「つかれたぁ」
バフッ。

真っ直ぐベットに倒れこむ。
すこしひんやりとした布団が、磨耗した神経を癒してくれる気がする。
「まったく、他人のお弁当をあてにしてピクニックに来るな! ってのよ」
彼女-深山雪見-はそういってごろっとあお向けになると目元を右腕で覆い隠した。

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異能者

<第X章>

−外伝 −

2000/11/5 でみ


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その大多数を異能者が占める戦闘集団ONEとはいえ生活に必要な物はある。
食料、住居、衣服。
いずれも必要不可欠な物ばかりである。
そして、存在意義が戦争という人間史上もっとも非生産的な活動と切っても離せないONEにとって
補給の確保と運用はまさに生命線といっても良い。
日増しに自分たちに協力してくれる人が増えるのは嬉しい。
けれど、身一つで来られても組織としては荷物になるだけなのだ。
必要な人材を必要な場所に配置し、衣食住を整え、仕事を割り振る。
それが出来て初めて組織は組織としてその活動を始めるのだ。
そして、その分野では折原浩平を凌ぐほどのリーダーシップで切り盛りしているのが彼女である。
彼女の組織運用、財務管理はまさに独壇場。
八面六臂の活躍といえる。

「ほんとなら、小さな劇団の団長にでもなってるはずだったのになぁ」
疲れているのだろう。
いつもはけっしてもらさない弱さがゆっくりと心に忍び込む。
「一週間前は生きてた、昨日も生きてた。 明日も生きてる。一週間後も生きる」
それぐらいは信じられる。
今、自分達には人もいるし、勢いもある。
「・・・でも、一年、ううん、一ヵ月後はあたし達は生きているのかな?」
誰に聞かせる当ても無い独白が天井にはねかえる。
「・・・劇がしたいな」

前触れも無く、それはそこにあった。
それは、なんだったのだろう?
目に映ったわけでもなく、耳に聞こえた訳でもなく。
でも、なぜか彼女にはわかった。
目元を覆ったままの彼女の唇がそっとほころぶ。
「・・・シュン」
ほんのわずか、驚いた気配がする。
そっと腕をどけると、ドアのそばに彼が立っていた。
出会った頃のままの姿で・・・。
「きっと君は舞台に戻って、素晴らしい女優になるよ」
優しい声が聞こえる。
「そのとき、僕は君の最初のファンになろう」
どことなく懐かしい感じのする制服に身を包んだ少年が微笑んだ。


「それにしても鋭い推理だね」
「なにが?」
感心したような彼-氷上シュン-に不思議そうに問い返す。
「侵入者が僕だという事を見抜いた事がさ」
彼のやわらかな視線が彼女の瞳をそっと覗き込む。
「確かに君の親友のみさき君の眼に見つからずにここに侵入できる者わずか3人しかいない」
そういって彼は指を3本立てて見せた。
「『永遠の』折原浩平。『神出鬼没の』柚木詩子 最後に期待の新人の彼」
自分の予想に反して3人目の候補が上げられた事に彼女は一瞬訝しげな顔をしてみせる。
そんな彼女の無防備な仕草に、もうどこか遠くに置いてきたはずの想いがざわめく。
「けれど、その3人ではありえない」
そんな想いを欠片ほども見せることなく、彼は言葉をつむぐ。
「長森さんが怒るから、浩平君は君の部屋に忍び込めない」
くすくす笑いながら、指を一本折り曲げる。
「茜君が怒るから、柚木君もやってこない。ほとんどはね」
それに女の子だから気配も違うしね、といいつつ二本目の指も折り曲げる。
「最後の彼も今はまだそこまで永遠の力は操れない」
そして、彼の指は全て折り曲げられてしまう。
「・・・つまり、ここには誰もいない。 あなたが存在する筈が無いってことよね」
絶妙のタイミングで彼女が合いの手を入れる。
「そうさ、この出会いはありえない筈のものなんだよ」
そういって彼は笑って両手を大きく広げてみせる。
「だからこそ、ここにいるのはこの僕、氷上シュンという訳さ。そう推理したんだね?」
「残念だけど、大外れよ」
「え?」
自信満々の彼の意表をつかれたような姿に思わず笑い出す。
「私があなたを見抜いたのは、推理なんかじゃないわよ」
にっこり笑った彼女は、反則的に可愛らしかった。
「乙女の勘よ」


「それで・・・?」
「それでって、何がだい?」
もし手を伸ばせば、微かに指がふれるか、ふれないか。
そんな微妙な距離で二人は静かにたたずんだまま。
「わざわざ、痴漢と誤解されるリスクをかかえてまで何をしに来たの?」
「君が寂しそうだったから、見ていられなくなってね」
いつものように気障で、それでいて優しい言葉になぜか寂しくなる。
「変わらないわね。 あなたはあの頃のままなのね」
変わらない彼が悲しいのか。
流れた時間を惜しむのか。
「・・・あの時の選択を後悔しているかい?」
それはきっと過去からの呼び声。
「僕を、軽蔑しているかい?」
深い闇へと誘う堕天使のささやき。

「やめましょう。 もう終わった事よ」
けれど、彼女は知っていた。
それは彼女のかけがえのない親友が教えてくれた事。
目の前の陽炎のような少年がわからせてくれた事。
人は過去だけを見ては生きていけない。
「それに、間違っていたとは思わないから」
そう、自分は間違っていない。
そう思える自分がたまらなく誇らしかった。
「あなたは折原君を、私はみさきを本当に大切に思ってる」
私の選択は正しかった。
彼の選択も正しかった。
「ただそれだけの事よ」
偽りでも強がりでもなく、本当にそう思った。
人の絆を信じていられると思った。

「だけど」
まだ言葉を紡ごうとする彼を視線だけで押しとどめる。
「きっと、どんな時でも恋が友情に勝るというのは嘘なのよ」
たぶん、自分は笑っているんだろう。
すこし悲しい気持ちで、それでも笑っているんだろう。
そう思った。
それは、すこし苦いけど間違いなく喜びだった。
彼と会えた事への。


「君は、君達は変わって行くんだね」
全てわかっていたのかも知れない。
本当は目をそらしていただけかも知れない。
「それはきっと素晴らしくて、大切な事だよ」
自分の絆がもう過去のものに過ぎないことが。
僕の目の前を駆け抜けていった輝く季節。
僕はそれを見ることが出来た。
やはり、それは喜びだった。
たとえそれがほんの少しにがくても。


「もう行くの?」
「そうだね。 あまり長居してもお邪魔だろうしね」
彼と彼女に多くの言葉は必要なかった。
彼は彼の道を歩み、彼女は彼女の道を歩く。
この出会いは変則的な邂逅に過ぎないのだから。

でも、それでも・・・。
「・・・シュン。そこにいるのよね?」
何よりも大切な絆が他にあるとしても。
「なんだい、急に? 僕はここにいるよ」
譲れない願いがそこにあったとしても。
「あなたにふれてもいい?」
この想いは幻じゃない。
「あなたはまるで幻みたいだわ」


二人はそっと抱きあった。
それはそよ風のように静かで柔らかい抱擁だった。
「さよなら」


「雪ちゃん、ご飯食べに行こうよ」
みさきが扉を開けた時、そこには部屋の真ん中でたたずむ雪見がいるだけだった。
目ではない何かでそれを知ったみさきは同時に少し不思議な感じを受けた。
さっきまで今にもつぶれそうなほど疲れていた筈なのに・・・。
「お客さん?」
なぜか、空気の色が違う気がする。
雪見が優しく微笑んでいるのが感じられる。
「あたしがみさきの次に大切な人よ」
								<おしまい>
									でみ