俺とけろぴー  第六話


〜祐一と名雪〜

 

 

「じゃあ、今日の授業はここまで」

『起立っ、礼っ、ありがとうございました〜』

 

 今日、最後の授業を終えた教室内は雑談の渦に包まれる。

 そんな中、俺、相沢祐一はいつものようにある席の横に着く。

 

「な、なあ、名雪。一緒に帰らないか?」

 

 しどろもどろになっている俺には目もくれずに名雪は鞄を手に取るとそそくさと教室を 

 出ていく。

 

「今日も駄目だったわね」

 

 聞きなれた声が後ろからする。

 

「ふぅ〜…何でだろうな……」

 

「意地じゃないの」

 

「どういう意味だよ、香里」

  

 くすくすと笑いを浮かべる香里に向き直る。

  

「名雪も本当はもう気にしてないって事よ」

 

「はあ?だったら何で避けるんだ??」

 

「さあ、私は名雪じゃないから」

  

 それだけ言うと香里は俺の横を過ぎ教室から出ていった。

 

 1人喧騒の中にいる自分が妙に浮いた存在に感じる。

 

 

「……帰るか」

 

 

 北川もまだ入院中なので俺は孤独に帰る事にした。

 

 

 

 

 何となしに帰っていたら商店街のアーケードが見えてきた。 

 どうやら無意識の内にここへ来てしまったらしい。

  

「…ちょっと寄ってくか」

  

 家に帰っても名雪に対する押し相撲が展開されそうなので適当に時間をつぶす事にする。

 

 

 名雪はあれ以来、俺と喋ろうともしない。

 確かに覗いた俺が悪いんだがそこまで根に持つ事なんだろうか、女ってやつは…。

 男の俺には一生かかっても解りそうにない。

 

 それより何よりこのままだと1週間後にある高校生活最後のイベントにも影響してくる。

 

 

『名雪も本当はもう気にしてないって事よ』

 

 

 教室で言われた事が頭に響く。

 

(だったら…だったら、何で避けるんだよ……)

 

 無責任な事を言われたものだ。

 全てを理解しているような香里の顔が浮かぶ。

 俺は先ほどから香里の言葉の意味を探ろうとしているがどうにも解らない。

 

 男と女の違いってやつか…。

 

 

 

 伏せていた目を前に向ける。

 と、見知った顔がこちらに近づいてきていた。

 どうやら今日は1人らしい。

 

 

「よう、舞」

 

 

「……よう、祐一」

 

 

 俺の姿を確認してたんだろう、すぐに挨拶を交わしてくる。

 

 

「今日は1人なのか?」

 

「…佐祐理は講義があるから」

 

「そうか…」

 

「…祐一」

 

「…?何だ?」

 

「…何かあったの」

 

「どうして?」

 

「…いつもより表情、暗いから」

 

 

 自分の頬に手を当てる。

 舞にも見てとれる程、俺は陰鬱な顔つきでいたらしい。

 

 

「…いや、何でもない。それよりちょっと時間あるか?」

 

「……?」

 

「喫茶店でも寄ってかないか?少し聞きたいことがあるんだ」

 

「…おごり?」

 

「………」

 

 

 

 

 久々の店内は相変わらずの盛況ぶりだった。

 目の前では10皿目の皿がカチャンと置かれる。

 

「……祐一、次はスナフケーキ」

 

「…好きにしてくれ」

 

 

 コーヒー片手に俺は溜め息をついた。

 

 やっぱり舞じゃ駄目だったか?

 せめて佐祐理さんなら期待できる返答をしてくれそうなのになあ。

 

 でも、まがりなり(?)にも舞も1人の女だ。

 女同士の共通の観念を持ち合わせてるに違いない。

 

 

「なあ、舞」

 

「……にゃに?」

 

「お前、風呂覗かれたりしたら怒るか?」

 

「……ふぃふぉりおりゅ」

 

「…食ってから言え……」

 

 もぐもぐと口一杯のケーキを呑み込む。

 口元にスポンジをつけながら俺を見る。

 

「……人による」

「見られていい人とかいるのか?」

「……好きな人だったら別にいい、佐祐理とか」

「お前、そりゃ佐祐理さんは女だからだろ、男の場合だよ」

 

 手元のコーヒーを口に持ってくる。

 

「……祐一だったら気にしない」

 

 ブーーーーーーーーーッ!!!!!

 

 飲みかけのコーヒーが一気に逆流する。

 

 見事なまでに舞の顔へ直撃だ。

 

「……祐一、汚い」

「お、お前が変な事言うからだよ!!!!」

 

 まだ空けていなかった手拭を取り出して顔をふいてやる。

 

「……祐一の質問に応えただけ」

 

 そう言うと舞は少しピンクがかった頬で俺を見つめてきた。

 何かいつもの舞と……

 

「……祐一」

「なっ、何だ?」

「…次はザッハトルテ」

 

「………」

 

 

 やっぱりいつもの舞だった。

 

 

 

「空いてないんですか?」

「すいません、ただ今席の方が満席でして。しばらくお待ち頂けますか?」

「しょうがないわね…」

 

 どうやら新しい客が来たらしい。

 店内を見渡すと…なるほど、確かに満席だ。

 席を空けてあげたいが舞がこの調子じゃなあ……

 

 しばらく出ることもできなそうだ。

 

 

 

 つと入り口辺りに目を向けるとウェーブがかった髪の毛の女が目に入った。

 

(香里に似てるよなあ)

 

 と、目が合う。

 

 

「あっ、相沢君じゃない」

 

 

 香里だった……、視力落ちたか?

 そのままつかつかとこちらに寄ってくる。

 

「珍しいわね、こんなとこで会えるなんて」

「ああ」 

「席、ご一緒させてもらっていいかしら?」

 

 俺と舞を交互に見ながら言う。

 舞も別段何も言わないので俺はOKした。

 

「名雪ー、いいらしいわよー」

 

(名雪もいたのか)

 

 レジの横でもぞもぞしている人影があった。

 

「さっき話してた事もすぐに実行できそうじゃないー」

 

 びくぅっと身体を震わせる姿が目に入る。

 

 その後、こそこそとこちらに来る名雪。

 

 観念したみたいだ。

 

 

 やがて全員が席につき、それぞれの注文と雑談を交わしながら時間が過ぎていった。

 

 

 

 

「じゃあね、名雪、相沢君」

 

 香里と舞という一種異様な組み合わせの2人と別れる。

 

「俺達も帰るか」

 

 そう言う俺に名雪は相変わらず無言だ。

 けど俺が歩き出すとちゃんと横についてくる。

 

 

 帰り道を行きながら無言の二人。

 さすがに重苦しい雰囲気が漂う。

 いたたまれなくなった俺は何か話そうと思って名雪に目を向けた。

 

「な、なあ」

 

「ね、ねえ」

 

 

 俺達は顔を見合わせながら凝固した。

 

 

「な、何だ…」

 

「ゆ、祐一こそ…」

 

「そっちから言えよ…」

 

「祐一から言いなよ…」

 

 どうにも話が進まない。

 う〜ん…どうしたものか……。

 

 

「き、綺麗な人だったね!」

 

 考えあぐねていると名雪が声をあげた。

 

「はぁ?」

「川澄さんだよ」

 

 

 綺麗?何言ってんだ、名雪は…。

 

 

「祐一も隅におけないなあ、あんな人がいるなんて」

 

「お前、何言って……」

 

「ほ、ほらっ、あんな人が恋人なら祐一も鼻が高いよっ」

 

 無理やり笑顔を作る名雪。

 

(こいつ……)

 

 ようやく名雪の考えがわかると俺は名雪の白い手を掴んだ。

 

「わっ、なっ、何、祐一?!」

 

「俺はお前が好きだ」

 

 目を見て言う。

 

「えっ、えっ、えっ?!」

 

「お前が好きだ」

 

「だっ、だって、祐一は…」

 

「あいつはただの先輩だ、何とも思ってない」

 

「でっ、でもっ…!」

 

「ええい!もうっ、うざったい!!!」

 

 そう言うと俺は名雪を自分の身体に引き寄せ抱きしめる。

 

「ゆっ、祐一!」

 

 腕の中で声をあげる名雪。

 

「俺は名雪にどう思われていようといつもお前の事を想ってる」

 

「……祐一」

 

「この前の事なら謝る、俺がどうかしてたんだ」

 

「……ううん、私の方こそ祐一に迷惑ばかりかけて…」

 

 名雪が背中に腕を回してくる。

 

「……ごめんね、祐一……私、謝りたかったんだけど…」

 

 

 消え入りそうな声、だけど俺の耳元にしっかりと聞こえてくる。

 

 

「祐一の…祐一の顔を見る度に頭の中まっ白になって……もう気にしてなかったのに……どうしていいかわからなくなって……避ける度に謝るきっかけが掴めなくなってきて…」

 

 

 震えながら口にする名雪をぎゅっと抱きしめる。

 

 少し乱暴気味に名雪の頭を撫でながら……

 

 

「ありがとう、祐一…」

 

 

 久しぶりに見た笑顔は何とも言えない憂いに満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 一方、主役の方はというと………

 

 

「………わいの出番なしかい……」

 

 

 縁側でふてくされていた。







(次回から続きものです)[^_^;]