えっせい

「家族になる」ということ


 

 

 初めに断っておく。

 私の家は円満家庭だ。決して円満な家庭に対する憧れや、やっかみでこのような駄文を書いている訳ではない。その辺のことをどうかご了承頂きたい。

 

 普段、色々とろくでも無いことばかり考えている私だが、この件に関しては、割と真剣に考えている。いや、ほんとに。

 

 私の書く拙作SSに、『家族』というシリーズがある。

 なんかそのまんまで、なんのひねりも無いネーミングだが「家族」と言うものについて、私の考えに沿って書いたKANONというゲームの二次創作小説である。にわか書店さんというHPに投稿させていただいた。

 また、『その向こうにあるもの』というシリーズも、「家族」をテーマに書いたSSである。

 幾人の方からは感想を頂き、そのレスということで以下のような文章をお送りしたことがある。

 

 

 男女間の激しい愛情も、時が経てばいつかは変質していきます、「恋の病」と言うように、愛情は所詮一過性のものですものね。そして、その「病」が過ぎた後、その向こうには何が待っているのか。それは破局かもしれません。ですけど、そうならずにそれがより強い結びつきになっていき、お互いがお互いをより近しく認識するようになる。
 それが『家族』になることなのではないかな、と考えてます。
 いくら激しく愛し合った仲とはいえ、所詮は他人。育った環境の違いから、色々と軋轢も生まれるでしょうし、いちいちそれにどちらかが耐えていたのではその関係は長続きしようもありません。今まで他人だった二人が、「結婚」という制度を介して同じ生活環境に身を置き、お互いに譲歩しながら互いの距離を縮めていく、そうして二人は『家族』になっていくのかな。

 痕SS『その向こうにあるもの』はそんなことを考えながら書いた作品です。耕一君と千鶴さんは愛し合って結ばれようとしています。でもそれは終着点ではなく、むしろ出発点です。その向こうに二人を待つのは家族としての絆か、はたまた軋轢による破局か?
 そこいらへんまで掘り下げて書いていければなぁ、なんて思ってます。

 もう一方の『家族』にいたってはそのまんまですね、ちょっとタイトルにひねりが足りなかったかな、とちょっと後悔してみたり(笑)。
 作中で祐一君が真琴に対して感じている感情。アレは男性が女性に対して感じるそれとは少し違っています。そう、アレはもう『家族愛』と言ってもさしつかえないものです。あの二人、いえ、水瀬家の4人はもうすでに『家族』なんです。

 

 いやはや、我ながら今読んでみてもくさい文章で、興奮のあまり文脈が意味不明と化している。

 でも、この考えは今も変わっていない。

 

 「血の繋がった家族」という言葉をよく耳にする。家族の結束を説いた言葉だろうが、私はそれだけが全てではないと思っている。

 血の繋がりというのは確かに重いものだろう、だがだからと言って血が繋がっていなければ家族とは言えないということではないと思う。

 生まれながらにして家族なのと、元々は他人同士が衝突を繰り返しながらも、一歩一歩家族になっていくこと。比べること自体ナンセンスだとは思うが、いざ家族たり得たとき、どちらのほうがより固い結束を持てるかについては議論の余地はないだろう。

 

 閑話休題

 

 少し前に一世を風靡したロボットアニメがある。

 奇抜な世界設定、個性ある登場人物、そして数々の謎を含んだストーリー。正に日本中に一大センセーションを巻き起こした作品だ。

 私自身もご多分に漏れず踊らされた口で、DVDで全巻揃えたほどである。

 別にこのアニメについては、今更私ごときがとやかく言う必要は無いと思うし、恐らくは私以上に精通した方が読めば笑止な思いをなさるに違いない。

 

 でも一言だけ。

 私はこの作品が大嫌いだ。

 DVDまで揃えておいて、そんなこと言うな!というお叱りの声が聞こえてきそうだが。

 なぜ突然こんな話を始めたかと言うと、かの作品中で「家族」に対する登場人物の考えが述べられているからだ。そしてそれが私にこのアニメを嫌いにさせた要因でもある。

 

 登場人物が、自分達の共同生活を評して曰く。

 

「家族ごっこ」

 

 なんて嫌な言い方なんだろう。

 世の中には、結婚や結婚相手の両親との同居で息苦しい思いをしながらも、懸命に家族になろうと努力している方が沢山居るというのに。

 言うに事欠いて「家族ごっこ」とは。

 

 もちろん、世の中綺麗事ばかりで全てが周っていると思うほど私は純粋な人間ではないし、実際にその立場にない私がとやかく言うべきことではないのは自覚している。

 脚本を書いた方自身がそういう考えをお持ちなのか、はたまた単に演出に拘泥した結果なのか。どちらにせよ個人で考えている範疇であれば、私ごときが口を出すのは筋違いだ。

 だが、それが世に出るエンターテイメント作品として考えた場合は別であろう。

 お金を払っている人間だからこそ、批判は許された権利だと思う。

 私はこんな作品、こんな考え方は大嫌いだ。

 私も物書きの端くれ、自分の言動には責任を持つし、こうして考えを公表している以上、批判は甘んじて受ける。

「てめぇ!なに言ってやがる!ばかにすんな!!」といった意見も真摯に受け止めようと思っている。受け入れる気はないけれども。

 

 話が逸れた。元に戻そう。

 私は今年で24になった。

 大体私くらいの年齢の男で、結婚しているのは「出来ちゃった」組が多い。事実私の友人にも何人かそういう経緯で結婚した人がいる。

 その内の一人と、先日飲みに行く機会があった。

 

 彼は現在、郵便局に勤める私の高校の時の同級生だ。

 大学のときに付き合っていた彼女が妊娠し、そのまま責任をとって結婚したと言う。

 

「失敗しちゃったよなぁ」

 

 熱燗を飲みながら、彼はそう口火を切った。

 

「後悔してるの?」

 

 日本酒はあまり好きではない私は、ビールを飲んでいた。

 

「いや、別に後悔してる訳じゃないんだけどな。もう少し気楽に暮らしたかったよ」

「ふふふ・・・」

 

 私はそう愚痴をもらす彼の顔を見て、思わず笑みを漏らしてしまった。

 彼の表情は、見事に彼自身の言葉を裏切っていた。

 

 

幸せそうな顔してよく言うよ

 

 

 それが私の本音だった。全く一人身には少々酷な笑顔だ。

 

「そういえば○○ちゃんはもうすぐ保育園だっけ?」

 

 子供の話題を振ったことを、この後少し私は後悔することになった。

 いいかげん酔っていた彼に、名前の由来であるとか、両親の呼び方であるとか、散々聞かされてしまった。

 

「幸せそうだね」

 

 私の言葉に、彼は少し照れたように、でも力強くうなずいた。

 そして彼は少し気取って言ったものだ。

 

「初めはどうなるか少し不安だったけどな。生まれてきた小さな小さなあの子を見て、俺が守らなくちゃいけないんだなって思ったよ、女房もこの子も俺が守らなくちゃいけないんだって」

 

 そう語る彼の表情が、私には眩しかった。

 ああ、彼はもう自分の家族を持っているんだな。そう思ったものだ。

 同じ男として、自分とは違うレベルにいるのだと、彼を尊敬すらしてしまった。

 

「お前も24にもなって彼女の一人も居ないなんて、寂しいやつだよなぁ」

 

 ・・・・前言撤回、彼は嫌なやつだ。

 

 

 

俺が守らなくちゃいけないんだなって思ったよ

 

 

 酔っ払って言った彼の言葉は、今も私の考えの中核を形成している要素の一つだ。

 最近は核家族化であるとか、夫婦別姓であるとか、「家族」というものについてマスコミで取り上げられる機会が増え、知識人と称する方々が、小難しい議論を繰り返している。

 だけど、このときの彼の言葉、その中にこそ真理があるのかもしれない。

 

 

おしまい