「なあ、けろすけ」
ベッドにもたれかかっていた俺にその蹴りは届かなかった。
自分の足の短さにけろぴーは落胆しながらこちらを向く。
「……何や」
風貌に似合わぬ顔で大阪弁を口にする。
こいつが目覚めたのはつい昨日。
俺が留守中の名雪の部屋にノートを取りに行った時だった。
「おい」
机の中をあさっている俺に突然聞きなれない声が入る。
辺りを見回しても俺以外誰もいない。
再び作業に戻ると、
「こら、無視すんな」
不安を抱きながら声のする方に向くと、
何の事はない、そこにはベッドとかえるがいるだけだった。
空耳かと思いなおし体を向け直す。
「おい、待てやこら」
いい加減腹がたって振り向くと
つぶらな瞳が眼前にあった。
「何やねん」
昨日のことを思い出していた俺に声がかかる。
「えっ」
「用があるから呼んだんとちゃうんかい」
「あっ、ああ……」
特に用もなかったのだが成行き上言ってしまう。
「で、何やねん」
俺はけろぴーと共通の話題を探す。
しかしぬいぐるみと討論できるようなネタは……。
と思いきや以外に近くに潜んでいた。
俺は丸い二つの目に向き直る。
「名雪のことなんだが……」
「名雪の?」
「ああ。お前らっていっしょに寝てたりするんだよな」
「まあな」
腕を組みながら鼻息荒く答える。
「それでな、その……抱きしめられたりしながら寝たりとか……」
「当たり前やろ」
「ま、まじでっ?!」
「わいはぬいぐるみやぞ」
くっ、くくぅ……。
言い知れぬ怒りが込み上げてくる。
気がつくと俺はけろぴーの頬を力一杯広げていた。
短い手と足がばたばたとせわしなく動く。
「なっ、何すんねんっ?!」
「うるせえっ!昨日今日目覚めたヤツに俺の名雪はわたさねえっ!!」
「クソボケッ!早く手ぇはなさんかいっ!!」
「なっ?!ぬいぐるみの分際でっ!!!」
「わいはぬいぐるみの責務を果たしてるだけやっ!!!」
座布団一枚を隔てて俺達は睨み合う。
こんこんっ……。
と、そこにドアの乾いた音が響き渡る。
「ゆういち〜、いる〜〜?」
この間延びした口調は名雪だ。
俺はけろぴーに一時休戦の合図を送る。
俺の目配せを察したのか、けろぴーはパタッとひれ伏した。
それを確認すると俺はドアを開けた。
「よう」
「ただいま〜」
名雪は私服姿だった。
学校から帰ってすぐに着替えに部屋に戻ったんだろう。
「ゆういち、けろぴーしらない?」
「ああ、やつなら俺の部屋にいるぞ」
「やつって…けろぴーはぬいぐるみだよ〜」
「俺にとっては天敵だ」
「どういう意味だよ〜」
呆れる名雪を眼前に俺の頭にある考えが浮かぶ。
「名雪」
「うん、なに?」
「今日、一緒に寝ないか」
「えっ、えぇ〜〜〜〜?!」
「嫌か」
「い、嫌ってわけじゃないけど……」
「じゃあ今夜お前の部屋に行くからな」
「う、うん…」
名雪の承諾を確認後、中で猿芝居をしているけろぴーをひっつかまえる。
「じゃあね、ゆういち」
去り際に名雪の腕に抱かれたけろぴーに一瞥をくれてやる。
ドアが閉まると同時に俺は部屋の壁際をスキップで飛び回る。
「今日は名雪とラッブラブ〜〜〜、イエ〜〜〜〜〜イ!!」
うきうき気分で俺は壊れていた。
夜……
「じゃあゆういち、電気消すよ?」
俺は放心状態のまま天井を眺めていた。
ぱちん……。
「くー……」
電気が消えると同時に名雪は一秒で寝た。
俺は視線を横に向ける。
「何でお前が間に入るんだ…?」
やつの眼光がきらりと光る。
「わいはぬいぐるみや…(ニヤリ)」
(つづく??)