(注)このSSは「痕」の千鶴END後を想定して書かれてます。
   できればゲームをクリアしてからお読みいただけるとよりお楽しみ頂けます。
   尚、このHPに寄稿した「悲しいすれ違い」の続編にあたりますので
   ぜひそちらを先にお読みください。
   苦情、抗議、剃刀等危険物は管理人さんでなく作者まで。

「悲しいすれ違い-step3-」

初音「お兄ちゃん大丈夫なの?」

耕一「大丈夫、大丈夫」

 くっ、笑うとあばらが……。

梓「……で……何がどうしたって?」

千鶴「……」

楓「……」
 
 梓って結構迫力あったんだなあ……。

 おっと変な事に感心してる場合じゃないな。

耕一「まあ、とりあえず大事には至らなかったんだし」

梓「病室破壊して、あんた含めて重傷者が増えたことが大事じゃないってんならね」

千鶴「……」

楓「……」
 
 俺の名は柏木耕一。

 鬼の血をひいてること以外は唯の大学生。

 つい先ごろ、餓死しかけてから病院に入院したが、
病室が破壊されたので柏木の屋敷にお世話になることにした。

 原因は喋りたくないので勘弁してくれ。

耕一「まあ、俺は大丈夫だったし勘弁してやってくれよ」

梓「まったく、あんたは千鶴姉や楓にゃ甘いんだから」

千鶴「耕一さん……」

楓「耕一さん……」

初音「お兄ちゃんって優しいね」

 どうせいつものことだし……。

梓「まあ、耕一もこう言ってるしね……でもそのままってのもなあ」

 梓がなんか悪巧みしてる……。

梓「罰として、二人とも二日間耕一の部屋に立ち入り禁止」

千鶴「そんな……」

楓「ひどい……」

 それはある意味、俺がいちばんダメージでかい。

 二日間も二人の顔を見れないなんて……命の危険は遠ざかったかも。

梓「はいはい、それじゃみんな出かける時間だよ」

楓「……(現実逃避中)」

千鶴「……ううっ、耕一さん……」

初音「じゃあ、行ってくるね、耕一お兄ちゃん」

耕一「いってらっしゃ〜い」

梓「みんな気をつけてね」



耕一「って梓おまえは学校無いのか」

梓「今日はちょうど休みの日」

耕一「そうなのか」

 言った瞬間。

 ぐぐ〜。

 俺の腹の虫が豪快に鳴り出した。

耕一「そういや、あれからろくな物食ってないしなあ」

 結局病院でも何も食わないうちに出ることになったし。

梓「ちょっと待ってな、おかゆでも持ってきてやるから」

 まつことしばし……。

梓「とりあえずできたよ」

 おお……まるで梓が女神のように見える。

梓「ってあんた両手使えないんだっけ」

 あっ、そういやそうだ。
 
 病院に入院したときはまだ左手動いたんだけどな。

 昨日のアレのせいで……。

梓「……しかたないねえ、それじゃ」

 なんか妙に嬉しそうにしつつ、梓が……。

 ふぅ、ふぅ……。

 おうわ!! おかゆをさじですくって息吹きかけて冷ましてる。

梓「はいっ、あ〜ん」

 よく見たら嬉しそうというより照れてる感じだな。

耕一「あ〜ん……モグモグ……これは!!」

梓「美味しい?」

耕一「……生きてて良かったと思える瞬間ってあるんだなあ」

梓「変な誉め方だねえ」

 実際、うまいという言葉では表現しつくせないものがそこにあった。

 まず、口の中に米の素晴らしい香りが広がる。

 おかゆ状とはいえ、形を保った米粒が舌の上で踊る。

 そして歯に触れるか触れないかという所でとろけてゆく。

 俺が作った、水ばっかりの物と同じ料理とはとても思えなかった。

梓「まだまだ、いっぱいあるからね」

耕一「おうっ」

 しかし、その度、梓に食べさせて貰うのもなんだかなあ。

梓「はい、あ〜ん」

耕一「あ〜ん」

 う〜ん、ちょこっと恥ずかしいかな〜。

梓「……こうしてると新婚みたいだよね……」

 ぐふっ!!

 いきなり何を口走るかなこいつは。

 思わず口の中のおかゆを吐き出しそうになっちゃったよ。

耕一「……あのなあ」

梓「冗談だよ、そんなに気にすることじゃないって」

耕一「だからって……」

梓「あんたが好きなのは千鶴姉だってことはわかってるよ」

耕一「それは……」

梓「でもさ、誰を好きになるかなんて理屈じゃないからさ」

耕一「いきなり何を……」

 言いかけて……。

 口篭もってしまった……。

 梓の目に……。

 涙が一滴……。

 流れ落ちて……。

 涙の痕が乾かないうちに次の雫が……。

梓「分かってる、分かってるよ、いけないことだってことぐらい。
でも……気持ちがおさえられなくて……どうしようもなくて」

 梓が抱き付いてくる。

 俺は何も言うことができなかった。

 妹と思いこもうとしてたから……。

 無意識に女の子としての部分を見ないようにしてたから……。

 こいつがこんな思いつめてるなんて分からなかった。

耕一「梓……」

 力強く抱きしめたら、壊れてしまいそうだった。

 それでも、両手が動かせたら……。

 壊れるほど抱きしめたかった。 

 それくらい、梓をいとおしいと思った。



 


 そして右手に握られてた目薬には気づけなかった……。





 その頃、鶴来屋会長室……。

 耕一の微妙な浮気心を察知した千鶴は……。

 しゃり、しゃり、しゃり……。 

千鶴「うふふふふふふふ……」

 包丁を研いでいた。  



 同刻、梓に抱き付かれたまま俺は……。

耕一「梓……お前の気持ちは嬉しいけど……」

梓「分かってる、分かってるよ……でも、今だけ……今だけは……お願い」


 梓の涙はとまらなかった。

 まともに顔を見るのがつらくて、ふっと庭の方を向いたときだった。


 気温が下がる。

 悪寒が走る。

 俺の中の鬼が警告してくる。

 危険だ、逃げなくては……。

 しかし、今の状態では無理だ。

 目の前に迫り来る地獄から、逃れるほどの力は残されていなかった。

千鶴「あ・ず・さ・ちゃ・ん・な・に・し・て・る・の・か・な・?」

梓「ちい、まさかこんなに早く帰ってくるとはね」

 はい?

千鶴「な・に・し・て・る・の・?」

梓「どっかの鬼婆がいないうちに、既成事実を作っとこうとしただけだよ」

千鶴「鬼婆?」

 一瞬、千鶴さんが素に帰る。

梓「イカ腹幼児体型のババアってのよりは、若くて胸の大きいあたしの方が
耕一にふさわしいんじゃないかって、思っただけだけど?」

千鶴「……」

 血管の切れる音が響いたような気がした。

 あの〜もしもし?

 お二人さん?

千鶴「か・く・ご・は・で・き・た・か・し・ら・?」

梓「悪いけど耕一はあたしが貰うよ」

 千鶴さん……右手の包丁は何?

 梓も……右手に目薬持ってるし……。

千鶴「しゃああああああ」

梓「うおおおおおおおおお」

 誰か何とかしてくれ〜。



 その頃、何とかしてくれそうな人の筆頭、
柏木家の良心、初音は。

初音「あれ? お皿割れちゃった……」

 調理実習で頑張っていた。




千鶴「はあはあはあ……」

 うう……闘いが終わったようだ。

 ぼろ雑巾のようになった梓が庭に捨てられてる。

 闘いの余波はそれほどこなかったものの……。

 俺は精神的にボロボロになっていた。

千鶴「あら、耕一さん、お食事中だったんですか?」

 ふとんの脇に、闘気の余波で割れてしまった茶碗が転がっていた。

 食べてないおかゆもこぼれてしまっている。

 もったいないなあ。

千鶴「おかゆ、こぼれてしまって……」

 もったいないですね、と千鶴さんが言う。

耕一「もう少し食べたかったかな」

 このとき俺はこんなことを口走ったことを死ぬほど後悔した。

千鶴「じゃあ、私が腕を振るって」

耕一「お腹いっぱいになったから!!」

千鶴「だめですよ、栄養いっぱいとらないと治る物も治りませんから」

 正論だ。

 しかし千鶴さんの料理では治る物も治らないと思う。

千鶴「待っててくださいねえ♪」

 死刑宣告にも等しい発言をしたあと、右手の包丁をなめる千鶴さん。

 鬼婆?

 一瞬包丁がキラッと光った気がした。

千鶴「うふふふふふふふふふふふふ……」

 千鶴さん……なんだか俺には千鶴さんが分からなくなったよ。

 

 それからしばらくして……。

千鶴「できましたよ〜」

 間延びした千鶴さんの声が響く。

 その手にはこの世の物とも思えないモノが……。

 今の俺にはそれを避ける手段がない。

 今度こそ親父と会う時が近づいたのかもしれない……。

耕一「好きな人の手料理で死ぬなら本望かもな」

 それは違うぞ、と俺の中の理性がせめぎ立てる。

 だが、最早俺は生きることをあきらめた。

 思えば短い人生だったなあ……。

 なんとなく宗教に救いを求める人の気持ちがわかるような気がした。

千鶴「どうぞ、耕一さん」

 千鶴さんがスプーンに料理を一口のせておれの口元に運ぶ。

 思えば水ばっかりのおかゆはまともな料理だったんだな……。

 遠くなる意識の中ふっと浮かんだのはそんなことだった……。



 同じ頃

 耕一の危機を感じた楓は……。

楓「耕一さんが……危ないような」

先生「柏木、ゴミを焼却炉に持ってってくれ」

楓「あ、はい」

 掃除当番だった。


(続く予定)