(注)このSSは「Kanon」のネタばれを一部含みます。


「7匹の雪ウサギ」

 


 雪……
 
 雪が降っている……

 というより積もってる……





祐一「ぐあ、なんなんだ、この雪の量は」

 
 一面の銀世界。

 ……いまどき、そんなことで喜ぶのは子供ぐらいだろうな。

 目の前まで雪が迫ってくるようだ。


祐一「うう……さみい……」


 これだけ雪が降ると行き帰りも大変だな。


 今日は休みだからいいとして明日は学校……

祐一「考えたら負けだな……」 


 1日寝て過ごすかな……

 そんなふうに覚悟を決めたとき……


名雪「祐一〜♪雪が一杯だよ〜、銀世界だよ〜」


 ……子供が部屋の中に入ってきた……


祐一「……どうでもいいが、すごい格好だな……」

名雪「完全装備だよ〜」 

 
 上下のスキーウェア。

 皮製の手袋。

 毛糸の帽子。

 ……すぐにでもスキーに行けそうだな……

祐一「どこへ行くんだ?」

名雪「家の庭」

祐一「何するんだ?」

名雪「雪だるまを作るんだよ」

祐一「誰が?」

名雪「私と祐一が」

祐一「何するんだ?」

名雪「雪だるまを作るんだよ」

祐一「誰が?」

名雪「私と祐一が」

祐一「何するんだ?」

名雪「雪だるまを作るんだよ」

祐一「誰が?」

名雪「私と祐一が」

祐一「何するんだ?」

秋子「とりあえず、朝ご飯を食べませんか?」


 気づいたら部屋の前に秋子さんが立っていた。


名雪「お母さん、おはよう〜」

祐一「あ、おはようございます」

秋子「おはようございます」


 3人で連れ立って1階に下りる。


祐一「こうしてみると、北川の存在は結構大きかったんだなあ」

名雪「……なんの話?」

祐一「いや、なんでもない」

 


 分かる人には分かるだろうしな。



 

 1階リビング。

 暖房が効いている。

 暖かいってこんな気持ちのいいものだったんだ……。

 生きかえるような気分だな。

 死んでも外になんか出たくねえ。


祐一「ということで俺はやる気はないぞ」

名雪「お母さん、ご飯食べたら祐一と雪だるま作るんだよ」

秋子「了承」

祐一「こっちの意見は無視ですかい」


 頼むから勘弁してくれ。


秋子「若い人は元気があっていいですねえ」

名雪「お母さんも十分若いよ」

祐一「あの、俺の意見は……」


 頼むから聞いてくれ。


秋子「雪だるまを作るならバケツや手袋がいるわね」

名雪「炭も欲しいな」

祐一「……なんだかなあ」

 
 こうなったらやけだ。

 巨大な雪だるまを作ってやる。

 名雪の身長より大きいのをな。


 ……30分後……


祐一「雪玉で作っちゃダメか?」

名雪「それじゃ雪だるまにならないよ」

祐一「二つ重ねれば、だるまになるぞ」

名雪「ダメ」


 外は寒かった。

 キリキリと刺すような冷気が皮膚に襲いかかる。

 すでに雪は止んで太陽が顔を出している。
 
 それなのに一瞬でも立ち止まっていたら凍ってしまうような気がした。


祐一「だいたいにおいてなんで雪だるまなんか作るんだよ」

名雪「雪が降ったからだよ」

祐一「雪が降ったらいつでも雪だるまを作るのか?」

名雪「ず〜っと作ってなかったけどね」

祐一「へえ、いつから?」


 吐き出した言葉が凍りついてしまえばいい。

 このときほどそう思ったことは無かった……。

 そうすれば……。

 名雪が今の言葉を聞かずにすんだろうから……。

 名雪にあんな表情をさせずにすんだろうから……。



名雪「……7年前からかな……」


 
 名雪は笑っていた。

 でもどこか寂しげで……。

 でもどこか凍りついたようで……。

 

 きっと俺も同じ表情だったんじゃないだろうか……。



名雪「私ね、雪だるまには楽しい思い出がいっぱいあるんだ」

祐一「……」

名雪「祐一と、暗くなるまで雪玉を転がして」

祐一「……」

名雪「できあがったら私より大きくて」

祐一「……」

名雪「2人とも遅くなったからって怒られて」

祐一「……」

名雪「だからね、私、祐一と雪だるまを作りたかったんだよ」



 雪だるまには楽しい思い出がある……。

 名雪の言葉が7年前の小さな女の子を思い出させていた……。

 おさげをして……。

 雪ウサギを抱えて……。

 そして……。



祐一「よし!目標は3m級の巨大雪だるまだ!!」

名雪「私、そんなに大きくないよ」


 昼頃までかかって雪だるまができた。

 汗だくになっていたけど……。

 体は熱かったけど……。

 心に刺さったつららが溶けていなかった……。


祐一「雪だるまだけだと寂しいかな……」

名雪「そうだね……」


 なんとなく思い出していた。

 雪だるまを作った時のこと。

 廻りに並べたのはなんだったろう……。




 濡れて冷たくなった手袋を脱ぎ捨てる。

 昔したように。

 雪をかき集めて手で固める。

 昔したように。

 丸い形を整えてゆく。



名雪「祐一?」

祐一「名雪も手伝ってくれ」

名雪「何するの?」

祐一「雪ウサギを作るんだ」

名雪「え……」

祐一「7年間分だから7匹」

名雪「……」

祐一「7匹の雪ウサギを作るんだ」   


 それが免罪符になるなんて思ったわけじゃなかった。

 ただ……。


名雪「うん、頑張るよ」

 
 名雪のこの表情が見たかった。

 それだけだった。



秋子「そろそろお昼にしませんか?」


 日はずいぶんと高く登っていた。

 雪も少しずつ溶け出している。

 もう、暦のうえでは春。


名雪「せっかく作ったけど、もうじき溶けちゃうね」


 雪だるまとそれを囲んだ雪ウサギ。

 炭で作った雪だるまの目。

 木の実で飾った雪ウサギの目。


祐一「また雪が降ったら作ればいいんだ。冬はまた来年も来るんだから」

名雪「じゃあまた来年も作ろうね」

祐一「ああ、来年でも再来年でも……10年先でも20年先でも作ってやるさ」

名雪「……それってすごく恥ずかしい台詞だね」

祐一「……だな……」


 つないだ名雪の手は、とても冷たかった。

 でも、心の中のつららを溶かすには……。

 十分に暖かった……。




(終わり)