(注)このSSは「痕」の千鶴END後を想定して書かれてますので、できればゲームをクリアしてからお読みいただけるとよりお楽しみ頂けます。
尚、このHPに寄稿した「悲しいすれ違い」の続編にあたりますのでぜひそちらを先にお読みください。
苦情、抗議、剃刀等危険物は管理人さんでなく作者まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在の俺には、余裕などまったくなかった。

 隙が全く見られない今の状態から抜け出す事はできそうにない。

 

 別に逃げる必要も無いのではないか?

 内なる声が囁く。

 そう、別に逃げる必要があるわけじゃないんだ。

 単に意地の問題で……。

 大学を卒業もしていない今の状態では養ってもらうのも同然だ。

 ヒモになるのは嫌だ。

 そう、ただ意地の問題だった。

 

 

 

千鶴「耕一さん、私とそんなに結婚したくないんですか?」

 

 

 千鶴さん、涙目で膨れっ面をしても可愛いだけだよ。

 そんな風に思いながら、覚悟を決めた。

 この際、ヒモでも良いことにしよう。

 鬼の血全開の千鶴さんを前にしたら動けなくなる俺だが、実は心細そうな千鶴さんを見るほうがもっとつらいと初めて分かった。

 ただ、黙って彼女を抱きしめる。

 それだけで、きっと俺の想いは通じるはずだから……。

 

 

 そう、何故か今日は俺と千鶴さんの結婚式らしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『悲しいすれ違い-Last step?-』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5時間前、今度は千鶴さんのわがままを聞く順番と言う事もあったので、鶴来屋に迎えに行く事になった。

 

足立「やあ、耕一君、ちーちゃんはもう少し準備がかかるから待っていてくれ」

耕一「あっ、どうも、御無沙汰してます。 所で、千鶴さんの準備ってなんです?」

足立「いやいや、私もね、耕平さんの代からここで働いてるからちーちゃんは自分の孫みたいでね」

耕一「はあ」

足立「もう、嬉しくてしょうがないという所かな……この年まで生きてて本当に良かったよ」

耕一「あの……何の話しですか?」

足立「できれば賢治さんにも今日の晴れ姿を見て欲しかったなあ……それだけが残念でしょうがないよ」

耕一「あの〜、もしもし?」

足立「とにかく、君達は親の分まで幸せに生きてくれ。 私が願うのはそれだけだよ」

耕一「あの〜……」

足立「そうそう、会場はウチのホテルで一番大きい会場を用意したよ……ちーちゃんはもっとこじんまりとしていても良いと言ってたんだけどね、我々としては全従業員でお祝いする気持ちでやりたくてね……社長権限で全従業員を動員してあるんだ」

耕一「あの〜……だから話しが見えてこないんですが……」

足立「そうそう、婚姻届はすでに出しておいたから安心しておくれ」

耕一「婚姻届? 誰のです?」

足立「君とちーちゃんの」

耕一「俺と千鶴さん……えっ?」

 

 こんいんとどけ?

 おれとちづるさんの?

 

耕一「へっ? ど、どういう……」

足立「さあさ、耕一君も着替えないと、大丈夫、ちゃんと紋付はかまもタキシードも特注で作ってあるからね」

耕一「へっ? へっ? へっ?」

足立「ささ、こっちに……」

 

 ずるずるずる……。

 

耕一「どう言う事なんですか〜っ……」

 

 

 

 こうして、質問の答えが無いまま、鶴来屋内部を引っ張られてしまった。

 

 

 

専務「おっ、花婿さんもできあがったようですね、社長」

足立「良い感じだろ、そうだ、料理や酒の準備は整ってるかな?」

専務「はい、調理場の連中、いつもより気合入ってますからね、とにかくもう会長に……おっとそういえば結婚して会長秘書になられるって仰ってましたっけ、最高の披露宴にするため頑張ってますよ」

足立「予算はケチるなよ」

専務「最初からケチるつもりなんて無いですよ。 旅館一つ傾くぐらいの気持ちでやれと言っておきました」

足立「まあ、食材は近隣から集まってくるから傾きはしないだろうけどね……」

専務「とにかく部下たちが浮き足立っちゃって、もう、会長の花嫁衣裳が見たくてしょうがないらしいですよ」

足立「それはそうだろう、私だってそうだ」

専務「社長、式の最中に泣き出して司会が上手く行かないなんて事のないようにしてくださいよ」

足立「うむ……その時はすまんが君に頼むよ……泣かなくて済む自信が無いんだ」

専務「私もありませんよ、そんなもの」

耕一「……(呆然としている)」

 

 

 

 

 

 

 

 

足立「会場の方はどうだ?」

営業部部長「はい、総出でとりかかってますからね、そろそろ終わるはずです」

足立「演出の準備は?」

営業部部長「ばっちりです」

足立「楽しみだなあ……」

営業部部長「社長、一応慣例にのっとりましてこちらの書類にサインをお願いしたいんですが……」

足立「ん? 予算追加申請? こういう書類は今回に限り部長権限でも良いと言っておいたろ」

営業部部長「すでにGOサインは出してます」

足立「なるほど、事後承諾と言う事だね」

営業部部長「本来まずいことですが、まあ、今回のような緊急事態ではしょうがないですからね」

足立「とりあえず、お色直しが5回か……もっと多くても良かったのでは無いかね?」

営業部部長「体力的な限界も考慮しまして、若いからとはいえ、披露宴に二次会にとやっていたのでは新婚初夜が……おっと、失礼致しました」

足立「いかんよ君〜、そういう話は本人のいないところでやらないとな」

営業部部長「いやいや、ついつい……」

耕一「……はあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅館女将「社長、代議士先生が参加したいと言ってきまして……」

足立「いらん、今回はいくら地方の名士でも踏みこませないと言っておきたまえ、せっかくのめでたい日に政治的な配慮だのなんだの……」

旅館女将「そう思って、すでに私が断っておきました」

足立「おっ、そうかね、すまないな」

旅館女将「それにしても……会長はもう御結婚なさるんですね……」

足立「うむ」

旅館女将「賢治さんにもぜひお見せしたかったですね……」

足立「……そうだな……」

旅館女将「さて、湿っぽい話題はこれぐらいにして色々現場の指示を出しておかないと」

足立「そうそう、泊まられてるお客様に……」

旅館女将「ぬかりはありませんよ。 振る舞い酒にお土産、金杯と銀杯も送らせていただいてます」

足立「せっかくの祝い事だからもっと豪勢にすべきだったかねえ」

旅館女将「何分、急でしたから……まあ、仕方ありませんわ」

耕一「……」

 

 

 

 

 

 

 

 なんとなく、話が見えてこない。

 ……いや、見えて来てはいるんだが、どうしてそうなったのかが良く分からない……。

 だいたい今の年齢で結婚なんて考えた事も無いぞ。

 

 

足立「う〜む……なかなかどうして……」

衣装係「賢治さんは着物似合わなくて困りましたけど……耕一君は身長あるせいか、なかなか凛々しく決まりますねえ」

足立「まあ、若さもあるんだろうな」

衣装係「タキシードの方も試着しておきますか?」

足立「そうだな、そうした方が良いだろう、耕一君、これも着て見てくれるかな?」

耕一「はあ……」

足立「そう言えば花嫁の方はどうなのかな?」

衣装係「大丈夫だと思いますよ」

足立「じゃあ、行って見ようか、耕一君?」

耕一「はあ……」

 

 

 

 

 

 そんなこんなで冒頭に戻る。

 

 

 今、この部屋にいるのは俺と、千鶴さんの二人だけだった。

 

 

 

耕一「俺はさ、ずっと考えてたんだ……自分が社会人になって、ちゃんと自立した生活ができるようになったら……」

千鶴「なったら?」

耕一「そしたら千鶴さんにプロポーズしようと……ね」

千鶴「……耕一さん」

耕一「もっと早くに言っておくべきだったかな?」

千鶴「それじゃ遅いですよ……今だって遅すぎるくらいです」

耕一「そうかな……あんまり焦らなくても良い気はしてたんだけど……」

千鶴「あんまり女の子を待たせないで下さいね」

 

 そう言って、千鶴さんが寄りかかってくる。

 千鶴さんは泣いていたが……笑顔だった。

 

千鶴「私、不安だったんです、耕一さん優しいから……優しすぎるから、本当は他の女の人のことが好きになってるんじゃないかって」

耕一「そんなわけないだろ」

千鶴「だからちょっぴり強引でも耕一さんを繋ぎとめておかなきゃって……」

 

 これがちょっぴりなのか?

 そうは思ったが口にはしなかった。

 この雰囲気を壊したくなかったから……。

 

耕一「俺の事をもう少し信じてよ」

千鶴「……はい」

耕一「所で、もし、俺が他の女の人が好きだって言ってたらどうしたの?」

千鶴「その時は、あなたを殺して私も……」

 

 千鶴さん、目が怖いよ。

 そうは思ったが口にはしなかった。

 自分の命を大事にしたかったから……。

 

耕一「ははは……そんな事は無いからさ……信じてよ(汗)」

千鶴「ええ……」

 

 コンコン。

 ドアをノックする音が聞こえる。

 

足立「二人とも、そろそろ時間だよ」

千鶴「あ、はい」

耕一「じゃあ、行こうか」

 

 

 少々強引な所はあるし、おっちょこちょいだし、ちょっぴり偽善者で、めっぽう嫉妬深い千鶴さん。

 幼い頃から憧れていたお姉さんで……。

 姉妹達の母親代わりで……。

 鬼の血のために、笑顔まで凍りつかせた女性。

 

 彼女に笑っていて欲しい。

 

 それが俺の願い。

 ずっと彼女と支えあって行けたら、きっと幸せに生きて行ける。 

 そう信じたい。

 

 もしかしたら、この事で梓と楓ちゃんと初音ちゃんを泣かせてしまうかもしれないけど……。

 きっと彼女達も分かってくれる。

 今まで苦労してきた千鶴さんが幸せになる事を……きっと祝福してくれる。

 俺はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足立「ただいまから、新郎新婦のご入場です」

社員一同「パチパチパチパチ(拍手)」

 

 足がガクガクする。

 冷や汗が止まらない。

 手もすでに濡れている。

 俺は緊張していた。

 

千鶴「耕一さん、そんなに緊張しなくても……」

耕一「そうは言ってもね……こんなこと一生に一度だろうし」

千鶴「二度も三度もあったら困ります」

 

 

 緊張していたので、列席者を見る事はできなかった。

 思えば、これが失敗の原因だったのかもしれない。

 なにせ、そこには鶴来屋の従業員しかいなかったのだから……。

 

 

足立「ええ、それでは……」

 

 

謎の少女「ちょっとまった〜っ!!

 

 ばたん。

 

 大きな音を立てて、会場後ろのドアが開かれる。

 

 

梓「その結婚っ!! 取りやめてもらうっ!!」

 

耕一「あ、梓……」

 

千鶴「ちいっ、思ったより効かないのね、あの睡眠薬」

 

 おいおい(汗)

 あんた、実の妹に薬を……。

 

梓「千鶴姉、悪巧みもここまでだっ!!」

 

千鶴「ふっ、甘いわ、この結婚式を妨害したとしてもすでに婚姻届は提出されているのよ?」

 

初音「……それってこれの事?」

 

耕一「初音ちゃん……」

 

 梓の後ろから初音ちゃんがゆっくりと現れる。

 みると、彼女の右手には書類らしき物が見て取れた。

 左手で黒服の男性を引きずってる所を見ると……奪ってきたのか? 

 

千鶴「……ふっふっふ、私が一つしか用意してこなかったとでも思ったの?」

 

 千鶴さん、その笑い方だとまるで悪役だよ。

 

千鶴「最初からあなた達の妨害を見越して、婚姻届は二種類用意していたの……今ごろもう一つが受理されている頃だわ」

 

 二つって……それって偽造になっちゃうんじゃ(汗)

 

楓「残念だけど……これがそうよ、千鶴姉さん」

 

耕一「か、楓ちゃんまで……」

 

 楓ちゃんの右手には書類。

 左手に黒服。

 

 どうでもいいことだが、彼女達は学校じゃ無いのか?

 

千鶴「くっ……」

梓「千鶴姉、覚悟はいいか?」

初音「一人抜け駆けしようだなんて、許せない」

楓「さよなら……」

 

 

 くっ、このままでは4人が争う事になってしまう。

 なんとか止めなくてはっ!!

 俺はそう決心した。

 

耕一「みんな、聞いてくれっ!!」

 

 ぴたっとみんなの動きが止まる。

 

耕一「俺は……千鶴さんの事を……」

初音「耕一お兄ちゃん、千鶴お姉ちゃんの毒で洗脳されちゃったんだね?」

 

 へっ?

 

楓「姉さんを叩きのめしたらすぐに元に戻してあげますから少し待っていてくださいね」

梓「とりあえず千鶴姉、覚悟っっ!!」

千鶴「なによ、返り討ちにして……」

耕一「少しは俺の意見を聞いて……」

 

 

 

 

 

 

姉妹全員「このさい耕一(さん)(お兄ちゃん)の意見は関係(無い)(ありません)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の存在って何?

 そんな淋しい気持ちに囚われつつ……破壊され行くホテルを眺めるしかできなかった。

 

 

足立「ぐはあっ、ま、またこんなに破壊される……」

専務「社長っ、しっかりしてください!!」

(えんど)