ein Kanon 〜少女の輪唱〜

「第1楽章」 
<ein knab’(アイン クナーブ>

:香月蒼・作詞:〜・無曲:香月蒼・編集




第1小節

「霧海」〜Memory of Lonesome〜


風がそよぐ

空が変わる

時節の中にたゆたって

ゆっくりと時間を過ごす

そして私は今日もここにいる

一人ぼっちで麦畑に身を沈めている

回りには誰もいないし、いたところで見つかりはしない

それは何処にいても同じこと

行き交う人は私を見ない

私も下を俯き雑踏の中に取り残されたように

ぽつんとソコにいるだけ

誰も私を見ない、私も誰も見ようとはしない


私は……一人だから


そして今日も同じこと

ただ静かに時がすぎるのを感じてる

そんな中でも私は空を見ることが好きだった

金色の海に身を沈め、頭上を見れば違う空が見える

いつも同じようで、だけどどこか違う空

私はそれを見るのが好きだった

そして憧れすら抱いていた

このどこまでも高く青く澄み渡る空が……

どうしてかは解からないけど

ただ、そんなことを想っていた

もしかした……

自分と言う檻に心を閉ざした私にないものを

この空に見ていたのかもしれない

それでも、私はいつまでも一人なんだろう……



だけど、ある日一人の男の子に出会った

麦畑の中で戸惑っている少年に私はそっと声をかけた

どこから来たの?……と

少年は少し下を見ると、適当な方向を指差した

でも、どこから来たかなんてどうでもよかった

これは解かっていたこと



この運命の邂逅は「わたし」の願ったもの

舞の願ったものだから……

「わたし」は不思議な力の現れだった

そして舞を一人ぼっちにしてしまった原因でもあった

だから舞は「わたし」を好いてはくれなかったみたいだった

だけど、彼との出会いは全ての始まりだった

舞は言った


祐一君がいれば私はこの力が好きになれるかもしれない


どうしてだか解からないけどそう想った、と


だけど「わたし」は1つの確信を持っていた

祐一が舞を受け入れることの出来る人だと

だってそれが……


祐一君は私の力を見ても純粋に驚いただけだった

どうしてだか私はそれが嬉しかった

誰かと一緒にいられることが

一人ぼっちでないことが

こんなにも暖かいものだったなんて知らなかった

違う、忘れてたんだ

そんな感情を持ち得るだけの余裕は私にはなかったから

だから私にとって祐一君は特別だった

だから……だから……私はあんなにも悲しかったのかもしれない



彼がいなくなるのが……



いつまでも続くとおもっていた、ううん……続いて欲しかった時は

無常なほどに呆気なく終りを告げた

切実な声は届かない、微かな願いは叶わずに

残されたのは彼のいない世界


そう、彼も同じ私から逃げて行ったんだ


一度抱いた希望は消えうせた

一人でいることには慣れてしまったはずなのに

前とは比べ物にならない悲しみが重く苦しくのしかかった

もう、私は一人では力を受けとめられなかった


そして「わたし」は解き放たれる

些細なきっかけで舞から生まれた「わたし」は

もう一人の舞……

彼女の影となった



……魔物という名を介して……



そして、時は流れる

少女の瞳にはもう何も映ってはいない

あの瞳の向こうには、もうあの金色の海はない

あるのは先の見えない霧の海だった



だから「わたし」は待ち続ける

もう一度、舞が笑顔で笑えるように

舞が忘れてしまっても「わたし」は覚えている

そして、またあの日が訪れることを信じている

幼かった無垢な心を霧の中に閉ざした

「少女の檻」にあの時のように

祐一がその手を差し出してくれる日を

決して遠くない、始まりの日を……




第2小節

「少女の檻」〜as if illusion〜


身を切る風は凍てつく寒い

夜のとばしりに降り積もった雪が輝いている

静寂が辺りを包みこむ


今この世界には私一人だけしかいない


そんなことすら想える静かな闇の世界

私を見守るように天空に輝く月

その月明かりを浴びて私の片腕に握られた剣が輝く

まるでその存在を主張するかのように

そしてそれは同時にもう1つの存在を語る

私が剣を持った理由が

魔物と言う忌むべき存在がここにいることを

……静かに物語っている……

自分の存在すら押し殺すように私は静かに佇む

そして待つ…魔物が現れるのを

それがいつになるかは解からない

ただ最近、何故か魔物がざわめく

理由は解からない

だが、もうじき私もここを去ることになる

魔物がそれを知り早期に決着を付けようとしているのだろうか

いや……ヤツ等にそんな日常的な感覚などないだろう

……こめかみに嫌な感覚が走る

空気が張り詰める……


来る……


……だけどその気配は魔物でなかった

瞳に浮かんだのは金色の海

麦畑か何かだろうか

でも、どうしてそんなものが……

風のざわめきが聞こえる

酷く悲しい音色だ

それと同じく胸の奥が痛む


なにか触れられたくない痕に触られたようだ


……私は固く瞳を閉ざし……再び見開く

次に映ったのは先ほどと同じ闇の世界だった

先ほどの景色はなんだったのか……

いや、そんなことを考えている暇はない

気を抜いていてはこちらがやられる

そして再び風が鳴る

私は静かにその場所を見つめる

日の高い誰もが知っている校舎は

夜になれば私の闘いの場所だった

そう……ここは


私という少女の檻


静かに歩を進め中に入る

廊下に踏み出せば不気味なほどの静けさに

窓から微かに入る街灯の明かりがやけに儚げだった

リノリウムの床が私の歩に会わせて音を立てる

そして風がざわめく


……今度は間違いない……


再びこめかみにピンと張り詰めたものを感じる

来る……

遠くでガラスの割れる音がする

私は音のした方に疾走する

と、横薙ぎに何かが私に向かってくる

咄嗟に剣を構えそれを受け止める

重い一撃に体を軽い痺れが走る

その正体は魔物のソレに他ならなかった

姿を見ることは出来ないが張り詰めた空気や確かなプレッシャーで


ソレがそこにいると解かる


私はその空間に手持ちの剣を突き立てる

何かに減り込む感触

そして一瞬遅れてその感覚は消えうせた

……私はその場に背を向けると来た道を引き返す

今日はもう魔物は出ないようだ

漠然とした感覚だが何となくそれを感じ取るころができる

再び校門に戻ると静かに後ろを振り返る

いつからだっただろう

こうして毎夜のようにここに訪れるようになったのは

ごく最近のことだった気もするし

遥かに昔のことにも思える

……私は軽く頭を振るとその考えをかき消す

どうも今日はおかしい

先ほども見たこともない景色が見えたり



……見たことが……ない?



『……本当にそうだった?』



誰かがそう囁いた気がした

辺りを見るが勿論人影などない

そんなことは関係ない……そう、関係ない

私は……


……私は魔物を討つものだから……


酷く響いたその言葉を深く心に刻むとゆっくりと空を仰ぐ

ふと気づけば月は隠れ

空はどんよりと黒くなっていた

そしてそこからは白い粉雪が絶え間なく吐き出されている

私はソレを一瞥すると雪の感触を確めるように

闇に溶けるように歩き出す

まだ解かる、確かな冷たさをこの肩に髪に感じて

私は舞散る雪の中を歩む

まだ見ることのない平穏を望み




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