編み物大好きっ!
「あぅー、寒いよぉ」
真琴は家のドアを開けながら、つぶやいた。この前、祐一といっしょに出かけたときに買ったグレイのコートのポケットに手をつっ込みながら、玄関に上がる。
首のあたりがすーすーする。髪形をボブヘアーにしてから一週間。まだなんとなく慣れない。
リビングに入ると、ソファに座っていた秋子が、真琴のほうを向いて言った。
「あら。おかえりなさい、真琴」
「ただいま、おかあさん」
笑顔で返す。
「? なにしてるの?」
ソファのほうに近付き、秋子の手元を覗く。
「ん? ああ、これはね、編み物をしてるの」
「あみもの?」
「そう」
秋子は細長い木の棒を両手に持ち、毛糸を編んでいた。まだ未完成だったが、それは手袋のようだった。
「真琴、手袋もってないでしょう? だから寒いと思って」
「え……それ、真琴のなの?」
「ええ、そうよ」
秋子はにっこりほほ笑んだ。
「あっ、でも、もし手編みよりも店で買ったもののほうがいいなら……」
「ううん! そんなことないっ!」
胸がじん……と痺れる。おかあさんの手編みの手袋。嬉しい。とっても、嬉しい。
「ありがとう、おかあさん」
真琴は笑顔で言った。
「ねえねえ、おかあさん。真琴にもそれ教えてほしいなっ」
「え? 編み物を?」
「うんっ!」
「そう。わかったわ」
――秋子が用意してくれた長い木の棒と毛糸。それを手に、真琴は悪戦苦闘する。
「あぅー、難しいぃ」
「そこはそうじゃなくてね……」
秋子の手が、不器用に動く真琴の手に添えられる。
「どう? わかった?」
「うん……なんとなく」
言うと、秋子はほほ笑み、
「大丈夫。真琴だったらすぐに上手になるわ」
「ほんと?」
「ええ」
自信満々な様子で、秋子はうなずいた。
「よおし。がんばろっ」
(で、上手になったら、おかあさんに真琴の編んだ物をプレゼントするんだっ!)
健康的な野望に闘志を燃やしながら、真琴は編み物に取り掛かる。
と。
「ただいま〜」
「あ、名雪おねえちゃんが帰ってきた」
「そうみたいね」
「うー、寒いよ……あれ、ふたりともなにやってるの?」
こちらを眺めながら、首をかしげる名雪。
「おかえり、名雪おねえちゃん。これは編み物をしてるの」
「編み物?」
「うんっ。おかあさんに教えてもらってるんだっ!」
「へえ……いいなぁ」
「名雪もいっしょにする?」
「うんっ!」
――ソファに三人並び、編み物を続ける。
「うー、難しいね……」
名雪も不器用そうだった。絡まった毛糸を見ながら、眉をしかめている。
「うぃ……ただいまぁ……死ぬほど寒いぜ。凍死寸前だ。外は絶対零度に違いない」
玄関のほうから覇気のない声が聞こえてきた。
「あ、祐一も帰ってきた」
「ん? 三人ともなにしてんだ?」
「編み物ですよ」
「編み物?」
「祐一さんもやってみませんか?」
秋子の言葉に、
「……やってみるかな。どうせ暇だし」
意外にも祐一はうなずいた。
というわけで――
水瀬家の人間全員、編み物をすることになった。
「むぅ。なかなか楽しいなぁ」
「あ、祐一うまい。わたしより上手だよぉー」
「名雪が不器用すぎるんだ」
「あぅー!」
「真琴、そこはこうするのよ……」
奇妙な一家団欒。
だが、真琴はあったかい気持ちに包まれていた。
幸福というぬくもりの中に……
「へへっ……なんか、家族っぽくていいなぁ、こういうの」
口元をほころばせながら、ぼそっとつぶやく。
「なに言ってんだよ」
真琴の言葉に反応したのは祐一だった。独り言のつもりだったのだが、すぐ隣にいる祐一には聞こえてしまったようだ。逆の隣に座る秋子は名雪のほうに注意を向けている。
「『家族っぽくて』じゃなくて、ほんとの家族だろ、俺たち」
手元から目線を外さずに、さも当たり前といった様子でつぶやく祐一。
「うん……そうだね」
そのさりげない優しさに、自分を包む幸せに……思わず込み上げてきた涙を、必死で抑え込む。
「そうだね……」
真琴はほほ笑みながら、指先を不器用に動かしていた。
ちなみに、一番編み物が上手になり、熱中するようになったのは、祐一だったりする。
「おい北川」
「なんだ相沢」
「これをやろう」
「これは……ほほぅ、マフラーだな」
「ああ。プレゼントだ。俺の手編みだぞ……って、なぜに音速であとずさる?」
「あ、相沢……き、ききき、気持ちは嬉しいんだが、や、やはり男どうしってのは……その……俺には香里もいるし……ケツは汚いし……」
「……おまえ、なんか勘違いしてないか?」
BGM「風の辿り着く場所」by彩菜