異能者 〜夜空と名付け親〜

 

 

 

 

 沢渡真琴は歩いていた。

 荒れ果てた大地の上を。

 どこへ?

 なんのために?

 それはだれも知らない。そう、彼女自身も。

 真琴の足は重い。

 空腹。体力の低下。その一歩一歩が、命を削っていく。

 やがて。

 ドサッ

 あっけなく、彼女は地面に倒れた。

 舞い上がった砂埃が、風に流される。

 真琴は首を少しだけ動かし、空を見上げた。

 幾億の星々が、宝石のように輝きながら、倒れた真琴を見下ろしている。

 真琴は、そんな美しい夜空を見てもなんとも思わない。

 そんなものなんの役にも立たないからだ。少なくとも空腹は満たされない。いまの真琴に必要なのは、満天の星空などではなく、一切れのパンだった。

(……もう疲れた)

 なんのために生きているのだろう。

 こうやって旅をして、自分はなにを探しているのだろう。

 ――気が付くと、この世界にいた。たったひとりで。

 自分が何者から生まれ、なんのために生きているのかわからない。ただ、自分の名前が沢渡真琴だということはわかった。

 沢渡真琴はなんのために生きているの? 

 沢渡真琴はどこを目指しているの?

 ……ここで目を閉じれば、もう起き上がれないだろう。

 そのほうがいいのかもしれない。

 と、そのとき――

 グルァァァアア!

 獣の咆哮。

 熊だ。

 熊の群れが、真琴を取り囲んでいる。

 本来なら群れで行動しない熊が、団体で行動している。これも大破壊の影響。生態系が狂った結果だ。

 真琴は。

 ゆっくりと起き上がった。

 ガァァァアアア!!

 人間など一撃で殺すことのできる熊の爪が、真琴に迫る!

 真琴は身を翻し、その一撃をすんでのところでかわした。

 その一撃を合図とするように、熊の群れがその輪をちぢめる。

 迫る牙。爪。

 このまま目を閉じれば……

 すべてを終わらせることができる。

 もう苦しまなくていい。

 悲しまなくていい……

 真琴は――

「ビースト!」

 高らかに叫んだ。

 真琴を守るように、巨大な猫の形をした光の獣――聖獣が現出する。

 GAHHHHH!

 聖獣の爪が舞う。光が走る。

 その一撃にやられた熊が、鮮血をまき散らしながら倒れた。

 

 ドウシテタタカウノ?

 

 踊るように熊の攻撃をかわし、聖獣を鮮やかに操る。

 

 セッカクユックリヤスメルトコロダッタノニ、ドウシテ?

 

 光の牙が、熊の喉を噛み切る。

 

 ドウシテ、イキヨウトスルノ?

 

「あああああああああああ!」

 聖獣をかいくぐり近付いてきた熊の目に手刀を突き刺す。ひるんだその熊を、聖獣が切り裂く。

 

 ――そんなの、わかんないよ。

 

 ――でも、生きたい。真琴は、生きたいんだ。

 

 だが、熊の数は多い。

 体調が万全なら、さして苦労もなく全滅させることができたであろう。しかしいまの真琴では……

(……うっ)

 視界がぼやける。

 もう――限界が近い。

 集中がとぎれ、聖獣が消える。

 その瞬間、熊たちがいっせいに襲いかかる!

(逃げ切れない!)

 真琴はぎゅっと目を閉じた。

 

 ドゴゴォォォォォオオオオォオォオォオオオ!!!

 

「えっ?」

 爆発。

 爆炎が、真琴に襲いかかろうとした熊たちを飲み込んだ。

 一瞬で。

 熊たちは燃え尽きた。

「……なにが起こったの?」

 呟いた瞬間、気付いた。

 こちらに近付いてくる人影。

 男だ。まだ若い男。

 ――敵。

 真琴は聖獣を再び出現させた。

 敵に決まっている。敵だ。敵。殺さなければ自分が殺される。

 自分のまわりにはいままで敵しかいなかった。だから……敵だ!

 聖獣がその男に迫る。

 だが。

「え……?」

 聖獣は、その男の前で止まった。

 男は、片手を上げ、光の獣の頭を撫でた。

「へえ。すげえ能力だなぁ」

(どういうこと……?)

 どうして、聖獣は彼を攻撃しないのだろう。

 いや、聖獣が命令に背くなんて有り得ない。じゃあ獣を止めたのは……

「こいつ、名前あるのか?」

 まるで緊迫感のない口調で、その男は言った。

「え?」

「名前だよ、名前」

「ううん……ないけど」

「そっか。じゃあ俺がつけてやろう。ずばりピロシキ! 略してピロ! どうだ? 気にいったか?」

「う、うん……」

 呆気にとられ、真琴はついうなずいてしまった。

「そうか。そりゃあよかった」

 と、その男はほほ笑んだ。

 そのとき。

 グゥ〜〜〜〜〜〜〜

 真琴の腹が激しく鳴った。

「ん? おまえ、腹がへってんのか?」

 と、笑う。

「じゃあ俺についてこい。うまいもん食わしてやる」

 男は言うと、真琴の髪をくしゃっと乱暴に撫でた。

 不思議と、真琴はそれが嫌じゃなかった。

 どうしてだろう。彼の笑顔を見ていると、胸があたたかいものに満たされていくような気がする。こんな感覚は初めてだ。

「よし、行くか」

 ぽんっと真琴の背中を叩く。

「うんっ」

 真琴は、素直にうなずいた。

 彼と並んで荒れ果てた大地を歩く。

「夜空……綺麗だなぁ」

 空を見上げながら、彼は言った。

 真琴も空を見上げた。

 そして――

「……うんっ」

 初めて真琴は、星の瞬く夜空を綺麗だと思うことができた。

 ――心から。    

 

 

 

 

〜fin〜