(注)このSSは「痕」の千鶴END後を想定して書かれてますので、できればゲームをクリアしてからお読みいただけるとよりお楽しみ頂けます。
尚、このHPに寄稿した「悲しいすれ違い」の続編にあたりますのでぜひそちらを先にお読みください。
苦情、抗議、剃刀等危険物は管理人さんでなく作者まで。
『悲しいすれ違い-step9-』
例えばの話だが……。
自分の大事な友人、兄弟、姉妹、といった人達が、あなたと同じ人を好きになったとしたら……。
あなたはどうしますか?
お医者様でも草津の湯でも、止めることなどできませぬ。
その人を好きになる事、止める事など出きるはず無し。
どちらの道を選んでも、悲しくつらい、恋の路。
今宵は、その悩みに一つの答えを出した少女の物語。
始まりは些細な一言がきっかけだった。
「楓ってお化粧しないの?」
高校の帰り道。
友達が漏らした些細な一言。
それが、少女をちょっとぐらい変えたからと言って、何も起こりはしないだろう。
……普通ならば。
楓が、耕一と出かける前の日に、鏡とにらめっこしつつ口紅を塗り始めたのはそんな理由だった。
楓「……口裂け女……」
教訓:初めから上手く行く事はそうそう無い。
楓「千鶴姉さんに教えてもらおう」
ここで楓が化粧を教わりにいったのは千鶴。
もちろん、他の姉妹がそんな技術を持っていないからだが……。
楓「千鶴姉さん、ちょっと良い?」
千鶴「あら、楓じゃない、どうかした?」
楓「お化粧の仕方を教えて欲しいの」
ぴしっいいいいっ!!
もし、空気が割れるとしたら、こんな音がするのでは無かろうか。
そんな音が響く。
千鶴「……明日、化粧をしていくのね」
楓「うん……」
千鶴「……」
千鶴は悩んだ。
楓は妹とは言え、耕一を取り合うライバル。
楓に化粧の技術を教える事は、とりもなおさず自分を不利に追い込むような物。
しかし……。
彼女は大事な妹だ。
鬼の騒動も終わり、ようやく平和な生活ができるようになって、明日好きな人とデートに行くのだ。
そんな彼女が化粧をしてみたいと言う気持ちはよく分かる。
それを無下に断って良いものかどうか。
しかも、普段おとなしく、あまり自分に頼ったりしない妹が頼りにしているのだ。
その願いを踏みにじっていいものかどうか。
悩んだ。
千鶴「そうね、時間も無いから簡単な物でいいかしら」
楓「うん」
結局、柏木千鶴は自分の良心に敗北した。
心の中では血の涙が流れていたかもしれないが……。
楓「……これが……私?」
千鶴「そうよ……どう?」
楓「なんだか……私じゃないみたい……」
そこには……一人の美しい少女ができあがっていた。
もともとが美少女なのに加えて、薄く紅を引いた口元が大きな存在感を示していた。
さらに、香水もつけて、服もデザインの良いものに着替える。
それだけと言えばそれだけ。
だが、それだけの事がいつもと違った魅力を引き出す所に、化粧の魔力があるのだろう。
千鶴「うん、そうね、あなたも女の子なんだから、もう少しこういう事に気を配っても良いはずよ」
千鶴は、自分が手がけた妹の姿に満足していた。
千鶴「これなら、どんな男の子だって……」
楓「?」
千鶴「はあ……まあ、あなたと梓は、少しはこういう事にも興味を持ってもらわないとね」
梓は活発に行動する事を望み、楓は今までは非常に淡白な反応しか示さなかった。
それが、段々と普通の女の子らしくなっていくというのは、姉妹の母親代わりもしていた千鶴にとっては嬉しい事だったが……。
千鶴「どうして、姉妹で同じ人を好きになっちゃったのかしらねえ……」
悩みは尽きない。
そんなこんなで次の日。
今日は第2土曜日で、高校は休み。
耕一は午前中には大学が終わり、列車でもってこちらに帰ってくる。
駅で待ち合わせをして、そこからどこかに行くという予定を立てていた。
ただ、それとは別に、楓には一つの決意があった。
心の中で悩んで、悩みぬいて出した結論。
それを、今日、話すつもりだった。
楓「耕一さん……」
朝から急に冷え込んで、コートやセーターを急いで用意した。
吐く息が白い。
薄く化粧をした楓は、誰の目にもとまる絶世の美少女という感じだった。
憂いの表情をたたえ、少しうつむきがちになりながら、駅の前で待っていた。
ところで……考えていただきたい。
少し淋しげな感じの美少女が、一人でぽつんと立っている。
どうなると思いますか?
通行人A「そこの、お嬢さん、暇なら……」
どか、ばき、ぐしゃ、めきょ……。
長女「良いわね、誰であろうと、楓に近づけたらダメよ」
次女「……千鶴姉、なにがあったんだ?」
四女「……何か、悪い物でも食べたのかな……」
通行人B「あなたは神を……」
どか、ばき、ぐしゃ……。
通行人C「お茶でも一緒に……」
べき、ぼき、ぐしゃ……。
通行人D「高校生かな? こんな所に一人で……」
どががががががが……ずーん。
楓「もうすぐ……耕一さんが来る……」
待ち始めてから、すでに何時間か経過していた。
冷たく冷え切ってしまった手を後ろで組んで、空を見上げる。
楓「えっ……雪……?」
白い、ひとひらの雪が、天から降り注ぐ。
まるで鳥の羽のように、軽やかに舞う。
息を吹きかけただけで、跡形も無く溶けて消えゆく……。
手を差し出して、雪を乗せてみた。
白くて、小さな雪……。
すぐに溶けて、透明な水へと変わる……。
冬将軍が、一年ぶりに訪れたのだ。
その頃、耕一の乗っていた列車は……。
車掌「雪のため、列車の運行に……」
耕一「へっ?」
雪で足止めを食っていた。
時刻は夕刻。
すでに、予定の時間を2時間過ぎていたが、まだ、耕一は来なかった。
楓「耕一さん……何かあったのかな……」
不安げな表情で呟く。
その頃……。
耕一「なかなか動かないねえ」
車掌「雪が、ここまでひどくなるとは思ってもみなくてねえ……」
老人A「兄ちゃん、ほうじ茶でも飲まんかね?」
耕一「あっ、どうもすいませんねえ」
老人B「冷凍みかんがあるよ」
耕一「どうも、なんだか貰ってばかりで悪い気がしますが……」
老人C「良い若いもんが遠慮してんじゃないよ」
なぜか、動かない列車の中で宴会になっていた。
辺りはすっかり暗くなっていた。
待ちつづける楓。
雪は止んでいたが、大分積もっていた。
楓「耕一さん……本当になにかあったんじゃ……」
鬼の血を引く耕一に、命の危険は無いだろう。
だから、どんな事情で遅れているにせよ、それほど心配する必要は無いはずなのだが……。
楓「この間のように……私達の知らない鬼がいたりしないかな……」
悪い想像をするときは、どんどん悪い想像が生まれる物である。
楓の中では、すでに耕一がこの世にいないとか、そんなことまで想像が膨れ上がって行くのだった。
楓「そうだ、携帯に……」
耕一の携帯にかければ、今どんな状況なのか分かるはずである。
だが、冷静に考えてみれば、これだけ遅れたら、耕一からなんらかの連絡が入るのでは無いだろうか?
もしかしたら、電話をかけることすらできない状況なのではないだろうか?
そんな不安を振り払うように、慌てて電話をかける。
「「ただいま、お客様のおかけになった電話番号は、電波の届かない地域にあるか、電源が……」」
楓「耕一さん……」
不安に押しつぶされそうになった楓は……携帯電話をぎゅっと握り締めて……。
ぽたっ……。
涙の雫を一粒、握り締めた手の上にこぼした。
その頃……。
耕一「いくらなんでも、そろそろ連絡を入れないとな……」
圏外。
耕一「あっ……やべえ」
車掌「ああ、この辺は携帯は無理だな」
わりと平和だったりする。
夕闇から、夜のとばりへと変わる町並み。
結局、耕一が楓の待つ駅にたどり着いたのは……約束の時間を何時間も過ぎていた。
耕一「……楓ちゃん……ごめんね遅くなって」
楓「こ……う……いちさん……」
照れくさそうに笑う耕一と、目の前が見えなくなるほど泣きじゃくる楓。
何時間も待たせた罪悪感は、耕一に抱き付いて泣きじゃくる楓のせいで余計に大きくなったが……。
耕一「ごめんよ、こんな冷たくなるまで待たせて」
楓「いいんです……」
冷たくなった楓の手と頬……。
それでも、耕一に触れているだけで……。
楓「耕一さん……暖かい」
耕一「そう?」
楓「はい……」
えっ? 例によってあの人達はどうしたかって?
長女(修羅)「うう……いくらなんでもあの二人遅すぎる……」
次女(羅刹)「いったい……何してやがる……」
四女(夜叉)「耕一お兄ちゃん……まさか……」
すでに、帰宅してらしたようで……勿論の事、耕一がやたら遅れていた事も知らず……。
耕一「とりあえず、どこか喫茶店にでも行こう……遅くなっちゃったから出かけるのは明日ということにして」
楓「耕一さん……少し、歩きませんか?」
耕一「えっ?」
楓「こんなに星も綺麗ですし……」
星。
降ってきそうな星。
冬の澄みきった夜空を彩る星。
楓「星から星へと渡り、故郷の星の形すら忘れ……それでも渡りつづける……」
耕一「……」
楓「その星の生きるもの、全て滅ぼし、母なるレザムへと戻る道を辿りつづける……」
耕一「……」
楓「でも、そんな生活につかれきった私は……安らげる場所を求めていた」
耕一「……楓ちゃん」
楓「そんなとき、銀河の辺境に不時着した私達は……いえ、私はあなたに会えた」
その時、耕一には、目の前の楓がエディフェルにダブって見えた。
耕一「……俺は、柏木耕一だよ……」
俺は次郎衛門じゃないんだ……。
そんな思いと共に、言葉を紡ぎ出した。
楓「分かってます、耕一さんは次郎衛門じゃないし、私はエディフェルじゃありません」
耕一「……」
楓「でも、私の中には確かにエディフェルがいるんです……耕一さんが次郎衛門と共に生きているように」
耕一「……」
楓「今日……どうしても、一つだけ聞きたいことがあったんです」
耕一「聞きたいこと?」
楓「耕一さん……千鶴姉さんの事……どう思ってますか?」
耕一「えっ?」
楓「答えてください」
楓の目はまっすぐで、真剣だった。
その目に迷いは無い。
ただ、握り締められた手がふるえ、答えを聞くことを拒んでいた。
耕一「俺はね……千鶴さんを……愛してる」
耕一には、彼女の真剣な眼差しをごまかすことはできなかった。
そして、自分の本心をさらけださなければ失礼だと思った。
だから、彼女が傷つくかもしれなくても、答えた。
耕一「俺は千鶴さんを愛してる」
楓「……」
耕一「今は、自分の事で精一杯だけど……いつか、千鶴さんと結婚したいと思ってる」
楓「……それを聞いたら、きっと千鶴姉さん喜びます」
耕一「……」
楓「私、一生懸命考えました。 自分の中のもう一人の自分とも相談して、ずっと悩んでたんです」
耕一「……」
楓「私、耕一さんが一番好きです」
耕一「楓ちゃん……」
楓「でも、千鶴姉さんも同じ位好きなんです」
耕一「……」
楓「そして、耕一さんが一番好きなのは千鶴姉さんだって……分かってたんです」
耕一「……」
楓「だから……私……」
雫が一粒……二粒……。
気づけば、流れ落ちる涙は勢いを増していた。
楓「一つだけ、お願いしてもいいですか?」
耕一「……なんだい?」
楓「今日だけ……いいえ、今、この瞬間だけ、私の事を一番好きになってください」
耕一「……」
楓「そして、耕一さんの腕の中で泣かせてください……」
耕一「それで……いいの?」
楓「はい……」
耕一「分かったよ、じゃあ、楓ちゃんが泣き止むまで、君のことを一番に思うから……」
楓「はい……」
そして、そのまま、耕一は泣き崩れる楓の事を抱きしめた。
泣いてる彼女を見ながら……次は幸せな恋をして欲しいと……心から願った。
耕一「そろそろ、帰ろうか……」
楓「はい……あの、手を繋いでもいいですか?」
恥ずかしげに見上げてくる眼差しは、いつもの楓ちゃんだった。
泣きはらした眼が痛々しかったが……。
耕一「どうぞ、お姫様、この私めのお手に、おつかまりください」
彼女の願いは、かなえられる限りすべてかなえてあげたいと思った。
そして、彼女の願いがかなうようにと……星に願った。
帰宅した二人を待っていたのは、すっかりお冠の3人だった。
まあ、連絡もいれずこんなに遅くなったんだし……仕方ないかな。
耕一はそんなふうに思っていた。その時は……。
軽く怒られた後、夕食。
その後、疲れたから……と楓はすぐに寝床についてしまった。
もしかしたら、布団の中で泣いてるのかもしれない。
でも、俺がそれを慰めてはいけないような気がするから……。
そう思って、耕一は自分の不甲斐なさを思いながら、酒を飲みつづけた。
もちろん、それによって運動能力が落ちること等計算外だったが……。
千鶴(嫉妬)「ところで耕一さん……覚悟はよろしいでしょうか?」
そして、なぜか楓がいなくなったとたんに、部屋の空気が変わった。
冷気が漂い、気温が下がる。
だが、耕一に向けられた視線はさらに冷たく、まるで凍てつくようだった。
耕一「か、覚悟って何の?」
梓(激怒)「ほほう……この後に及んでとぼける気か……」
耕一「へっ?」
初音(不信)「お兄ちゃん……服の口紅はどこでつけたのかな……」
耕一「へっ?」
そう、楓が泣き付いたとき、口紅の紅い色が服に写されていたのである。
だが、それに気づいたときには遅かったようだ。
千鶴(嫉妬)「楓も泣いて帰ったようだし……よっぽど痛かったんでしょうね……初めてでしょうし……」
……なるほど……そういう捉えかたもあるんだ……。
ははは。
笑うしかないという状況はあるもんなんだなあ……。
最早、耕一に言い逃れや逃亡の余力は残されていなかった……。
耕一「ちょっと待ったっ!! 何か誤解があるって」
梓(激怒)「聞く耳持つつもりは無い……いいかげんにあきらめな」
初音(不信)「お兄ちゃん……もう、覚悟はいいよね」
耕一「誤解だ〜っ!!」
鬼娘のみなさま「問答無用っ!!」
気づいたら、病院だった。
楓「耕一さん、大丈夫ですか?」
耕一「ここは……病院?」
楓「はい」
耕一「みんなは?」
楓「さすがに反省して大人しくしてます」
耕一「そうか……」
楓「大丈夫です……みんなが耕一さんを傷つけようとしたら、私が止めて見せます」
耕一「楓ちゃん……」
でも……それで君はつらくないのかな?
そんな事を思った。
しかし、いらない心配だったようだ。
楓「とりあえず、私、耕一さんの3号さんですから」
耕一「はい? ちょっと待って、どう言う事?」
楓「えっ、勿論、千鶴姉さんが正妻で、梓姉さんが2号さん、そしたら私は3号さんですよね」
耕一「あの〜、もしもし?」
楓「エディフェルはどうしても正妻の座を勝ち取るんだって、愛人じゃ嫌だって納得してくれなかったんです」
耕一「いや、だからさ……」
楓「納得させるの大変だったんですよ? でも、私は側に耕一さんがいればそれでいいって……」
耕一「あのさ、だからね……」
楓「私、千鶴姉さんも、梓姉さんも、初音も大好きですから……だから、みんな一緒でもいいかなって」
にっこりと笑いながら、そんな事を言う楓ちゃん。
俺は……もしかして、鬼畜の道へ突っ走ってしまうのだろうか?
楓「じゃあ、おかゆを貰ってきますから……」
あ、もとから鬼か。
そんな事を思いながら、耕一は楓に看護されるのだった。
千鶴「耕一さん……鼻の下が伸びてますよ……」
耕一「ち、千鶴さん、い、いつからいたの?」
千鶴「いつからでしょうね……うふふふふ……」