えっせい

「人を好きになる」ということ


 

 

人を好きになるってどういうことだろう?

 

 

 最近よくそんなことを考えている。

 小説やゲームの中では純粋な男女が愛し合い、最終的に2人は幸せになる。

 お互いがお互いを好きになり、愛し合い結ばれて、末永く幸せに暮らす。

 もちろん小説やPCゲームの中の世界は空想で、現実には99%ありえないことであり、実際にはそんなにうまくいくもんじゃない。僕がいくら小説やゲーム好きでも、さすがに現実と区別がつかなくなるほどではない。

 

 でも、僕は確かに憧れているのだろう。

 空想の中の恋人達に。

 純粋にお互いのことを「好き」だと言える関係に。

 

 

僕は生まれてからこの方、人を真剣に好きになったことが無いのではないだろうか?

 

 

 初めて考えたのが高校3年生の頃だ。

 当時、僕には付き合っていた女の子がいた。

 彼女には凄く失礼だが、正直言ってあまり綺麗な子とは言い難かった。

 それでも付き合いは高校3年間ほぼ全てを費やすくらい長く続いた。惰性の産物だった。情けないことに、告白も彼女からだったし、別れの台詞も彼女からだった。要するに僕自身はなにも決断をしていないのだ。

 彼女との出会いは、部活のコンパだった。高校1年生のときだ。当時の僕はものすごく奥手で人見知りするたちだった、今でもそれは変わっていないが、当時はさらに酷かったように思う。バスケ部だった僕は、高校に入学して以来初のコンパ、しかも女子バスとの合コンなんてイベントには参加したくはなかった。家で本でも読んでいたほうがよっぽどましだと思ったものだ。それでも付き合いで参加せざるを得なくなり、渋々出席した。

 別にドラマチックな出会いがあったわけでもなく、お互い気が合ったわけでもない。それどころか、その時はろくに話すらした記憶もない。だから、それからしばらくして彼女のほうから「付き合って欲しい」といわれたときには、とても驚いたものだ。

 僕は舞い上がっていた。

 奥手だった僕には「女の子から告白される」っていうのは小説やゲームの中だけの出来事だった。憧れこそすれ、自分にそんな機会が訪れるとは夢にも思っていなかったのだから。

 

 彼女はいい子だった。今なら自信を持ってそう言える。

 奥ゆかしくて、ひたむきだった。お互いに奥手で、付き合い始めてから1年近く、手も繋げないようなありさまだ。まるで中学生同士のような付き合いが1年以上続いた。

 僕は彼女のことを好きだと思っていた。いや、そう思い込もうと必死だったのかもしれない。初めの内は、告白が女の子の方からだという事実は僕にちょっとした優越感と自信を与えてくれた、でも時が経つにつれ、その事実は僕に後ろめたさを感じさせる要因になっていった。

 恐らく彼女にも同じような思いがあったのだろう。

 付き合い始めて、1年経っても2年経ってもお互いの付き合いは酷くぎこちなく、他人行儀だった。

 SEXはしなかったけど、その一歩手前までは行ったし、キスも沢山した。でも、お互いが相手に変に気を使い、ぎこちなさは相変わらずだった。

 

 それでも付き合いは3年近く続いた。

 彼女がどう思っていたかは、知るべくも無い。でも僕は惰性のままで流されていたように思う。

 別に彼女のことが嫌いなわけではなかった。好きだった、好きだと思っていた。だけど、ただなんとなく毎日一緒に帰り、ただなんとなく一緒に休日を過ごした。

 彼女が「別れよう」と言ってきたのは、高校3年のそろそろ冬の足音が聞こえ始めた頃だった。

 電話越しにそう告げる彼女は泣いていた。何度も何度も謝っていた。

 それを聞きながら、僕はショックで言葉が無かった・・・・と言うわけではなくて「ああ、やっぱりこうなったか」くらいにしか思わなかった。どうして自分がこんなに冷静なのかが不思議でならなかった。

 

 結局その場は「会って話をしよう」ということになり、電話を切った。

 翌日、学校で彼女と会った。こういうことは直接会って話すべきことだと思っていた。本で仕入れた知識だ。でも結局、僕はなにも言うことができなかった。始終うつむいて、なにも話さない彼女。僕は口の中がからからに乾いて、事前に考えていた言葉なんて頭の中から吹き飛んでいた。今夜こちらから電話すると言うのが精一杯だった。

 なんて情けない男なんだろう、と僕は自分が嫌になった。

 その晩、僕は彼女に電話し「わかった、別れよう」と告げた。彼女はやはり泣いていた。

 それからしばらく両者とも無言で、電話口からは彼女のすすり泣く声だけが響いた。

 やがて落ち着いたのだろう、彼女は無理したように元気な声でこう言った。

 

「卒業までもう少しだけど、学校ではよい友達のままで居ようね」

 

 それを聞いて、僕は不意にカッとした。

 

「そんなの無理に決まってるだろ!」

 

 気がつくとはき捨てるようにそう言っていた。電話越しに彼女が息を呑んだのが分かった。

 

「そ、そう・・・だよね・・・ごめん・・・勝手なこと言って」

 

 再び彼女の泣き声を聞くのが嫌で、僕はそのまま無理やり会話を終わらせ、電話を切った。

 後味の悪さと、理不尽な怒り。

 今考えてみても、自分がなぜ電話であんなことを言ったのか理解できない。

 ますます自分が嫌いになった。

 

 それから彼女とは気まずいままの関係が続いた。お互いを避けて、たまに廊下ですれ違っても目を逸らす。そんな関係が卒業まで続き、高校卒業により彼女との関係は完全に切れた。

 

 僕は彼女のことは好きだと思っていたし、実際彼女と居る時間は楽しかった。

 でも、別れの台詞を言われたときには全くと言っていいほどショックを感じなかった。むしろホッとした思いのほうが強かったくらいだ。

 むしろそんなことを考える自分に一番ショックを受けた。

 

 

僕は本当に彼女のことが好きだったのだろうか?

いや、それ以前に、僕は今まで本当に人を好きになったことがあっただろうか?

 

 

 そんなことを思い始めたのはこの頃からだ。

 

 誰かのことを「好きだ」と初めて思ったのは、保育園の頃。奥手なくせにませた子供だったようだ。

 それから、小学校、中学校と好きな人はいた。生来の奥手さが災いして、告白したことはなかったが。

 でも、その「好き」という感情は本物だったのだろうか?小説やマンガの主人公に自分を当てはめて、浮かれていただけなんじゃないだろうか?

 

 人を好きになるってどういうことなんだろう?

 ずっと一緒に居たい、一緒にいると楽しい、そういう感情を「好き」というのだろうか?

 小説やゲームで良く使われる表現のように、胸が苦しくなったり、夜眠れなかったりすることが「好きになる」ということなのだろうか?

 

 自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。

 こんなことを考えていること自体が、すでに空想と現実との区別がつかなくなってきている証拠なのかもしれない。

 それでも、この考えが頭から離れないし、いくら考えても一向に結論は出ない。

 

 

 高校を卒業して、専門学校、そして社会人。もう「好き」という感情に憧れるような純粋な人間では無くなった。

 あれから色々と嫌なことは沢山あったし、高校のとき以上の修羅場も経験した。

 でも、一人称が「僕」から「俺」になり、社会に出て「私」になっても、未だに心の中には高校生の「僕」が居て、「好き」という感情に憧れて、同時に畏れている。

 

 そんな愚にもつかないことを「私」は最近考えている。

 

 

おしまい