(注)このSSは「痕」の「千鶴END」後を想定して書いてますので、
そこらにネタばれがあります。
 まだゲームをプレイしてない方は、この機会にやっておきましょう(笑)
 抗議のメールは間違っても管理人さんには出さないように。
 責任は書いたフカヒレにあります。


「悲しいすれ違い」



 鍋がぐらぐらと煮立っている。

 時間はすぐそこまでせまっている。


耕一「おしっ、できあがりだ」

  
 すぐさま鍋の湯を捨て、麺をザルに上げて水にさらし、
醤油をたっぷり入れたつゆですする。



耕一「やっぱり寒いときにはあったかいうどんだよなあ」

 ほっと一息つくこの瞬間。

 一瞬だが体の芯からあったまったような気がする。


 所詮は一瞬だが……。


耕一「あと、1週間か……」
 
 この数週間、なんとか生き残るためのすべを模索してきた。

 
 残っていた米をごく薄のおかゆにして食ったり……。

 残っていた酒でごまかしてみたり……。

 カレールーをお湯に溶かして食ったり……。

 小麦粉を水で溶いてすいとんにしてみたり……。


耕一「バレンタインのときは良かったよなあ」

 チョコレート一つで数日生きられるというのを実感してしまった。

 これがなかったらおそらく今の俺はここにはいまい。


耕一「これも最後の麺類なんだよなあ」

 醤油をお湯で薄めただけのつゆで、
本来の3分の1の量の麺を食う。

 一本一本がとてつもなくうまい。

 麺を茹で上げる時間も完璧。

 量さえあればなあ……。


耕一「そうそう、カップラーメンも3回に分けて食ったな」

 おそらくもう限界に近いのだろう。

 食べ物のことしか考えられない。

 考えれば考えるほど腹は減ってゆく。


耕一「武士は食わねど高楊枝ってね」

 腹が減っては戦はできんのだが……

 今が平和な現代で本当に良かった。


 俺の名は柏木耕一。

 鬼の血を引いてること意外は平凡な大学生だ。

 今のところ一人暮し。

 恐らく地球上の生物では最も強い部類に属しているはずだが……。

 今、最大の敵に立ち向かうこととなってしまった。

 そう、飽食の時代と呼ばれる現代日本において。

 ……なぜか遠くにあるはずの飢餓が……



耕一「だがあと1週間でバイト代を手にできる」





 事の起こりはしごく単純だった。



 

 ……財布というのはたとえ鬼の力があっても見つかるものではないのだ……



 優秀な日本の警察のみなさん、
不祥事なんていくら起こしてもいいから俺の財布を見つけてくれ。


 ……願いは届くことは無かったようだ。

 納税者に対して罰当たりな。

 なんのために税金を払ってると思ってやがる。
 
耕一「よくよく考えてみれば、まだ税金払ってないか」

 しかし、年金は払ってるぞ。

 もらう年まで、まだ40年以上はある。

 今、使わせてくれ。

 ……そういえば年金の免除申請もしてたような気が……。

 そうか、年金もまだ払ってなかったな。

 そうだ、選挙権がある。

 今の政治家は俺が選んだ公僕だぞ。

 選んでやったんだから這いつくばって、
俺の財布を捜すぐらいの根性見せたらどうだ。

 あ、前回の選挙のとき寝過ごして結局投票には行かなかったような……。

(注)選挙は忘れずに行きましょう

耕一「なんだか全てが頭にくるなあ」
 
 きっとこんなことから青少年の非行が始まるに違いないとか考えたとき。


 ぐうううう……。


 俺の腹の虫が餌をよこせとわめきだした。

耕一「昨日に比べれば豪勢だったんだが」
 
 恩知らずめ。

 20年以上も腹の中に餌を放りこんでた大家に少しは遠慮してくれ。

 音が響くと精神的にへこんでくる。


耕一「バイト先がつぶれたのも痛いよなあ〜」

 この不景気のせいか、競合する店のせいなのか。

 バイトしていたコンビニもつぶれてしまった。


耕一「廃棄の弁当があったら……」

 弁当一つを10円以下で買っていたときもあったよなあ……。

 あのころは良かった。

 3食コンビニ弁当というばら色人生だったからなあ……。

耕一「誰か助けてくれ〜」


 今、この状態をどうにかしてくれるのなら、
鬼でも蛇でもなんでも構わない……心底そう思った。

 あくまでもその時は。
 



 ガチャッ。

 プルルルルル……。

 プルルルルル……。

楓「……やっぱり繋がらない」


 耕一さんが助けを呼んでいるような気がしたのに……

 
千鶴「どうしたの?楓」

楓「千鶴姉さん、耕一さんが苦しんでる気がするの」

千鶴「何ですって?(まさか押さえ込んだと思ってた鬼が)」

楓「何か飢えて、執拗に何かを求めるような……」

千鶴「……(もしかして破壊の衝動が押さえられないのでは)」

楓「しかもここのところずっと続いてて……私心配で」

千鶴「電話で連絡とれないの?」

楓「良く分からないけど全然繋がらないの。どこかに行ってるのかも……」

千鶴「そう……(鬼の心が私達に連絡を取らせないとか……)」


 千鶴は決心した。

 そう……柏木の一族の勤めを果たすべく……。


千鶴「楓、私が仕事のついでに耕一さんの所へ行ってみるから安心して」


 彼女は完全に仮面を被っていた。

 そう、楓にも気づかれないほど強固に。

 だからこの後に起こる事を誰一人として気づくことは無かった。 



 あれから2日たった。

耕一「うう……もう水しかない……」


 そう、まさしく水だけだった。

 何とかもっているのは、鬼を押さえ込むだけの精神力の賜物といったところか。


耕一「そうだ、電話で知り合いに食料を持ってきてもらえば!!」 


 なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。

 俺は急いで電話をとる。

 ガチャッ。

 従姉妹達の家へのダイヤルを……。

 はて?

 呼び出し音が聞こえない?

 どうなってんだ?


耕一「あっ、電話線切れてる」


 普段あまり使わないから気づかなかった。

 どうりで最近、従姉妹達から電話がこないなあと……。

 
 ぴんぽ〜ん。

耕一「ん? 誰か来たのか? は〜い、今行きます」


 どたどたどた。

 ばたん!


千鶴「……お久しぶりです、耕一さん」

 そのとき、千鶴さんの表情が曇ったような気がした。






耕一「どうしたの千鶴さん、急に」


 私の貼りつけた仮面はあっけなく剥がれ落ちた……。

 耕一さんの表情を見たとき父の顔を思い起こしていた。

 頬がこけ……。

 目は血走り……。

 それでも……最後まで私達を気遣ってくれた父……。


千鶴「どうして……」

耕一「千鶴さん?」

千鶴「どうして、私の大事な人はいつもこうなんですか……」

耕一「どうしたの千鶴さん……」

千鶴「どうして……」


 涙が止まらなかった。

 もう、あの夏で出尽くしていたと思っていたのに。

  




耕一「千鶴さん……」

 
 何か悲しいことでもあったのだろうか……

 しかし、なんと言っていいのか分からず泣くにまかせることにした。

 落ち付いたらきっと話してくれる。

 そう、俺と千鶴さんにはあの夏の日以来深い絆があるのだから……。


千鶴「耕一さん」


 唯でさえ寒い部屋が一気に氷点下になった。

 ってちょっと待ってよ。


耕一「ち、千鶴さん……ど、どうしたのさ」


 俺が何をした。

 そもそも、千鶴さんが本気で鬼の力を解放するようなことでもあったのか……。

 思い当たることは……。


千鶴「耕一さん、私きっと泣くでしょう。でも泣いて忘れます。あなたのことを……」

耕一「ちょっっっっと待ってくれ〜」

  
 別に浮気した覚えは無いし、千鶴さん手作りのチョコだって死ぬ気で食ったし……。

 え〜と、大学の友達とデートしたことがばれたか? いや、いくら千鶴さんでもそれは……。

 この間胸は大きいに越したことが無いとか言った時だって半殺しで許してくれたのに。

千鶴「さようなら……」

耕一「なにかの誤解だ〜(泣)」



(続く)