このSSは『AIR』の美凪シナリオのネタばれを含んでいます。
ですので、ゲームをやってからお読みいただきますとよりお楽しみ頂けます。
このSSに対する苦情、お問い合わせ、お叱り、激励、叱咤等は管理人さん当てでは無く、作者までお願い致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人は生まれながらにして罪を背負う生き物であると言う。

 罪。

 私達はどんな罪を犯したのだろうか……。

 これが罪に対して与えられた罰だとでもいうのだろうか……。

 

 神や仏を敬い、身を慎んで生きよと人は言う。

 では、この罰は神が与えたもうた罰なのか。

 それなら、私は神に対してどのような罪を犯したというのだろう。

 

 平凡な生活。

 平凡な幸福。

 それを望む事がなぜ許されなかったのか。

 

 これは、何に対しての罰だったと言うのか。

私には未だに分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『星のみちる時』

                                          byフカヒレ

 

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 列車が過ぎ去る。

 

「やれやれ、今日はもう終わりだな」

 

 年々少なくなる客を反映して、列車の本数も減っていた。

 夕方だと言うのに今のが最終。

 降りる客も乗る客も一人もいない。

 駅長としては、やりがいが無い事では有る。 

 

「お父さん、お仕事終わり?」

「おっ、美凪か……迎えに来てくれたんだね」

「うん」

 

 迎えに来てくれた娘と共に帰宅する。

 

「お父さん、肩車して欲しいな」

「ああ、分かった、分かった」

 

 苦笑しながら娘を乗せる。

 日毎少しづつ重くなって行く娘が、肩の上ではしゃいでいる。

 成長を確認できる嬉しさと、そのうち手の届かない所に行くだろう想像が、半々で……。

 それでも……。

 

「美凪は高いところが好きなんだな」

「うんっ!! だって星がよく見えるもん」

 

 明るく笑う娘の声を聞けば、やはり嬉しさの方が大きい。

 おそらく父さんはお前がお嫁に行ったら泣いてしまうだろう。

 そんな事を言って、妻に笑われたのはいつだったか……。

 

「お父さんっ、 一番星っ!!」

 

 娘の声に夜空を見上げる。

 空にはぽつんと、明るい星が見えていた。

 

「今日もお父さんの負けだな」

「えへへ、凄いでしょ」

「ああ、凄いぞ」

 

 この日は本当に負けた。

 美凪が必死になって探している姿に見とれていたせいもあったろう。 

 同時に自分が歳を取っている事も実感する。

 まあ、まだ十分若い部類に入る年齢では有るが。

 

「お父さん、星が増えてきたよ」

「そうだな」

 

 星。

 星で散りばめられた夜空。 

 プラネタリウムでもこんなに星は見えないだろうと思えるほどの星。

 

 星の見える場所で生活する事が、夢の一つだった。

 こんな田舎を選んだのもそのためだ。

 都会育ちの妻は少し文句を言っていたが、今では気に入っているようだ。

 

 見上げれば星。

 人の意識の深遠まで囚われそうなほど、綺麗に輝いている。

 音を立てて、降ってきそうな光り。

 夜の闇も、星の光りを消すほどには強くない。

 家の明かりも星の光りに飲みこまれているようだ。

 

「お父さん、家が見えてきたよ」

 

 暖かな光りが目に飛び込んでくる。

 我が家が見えてきた。

 他の家の光りが冷たく見えるのに、自分の家が明るく見えるのは錯覚だろうか?

 

 

 それでも、その錯覚を大事にしたかった。

 

 

「ただいま〜っ」

「ただいま」

「お帰りなさい、二人とも」

 

 お腹の大きくなった妻が出迎える。

 美凪がさっそくかけよって、お腹の方に話しかける。

 

「みちるは、元気だったかな」

「もう、出かける前にも同じ事を言っていたでしょうに」

「美凪は、みちるが産まれてくるのが楽しみで仕方ないんだろう」

「早く出ておいで、一緒に遊ぼうね」

 

 暖かな空間。

 安らげる場所。

 幸福とは、案外身近な所にあるものだ。

 今のこの瞬間が幸せだった。

 もしかしたら、幸せと言うのは星のようなものかもしれない。

 いつも見える星の光り、それが貴重であると思える人は少ないのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が差し込む。

 

「朝か……」

 

 たとえ覚めたくない夢でも、夢はいつか覚める。

 その事を嫌と言うほど思い知らされていた。

 

「覚めない夢は無い……か、どうせなら見ないほうが幸福なのかも知れないな」

 

 頭が叩きつけられるように痛い。

 昨日の酒が残っているようだ。

 あごに右手をあてる。

 ざらざらした感触が手元に残る。

 

「髭は、美凪が嫌がるからこまめにそってたな……」

 

 あの頃を思い出して一人呟く。 

 今はあの頃とは違う。

 だが、たまには不精髭を剃ろうという気分にはなった。

 

 顔を洗い、髭に剃刀を当て、歯を磨き、服装を整える。

 朝飯を抜くようになってどれくらいだろう?

 今の生活では、二人とも夜が遅く、作っている余裕なんて無かった。

 

 出かける用意を済ませ、奥の部屋に一声かける。

 

「えっ、もう出かけるんですか? まだ大分早いのに」

「ああ、たまには早く行くのも良いだろうと思ってね」

 

 嘘だ。

 

「そうですか……じゃあ、お見送りでも」

「いや、君も昨日遅かったんだろう? 出勤まではまだ時間があることだし、少しでも寝てたほうがいい」

「ええ……」

 

 嘘だ。

 

「それじゃ行ってくるから」

「行ってらっしゃい」

 

 何がたまには早くだ。

 何が君は寝ていたほうがいいだ。

 あんな夢を見て、彼女とまともに顔を合わせられないだけだ。

 

 心の中でもう一人の僕が責めたてる。

 

 そうさ、そのとうりだよ。

 僕は自分自身にそう答える。

 

 彼女が悪いわけじゃない。

 一方的に悪いのは僕だ。

 

 妻が精神的におかしくなってから俺は逃げ口を探した。

 それが彼女だった。

 彼女に逃げ、彼女にすがり、彼女に頼って生きてきた。

 

 

 

 もしかしたら、僕は、あきらめた事を後悔しているのだろうか?

 そのせいで、今、罪悪感を抱えながら生きる事を強いられているのだろうか?

 

 

 

 だが、いまさらそんな事は取り返しがつく問題でもない。

 一度、美凪に拒絶されて以来、向こうにまったく連絡をとってもいないのだ。

 いまさら……。

 

 

 会社に着く。

 あの町で駅長をしていた僕も、今ではただのサラリーマンだった。

 同僚と挨拶をし、仕事を始める。

 つまらない仕事だ。

 生きるために仕事をする。

 前は、それでも一定の充実感があったような気がするが、今は無い。

 ただ、目の前に有る仕事を片付け、新たな仕事にとりかかる。

 それだけだった。

 

 

 会社を出て、夜の街を歩く。

 盛り場のネオンが眩しい。

 都会の喧騒があふれかえる。

 この街に来てからというもの、毎日のように酒浸りだった。

 そして、この街では……星は見えなかった。

 

 

「ただいま」

 

 酔って帰ってきた部屋は暗く、明かりもついていなかった。

 

「何だ、まだ帰ってきてないのか……」

 

 そう思って玄関のあかりをつけると、彼女が倒れ伏していた。

 

「どうした〜、酔って倒れちまったか」

 

 笑いながら問い掛ける。

 返事の変わりに聞こえてきたのは、苦しそうなうめき声だった。

 

「お、おい、大丈夫かっ!!」

 

 表情を見る。

 かなり苦しそうだ。

 足がガタガタ震える。

 どうしてだろう?

 この表情に覚えがある。

 あれは、あの頃、妻が急に倒れたとき……。

 

 次の瞬間、僕は跳び付くように電話の受話器を握っていた。

 震える手を必死で抑制して、三桁の番号を押す。

 

「救急車をっ、救急車を寄越してくれ」

 

 必死だった。

 

 

 

 

 

 

 救急車がかけつけ、すぐに病院に運び込まれる。

 

「先生、彼女の病状はどうなんですかっ!!」

 

 駆けつけた医師にしがみつき、言葉を求めた。

 

「母子ともに非常に厳しい状態です」

 

 言われた言葉は想像すらしていなかった物だった。

 母子ともに……。

 二重の驚きがあった。

 彼女が妊娠していた事と、同じ台詞を聞かされるはめになった事だ。

 

「お願いです、どうか、助けてくださいっ!!」

「全力を尽くします」

 

 医師の言葉はやはり同じだった。

 

 前もそうだった。

 そしてみちるは産まれてくる前に命を落としたんじゃないか……。

 

 

 また、同じ事を繰り返すのだろうか。

 

 いったい僕が何をしたというのだろう。

 どんな罪を犯したというのだ。

 同じ過ちを引き起こし、同じ悲しみを味あわなくてはいけないのだろうか。

 

「お願いだから、もう、あんな苦しみを味あわせないでくれ、もう、あんな思いをするのは嫌なんだ」

 

 神でも仏でも何でも良かった。

 ただひたすら祈りつづけた。

 

 

 

 それから何時間が過ぎた。

 再びさっきの医師が来る。

 

「せ、先生」

「大丈夫です、峠は越えました」

 

 急に体の力が抜ける。

 疲労を感じていた。

 だが、それも心地よい疲れでしかなかった。

 

「奥さんは今眠りについている状態です。 旦那さんも少し休まれたらいかがですか? なんでしたら空いてるベットをお貸ししますが」

「ええ、それでは、お言葉に甘えて……」

 

 夜勤の看護婦に案内されながら空を見る。

 徐々に白み始めた空に、『明けの明星』が、一際美しく輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、お父さん、一番星ってなんていう星なの?」

「あれはね、『宵の明星』って言われてる金星の事なんだ」

「金星?」

「そう、金星はね、今の時期は夕方頃、星が見え始める頃に見えるんだよ」

「今の時期?」

「そう、もう少し過ぎるとね、明け方頃、まだお父さんも美凪も寝ている頃に光り出すんだ」

「ふ〜ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 覚めない夢は無い。

 長年続いていたつらい悪夢は、消え去っていくような気がした。

 眠気は残っていたが、目覚めは悪くなかった。

 そのまま、彼女の病室へと向かう。

 そこには弱々しく、けれど明るく笑う彼女がいた。

 

 

「どうして、一言話してくれなかったんだい?」

「ごめんなさい、どうしても言い出せなくて……」

「そうか……」

「おねがい、この子を産ませて欲しいの。 あなたに迷惑はかからないようにするから」

「結婚しよう」

「えっ?」

「もう一度言うよ、僕と結婚してくれ。 バツ一の男と結婚する事が嫌でなかったら」

「……」

 

 

 そこから先は言葉にならなかった。

 二人とも抱き合ったまま、涙を流し、いつまでもそこに佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 平凡な生活。

 平凡な幸福。

 それだけが望んでいる事だった。

 

 

「一つだけ、いいかな」

「なに?」

「生まれてくる子供が女の子だったら、名前を決めさせて欲しい」

 

 

 一度は失い。

 それに後悔もした。

 

 けれど、時間はそこで止まらずに流れつづける。

 永遠なんて存在しないけど、その一瞬には幸福がある。

 

 そして、僕は手紙を書き始めた。

 何度も書きなおし、何度も破り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、何年も経った。

 美凪も高校生になってるはずだ。

 許してくれるとは思っていない。

 けど、それでもあの子と会って話がしたいと思った。

 だから、手紙を書く。

 脇ではみちるが一人遊んでいた。

 

 

「おとうさん、遊んで」

「みちる、邪魔したらダメよ」

「うにゅ? なんでっ」

「今、お父さんはね、大事なお手紙を書いてるの」

「大事なお手紙?」

「そう」

 

 

 

 

 美凪。

 突然こんな手紙がきたから驚いている事だろう。

 もしかしたら怒っているだけかもしれないが……。

 

 いまさら、許してもらえるとは思っていないし、そんなつもりも無い。

 それでも、一度君と話しがしたい。

 そして母さんとも。

 勝手な事ばかり言うようだけど、これが今の僕の気持ちだ。

 

 それからもう一つ。

 こっちに来てから、女の子が産まれた。

 名前はみちると名づけたよ。

 一度会ってみないか? 

 いや、ぜひ会って欲しい。

 それが償いになるとは思っていないけど。

 君とみちるが仲良くなれたなら素晴らしい事だと思うんだ。 

 そして、何故だかそうしなきゃいけない気がするんだ。

 

 今度、君のいる町へ、みちると一緒に行こうと思ってる。

 あの、綺麗な星空を、みちるにも見せたいんだ。

 良かったら返事をくれると嬉しい。

 それでは。

 

(終わり)