このSSの密教等の設定は、かなりいいかげんです。
深く気にされても作者はよく知りませんので、どうか御勘弁を。
また平安時代の詳しい知識も無いので時代背景等おかしな所があっても大目に見てやってください。
このSSは久慈光樹さんの書かれた「異能者」の設定を一部使用した三次創作です。
基本的には「Kanon」をやっていただいてからお読み頂きますと、よりお楽しみいただけます。
尚、一部「AIR」のキャラが出ているような気がしたあなたは、ゲームのやり過ぎです(笑)
苦情、その他お問い合わせは、管理人さんではなく作者までお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『異能者異伝〜鬼を払う者達〜』

第2章

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<1>

「それでは、帝の具合はよろしくないとおっしゃりますか……」

「左様、人の寿命ばかりは伸ばすことはできませぬ」

「加持祈祷も、まるで効果のほどが無かったとか……」

「まあ、この際仕方有りますまい。 ところで、お世継ぎはどなたになられるのでしょうなあ」

「帝には御子がいらっしゃらない。 となると、次の帝は弟で有らせられる橘親王殿でしょうかな」

「どうです、橘殿、帝になられるお気持ちは」

「……まだ、帝がお隠れになったわけでもありません。 その後とさせていただきましょう」

 

 貴族なんてそんなものか……誰も兄上の事を心配などしていない。

 ここに集まった連中は、権力に目がくらんだ亡者でしかないのだな。

 

「失礼致します、親王様、帝がお呼びになっておられます」

「……それでは、少し失礼致します」

 

 もう少し呼びにくるのが遅かったら、ここにいる連中を怒鳴りつけていたかもしれないな。

 自分の精神的な甘さを反省し、心を落ちつかせる。

 そのまま奥に向かう廊下を渡り、帝の寝所へと向かう。

 

「……兄上……どうして私だけ残して去ろうとなさるのですか」

 

 ふと、そんな言葉が口をついて出てくる。

 意味の無い問いだ。

 先ほどの貴族どもの会話では無いが、人の寿命ばかりはどうにもならない。 

 だが、あまりにも早過ぎる。

 そうとしか思えなかった。

 

「おお、弟よ、よく来てくれた」

「お久しゅうございます」

「堅苦しい礼儀なぞいらん、私達は兄弟なのだから遠慮は無用だ」

「はい」

「なんだ、泣く事はないだろう、そんなに嬉しかったか」

「あまりにも長く会ってませんでしたから」

 

 一瞬目を疑った。

 これが本当にあの兄上なのか?

 あれだけ恰幅の良かった姿はやせ細り。

 するどく強い意思の感じられた目は柔和になり。

 あれだけ張りの会った声は小さくなっている。

 別人であったならどれだけ良かったろう。

 だが、優しさは変わっていなかった。

 

 

 

 それが、余計に悲しかった。

 

 

「私の命はもう長い事はない」

「何をおっしゃる」

「自分の体だ、よく分かる」

「医者はまだ大丈夫と言っております」

「……変わらないな」

「はっ?」

「嘘をつこうとすると、目線が下を向く所は子供の頃と同じだ……」

「……」

「長い事は無いだろうが、せめて死ぬときは苦しまずに死にたい」

「大丈夫です、兄上でしたら極楽浄土へ仏が導いて下さいます」

「そう願いたいものだ」

 

 あとを頼んだぞ……。

 その言葉を最後に、兄の元を辞した。

 

 最早兄の死は避けられない。

 それは確かだった。

 そのことが、私の心に重くのしかかる……。

 

 

 渡り廊下にさしかかった時だった。

 

「キヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ……」

「な、何だっ!!」

 

 そこに居たのは人では無かった。

 鬼のような姿をした物の怪が、目の前に踊り出てきた。

 

「橘様、どうなされましたっ!!」

「北川か、良い所へ来た」

「なっ……化け物……か?」

「抜刀を許す、そやつを斬れっ!!」

「はっ!!」

 

 一瞬の閃光が走る。

 北川の刀が相手を捕らえたと思った瞬間……。

 

 ふっ。

 

 かき消すように、その姿は消え去っていた。

 

「御無事ですか」

「うむ、助かった、礼を言わせてもらう」

「いえ、それが私の職務ですから」

「それにしても……なぜ、こんなところにまで物の怪が……」

「さて……近頃、御所の近辺で多数見かけられているようです」

「もしや、帝を狙って……」

 

 兄上の……帝の病気はあまりに急だった。

 もしや、それが物の怪のせいであったとするならば……。

 だとすれば、物の怪をはらえば、兄上の病気も治るのではないだろうか。

 そんな淡い期待がよぎる。

 

「北川、確かお主の知り合いに退魔を営む者達がいたな?」

「はっ、水瀬一族のことでございますな?」

「その者達に、御所の物の怪を払ってもらうよう依頼を頼めるか?」

「かしこまりました、すぐにでも手配いたします」

「頼んだぞ、くれぐれも内密にな」

「はっ」

 

 たとえ、無駄であったとしても、やれることはやっておきたい。

 奇跡が起きる事を期待するのは、虫が良すぎるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

<2>

 

「暑い……」

 

 都の夏は暑い。

 山で修行していた俺にとって、この暑さは少々こたえる。

 

「いや、これも修行と思って座禅でも組むか」

 

 心頭滅却すれば火もまた涼し。

 暑さや寒さを感じるのは、己の体と心が弱いせいなのかもしれない。

 ならば、それを鍛えなくては。

 姿勢を整え、瞑想に入る。

 精神を集中し、心を空にする。

 

「祐一っ!! お散歩行こう」

 

 一瞬にして邪魔が入ってしまった。

 

「あのなあ、真琴。この暑いのに外に出てどうすんだ?」

「何よっ!!せっかく真琴が誘って上げてるのに」

「名雪とでも行って来い」

「名雪お姉ちゃん寝てる」

「……ぐはあ」

 

 この暑さで昼寝とは……恐ろしい奴。

 

「仕方ない、行ってやるとするか」

「うん、行こう」

「ところで何処へ?」

「別にどこでもいいけど」

「羅生門にでも行くか?」

「絶対に嫌」

 

 どこでもいいって言ったくせに。

 わがままな奴だ。

 

「じゃあ、どこに行きたいんだ?」

「え〜とねえ……」

「お取り込み中の所、失礼するよ」

「おや? 北川じゃないか、どうした」

「実は依頼を持ってきた」

「依頼?」

「……ああ」

「ええ〜と、どこに行こうかな〜」

「真琴、とりあえず散歩は無しだ」

「何で〜っ!!」

「仕事が入ったから」

 

 そう、仕事が入ったら忙しくなるからな。

 

「仕事って『必殺仕○人』じゃあるまいし……」

「北川、なんか言ったか?」

「いや、聞かなかった事にしてくれ」

「ところで、どういう内容の依頼なんだ?」

「……ちょっと、ここではなんだから」

「分かった。じゃあ、奥の部屋で……、真琴は遊びにでも行ってきな」

「うん」

 

 一瞬の沈黙が気にはなったが、そのまま奥の部屋へと向かう。

 

「あら、北川さんいらっしゃい」

「あ、どうも、秋子さん、御無沙汰してます」

「せっかく来ていただいたんですから、お茶でも入れますね」

「あ、どうぞおかまいなく」

「で、北川、真琴の前では話せないような依頼ってなんだ?」

「ああ、それなんだがな……御所の物の怪の退治なんだ」

「ほうほう、御所ねえ……何っ!!」

 

 そんなバカな……あそこには、都で最も強力な結界が張られてるはずだ。

 それを、くぐり抜けてくるような物の怪だと言うのか?

 戦慄が走る。

 そんなヤツに勝てるのか?

 

「しかも、この依頼は橘親王直々の依頼だ」

「たちばなしんのう? ……誰だ、それ?」

 

 北川がずっこける。

 

「あのなあ……次の帝と噂される、時の人だろうが……」

「しばらく都にいなかったからな」

「それで、親王様からの詳しい依頼とは?」

 

 秋子さんが、お茶とお菓子をもって戻ってきた。

 お菓子は、粉塾といって米や麦などの粉を固めて餅状にしたものだ。

 その上には、秋子さんお手製のたれがかけられている。

 たれは名雪の好物らしい。

 

「はい、親王様は、その物の怪が帝を狙って動いているのでは無いかと類推されてまして、極秘裏に討伐せよとのお言葉を賜りました」

「極秘裏にですか……」

「はい」

「さすがに御所では公にするわけにも行かないだろうしな」

「まあな……」

「にしても、次の帝候補が今の帝の身を案じるとはね……」

「貴族だって腐った連中ばかりじゃない。とくに橘親王は素晴らしい人だよ」

「そうか……お前がそこまで言うならそうなのかもな」

「ところで、お二人ともお菓子はいかがです?」

「あ、いただきます」

 

 そこからは、二人とも記憶は無い。

 気づいたら、もう夜だった。

 

「なあ、北川……俺達何してたっけ……」

「どうしてたのかなあ……」

「二人とも、そろそろ時間ですよ」

「何か食べたような記憶があるんだが……」

「そっから……寝てたのか?」

 

 

 

 

<3>

 

 夜……。

 丑の刻……。

 草木も眠るこの時に、うごめくモノ達がいる。

 赤く光る月の下、誰か泣く人がいる。 

 

 そして泣く人を救うため、俺達は鬼を払う。

 

「赤い月の晩にはね、誰かが悪い事を考えてるんだって。 お母さんが言ってたよ」

「ふ〜ん、そうなんだ」

「……なんだか、おまえら緊張感が無いような……」

「そんな事無いよ」

「キンチョウって何? 蚊取り○香?」

「さて、行こうか……」

 

 御所の内部。

 目撃証言のあった辺りで足を止める。

 

「おかしいな……」

「どうしたの? 祐一」

「何か拾い食いでもしたの?」

「いや、なんでもない。 どうでもいいが、お前ら結局巫女服なんだな」

「うん、おそろいだよっ!!」

「えへへへ」

 

 あるはずの結界が感じられない。

 通常、ある程度強い結界は、それなりの力があれば簡単に分かる。

 強すぎる結界だと、壁のように見える程だ。

 御所で、それが感じ取れないはずは無いのに……。

 

「祐一っ!! 出たよ」

 

 名雪の声で振り向くと、そこには子鬼のような物の怪……餓鬼がいた。

 なんでも食らい尽くす鬼。

 通常なら、強力な結界の中でお目にかかれるような、強いヤツでは無い。

 

「不動明王の浄化の火よ、我が前の敵を滅せよ、 『深紅の黄昏』!!」

 

 杖を振るい、能力を開放する。

 炎が燃え上がり餓鬼を包みこんだ。

 

「しぎゃああああああああああ……」

 

 叫び声をあげて、餓鬼が燃え尽きて行く……。

 燃え落ちる中で、人型の紙が落ち、燃えて行く……。

 

「勝ったね、祐一」

「真琴たち、何もしなかったねえ」

「……」

「どうしたの?」

「……いや、何でも無い。 帰ろうか」

「うん」

「早く帰ろう〜」 

 

 俺は、名雪達に伝えるべきだったのだろうか?

 今日戦った相手が、どこかの人間が作り出したモノだと。

 

 だが、俺は伝えなかった。

 彼女達に辛い現実を見せたくなかったから……。

 

 それが、彼女達を守る事になるのだろうか?

 今はそう思いたかった。

 

 

 

 

「お疲れ様です」

「あ、秋子さん、何とか終わりました」

「……浮かない顔ですね」

「……御所の結界が、かき消されてます。 それから、式神が襲ってきました」

「……」

「名雪達には言ってません」

「そうですか……」

「それじゃ、失礼します」

「……祐一さん」

「何です?」

「あなた一人で抱え込まなくてもいいんですよ。 それを忘れないで下さいね」

「分かってます。 名雪や真琴のおかげで、今の俺があるんですから」

「……あの娘達は幸せですね……」

「えっ?」

「いえ、何でもないですよ」

「そうですか……それでは」

 

 自分の部屋へ戻って行く。

 心地よい疲れが、頭のモヤモヤを振り払ってくれる。

 眠気が、体を支配していった。

 

「でもね、祐一さん」

 

 部屋に残った秋子さんが、一人呟く。

 

「人はお互いに支えあって生きてるんです。あなたも誰かに頼らなきゃ……いつか崩れてしまいますよ」

 

 失われた記憶……。

 それを取り戻したとき……。

 誰かに頼る事ができるのだろうか……。

 

 

 

 

<4>

 

「うわあああああああ」

「……どうしました」

「はっ、こ、これは茜様。このようなむさくるしい所へ」

「……何かありましたか?」

「は、はい、御所に侵入させておきました式神が、何者かに倒されました」

「そうですか……上へ報告をしてきます。現状を維持し待機しておきなさい」

「ははっ」

 

 

 そこは、どこともしれない屋敷の一室。

 里村茜は、唯一人自分の上に立つ者、折原の元へと歩いていた。

 

 

「浩平、入りますよ」

「おう」

「報告があります」

「何だ、夜這いに来たわけじゃないのか、ちょっと期待したのに」

「嫌です」

「十二単なんて着て重そうだな。ここで脱いでいったりしないか?」

「嫌です」

「それだけで返さないでくれ、でいったい何かな」

「……南配下の式神が、撃退されました」

「御所に入れといたヤツか?」 

「はい」

「まあ、水瀬一族が動いたんだろうな」

「……それだけですか?」

「ああ、元々結界は『永遠』で消し去ってるんだから、誰でも侵入できる」

「『永遠』ですか……」 

 

 茜が一瞬顔をゆがめる。

 が、意識的に無視した。

 

「結界が消え去ったかどうか、試すために南の式神を使っただけでね、問題はこれからだ」

「これから……ですか」

「そういうこと……」

「何をしようと言うんです?」

「まだ秘密」

「浩平……」

「そのうち話すさ、しばらくは俺を信じてくれ」

「……信じていいですよね」

「俺が、今までみんなに不利益をもたらした事は無いはずだろ?」

「……はい」

 

 信じます……その言葉を残して茜は部屋へ戻っていった。

 

「さて、問題はこれからだ」

「……折原、例の貴族から密書がとどいてるぞ」

「……住井か……あいかわらず存在感の無い奴だ」

「おいおい、気配を感じさせないと言ってくれ」

 

 さすがに、密偵として経験を積んできただけのことはある。

 この俺がまったく気づけないとはね。

 

「例の貴族ということは……アレか?」

「ああ……結果は期待どうりだ。 まもなく帝の命は尽きるだろうよ」

「呪殺が効力を表したということか……」

 

 おそらくは、橘親王が次の帝に選ばれる事だろう。

 そして、その前後は当然混乱が生じる。

 そうすれば、我々の計画がやりやすくなる。

 

「……余計な事を話されるとまずいな……例の貴族は……」

「ああ……分かった」

 

 血塗られている……。

 そう思わないでもない。

 だが、ここで止まるわけにもいかない。

 

「つくづく業が深いな……」

 

 じっと手を見る……。

 手が赤く染まったように見えたのは、月の光のせいなのか……。

 

 

 

 

 

 

 帝の訃報が、都中に伝わったのは、それから3日後の事だった。

(続く予定)