ALGOL PREZENTS

神さまの人形

 
「こころ」を持つメイドロボ、『マルチ』がこの世に生まれて数年。
彼女は、長いときを経て、愛する藤田浩之の元へ戻った。
ロボットと人間の愛。
その夢を実現させたことは、研究者達の意識を変えた。
ロボットに心を持たせることは、悪ではない。 
彼女の作成者のトップは、独断で「こころ」のDVDを世間に配布し始めた。
感情を持ったメイドロボット。
たとえそれが生まれても、機能優秀なメイドロボが生んだ人間と彼らとの溝は容易には埋まらなかった。
来栖川中央研究所の前では毎日のように反対派が気勢をあげている。
今回は、そんな中のお話。
 
 
 
私は今日も研究所の前で陣をしいた。
女が最前列に腰を下ろす光景への周りからの奇異と冷やかしの視線も、もう慣れた。
というより、仲間の男達が黙っていない。
私は正門を凝視した。
目の前に広がる仰々しい建物は、傲慢さの具現と言う言葉がしっくりくる。
続いて、視線を上げていく。
美しい。
空は抜けるような青。
快晴。今日も暑い一日になりそうだ。
 
 
 
飽きてきそうな正面の光景に今日は動きがあった。
幼さを残す大学生が、玄関口に歩んで来たのだ。
同時に奥から白衣の中年男性が走り出てくる。
私もこっちの名は知っている。長瀬源五郎、アレを開発した総責任者だ。
たちまちに罵声の嵐が起こり熱気を加速させる。最前列に陣取る私は耳が痛い。
それでも、彼らの話し声が聞こえる私は、天性のものだろうか。
「あいも変わらず凄まじいですね」
「いや、最近はちょっと流れが違うのが混じっているんだ」
長瀬が、急に視線を私に向けた。
キッと睨み返すような野卑なまねはしない、ただ、胸を張り毅然とはする。
長くとどまる彼らに、罵声がさらに音量を上げた。
逃げるように入る彼ら。
その時。
私は、あの大学生と眼があった。
 
 
「あの男、誰か知らない?」
「あ、アレが藤田浩之ですよ、騒ぎの発端」
彼が藤田浩之か。
私は微かに興奮を覚えていた。
一度、彼とは話がしたかった。
 
 
小1時間もしただろうか。
藤田浩之は、堂々と正門を出てきた。
手を出せば我々が不利だということを知っているからなのか。
にしてもこの罵声の海原に出てくるのは並の度胸じゃ出来ない。
一体、何がそうさせるのか。
「抜ける。場所を取られないで」
私は、こっそりと駆けた。
 
 
「藤田浩之さん」
公園に入ったところで、私は彼を呼びとめた。
「少しお話がしたいのですが、よろしいですか」
驚いた様子を一度見せる(まあ、いきなりこんな切り出し方をされては無理もないだろうが)もあっけなく彼は応じた。
 
 
「さっき主任がいってたよ、労働場所を取られた逆恨みじゃない連中が抗議に来てるって」
彼のほうも私に気付いていたようだ。
「はい、私達は,そういうことでは反対していません」
「それで、話っていうのは?」
こういうのは慣れているのだろうか。さっとむこうが話を進めてきた。
「何故、あなたはメイドロボを所持してるんです?」
こちらも世間話は入れず本題に入る。
「何故?…俺はマルチを、」
「メイドロボットは、人間の暮らしになくてはならないものなのでしょうか?」
「俺はマルチを、実用本意で扱ってるわけじゃっ」
「では、一般論として聞いてください」
私は彼にそう方向修正を頼んだ。
「私達人間の科学技術は、そこまで進歩する必要があるんでしょうか、今まで人間が機械に頼ってやっていたことまで任せるほどに」
「……機械否定論を聞くのは珍しくないよ」
「私はそこまで主張しません。今コンピュータがなくなれば経済は成り立ちませんし、私も車に乗り、電子レンジを使います」
「……意味がよくわからないな」
「矛盾する様で申し訳ないですけど、人間は携帯電話もパソコンもないときも生きてました。なくても、人間は生きていけるんです」
「そうだ、な」
「いまの生活でも人間は満足というものを全て知っていると思うんです。そこに、果たしてメイドロボは必要なんでしょうか」
「……」
「そこまで人間は豊かに、そして労力を減らさなきゃいけないんでしょうか、私は、いえ私達はそれを傲慢だと思います」
「だらけたい人間の驕りだと」
「はい。…機械に調理から洗濯、介護に至るまで頼らなければいけないなんて、悲しくないですか」
「文明が進歩してどんどん暮らしが楽になることに、目くじらを立てなくてもいいんじゃないか」
「今と似たような状況が古代ギリシアにもありました。もっとも、それを担ったのは奴隷ですけど」
「博識だな」
「衒うつもりはありません。日常のほんのわずかの労働も回避できる様になった彼らは高度に精神性を発展させました」
「しかし、結果として待っていたのは退廃と没落でした」
「………」
「手で触り、汗を流すことで、生きてるって思えるんじゃないですか。それを無くしたら人間性はどこへいくんでしょう」
「……」
「機械は一部を手助けをすればいい。感情のようなものを持たせて人間性の代わりをさせて、それが一体なんに…」
「あんたも、そこにいきつくのか。じゃあ今度は、『感情のあるメイドロボ』の持ち主の意見を述べさせてもらえるかな」
初めて彼が反論を切り出した。
 
「さっきあなたは『感情のようなもの』といったが、そうじゃない。マルチには、感情がある」
「世間一般では誤解されてるみたいだがマルチは従順なだけじゃない。不満があれば訴えるし、怒るときには怒る」
「……」
「悲しいときは泣くし、当然嬉しいときは笑顔を見せる。その回数がまあ一番多いから…」
「私の問いの答えにはなりませんね」
聴きつづけられないと判断して、私は切り捨てた。
「では聞きます。それをロボットに求める必要は、どこにあるんですか」
相手は、唐突の私の問いに打たれたようだった。
「―失礼ですけど、あなたが女性に声を全く掛けれないほど社会から乖離しているようには見えません」
「一応、人間の恋人と三人暮らしだ」
「ならばなぜその人にもっと愛情を向けてあげないんです?」
はっきりと、怒りが見えた。
「私が彼女だったら嫉妬心で耐えきれません。どうしてそこまでいれ込むのです?」
「自分に都合のいい、心地よい感情を与えてくれるから、ではないのですか?」
熱い風が吹いた。
「はっきり言います。道具としてのロボットに、どうして感情が必要なんですか」
「研究者が自分達の技術の高さを見せつけるため?それをどうして市販するのか?」
「その多彩な感情が、人間に口当たりよく設定されていないという理由は?」
「私は思います。アレは、人間の欲望がいきつくところまでいった悲しいモノだと」
風を受け雲が、空の光球を覆い隠した。
「そんなのに取り憑かれた人間の将来を考えると、背筋が寒くなります」
言い切った。
言いたい放題言った。
ふっと隣の藤田浩之が動いた。
逆上したかも。
殴る蹴るの数発は覚悟してたから、私は、動かなかった。
 
 
何も無かった。
彼は背を見せたまま私にただ、尋ねた。
 
 
「………どうして俺を名指しで呼びとめて、話したんだ」
「それはあなたが感情を持つメイドロボの初の所有者だからです。そのあなたが転向すれば、メイドロボ廃止論議にも弾みがつく」
私はありのままを喋った。こんな打算を持った私の行動は卑怯かも知れない。だから隠さずに言った。
「俺は、マルチを手放す気はない」
彼は、言った。
「私は、感情論ではない理由が聞きたいんです」
「……少し、時間をくれないか」
「この熱射の中、飲物一つ出さないで話に付き合ってもらったんです、すぐに結論をよこせとは言いません」
私は「話は終わり」という意味で立った。ここで考えさせるのは酷だ。
「私は同じ時間なら今日の席にいます。いつでも来てください」
 
 
挑戦。そういう形になった。
当初の目的とは違った。本当ならば、理詰めで彼を打ち負かし、メイドロボの無意味さを植え付けるはずだったのに。
感情論が出たところで、幻滅してやればよかったのに。
「暑さ、かな」
誰となしに、私は呟いた。
そろそろ、街頭署名の時間だ。急ごう。
私は坂を掛けあがった。むっとする夏の大気が身体をつつみ込む。
この乱暴な光で私が体調を崩したら、見知らぬ親切な人の手で介抱されたい。
ロボットの奇妙に暖かい手では介抱されたくない。
クーラーの効いた部屋で、最新医療機器で治療されるのは望むけど、機械に慰めや励ましは掛けてもらいたくない。
きっと、まともな人間なら…そう思うだろう。
 
 
 
 
二日後。
 
 
 
 
冬の日も早いが、夏の日暮れだって意外に早い。
署名から解散して、私は家路に付いた。
商店街に入る。
そこで、私は珍しいものを見た。
「ありがとうございます〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「はは、マルチちゃんはいつも礼儀正しいや、また来るんだよ」
マルチ。
確かHMX―12型の愛称。
ではあるが否定派は機械に名をつけることを嫌い、肯定派は自分達の好きな名前をつけるから、どちらともその名で呼ぶことはない。
この前、藤田浩之が呼んだ名前。
あれが、そうなのか。
私は、当のメイドロボと話をしてみることにした。
 
 
「すみません、ちょっとよろしいですか」
「はい、わたし…ですか?」
緑髪の『マルチ』はくるりとこちらを向いた。近づいて気付いたことだが、極端に全高が低い。
「あなたはメイドロボですよね」
「はい。そうですよ」
屈託のない笑顔。この辺が多くの感情論を呼び起こす主因に違いないな、と思った。
「お聞きします。あなたは、自分の存在について、疑問を抱いたことはないんですか」
「……反対派の、方ですか」
目の前のロボットは少し身構えた。確かに藤田浩之の言うように、ただの従順な下僕ではなさそうだ。
他の都市で「狩り」が行われ、それが忌むべきものであること、それをする人間への嫌悪を、彼女は知っている。
「そうです」
私は答えた。
「私は、人間の方のお役に立つために生まれてきました。それが出来ている今に、すごく満足ですよ」
やはり。答えは台本通りだった。
だが、答えは返ってきた。話の続行に、OKを出したと言うことだ。
だが、予想外に答えは続いた。
「みなさん誤解してる様ですけど、私は悪いことは断固として拒否します。判断が出来ないわけじゃないんですよ」
このロボットとは、まともに話が出来るかもしれない。
期待を掛け、私は次のセリフを言った。
「それが、人間の恣意的な行動で形作られているとしたら?」
「は?」
言葉が難しすぎただろうか。
「つまりですね、あなたが人間の役に立ちたいという感情が、ただ人間が楽したいという気持ちによって登録されて、あなたは利用されているだけじゃないか、そう言いたいんです」
「言葉を変えれば、あなたが自分のご主人様に不必要なくらいまで労働させられて、いやになったりしないのか、と言うことです」
「…そんなことありません。私は少しでも浩之さんっ…「ご主人様」です…に何かしてあげたいんです」
「みなさんが喜んでくれる顔を見るのがわたしは好きなんです。だから、進んでいろんなことをやらせてもらってるんです」
「だからその感情が作り物でない証拠は?開発者の方は、あなたがそう強迫観念を持つようにプログラムしたんじゃありませんか」
「……」
「人間に尽くさなければいけない…と、人間の欲望をかなえるために、自分達がいかようにでも出来るから、そんな設定をしたんじゃないですか」
「そんなこと、一度も考えたことありませんでした」
「ならば考えてみてください。あなたのココロは誰かが作ったデータなんです。自分は都合いいように利用されてるだけじゃないかって」
私は呆然と立つ「マルチ」と別れた。
 
 
非情だろうか、私は。
だが何も知らずに人間にこき使われるだけの存在のままなら、それは彼女達にとってもっと不幸だ。
生き物ではなく、しかし人間のように考える感情を中途半端に与えられた存在。
不幸になるのは人間だけじゃない。
「彼女」たちもなのだ。
 
 
 
「ただいまです〜〜〜〜」
私はビルの個室でヘッドホンに耳を当てていた。
さっき「マルチ」の耳カバーに、盗聴機を仕掛けたのだ。(ここなら発見される可能性は低いし、外されるおそれも少ない)
完全な悪者だろう、私は。
だが今はいくら謗られようと気にしない。
所詮口ではなんとでも言える。人が見ていないところでもそれが行われているか。多くの場合、答えは、否だ。
これは証拠固めなのだ。家の中での状況を録れば、お題目はもろくも連れ去る。
「浩之さん」
「なんだ。マルチ」
「……私の心は他人に作られた、もしかしたらまがい物のこころです」
「……マルチ?」
「でも信じてください。わたしが浩之さんに感謝した気持ち、今の浩之さんが好きな気持ち、それは作り物なんかじゃありません」
「わたしは自分で浩之さんを好きになって、あの時、やってきたんです。今だって自分の心で…」
「マルチッ」
がばっと動いたような音と、服がすれる音。
「誰が言ったか知らないが、マルチ、お前にはちゃんとしたこころがある。絶対にだ」
「浩之さん…」
「いろんなことを覚えたじゃないか、けしていいことばかりじゃないけど、日々マルチのこころは成長しているんだ」
「…もしこれからいろんなことを知って、マルチが人間がだめな奴らだと思って反乱を起こしても、それはしょうがないと思う」
「浩之さん、わたしはそんなことっ」
「人間がマルチ達の目から見て、駄目な存在に映ったら、俺は滅ぼされてもしょうがないと思うんだ」
気付かれたのか?
でき過ぎだ。
「浩之さん…」
「じゃあ方ッ苦しい話で疲れたから一緒に風呂に入ろうか?」
「ひ〜〜〜〜ろ〜〜〜〜〜ゆ〜〜〜〜〜き〜〜〜〜〜ちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん〜〜〜〜?」
「あ、あかり…」
来た。
やはり。
これで、次の句は出てこなくなる。
「上の棚に置いたなべが取れないの。来て〜〜〜〜」
「たっく、しょうがねぇなあ」
私はコケた。
敵は、なかなかに手強い。
 
 
私は聞いた。
飽きれるほど平和で、普通の生活。考えていたような妄執や欲望はなかった。
食事を作る音。
団欒の話し声。
愛し合う喘ぎ声にはかなり閉口(及びかなり自己嫌悪)したが、そんな場でさえ特別な行為は取らなかった。
そして、翌朝目が覚めて、
朝食を作り、繰り返す。
しまいには三人家族を盗聴していると一瞬錯覚してしまったほど、彼らは、自然だった。
口をきく道具ではなく、人間の女の子として、彼らは「マルチ」を扱っていた。
 
 
人間とメイドロボとの共存。私には、その可能性がわかった気がした。
おそらくいればいろんな家庭で彼女達は喜ばれるだろう。
人間が堕落する可能性は、極めて低いのかもしれない。
だが、わたしの根本的な問いはまだ解決されてはいない。
 
 
―なぜ、感情を持ったロボットが必要なのか…
 
 
睡眠不足解消に一日休み、翌日、私は門の指定席に赴いた。
驚いた事に、そこには先客がいた。
「嘘つき」
顔は怒って目は笑って、声をかけてきたのは、藤田浩之だった。
「少し、話をしてくるから」
来た道をまた戻る私。
高揚感のような不安が、私を取り巻き始めていた。
 
 
「なんで、感情のあるメイドロボが必要か、だったか?」
彼はそう話出した。
「どうだろうな…俺の思うに、淋しいからじゃないかな」
「淋しい?」
「なんていうかな…確かに人間どうしでもコミュニケーションは十分かもしれない」
「でも人間は心の奥底で…どっかのエッセイの受け売りだけど、動物から遠く離れてしまったことを感じてると思う」
「結局、言葉を使う種族は、人間ただ一つ。だから、一人一人じゃなく、種として仲間をほしがってるんだよ」
「だからアニメなんかで、動物や植物に言葉を話させて、宇宙人がいるんじゃないかと躍起になって捜してる。」
「メイドロボ…『感情を持つロボット』ってのは、そんな孤独な人間に神様が、ここまで科学を発展させたぶんの、プレゼントなんじゃないか」
「所詮は科学は人間の力、と言う驕りの域を出ていませんね」
失望した。全く、この時間はなんだったんだろう。
「やっぱりそう来ると思ったよ」
「……試したのですか?」
「いや、これで納得してくれれば、それでもいいと思ってた。もう一つ、考えたんだ」
「聞かせてもらいましょうか」
いけない。
いらだったせいで、態度が大きくなっている。
でも彼はそんなことに構わず、話だした。
「外付けモラル装置」
「?」
声を出さずにわたしは問い返した
「マルチは、駄目な人間が自分を律するために造った、モラル装置だと思うんだ」
初めてだった、そんな意見を聞くのは。
「オレも人間って奴を信じたいけれど、実際世の中には犯罪者や自分の事しか考えない迷惑野郎が腐るほどいる」
「学校の勉強だけできる奴が生きてくのには相変わらず有利だし、いじめだっていつまでもなくなりやしない。正直、マルチとだけいられりゃと思うときもあるさ」
月並みな世の中の分析。けど新鮮な世の中の分析。まさか、メイドロボにこんなのを持ち出してくるとは思わなかった。
「…そんな状況を何とかしちゃいと思うけど、世の中が進んで、効率のいい奴だけが評価され易くなってるから……うすうす、自分達だけの自浄作用じゃ駄目だと考える」
「だから、マルチができたんだと思う。自分達が失ってきたきれいなものを、その中に見るために…」
きれいなもの。
もしかしたらそれは。
「人間、何でも努力せずに簡単にできる奴にムカつくことはあっても、頑張ってなんとかして、それでもちょっと抜けてる奴にはあまりムカつかないだろ?」
「だからマルチが正しいことをすれば、みんな余り反発しないで受け入れてしまうんじゃないか?」
「そしてなんとなく、自分達のしてる馬鹿な行為に居心地が悪くなる。誰も見ていなくても、神様が見ているって感じに」
「神さま?」
この歳になってそんな単語を持ち出す神経に、私は思わず苦笑した。
「ああ、神ってのはある意味人間の理想を具現化したもんだろ。そういう意味ならマルチ達も立派にその役を果たすんじゃないか」
理想。
私達が求める究極の理想の具現化が『彼女』。
「一家に一台神さま!そんな風にして世界中のいたるところにあいつが溢れ出したら、その中で育った子供が作る世界はきっと平和になる!……なんてな」
すっと、視線が暗くなった。
「馬鹿みたいだろ、だからあんまり言いたくなかったんだ」
 
荒野のように乾き、人のいない公園に、砂塵が舞った。
 
「実際、それでも馬鹿や世の中乱したいって考える不良も生まれてくるし、みんながみんな健全な社会だって、今のオレらには不気味に見えるだろうし」
彼は落ち込んだ顔を隠さずに私に向けた。
「はは、結局愚痴ばっかりで、ぜんぜん答えになってなかったな、悪かった、時間取らせて」
こちらがもらい泣きしそうな辛そうな顔で、彼は席を離れかけた。
 
 
何を言ってるのか。
私は、最後のセリフにこそ疑問を抱いた。
 
 
「ちゃんと、マルチさんは善悪の判別ができるんでしょう?」
私は言った。
「それなら大丈夫じゃないですか、今言った悪いことが両方進めば、今より公正で過ごしやすいところでつりあうでしょう?」
驚いて、去りかけた彼が振り向いた。
 
 
悩みは吹っ切れた。
今、笑っているだろう、私は。
 
 
「一家に一台、神さま」
 
 
自分が気に入ったフレーズを、復唱してみた。
「お答え頂き、ありがとうございます」
 
 
我々人間は神によって創られ神の定めた運命の通り生きる滅びという運命を負っている。
だが、その人間の造ったものには、神は運命を定めない。
 
 
いつか読んだ、SFの一節が、汗っかきな頭に浮かんだ。
彼女達が人間を、表裏なく働く姿で、含む所のない笑顔でしかってくれるなら、
 
 
そう思えば、彼女達と暮らす社会も、案外いいかもしれない。
 
 
―了―