〜最初の一歩〜

 

 

 

 

 もうイヤだ。

 心の底からそう思った。

 なにを言われても一言も言い返せない自分。

 頭の悪い自分。

 運動神経の悪い自分。

 男の子とうまく話せない自分。

 全部、嫌いだ。

 大嫌いだ。

 自分が大嫌いだ。

 ――生まれてきたくなかった。

 ――生まれてこなきゃよかった。

 でも、もう終わる……

 

 

 

 

 真下から吹き抜ける風にスカートが煽られる。長い髪がひろがる。

 学校の屋上。

 わたしはうつむき――いつもわたしはうつむいて生きてきたような気がする――、はるか遠くに見えるコンクリートの地面を眺めていた。

 どうして学校で死のうと思ったのだろう。

 たんに高い場所といえば学校しか思い付かなかったのか。

 学校に復讐したかったのか。

 自分の死をみんなの心に刻み付けたかったのか。

 わからない。

 もう、どうでもいい。

 ――風が、強く吹いた。体が少し傾く。

 わたしの足は震えていた。

 怖い。死ぬのは怖い。

 でも、いまのわたしにとっては、一瞬の『死』よりも、これから気が遠くなるほど続いていく『生』のほうが、よっぽど恐ろしく思えた。

 だから、もう……

 わたしは、この世界で最後となる一歩を踏み出そうとした――

 

 

 

 

 そのとき、わたしの目に光が飛び込んでこなければ……

 

 

 

 

 そのとき、わたしが顔を上げようとしなければ……

 

 

 

 

 ――空が、燃えていた。

 空の端が、真っ赤に燃えていた。

 空が、雲が、街が、校舎が、わたしが、赤く染まっていた。

 夕日。はるか遠くで燃える、赤く、優しい炎。その炎の雫が、大きな鳥の群れのような雲に飛び散っている。

 

 

 綺麗……

 

 

 そう思った。

 素直にそう思えた。

 こんなに綺麗なものが、この世界にはあったんだ。

 あったんだ……

 

 

 わたしは目を細め、その風景に見とれていた。

 すると。

 クゥ〜〜〜〜。

 突然、わたしのおなかが鳴った。

 そういえば、今日はまだなにも食べてなかったんだ。

 不思議だった。

 自分は死のうとしてたのに、心はもう死のうとしてたのに、体のほうはまだ生きようとしている。生きたいと思っている。生きたいって叫んでる。

 わたしは、おなかをそっとおさえながら、思った。

 ――お母さんのご飯、食べたいな。

 

 

 ごめんね、お母さん。

 生まれてこなきゃよかったなんて言って、ごめんね。

 

 

 わたしは夕日に向かって、一言つぶやくと。

 ゆっくりと振り返り、その夕日に背を向けた。

 きっとこれからも、つらいことはいっぱいあると思うけど。

 また、死にたいって思っちゃうこともあるかもしれないけど。

 でも……

 

 

 わたしは、しっかりと顔を上げ、一歩踏み出した。

 

 

 この世界で最初の一歩を。

 

 

〜fin〜