浩之様」

「ん? セリスか……なんだい?」

「本当に宜しかったんですか?」

「マルチのことかな? ああするのが彼女にとって一番良いと思ったんだけど……」

「……」

「なあ、セリス?」

「はい」

「これで良かったのかな?」

「……彼女が言っていた藤田浩之氏の子孫と共に過ごすと言うのは、死に行く彼を安心させるための方便だと類推できます」

「……」

「それなら……あそこで眠るのが彼女にとって一番良いのかもしれません……」

「直してシリウスに連れて帰るという選択肢もあったことはあったんだよな……俺が直径の子孫にあたるわけだし」

「……」

「でも、彼女が求めているのは、俺の名前の元になった浩之だからな……」

「そうですね……」

「だから……これで良かったんだよな?……たぶん」

「はい……きっとそれで良いと思いますよ」

「なあ、セリス……彼女は幸せだったと思うか?」

「……私達ロボットは、人間のみなさんよりもはるかに長く生き続けます……だからいずれ大好きな人と別れなくてはいけません」

「……」

「でも……忘れたくないほど大好きな人と出会えた事は……何百年たっても、何千年たっても忘れません」

「……」

「彼女は、他の記憶を犠牲にしてでも忘れたくない人と出会い、共に過ごしたんです……例えその時間が短くても幸せだったんじゃないでしょうか?」

「そういうものかな……」

「そういう物だと信じたいです……だって、そうでなかったら……私がロボットに生まれた意味がありませんから」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに人形があった。

 大きな木の根元に座りこみ、ほぼ原形をとどめていないであろうことがうかがえる。 

 その廻りには鳥達が集い、心地よい歌をさえずる。

 草で敷き詰められた緑の絨毯には、やわらかい陽の光が降り注ぐ。

 

 

 そう、まるでそこだけ童話の世界に入りこんだかのように、幻想的な光景が広がっていた。

 彼女は、再び悠久の眠りの時についたのだ。

 メモリに焼き付けられた、失われない想いと共に……。

 

 

(終わり)