ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!
 機関銃を無造作に乱射したかのような凄まじい音が、渇いた荒野に響き渡る。
 その音源を遠目からでも見た人間は、おそらくに口を揃えて言うだろう。
 「砂嵐(サンドストーム)が、風も無いのに巻き起こった」と。


「なぁ、毎度毎度に思うんだが…」
「却下」
 その間、およそ一秒。
「『バイクの後に荷台』って言うのは、物凄く格好悪いと思うぞ」
「人の話を聞けやっ!」
「聞く耳持たないお前が言うなっ!」
 言うや否や、荷台から前に身を乗り出していた青年が、バイクを運転している女性からの肘鉄をくらった。


「にはは、二人とも仲が良いね」
「見てて妬けちゃうよぉ」
「仲良き事は美しきかな、だな」
「…職場恋愛?」
 傍観者サイドは何やら楽しげである。
 青年の方はと言えば、肘鉄をお見舞されてから、荷台と熱いベーゼを交わしっぱなしのまま動かない。
「お姉ちゃん、往人くん動かないよ?」
「ふむ、ご臨終だな。神尾さん、バイクを止めてくれ。国崎君を埋めてやる」
 往人、と呼ばれた男はがばっと起き上がる。
「待て待て待てっ! 死んでないっ! って言うか脈くらい計れっ!」


「あんたら、ふざけてる場合ちゃうで――――」


 荷台を引くバイクを運転している女性、『暴走機関』神尾晴子が、そう言った。
 前方に見えるのは、幾つかの家。
 遠目から見ても解る。たしかに、人が住んでいる。


「よっしゃ、ラストスパートや!」


 晴子は自身の内なる力を込めた。
 掌に、ではなく、その掌の触れているものに。
 紅とも蒼ともつかぬ色がバイクを…、正確にはエンジンを取り巻くイメージ。
「『限界以上の運動性(ラピッドドライブ)』!」
 それに伴って、エンジンの回転が徐々に早まる。
 速度が上昇する。


異能者
circus

ストレンジャー
旅人


 バイクを適当な場所に駐車し、いくらかの手荷物を持って下車。
「んじゃ、呼びこみ頼むぞ、観鈴、佳乃」


 彼らは、俗に言う大道芸人。

「それじゃあ、お客さん呼びこみ隊発足っ」

 『戦うための力』と、とらえられてきた力、異能力。

「往人さん、遠野さんは…?」

 『戦うため』ではなく、『生きるため』に。

「おう、美凪は…、ここでシャボン玉だな」

 『傷付けるため』ではなく、『癒すため』に。

「いきなり本物を見せつけたりしていいのか?」

 彼らは、自分たちをこう呼ぶ。

「いや、これも立派な宣伝活動だぞ。能力を使わなければ、な」

 異能サーカス団AIR―――。
 彼らは旅の人。
 彼らが求めるものは、幾千の勝利よりも、ただ一つの笑顔。

 『外法医師』霧島聖が適当な高さに枝のある樹に、円形の的を立て掛け、
 『法術士』国崎往人が掌よりも少し大きめの人形を握り締め、
 『星詠み』遠野美凪が薄めた石鹸水に、ストローの先端をちょん、と付ける。
「よし、こっちは準備完了だな」

 あとは、観鈴と佳乃が客を運んでくるのを待つだけ。
 おそらく、彼女らは街の人間の歓声を巻き起こすはずだ。
 それを見計らって、美凪がシャボン玉を吹く。

「…反応が、ないな」

「うち、見て来ようか」
「私も行こう」

 名乗りをあげたのは、晴子と聖。
 観鈴の母と、佳乃の姉。

「おう、それじゃあ頼むぞ」

 本当ならば自分も行きたいところだが、美凪を一人にしておくのも気が引ける。
 それに、観鈴と佳乃も異能者だ。仮にトラブルに巻き込まれたとしても、切りぬけられるだけの力はあるはずだ。

   数分後。
「…やっぱり、不安だ」
 『翼もつ』神尾観鈴、『ピュアスマイル』霧島佳乃の二人が、能率よくトラブルを対処できるとはどうしても思えない。
 確かに、実力は疑うべくもない。問題は性格の方である。
 さらに、巻き込まれたのが面倒なトラブルなら聖や晴子は間違いなく自分に押し付けてきそうだ。
 心配な気持ちもわかるが、美凪に任せて自分で様子を見に行った方が正解だったかもしれない。
「…様子、見に行ったらどうですか?」
「あ? でもなぁ…」
「私に心配しないで下さい。私には…」
 そう言って、美凪はスカートのポケットから小さな瓶を取り出す。
「これが、ありますから…」
 往人は少し笑った。
「…そうか、じゃあ留守番は任せる」


「わたしたちは大道芸人ですって、言ってるじゃないですか」
「それが信用できない、と言っているだろう」
 大柄な男が五人、観鈴と佳乃を取り囲むようにして立っていた。
 身長的に、どう考えても見下ろされる形となる。だが、そこで怯む訳にはいかない。
「だったら、あたしたちの芸を見ていってよ」
 佳乃がそう言うと、真ん中の男が嘲笑うかのように口を歪ませた。
「皆が集まった所でドカン! ってなことにでもなるんじゃないのか?」
 彼らが言うには、AIRは大道芸人を装ったテロリスト集団である、ということだ。
 目の前でそんな疑いをかけられて黙ってられるほど、彼女たちは呑気ではなかった。
 しかし、何を言っても「駄目だ」の一点張り。いい加減うんざりしてきたところである。
「観鈴っ」
「佳乃、無事かっ」
 晴子と、聖が現れた。
 白昼堂々、それも道のど真ん中で二人の少女が五人もの大男に囲まれていたら、全く関係ない第三者だって不審に思う。
「誰や、あんたら」
 晴子の口調は、明らかに敵意を剥き出しだ。
「俺たちはこの町を守るために結成された異能者の自警団だ」
 男たちの中の一人は、それに気付かないかのように淡々と話す。

 自警団。
 言葉のイメージとはかけ離れた彼らは、明らかに傭兵だろう。

「…それで、その自警団がなぜ無抵抗な女の子二人を取り囲んでいる?」
 次に口を開いたのは聖。
 それに対して、別の男が、
「『異能力を使った大道芸』、そんなものを、普通は信じられるか?」
 と答える。
 はっきり言って、正論だ。
「つまり、我々はずいぶん素敵な歓迎を受けているわけだ」
「解ったなら、そうそうに立ち去れ!」
 更に別の男が、強い口調で言葉を吐いた。

「そうはいかねえな」

 その場にいた全員が、声のした方に振りかえる。
 声の主が人形を足元に置き、手をかざすと人形がてくてくと歩き始めた。
「見ての通り、俺の異能力はこんなもんだ。これでも俺たちは危険か?」
 「物体を動かす」というだけでは、異能者としては弱い部類に入る。
 少しの間の後、
「…それは、本当にお前の能力の全てだと言い切れるのか?」
 苦し紛れのように、最後の一人が言い放った。
 どうやら、一歩も引く気がないようだ。傭兵という想像は、やはり間違っていたのだろうか。
「俺たちは戦うつもりはないんだ。だから、力を出し惜しみする理由もない」
 無駄かもしれない。
 けれども、説得を続けるしかない。
 ここまでして治安を守るほどだ。過去によほど痛い目に遭ったのかもしれない。
 しかし、いや、だからこそ、

 異能者全てが、異能力全てが、嫌悪の対象ではないことを、解ってほしかった。

 不意に、
「あっ、そうだっ」
 観鈴が、少し嬉しそうに声をあげる。
 どうやら、何か思いついたらしい。
「どうしても信じられないなら、わたしを人質にしてください」

 名前ばかりの自警団員たちの口元が、僅かに歪んだ。
 AIRは異邦人。下手に手を出したところで、なにも問題は発生しえない。

 往人は少しばかり考えた。
 人質を出す、と言うのも悪くない手かもしれない。が、相手は見ただけで腹の立ちそうなガラの悪い連中である。
 観鈴が無事に戻ってくる確率は、あまりにも低そうだ。
「ダメかな? 往人さん」
「俺よりも…」
 と、往人は晴子に目を向けた。
「却下や」
 当然である。


「…でも、行く。わたしなら、いつでも危険を知らせられる」


 往人は一つ、ためいきをついた。
 観鈴がこう言ったからには、きっと一歩も譲らない。
 そして、それを一番よく知っているのは晴子である。
「取り返しのつかないことになったら、どうするんや?」
 わずかに冷たく、そう言う晴子に、
「ならないよ。信じてるから。お母さんも、往人さんも、AIRのみんなも」
 観鈴は、笑顔で応えた。



「ということで、今回は観鈴抜きだ」
「…そうですか…」
 美凪は少し俯いた。
 観鈴の異能力ならば、いざという時にも自分を守るくらいならば可能だろう。
 しかし、ある意味では、それは彼女の弱点とも言えた。

「…とりあえず、始めましょう」
「そうだな。俺たちが暗くなっちゃ、いけないんだ」



 その後の宣伝活動によってそれなりの場所と、客足は揃った。
 客の様子を一回り見た往人は、声を張り上げた。
「皆様、本日はようこそ異能サーカス団AIRに…なんて堅苦しい挨拶は抜きにして…」


「まず先に言っておきたい。俺たちは異能者だ。
 ここの自警団が、ここにいる人たちが、俺たちに良い印象を持ってないのかもしれない」


「知っていてほしいんだ。異能者は線を引かれる存在じゃないってことを…」

 往人は人形に複雑な動きのパフォーマンスを披露させた。
 聖は目隠しをした状態で、掛けた的の中心に投げたメスを命中させた。
 佳乃が「ぽてとっ、頑張るよぉっ」と、間延びした声で言えば、ほわほわとした柔らかそうな体毛に包まれた生き物が現れ、これまた微妙な腰振りダンスが笑いを誘った。
 そして、美凪がシャボン玉を吹くと…

「わぁ…」

 集まった客から漏れる、嘆息。
 人が一人入れそうなくらいに膨れ上がったシャボン玉。
 そこに、ぼんやりと、
 二人の少女が、手を繋いで歩く姿だろうか。
 一人は、女性にしては少し背の高いロングヘアの。もう一人は、それより幼げな、ツインテールの髪型の少女。

「…観鈴がいれば、映像バリエーションも増やせたのに、な」
 舌打ちと供に吐かれる、小さな言葉。
 どうしようもない、ということは解っているのに、口に出さないと何かに我慢できなくなりそうだった。
 そういえば、と往人は少し周りを見渡してみる。晴子がいない。
 たしかに、晴子の異能力は芸には向かない。それは本人も承知していることだった。
 だから、いつもは完全に裏方に回って観鈴が失敗しないかどうか、ずっと見ていた。
「…観鈴、か?」

 ―――わたしなら、いつでも危険を知らせられる。

 観鈴が別れ際に往人と晴子に渡した、二枚の羽根。
 もちろん、ただの羽根ではない。
 観鈴の異能力『刻まれし記憶(フェザーズ・メモリー)』の、一端。
 羽根に、記憶を刷り込ませる能力。
 AIRでは、美凪の『夢幻の水球(ドリームシアター)』と併用して、いくつもの映像を見せるのが最高の魅せ場であった。

「そうか、俺は―――」
 観鈴の記憶を読み取ることを、芸の方にかまけて、すっかり失念していた。
「聖、晴子を捜してくる。後は頼んだ」
 返事も聞かずに、往人は走り出した。
 このままでは、本当に危険だ。観鈴が、と言うより、むしろ彼ら自警団の方が。


 鎖で繋がれた、両手足。閉じられた入り口と、窓。
 この状態を、どう判断すべきだろうか。考えるにも及ばない。
 確かに、恐いことは恐い。
 これから、自分をこの状態にした相手がどうするつもりか、も解る。
 彼らは一人たりとも、危険視している筈のAIRへは誰一人として足を向けていない。彼ら自身に、町を守る気などなかったのだろうか。
 五人の男たちの顔を、一人ずつ思い浮かべる。とても人道的なことをする人間には、思えなかった。
 意外にも冷静である自分が、なんとなくおかしかった。

「よぉ、そろそろお前らの仲間も最高潮な時じゃねぇか?」

 下卑た笑いを浮かべながらの言葉にも、なんとなく笑みを浮かべながら返してしまう。
「にはは、AIRは最高のサーカス団だか…」
 ドンッ!
 不意に背中を襲う衝撃波。観鈴は台詞を途中で切られた。
「ずいぶんな余裕だな、これからどうなるか解ってんだろう?」
「このあと…、AIRをどうするつもりなの?」
 間一髪だったが精神バリアで防いだおかげで、なんとかダメージは無かった。
 背後であったために異能力を使う瞬間までは見えなかったが、相手が異能力者であることは間違いない。もっとも、あらゆる外敵に対処するためには異能者がもっとも適任であろうが。
 この人たちに対して、もう一つの異能力を使うべきだろうか?

 『絶対なる孤独(アブソリュート・アローン)』は、本当に最後まで使いたく、ない。例え自分を傷付けようとしている相手でも、この異能力を使うのは、怖い。

「テロリストとして始末、だろうな。あの男だけは確実に殺してやるよ」
 あの男、とは往人のことか。
 と言うより、AIRに往人以外には男性はいない。往人の能力が人形を歩かせるだけだと思って侮っているのだろうか。

「さて、そろそろお喋りも終わりだ」
 男の無骨な手が、観鈴の方に伸びてきた。
 さすがに少し身をよじって、伸びてきた腕を避けようとするが、背後から羽交い締めにされてしまった。
 無骨な手が、観鈴の服にかけられた。

 瞬間、

「観鈴っ!」
 晴子が、閉められたドアを蹴破って現れた。
「よかった…、ギリギリ間に合うたみたいやな…」
 観鈴の姿を見て、とりあえずほっと一息をつく。
 そして…
「お前ら、覚悟はできてるんやろなぁっ!?」
 晴子の目に、紅でも蒼でもない奇妙な光が宿る。
 『偉大なる母の愛(マザーズ・プロテクション)』。一時的に身体能力と精神能力の全てが大幅にアップする晴子の、もう一つの異能力。
 ただし、観鈴に一定以上の危機が起こったときにしか発動しないのが欠点だが。

 数分後、
「観鈴っ…、……って遅かったみたいだな」
 倒れている男が四人。
 腕やら脚やらが、本来有り得ない方向へと曲がっている。
 そして怖気づいて逃げようとしているのが一人、今殴り倒された。
「うかつに、獣の巣を突いたみたいだな」
 こういったことは初めてのことではなかった。以前にも悪質なちょっかいを出した相手に対してこうなったことがある。その時は今よりも人数が少なかったせいか、もっとひどい有り様だった。
「…いや、獣、なんてものじゃないか」
 もっと正式に例えるなら、恐竜だろうか。往人は頷いた。確かにぴったりだ。
 そこまで考えてから、往人は観鈴が繋がれたままであることに気付く。
 「大丈夫か?」そう言って駆け寄ろうとした瞬間、

「まだもう一人おったんか!」

   ゴスッ!
 鉄拳が後頭部に炸裂。往人は沈黙するハメになった。



「…ぅ」
 背中に感じられるのは馴染みのある感触、荷台の上。
「往人さん、気が付いた?」
 往人の顔を覗き込む観鈴。
 往人は無言で、観鈴の手を取った。
「あっ…」
 手首にくっきりと残った、鎖の跡。
「…なんで、使わなかったんだ?」
 観鈴の異能力を使えば、自分を守るどころか逃げ出すことだって容易にできたはずである。
「恐かった、から。かな? やっぱり」
「あいつらが、か?」
 観鈴は小さく首を振った。
「異能力を使うことが。やっぱり、わたしたちは芸人さんだから、どんな人でも最後まで怖がらせる真似はしたくないよ」

 往人は苦笑した。
 そんなことを言っていては、自分を守ることすらできないではないか。

「…バカだな、本当」

 

 辺りから光が徐々に薄らいでいった。
 上手く見つかった安い宿に女性陣が向かうと、往人は灯りを燈した。
 聖の話によると、当面の生活費、とも言えるものは幾分か稼げたらしい。
 もっとも、一人欠けた状態であったので、その分がいつもより少なめだったが。
「まぁ、及第点かな」
 溜まったおひねりを眺めて、そんなことを呟いた。

 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち…。

 背後で聞こえる、手を叩く音。
「…誰だ?」
「敬意を表しただけだよ」
 質問の答えになってない。
 往人は振り返らなかった。背後に、気配が無い。
 隠れているのか。一息つくと、往人は人形を歩かせた。
「異能力を見世物にするなんて。そう思ったのか?」
 背にした闇に向けての声は、果たして相手に聞こえているのだろうか。
「そんな気はないよ、面白いなって思ったけど」

 てくてく…。

「もう一度訊く、…あんた、誰だ?」

 てくてく…。

「私? 私は柚木詩子。ただの善良なお客さんだよ」

 てくてく…。善良なお客さん、ね。

「…善良な客なら、隠れる必要は無いと思うぞ。タダ見は感心しないが」
 そうは言うが、AIRは見物料を請求しない。これは多数決の末に決まったルールであった。

「ねぇ、会ってほしい人がいるんだけど」