俺とけろぴー  第三話

 

 

 

 

二人は向かい合ってみつめあっていた(つーか睨み合っている)。

傍から見れば何とも奇妙な風景、蛙と男の対峙する姿。

 

 

「で、今日は何やねん」

言うまでもなくこの大阪弁を発する物体は名雪のご用達『けろぴー』だ。

 

 

「今日は俺とお前のどちらが名雪にふさわしいか決めることにする」

「はあ?」

「いつまでもいがみあってばかりじゃ事は進まないと思ってな」

「何かと思えばそんなことか…」

「!『何か』とは何だっ!!俺はお前が“目覚めて”から夜も眠れない日々を過ごしているんだぞっ!!」

「…昨日、風呂入ってリビングで即寝してたのは誰や」

「な…なぜ知っている」

「名雪がわいに話したんや、夜寝る前は今日あった事を逐一話すからな」

 

 

…知らなかった、これはもはや2人の秘密事だ。

 

 

「と、ともかく、俺は今現在名雪の彼氏だ。その関係を掻き乱そうとする輩は例え『ぬいぐるみ』であろうとも許せん」

勢いよく立ち上がりあぐらをかいているけろぴーを指さす。

「そんならどちらと一緒にいて安心するか名雪に聞けばいいやろ」

「よしっ!ならば聞いてやろう!!後悔すんなよ!!!」

俺は自信たっぷりの笑顔を向けると部屋を出て『なゆきの部屋』に行った。

 

 

こんこん……。

「はーい」

間延びした声が中から聞こえてきた。

 

 

「名雪」

「あっ祐一、今開けるよ」

 

 

扉が開くと愛しのハニーが顔をピョコっと出す。

 

 

「どうしたの、祐一?」

「名雪、お前に聞きたい事がある」

「何?」

「俺とけろぴー、一緒にいて安らぎを感じるのはどっちだ」

「えっ?えっ、えっ??」

目をぱちくりしながら名雪はどもった。

 

 

「どっちだ」

俺の真剣な表情を察してか顔を俯けると頬を赤らめながら名雪は言った。

 

 

 

「…祐一だよ」

 

 

 

………勝った…。

やはり、常人ならそうだろう。

ぬくもりのない玩具より温かみ溢れる人間を選ぶ筈だ。

所詮ぬいぐるみが人間様に勝てる訳ない。

 

 

 

「でもね…」

「ん?」

「けろぴーとも小学校からの付き合いだし、色んな事を話せる友達でもあるの」

「……」

「それにふかふかしてて一緒に寝てると気持ちいいんだよ」

「………」

 

 

俺の頭の中は真っ白になった。

放心状態のまま部屋に戻るとけろぴーは人間モードに切り替わる。

 

 

 

「どうやった」

 

 

 

『ふかふか』

『一緒に寝る』

『気持ちいい』

 

 

 

先ほどから俺の頭の中には名雪の言葉が駆け巡っていた。

呆然とする中、事のあらましをけろぴーに伝えてやった。

 

 

「そうか、まあ確かにふかふかしとるな、わいは」

 

 

自分の体を触りながらけろぴーは言った。

何か妙に負けた気分になってくる。

 

 

「ま、お互い名雪にとって欠かせない存在っちゅう事やろ」

 

口元を緩めながらけろぴーが笑った。

 

 

 

「……しねえ」

「何や?」

「俺は納得しねえぞおおおおおっ!!!」

「な、何がや?!」

「ぬいぐるみなんぞに負けてたまるかっ!!俺はお前以上のふかふかさを手に入れてやるっ!!!!」

「……始まりよった」

「見てろよ!どぎも抜かせてやるぜっ!!」

捨て台詞と共に俺は2つ隣りの部屋に入る。

 

 

バンッ!

 

 

「あれ、祐一〜」

「にゃ〜ん」

 

 

中には真琴とぴろが寝ながら漫画を読んでいる。

その傍らにあった肉まんをむんずと掴まえると3個を一気に食う。

 

 

「あああああああああっ!!!なっ、何すんのよっ、真琴の肉まんっっ!!!!!」

「にゃ〜ん」

「んぐっんぐっんぐっ」

「祐一、返してよっ!!」

怒り心頭の真琴を無視して部屋を出る。

「あう〜…に、肉まんが〜……」

「にゃ〜ん」

 

 

 

 

(夕食)

「…」

「……」

「……」

「にゃ〜ん」

 

 

水瀬家の食卓では1人の男に注目が集まっていた。

 

 

「祐一さん、今日は随分と食べるんですね」

「ほんと、よっぽどお腹空いてたんだね」

「祐一、さっき真琴の肉まん食べ…」

とっさに真琴の口を押さえる。

「んんんんんんっっ!!!」

「賑やかですね」

「そうだね」

「にゃ〜ん」

 

 

 

 

(学校 昼食)

「カレーライス9杯…相沢、み〇きさんを超えるつもりか……?」

「北川、全ては名雪の為だ」

「どういう事だ?」

「とにかく俺は食わなければならん」

 

 

真剣な表情を察してか北川もマジになる。

 

 

「そうか…愛するレディの為に身を注ぐ、お前は真の漢だ。存分にこれを食ってくれ!」

「き、北川」

俺達は手を取り合った。

 

 

 

 

 

「ただしお前の金でな」

「……」

 

 

 

 

(ある日)

何日か目の暴食を続けたある日の午後、俺は間食を摂りに下へ向かおうとしている時だった。

 

 

「祐一」

 

 

廊下の所で名雪と出会う。

 

 

「祐一、この頃よく食べるね」

「ああ」

 

 

「何で?祐一少食だった方じゃない、どうして急に…」

 

 

「それは…」

「??」

 

 

 

 

 

「俺も…俺もふかふかになるためだっ!」

 

 

 

 

 

場が固まったような気がする。

しかし構わず続ける。

 

 

 

「ふかふかになってけろぴー以上の存在になるためだあ!!!」

 

 

 

廊下で思いっきり叫んだ。

名雪の目は見開いている。

 

 

 

「そんな…そんな事しなくても私は祐一の事」

 

 

 

「祐一の事想ってるよ」

 

 

 

名雪は笑顔で答えた。

 

 

 

「私の為にそこまでしてくれる祐一の事が…」

 

 

「うっううう…なゆきーーーーーーーーーーー!!」

俺は名雪の体を抱いた。

勢いづいて2人とも廊下に倒れる。

 

 

「なゆきーー、なゆきいいーーーーー!!!」

 

 

力の限り叫ぶ。

と、耳元で

 

 

 

 

 

 

「祐一……すごく重い…」

 

 

 

 

 

(名雪の部屋から廊下を覗いている物体一匹)

 

「祐一、今回はわいの負けや」







(一応、続きます)