「遠野さんも、霧島さんも…力を使った。例え仕方なくても、傷付けるために」

「だから…」


「わたしも、戦う。あなたを止めるために」

 ヴァサッ…。

 観鈴の背中に、一対の白い翼が現れた。


異能者
circus

ウィッシュ
法術


 『翼』と言う名の異名。
 生まれつき、背中に生えた翼。
 幼い頃は、自分でも力を抑えることができなくて。
 羽根が生えた人間は、普通の人にも、異能者にも異端児として扱われて。

 わたしはずっと一人だった。

 自分の意思で羽根を隠せることを知ったのは、物心がついてからずっと後のことだった。
 羽根を隠せるようになってからも、周りの人のわたしへの態度は変わらなかった。
 お母さんにも、ずいぶん迷惑をかけたに違いない。
 それでも、わたしを一人にした翼を恨むなんてことはできなくて。
 わたしをAIRという仲間に引き合わせてくれたのも、その翼であったから。 
 そして、わたしに夢も与えてくれた。
 笑える人を一人でも多く。

 だからONEがたぶん、嫌い。
 涙を流す人を、増やしつづけるから。 
 そして、やっと会えた仲間に、人を傷つけるようなことをさせたから。
 人を傷付けるのは好きじゃないけれど、
 団長の往人はそれを一人で抱えこもうとした。
 ならば、それを少しでも軽くしてやらないといけない。
「往人さん…、やっぱり、わたしは戦うために異能力を使うのは好きじゃないよ」

 言葉と供に、翼が、白く光った。
 幾千もの光が、駆け抜けて行くのが解る。

「『絶対なる孤独(アブソリュート・アローン)』」
 光が止み、羽ばたき一つ。
 突風が起こる。浩平が、それに吹き飛ばされた。
 巻き起こった風を闇で消し去ることはできたはずなのに。それどころか、避けることも容易にできたはずなのに。
 なのに、彼はそうすることはしなかった。
 何故? 最強の異能者であるはずの折原浩平が。
 首を傾げたくなるのは往人の方だった。
 往人自身も、観鈴の異能力『絶対なる孤独(アブソリュート・アローン)』がどういった異能力であるのかは詳しくは知らない。 
 晴子から「身を守る時以外は使うな」というように言われているのを知っている程度だ。

『どんな人でも最後まで怖がらせる真似はしたくないよ』

 観鈴は確かにそう言った。「傷付けたくない」と言わなかった。
 加えて、観鈴の生い立ちを往人はそれなりには知っている。神尾親子が往人に会うまでどうやって生きてきたのかは、聞くに耐えないほどの話だった。
 あらゆるものに拒絶された生。
 あらゆるものを拒絶された生。
 '怖がらせる'
 異能力の名が示す通りに、相手にそれを与える物だとしたら…?

「あなたは、ううん、誰もこの異能力からは逃れられない」

 相手に、「孤独」という名の恐怖を与える異能力。
 世界に自分が一人ぼっちにさせられたような、そんな恐怖が。
 だから、避けるなんてことはできなくなる。
「だから…、わたしはこの異能力を使いたくなかったのに…」


 誰も、自分に話しかけてはくれない。
 誰も、自分に触れてはくれない。
 誰も、自分の周りに居ない。

 ずっと、ずっと一人ぼっち…。


「…っ!」
 往人が、目を見張った。
 浩平の頬を伝う『それ』を見て。
 浩平が、もう何もできない状態になったのは目に見えて解った。
 ONEを統率していた若き指導者は、そこにはいなかった。
 異邦の地に投げ出された幼子のように震えている男が一人いるだけ。

 往人は信じられないといったような目で、浩平を見詰めていた。
 目の前で震えている男が、先程まで自分を追い詰めていた尊大な男なのだろうか。
 今ならば…容易く殺してしまうこともできてしまうのではないか。
 その手を首にかけようとしたところで、踏みとどまる。
 彼は、もう動けない。殺してしまったら、それこそONEと同じではないか。
「もう…、二度と誰かを傷付けたり…殺すことなんか、できないな」
 確認するかのように、観鈴の方に振り向いて言葉をかける。
 観鈴は頷こうとした。だが、


 次の瞬間、黒い闇が浩平を呑み込んだ。


 それを認識するまでに、少しの時間を要した。
 浩平が逃げた。『永遠の世界(エターナルワールド)』を使って。
 しかし、その事実はそれ自体以上の意味を持っていた。
 浩平は『何もできない』状態であった。それだというのに『永遠』を呼び出すという芸当をやってのけたのだ。
 つまり、結果的に観鈴の異能力は功を奏さなかった、ということになる。
「観鈴の『絶対なる孤独(アブソリュート・アローン)』が…効かなかった…?」
 どうして彼が孤独の恐怖から抜け出ることができたのかはわからない。
 もしかしたら、彼は既に一度、それ以上の心にダメージを与える『何か』を体験したことがあるのかもしれない。
 考えは、考えるほど尽きなかった。
 考えこむ往人の頬に、観鈴は手をそっと触れる。
「痛てっ」
 往人の頬は、浩平の回し蹴りを受けたことで、少し腫れていた。
「にはは、これじゃしばらくは往人さん、ステージお休みだね」
「…おい」
 少し腹が立ったが、無邪気に笑う観鈴に少しばかり感謝した。
 もう、戦いは終わったのだ。

 往人たちが合流したとき、ONEの側近たちもまた、姿を消していた。
 詩子がどこかへ連れて行ったとのことだ。
「往人君っ」
 佳乃が往人のもとに駆け寄る。
「おう、心配かけたな。それと…聖と晴子が怪我したらしいな」
 『法術』には肉体、精神の治療を行う癒しの法もある。
 応急処置をしただけで未だ意識を取り戻していない二人の額に、往人は手をかざした。
 白く淡い光が、二人の身体を取り囲む。傷が塞がれていく。

「それじゃ、さっさとここを出るぞ」

 そうして、六人は外に出た。
 出口らしい出口がなかったので、ぽてとの力を借りて壁を壊したりもしたが。
「往人君っ」
 未だ気絶している聖を背負った佳乃が往人に声をかける。
「ここ、どこなのかなぁ?」
「…さあな」
 連れてこられる前に、詩子に浩平がどこにいるかを聞き出すのを忘れていた。
 と言うより、そこまで考えが回らなかった。
「それほど遠くは無いと思うんだがな…」
 それでも、もと居た街がどちらにあるのかさっぱり見当がつかない。
 街に移動手段のバイクやら大道芸に使う道具やらを置きざりにいているから、これからのことを考えるとぞっとする。
「…『法術』で、なんとかなりませんか?」
「さあな」
 適当に答えながらも、美凪の言葉に少し往人は考える。
 果たして、『法術』に空間に干渉するだけの力があるのだろうか。
 そして、それだけ大きな(と思われる)負荷に往人自身が耐えきれるだろうか。
 『法術』は術の大きさに比例して使用者にも大きな負荷を与える異能力である。限界を超えれば異能力を失い、下手をすれば使用者の身を消滅させるにまで至る。
 過去、目的は違えど限界を超えた者など、腐るほどいた。
 下手をすれば、それらの二の舞である。
 だが、どちらにせよ、ここで無茶をしなかったら全員のたれ死ぬだけだ。

「悪い、ここで少しだけ休憩を取ろう」

 少なくとも、こんな落ちつかない状態ではできるものもできなくなる。
 往人は腰を下ろして、建物の壁にもたれかけた。
 こういった時には、いつも人形を歩かせることで自身を落ち着かせることにしていた。
「どっちにしろ、俺は死ぬかもしれない訳だ」
 やや自虐的に、そう呟いてみる。
 『法術』の失敗で死ぬとしたら、なんと惨めな死に様だろうか。


「往人君っ」
 うつむいていた顔を上げると、佳乃が近くに来ていた。
「隣、いいかな?」
「ああ」
 ちょこんと佳乃が座りこむ。聖は、おそらく他の女性陣が看ているのだろう。
「珍しいな。こういう時こそ「あたしがお姉ちゃんを看る」とか言ってそうなのに」
「晴子さんに「いい加減姉離れしたらどうや」って言われちゃったんだよぉ」
 照れ隠しのように笑いながら佳乃が言う。
 往人にはむしろ、聖が妹離れできていないように見えるが、その見解は間違っているのだろうか。
 そう思いながら佳乃を横目で見て、ふと気づくことがある。
「…バンダナ、外したんだな」
 小さな手首には不似合いだった黄色のバンダナが、今は巻かれていない。
 ONEとの戦いの時に佳乃自身の手で外したことを知らないから、大方、攻防の際に巻きこまれてボロボロにでもなったのか、と結論付けようとした。
「魔法って誰かを幸せにするためにあるって、AIRに入った時に言ったよね?」
「…ん、ああ」
 うろ覚えだが、そんなことを言っていた記憶が確かにある。
「異能力は『魔法』なんだって、ずっと思ってた。
 だから、往人君の考えには大賛成だし、ぽてとにも窮屈だけど我慢してもらったりした。でも…」
 息を詰まらせるような、そんな間を取って、

「今日のあたしは、違ってた」

「お姉ちゃんが傷付けられて、ぽてとに本当の力を出させて…
 あたし自身の力も、傷付けるために使っちゃった」
「佳乃の、力?」
 「うん」と小さく言いながら、
「『決意の魔法(レゾリューション・ミスティック)』って言うんだよぉ」
 意味不明の身振り手振りをつけながら、説明をした。
 物体を浮かせる、という異能力。
 活用することができれば充分に新たな芸として使えそうな能力を、傷付けるために使った。
 バンダナは、佳乃の魔法の力を封印するために巻かれていたのだ。
「きちんとした理由があるから良い、なんてことは言わないがな…」
 そう言って、軽く佳乃の頭に掌を置く。
「そういう心を持ち続けてられるなら、今回の反省はあながち無駄でもないだろ?」
 佳乃は少しぼーっとしたような表情を浮かべてから
「うんっ。往人君、ありがとうねぇっ」
 元気良く頷いて、聖のいる方へと走っていった。


 美凪はコルクの蓋をされた小さな瓶を、陽にかざしてみていた。
 星の砂が、まるで宝石のようにきらきらと光る。
「国崎さんと旅をするようになってから、…会ってませんね」
 みちるという名の、思い出をかたどった少女と。
 一人だった自分に、声をかけてきたみちる。
「あの時は…、信じられませんでしたけど」
 お互い異能者であったし、何よりも親友と呼べる間柄であった。
 だから、往人が見破った『嘘』は最初は信じられなかった。

『みちるは…お前の異能力で創り出された幻影だ』

 家族以外の人間とは関わりを持たず生きてきた美凪にできた、初めての友達。
 その友達の存在すら否定する言葉を言った往人に、嫌な感情を抱いたのは今では恥ずかしい思い出だ。
 それでも、
 自分自身だけの力では'みちる'を保ち続けるのは限界があって。
 往人の言葉通りに薄れていくみちるを見るのは、正直な所辛かった。
 そして、最後に美凪に託された言葉は、

『ずっとずっと笑っていて…』

 笑顔で居ること。
 笑顔で全てを迎え、そして受け入れること。
 何故なら、現実はいつも癒しの手を差し伸べてくれる存在ではなかったから。
 そうでなければ『夢幻』などという名を冠することは無かったはずだから。

「私は…笑えてますか? 国崎さんと…AIRと一緒に『戦って』」

 小瓶の中が、キラリと小さく光った。
 美凪は、それがみちるの答えだと受け取った。


「さ…、俺は俺の仕事をするか」
 人形を歩かせてみて、これまでの力を振りかえって。
 決心はついた。

 『法術士』としての力。
 異能者としての自分。
 それらなんかは、どうだっていい。
 仲間たちを『死なせないで』済むのであれば、自分のなけなしの財産なんか要らない。
 今一度―――――――――、
 『異能サーカス団AIR』の、羽ばたく姿が見たい。

 人形が、眩いほどに輝く。
 思わず目も空けていられないほどに。
 往人は、サーカス団の『たいせつなもの』を光の中に見た気がした。

「上出来じゃ、ねえか?」
 自分でも、そう言いたいくらいだ。
 大樹のある町に置いてきたものが、そっくりそのまま目の前にある。
 だが、あまりに自身の消耗が激しすぎて倒れてしまいそうだったが。
「往人」
 後から晴子が声をかける。
「ご苦労な」
「おう、いつでも任せ…てほしくねぇな。こう言うのは…」

「それで、これからどうする?」
「…ONEを、今度こそ止められませんか?」
 美凪の提案に、往人は首を振る。
「いや、真正面からぶつかったら今度はどうなるか…」
 今回は、ONEがAIR側の異能力を知らなかった。
 だから、ONEにはもう対策が練ってあるに違いない。
「何故、折原浩平が動かないのか…。
 奴は、あらゆる攻撃が通用しなく、どんなところにでも自由に現れることのできる異能者だ。
 それなのに、何故部下を使って侵略行為をした? 自分が動けばいいじゃないか。
 つまり…、これはあくまでも推論だが『永遠』はあまり連続しては使えない」
「えっと…、だから…」
 首をかしげる佳乃の方を向いて、
「これまで通りに大道芸は続ける。だが、今度からはそれだけじゃない」

「浩平の手足―――――、ONEの異能者を潰していく」