このSSの密教等の設定は、かなりいいかげんです。
深く気にされても作者はよく知りませんので、どうか御勘弁を。
このSSは久慈光樹さんの書かれた「異能者」の設定を一部使用した三次創作です。
基本的には「Kanon」をやっていただいてからお読み頂きますと、より楽しめます。
___________________________________________________________________________________________________
『異能者異伝〜鬼を払う者達〜』
__________________________________________________________________________________________________
<1>
時は平安。
名前とは裏腹に乱れきった都市、平安京。
人の心の乱れが、災いを呼びこんだのか……。
恨み。
妬み。
怒り。
人の不の感情が呼び込んだ物なのか……。
この都市には様々な魑魅魍魎が溢れ返っていた。
そもそも平安京は、風水に基づいて構築されており、外部から悪霊が侵入できないようになっている。
しかし、内部で増殖したモノ達を、閉じ込める結界の役目を果たしてしまうことになったのだ。
そして、力無き弱い人達を傷つけていった。
では、力あるものはどうしたのか?
権力者達は恐れおののき、魑魅魍魎を払うべく様々な手段をこうじた。
この物語は、密教でもって魑魅魍魎を払い、都を守ろうとしたある一族とそれに連なる者たちの物語である。
<2>
「七年ぶりになるのか……」
京の風景を見下ろす。
変わっているような気もするし、変わっていないようにも感じる。
どす黒く瘴気がうずまき、そこらに魑魅魍魎の姿が見える。
それでも……懐かしかった。
「おかしな話だな……ろくに記憶も残っていないのに……」
記憶から消された町。
今まで7年間離れつづけた場所。
そして……今、目の前に……。
足を肩幅に広げ、杖を構え、精神を集中させる。
「オンアビラウンケンソワカ、オンアビラウンケンソワカ……」
目の前に角をつけた鬼が現れる。
目標をそいつに絞って、俺は力を解放した。
「我、相沢祐一の名を持って、不動明王の力で汝を滅するっ!! 『深紅の黄昏』よ、我が前に降りよっ!!」
体から噴き上がる炎が鬼を包む。
不動明王の浄化の火が跡形も残さず鬼を消し去った……。
「さあ行こう、俺の行くべき場所へ。水瀬の一族の元へ」
都の魑魅魍魎を退けるため、貴族達はある一族の力を借り受けることにした。
それは、水瀬の一族と呼ばれる者達である。
彼らはなんらかの異質の力を持ち、人にあらざるモノ……鬼や魑魅魍魎を退治することを生業とする者達であった。
しかし、彼らは異質な力を持つだけに、他人から疎まれることが多く、同じような力を持つ者が集まって集団を成していた。
そして、相沢とは水瀬の分家で、そこの出である祐一は強力な能力を持っていたのである。
「あぅーっ、祐一〜、今まで何処行ってたのよ〜」
「おうわ、いきなり飛び付いてくるなって」
「祐一〜っ、お帰りっ!!」
「名雪まで……」
「おかえりなさい、祐一さん」
「あ、秋子さん、お久しぶりです」
「ほら、二人とも、祐一さんは長旅で疲れてるんですから」
「まったくだ、どうでもいいがお前ら重いって」
「う〜っ、酷いよ祐一」
「真琴軽いもん、祐一の力が弱いだけ!!」
俺は、帰るべきところへ帰ってきたんだ……。
そんなふうに実感していた。
「さあ、中に入りましょう、お茶をいれましょうね」
「あっ、お母さん、私も手伝うよ」
「あぅーっ、真琴も手伝う」
「誰も俺の荷物を持ってくれたりはしないのか」
門をくぐり、屋敷の中に入る。
ここだけは、都全体を渦巻く瘴気は感じられない。
強い結界が敷かれているのが感じられる。
「……都の全ての場所に同じことができたらいいんですけどね」
「……考えが顔にでてましたか?」
「昔、あなたがそんな事を言っていましたから……」
「……そんな事言ってましたか……」
数えで10ぐらいの時にも同じ事を考えてたのか……。
「ところで、祐一さん」
秋子さんの表情が幾分厳しくなる。
「記憶は……どうですか?」
「……まだ、全く思い出してません」
「そうですか」
「……はい」
失われた記憶。
そこには何があるというのだろうか?
「祐一さん、お疲れのところ申し訳有りませんが、さっそく今日から退魔行を手伝って頂けますか?」
「はい、勿論です。そのために帰ってきたんですから……」
そう、この都を守るため。
人々を守るため。
だが……。
「俺は何を守ればいいんだろう……」
退魔行で守れるのは一部の貴族だけ。
一般の人々を守るまではとても手が足りない。
だが、貴族は守られるべき存在なのだろうか?
<3>
「退魔士の方々ですね、場所はこちらです」
検非違使の北川に案内されたのは、かなり大きい屋敷だった。
「北川君、こっちがね祐一って言って私の幼馴染なんだ」
「あ、どうも宜しく」
「ほう、水瀬の幼馴染……なら別に堅苦しい口調じゃなくてもいいか」
「へっ?」
「よろしくな、俺は北川。一応検非違使をやってる」
「あ、ああ、よろしくな」
なんだか緊張感がそがれてしまった。
「ところで依頼主は何を退治して欲しいって言ってるの?」
「……生首だとさ」
「くび?」
「生首が飛んでるんだと」
「伸びるんじゃないの?」
「……飛頭蛮か?」
「祐一、飛頭蛮って何?」
「唐の国なんかで出る妖怪のことだ。字は間違ってたかもしれないが……」
それはともかく、何故そんなモノが現れるんだろうか。
「何でも、この屋敷で働いていた人に似てるらしいんだが……」
「……恨みを抱えて死んだのか?」
「……ああ」
北川の話はこうだった。
この屋敷で働いていた女性が、屋敷の主人と恋仲になっていた。
しかし、有力貴族の娘との縁談が進む中で、その女性が邪魔になったらしい。
「暇を出して屋敷から追い出したんだが、その後で下男を使って殺させたらしい」
「そんな……」
「酷い……」
「……よくある話といえば、よくある話だな」
「……まあな」
理不尽な話ではある。
どう聞いても、その男の方が悪いようにしか聞こえないのに、退治されるのは女性の方だ。
「……そうとも限らないか」
女性の恨みが深く、強くて、こちらの力を上回っていたならこちらが殺られる。
現に名雪の父親は、そうして亡くなっているのだから。
「よしっ、名雪、真琴、結界を張るぞ」
「うん」
「分かったよ」
「北川、そろそろ丑の刻だ、危険だからここから離れていてくれ」
「分かった……会ったばかりで死んだりするなよ」
「ああ、死にはしないさ」
名雪と真琴がいる。
殺されるわけにはいかない。
たとえ納得がいかなくてもやるしかない。
「祐一、結界の準備は整ったよっ!!」
「よしっ……ってお前ら、なんで神社の巫女の格好なんだ?」
「お母さんが、退魔行ではこの服装で行けって」
「……俺はどっちかというと密教系の力を使うんだけどなあ……」
理不尽な気はしたが、気にしてはいけない事なのかもしれない。
こっちの服装は髪さえ剃ったら完全に坊さんなんだけどなあ……。
「祐一っ!!」
「……来たな……」
うるああああああああああああああああああああああああああ……。
うめき声が聞こえてくる。
どうやらお目当てのモノが来たらしい。
「あうううううううううううううう……」
真琴が力を解放し始める。
彼女は一般に言われる化け狐の血を引いている。
その力で持って使い魔の「ぴろ」を召還し使役する。
「ぴろ、あいつを倒しちゃえっ!!」
召還された「ぴろ」が子猫のような姿から大きな獣へと変化する。
「『覚めない眠り』よ彼のモノの恨みを静め、大いなる安らぎを与えよ……」
名雪の能力が相手の動きを鈍らせる。
真琴の呼び出した「ぴろ」の力でもって、少しずつ弱って行く敵。
「よしっ、とどめだ、不動明王よ汝の浄化の炎で目の前の敵を滅ぼしたまえ」
敵……。
誰にとっての敵なんだろう。
俺には、その女性の表情が悲しそうにしか見えなかった。
「仏法の力で持って滅せよっ!! 『深紅の黄昏』!!」
燃えて消滅してゆく敵。
退治には成功した。
「勝ったね、祐一」
「ああ……そうだな」
勝った。
でも、俺はこの勝利で何を得たんだろう。
「帰ろう、秋子さんも心配してるだろうしな」
「そうだねっ」
「あぅーっ、もう眠いよ〜」
「しょうがねえなあ……おぶっていってやるよ」
「わ〜い、ありがと、祐一」
「……いいなあ」
「お前は寝たら起きないからダメ」
「酷いよ、祐一」
そうだ、今はこの二人を守れた。
それでいいじゃないか。
そう言い聞かせた。
いつかは、この心のモヤモヤが晴れる日がくるのだろうか……。