有能者  〜久慈光樹氏作「異能者」(勝手に)異伝     


writeen by ALGOL (Darkside)

 ミッドナイトブルーとグレーを基調とした実務的な雰囲気が漂う部屋で、男達が、機械と対話していた。
 電光で示された巨大な広域戦略図が、室内に浮かび上がっていた。
「ようやくジャップのケツにどでかいマッシュルームをおったてられるぜ」
「おう、そしてハッピーになってお前のマッシュルームもおったつと?」
 男達から下卑た笑いが巻き起こる。
 人々から笑顔が消えたこの時代でも、彼らは楽しそうに笑っていた。
「昼間っから下品な話題しないネ…」
 その時自動ドアが開き、ブロンドの女性、いや女性と呼ぶには若すぎる女が入ってきた。
 手にはショットガン、そして、もはや古代武器の「弓」を肩掛けに装備している。
「それとも、誰か射撃のマトになってくれるのかしラ…」
「い、いえ、めっそうもありませんっ」
 男の一人がそう叫び居ずまいを正すと、残りの談笑していた兵もそれに倣った。
 あまりにも奇妙な光景であった。
「ダメよレミィ、ビビって入力データが狂ったらどうするわけ?」
 そのすぐあとに、さらに若い、もはや少女と呼ぶべきレベルの女性が入ってきた。ただその容姿は、万人に一人という域である。
「ゴメンねアヤカ。ちょっとワタシ、よっきゅーふまんなのヨ」
「いいじゃない、平和なほうが。英気を養っておくのよ……さて、そろそろ時間よ、準備は終わってるんでしょうね」
「はい、合衆国各地のサイロ、全て異常なしです」
「よろしい」
 軽く投げキッスをする少女。
 常識で考えても、こんな獣(けだもの)の群れの中で、誰もが美女と言うであろう二人が指示を下してるのはおかしい。
 だが、理由は簡単。
 彼女達が、彼らよりも強いからである。
 
 ブロンドの女性の名を宮内レミィ、指示を下していた少女を来栖川綾香と言った。
 
 
 
 彼女らは異能力を持たない第1世代、いわゆる『無能者』である。
 だが、現役の海兵隊を相手に引かないほど、彼女達は強かった。異能者でも同じである。
 実際二人に攻撃し、冥土へ送られた異能者の数は百人単位で数えられる。
<精神バリアは本人の意思で作動する>
 これこそが綾香とレミィにとっては大きな強みであった。
 裏を返すと異能者の死角を突ければ、また彼らの反応速度を上回る攻撃を仕掛けられれば、絶対無敵の精神バリアを持つ異能者にも攻撃が通用するのである。
 綾香は蹴打術(ダルケス)レミィは射術によって、並み居る敵を沈めて来たのである。
 無能者相手なら永続的にバリアを張っていればよいと言う意見も生じるだろう。
 しかしバリアも異能力、長時間の使用は本人にダメージを与える。
 加えて攻撃に転ずるときには絶対にバリアを消さなければならない。この二人には、そのわずかな隙に飛び込む腕があった
 異能者は第六感も優れており、また置かれた環境から普通の人間の数十倍場数を踏んでいるのでこの方法は常人には不可能である。
 それが出来るのはやはり彼女達の天武の才としか言いようがない。
「それにしても、OKを出してくれて、ありがとうねレミィ」
「しょうがないネ…。子供達にこれ以上killingは見せたくないヨ……」
「ごめん。せっかく決意してくれたのに」
「気にしないネアヤカっ、確かに、ヒロユキは心配だけど、きっとどっかに逃げてくれているわヨ」
「そうね…、きっとそうよ」
「ヒロユキ一人のために、世界を掛けられない…から」
 
 
 
 そして、精神バリアの防御力とて限界がある。
 
<異能力で作られた精神バリアを破ることができるのは異能力だけであり、銃器や爆発物という通常兵器に対して精神バリアは文字通り「絶対防壁」たりえるのである。>
 と言われるが、それはあくまでも通常の、『大破壊』以前でも、国によっては3歳児が手にできたチャチな火器の話である。
 実際、溶岩の中や真空中では異能者いえども生存できない(折原浩平など極端な例は除くが)。
 また普通の人間同様、餓えも病気も存在する。
 そう、生物学的には彼らも、酸で融解する骨を、熱を加えると固化するタンパク質で包んだ有機体に過ぎないのである。
 綾香が今指示を出しているのは、前述のような生易しい火器の類ではない。
 旧世界最強の戦略・戦術・破壊兵器「大陸間弾道核爆弾」――熱核ミサイルである。
 
 
 
 かつて『米国』と呼ばれたこの土地にも、異能者は存在した。
 だが人口比にするとその数は日本に比べ圧倒的に少なく、しかも肝心の能力の殆どが、物を中に浮かせる程度の貧弱なものだった。
 比較的『国』が生きており、この世界でもなお覇を狙う米国にとって、過去の常識を超えた日本の異能者の存在は脅威であった。
 今は極東の島国一つだからよいものの、万一野心を起こしたり、もう一つの超大国『中国』に抱きこまれたりすれば、覇権は大きく後退することになる。
 その脅威の排除が、今回の作戦の目的だった。
 そしてもう一つ。
 彼らが実効支配する『東京』近辺にはかつてロボット工学を中心とした最先端技術を有する超企業、クルスガワエレクトロニクスが存在していたのである。
 『大破壊』から十数年と月日が流れたが、技術発展など皆無に等しい現在の状況では、その遺跡漁りでも十二分の価値があるといえよう。
 先端技術の入手は、米国主導の世界再統一に、文字通り大きな武器となるであろう。
 事実、協力を申し出た来栖川系列の重役は未公開技術の存在をほのめかしており、反乱組織の手に落ちれば危険は増大する。
 それらの奪取も、計画の内であった。
 幸いにしてそれら開発された兵器は、キロ単位の地下にあり核攻撃ではびくともしない。
 それらが攻撃で消し飛ぶのは、彼らに発見され接収されている場合。どちらにしろ、攻撃を躊躇する理由はなかった。 
 本来ならば化学・生物兵器が使えればよいのだが、こちらは『大破壊』でほとんどが使用不能となっていた。
 (尤も、これ以上環境に変異因子を与えて超人類を作り出したくないと言う本音もあったが)
 
 
 無論、一発で前代見聞の強力無比な連中が消滅するなどとは誰も思っていない。
 異能者排除のため準備された核弾頭は、拠点攻撃用で小型であるけれど、MIRV(多弾頭型ミサイル)も含め50発。
 この数を『ONE』の本拠地東京、及び現在の激戦区である北の小都市(大破壊後に出来た都市には名前などない)に半分づつ撃ち込もうというのである。
 たかだか千人程度を屠るのには過剰な数であるが、その数が『大破壊』以前からESPの軍事転用を目論んでいた米国の『異能力』への恐れを素直に表していた。
 おそらく着弾点は、全ての建造物と生命が消え、土地の起伏が無くなる。月並な言い方をすれば死の荒野となるだろう。
 この数を撃ちこめば、いくら異能者いえど全ては防御できまいと『米国』上層部は踏んだのである。
 確かに、上空一千メートルで炸裂するミサイルの防御は異能力を用いても難しいであろう。
 しかし一発でも着弾すれば、落下地点周辺、そして『日本』に決定的なダメージが当たるのだ。
 
 また、異能力により地上攻撃弾が全て防がれた時のために、付近の湾にも10発ずつ撃ち込まれる予定である。
 海底地震を誘発し、またそれ自体の爆発の衝撃で大規模な津波を引き起こすつもりだった。
 最悪の場合、つまりこれらの手が全て防がれたとしても、『米国』にはまだ万を下らない核兵器及び大型の水爆が存在している。
 攻め手も望まぬことだが、その気になれば日本列島を北から順番に焦土と化すことも可能なのである。
 
 最もありそうな――彼らは知らないが柚木詩子の能力を用いられ――本部だけ安全区域に逃げられたとしても支障はない。
 放射能に汚染され、全てが焼かれた土地で生命維持に必要な食料の入手は不可能であり、また大陸の向こう側からやってくる死の恐怖 に、民衆が暴動を起こすのは必死である。
 米国らしい、野心と非情さが溢れた計画であった。
 
 
 
 
「姉さん…」
 レミィの沈んだ顔に触発されたのか、綾香が遠い目をする
 常態であれば、いかなる理由があったところで綾香はこのような計画を決断しなかっただろう。
 一人でも基地を制圧して断念させるはずである。
 この計画が成功すれば、かなりの数の無辜の死が発生するはずである。綾香も当然、それを知っている。
 だが、綾香にはそれを決断するだけの傷があった。
 
 それは、彼女が実の年齢とはかけ離れた若さを有している理由でもあった。
 
 
1999年、8月。 
『大破壊』が始まった時。
 すぐにシステムが崩壊したわけではなく、特に彼女のいた地域は消失者が少なかった事もあって、数日中で平常通りの教育システムが稼動した。
 「ちょっと多めに行方不明者が出た」
 そにのくらいの受け取り方だった。
 当時綾香は高校2年だった。
 幼少時に身につけた武道は、類まれなセンスとあいまって、彼女を『エクストリーム』と言う総合格闘技のチャンピオンの座に押し上げていた。
 彼女は信じて疑わなかった。
 自分の、強さ、を。
 それは来栖川の力もあって長く続いたが、ついに2001年破綻した。
 
 
 
 
そして、2004年。
 
 
「お嬢様方、早くお乗り下さいっ!」
 ついに来栖川家は治安悪化が激しくなった日本を捨て、比較的秩序の残るアメリカ合衆国へと向かう事になった。 
 だが、その時、世界有数の大富豪来栖川家は、抑圧されていた恨み、そして卑小な金銭目的で、異能者に強襲されたのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ドォォォォォォォォォォォンッ!
 
 
 対戦装甲を施してあるヘリが、突如現れた小型の水球にロータを折られ墜落した。それには『大旦那』と呼ばれる来栖川グループ総帥が乗っていた。
 その爆発音と同時に、かつて、世界大戦後の焼け野原を生き抜いた執事が、蜂の巣になった。
 人の生き死になんてあっけないものだと、思わされた光景だった。
「姉さん、ヤバそうね」
「……」
「まいっか、最後にひと暴れして一緒に死にましょ、悪くないわ」
「……」
「えっ、綾香、あなただけでも逃げてって、冗談言わないでよ、だいいちこっからどうやって…」
 芹香は、彼女の首に宝石をつけたネックレスをかけ、呪文を唱えた。
「…光って、ねぇさん、ちょっと!」
 呪文は、発動するまでに少しの時間を要した。
 芹香が答えるため、振り向く。
 それが、悲劇となった。
 
 
 
 礼を忘れた異能者が、攻撃を放つ。
 
 目の前の姉の顔が、体に先行して綾香に向かう。
 
 
 それもつかの間。
 
 
 ぱんっ、と全てを撒き散らし、球体は砕け散った。
 
 
 残った部分の切り口から、公園の水のみ場の蛇口をひねったように、赤黒い液体が吹きあがる。
 
 
 この間、約一秒。
 
 
「い、い、いや、いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!」
 
 日本で最後に網膜に移ったのは、崩れ落ちる死体の向こうで、業火をを背にあどけない顔をしてたつ、幼女だった。
 それこそ現在『水魔』の異名を持って恐れられる里村茜の、4才の姿だった。
 追記しておくと、のちに襲撃の目的を知った彼女は、プライドに触ったのか、自分を連れ出したこの集団の全員を抹殺している、
 
 
 
 人間の声を忘れたような獣の咆哮を残し、綾香は白光に包まれ、アメリカの別荘へと運ばれた。
 
 
 
 
 
 それを救ったのが、宮内レミィだった。
 大破壊以前に日本を離れていた彼女。
 家族は『大破壊』で父を残し消滅。その父も巨大貿易会社の重役だったため金銭目的の強盗に惨殺された。
 孤児達を集めて暮らす彼女が偶然転移地点におり、綾香は引き取られた。
 
 転移した当時、傷一つなかった彼女の身体は、無数の切り傷に覆われている。
 あまりのショックに、綾香は自分を切り刻んだのだ。
 およそ『敗北』と言う言葉と無縁に生きてきた綾香の、初の敗北。
 目の前で、姉が殺されるのを見ても何も出来ず、見捨てなければならなかった、想像を絶する屈辱。憤懣。
 レミィは、しかし、綾香を殴りつけ、敗北を受け入れさせなかった。
 戦場で泣く、親を亡くした小さい子供達。
 戦争の犠牲になるのは、いつも力のない者達だ。
 この子たちの未来のため、戦わねばならないと、彼女は切々と解いた 
 それでも、その心の傷が癒えるまでには、4年の歳月を要した。
 
 そして、気付く。
 自分の身体の成長〜老化が、止まっていることに。
 
 
 幸か不幸か、転移時に起こった魔法力(それも異能力と言えるのかもしれないが)によって、綾香の老化は、ほぼゼロになっていた。
 そして、転移地点にいたレミィも、その影響で、老化が遅くなっていた。
 
 
 綾香は再び立った。
 そう、例え相手が異能者でも勝利できる強さを求めて。
 姉を奪った自分の無力さと決別するため。
 
 
 
 
 それから約10年。
 それは成功しつつある。
 異能者に対する絶対的な恨みを持つ綾香に、心の傷をえぐる精神攻撃は意味をなさず、物理攻撃では、言わずともがな。
 今やこの大陸では、綾香の名を聞けば異能者の方が恐れをなすほどである。
 その域に達したころ、日本の状況が耳に入った。
 神のような異能力を持った5人の女が存在する話を。
『異能者による理想国家の設立』という言葉を。
 反吐が出るようだった。
 
 
 思い出の土地に、いまだ異能者が蔓延(はびこ)っている。
 そして、それに全く立ち向かおうとしない、ふ抜けてしまった民衆。
 その現実が、綾香を突き上げた。
 
 
 許さない。
 私は、異能者を許さない。
 絶対に許さない。一人足りともこの世に残してはやらない。
 姉さんを奪った奴らを、一匹足りとも残しては置くものか。
 
 
 それほどの怒りを内に置きながらも、私怨で日本に乗り込んだりせず戦略的な核攻撃を決断した綾香の頭脳は、悲しくも素晴らしかった。
 
 
 
 
(単なる私怨で、私は多くの人を殺そうとしてるのかもしれない)
(だけど、それでも許せないの、私は)
(父も、母も、祖父も…姉さんも虫けらのように殺した、異能者は) 
「世界の復興に、異能者は要らないの……」 
 
 
 異能者達との共存を拒んだ綾香の目指す物は、『人間』による秩序の再構築。
 とりもなおさずそれは、対抗上、米国主導の世界再統一と言うイデオロギーに荷担する事になる。
 
 
 綾香がこの最高機密区域にいられるのは、彼女が来栖川直系の血を引くただ一人の生き残り、事実上トップであるからだ。
 凄腕の格闘家の評判が講じて発見されると言う、なんとも皮肉な行程の産物だった。
 自分はこの先、嫌でもその巨大な肩書きを背負って生きなければならない。
 ここで躓き、守勢に回るわけには行かなかった。
 
 
 
 
「なんだ貴様ぐぼ」
 唐突に静寂が破られる。
 言葉が断末魔に繋がり、扉前にいた男が真っ二つに切り裂かれていた。
 
 
 崩れた骸の向こうで、長い髪をまとめ、凍てつく視線と両刃剣を持った少女が、中を眺め回していた。
 
 
 一瞬の静止は躍動に変わり、声を挙げかけた男の喉を貫き通していた。 
 反対側に飛び出した剣先から、つうっと鮮血が流れ落ちる。
 だがさすがは軍人達。
 襲撃の動揺を最小限に食い止め、おのおのの銃で敵を屠りにかかった。
 敵の少女はそこへ、自ら突っ込んだ。
「……無駄」
 後壁に、弾痕がびしびしと点(つ)く。
 当たらない。
 全てを躱したのではない。
 致命傷を負いそうな弾の軌跡を、切っ先でをついとずらしたのだ。
 まともに受ければ剣を捻じ曲げ、折るくらいの破壊力を備えたマグナム弾なのである。
 神業だった。
 
 
 
 
 少女の名は、川澄舞。
 いや『少女』の呼称は決して正しくない。あくまでも外見が、少女の若さだという事である。
 彼女は第1世代の人間だった。 
 最低でも二十歳を超えていておかしくないはずなのである。どう言うことだろうか
「舞の時間は、子供の頃の麦畑からずっと繰り返し続けているんですよ。救いを求めて」
 外見と年齢の矛盾を、彼女のただ一人の友人は、かつてこのように語ったと言う。
 本来ならば彼女は『異能者』である。しかも、第1世代からと言う特異さである。
 だが彼女はそれを拒絶し、携えた剣のみを頼りに相手を倒す。
 
 
 
 
 銀の閃光が、瞬く間に頭上から振りかかる。
 冷徹なる撃。無慈悲な光。
 それは『惨光』だった。 
 
 
 古書『封神演義』に、天然道士なる者がいる。
 仙人になれる素質を持ちながら人界で暮らす者のことで、故に人間とは思えない身のこなしをする。
 彼女自身は意識していないが、
「ぐはっ」「ぎゃぁはっ」「ひぎぎょ」
 まさにそれであった。
 
 
 剣速のあまりの早さにより、刀身に付いた血が拭われ、霧となる。
 普通、剣は血糊で、5人斬れれば上等というほど切れ味が鈍るのだが、全く衰えは見えない。
 部屋に30ほどあった個体が、液体がにじむようなあるいは何かを折るような音と共に数を増やしていく。
  
 
 剣が抜かれた先から吹きあがる赤一色の虹。
 天井について彗星となる。
 
 剣を振りかぶったまま、痩躯が跳ねる。
 標準より大き目の胸部が、反動で微かに震える。
 
 流れ出す血液が床を埋める。
 たんっ、と、音と共に波紋が広がる。
 桃色じみた液体が空気に触れ、どす黒く濁り落ちていく。
 
 切った対象が柔すぎるのか、剣先は部屋に並ぶ機械にすら及ぶ。
 金属音、金属片。
 異常を知らせる警告音が悲鳴すら覆い隠す。
 犠牲者の顔から眼球がこぼれ落ちる。
 くちゅっいう音とともに踏まれ、飛び散る。
 
 
 死神と契った、戦乙女のようだった。
 
 
 綾香は追っていた。
 基地を強襲した、今までに出会った中で最強の敵の跳ねる姿態を。 
 それはレミィも同じだった。
 目配せが相手から届く。もう彼女達は目で会話ができる仲だ。
 いつもの戦術。
 前方よりレミィが射掛け、逃げた方向へ綾香が蹴りを放つ。 
 また一人屠った美形の魔が、綾香に後面を向けた。 
「今よレミィ!」 
 矢の三射。
 敵の注意がそちらに向いた。
 殺(と)れる。
 彼女は放った。 
 一番自信のある決め技、後ろ回し蹴り。
 それは相手の側頭部を捕らえ、頚椎をへし折る音を立てるはずだ。 
 入った! 
 綾香が確信した瞬間。
「!?」
 一瞬、何かの力で空間に鋲止めされたような感覚。 
 衝撃を受けるはずの脛が、その時になっても、空を切り裂いていた。
 
 動揺。 
 
 放たれた矢が迫る。 
「くっ!」
 掠るが、直撃は免れた。
「!」 
 視界から敵が消えていた。
「何処っ!」 
 刹那。
 
 綾香の心の臓は、背後より寸分たがわず中心を串差しにされていた。
 
 彼女を盾にし、女剣士は弓をつがえたもう一人に飛び込む。
 『盾』に矢が命中した事を伝える、断続的な衝撃が一回、二回、三回。 
 
 一閃。
 
 綾香の身体ごと振るわれた剣は、なにも重しが無いかのような速度を保ち、金髪の頭部を袈裟斬りにした。
 剣についていた骸が、振るわれた勢いで二つになり、水音を立てて地に転がった。
 
 
 
 静寂。
 
 
 
 
 
 
 
「舞〜、お弁当持ってきましたよ〜」
 出し抜けに、戦場に不釣合いな平和な声がした。
 ややあって、薄目の色の髪をしたお嬢様が、血の温もりが残る密室に、にこやかに顔を出した。
「いっぱい動いてきっとおなかへったですよね、食べましょう」
「………嫌」
 声を掛けられた少女舞は、一言だけ返し、視線を地に向けた。
 そうされて初めて気付いたように、リボンの少女は部屋の惨状を眺め回した。
「……あははーっ、確かにこんな血生臭い所じゃ、お弁当もおいしくありませんね―」
 かっくん!
「じゃあもっと気持ちがいいとこで食べましょうか。『お気に召すまま(アズユー・ライク)っ!』
 
 
 
 
『お気に召すまま(アズ・ユー・ライク)』
 舞に声を掛けた少女、倉田佐祐理の異能力。彼女の眼前の物体を好きな場所に転移させる能力である。
 一見すると弱小な能力だがそうではない。
 転移場所は自由。
 活火山の火口だろうが海底だろうが、彼女が知ってさえいればどこへでも眼前の物体を送る事が出来るのだ。
「佐祐理、門番は」
「今日はですね、日本海溝に行ってもらいました」
「…そう」
 先の理論が真実ならば、見る事のできない彼女自身は移動できないはずだが、現実には何事も無く移動している。
「佐祐理は一弥が死んでから、自分を他人のようにしか見られなくなったんです」
 彼女の弁だが、一弥とは誰なのか、何があったのか、知る者は無い。
 ならば、彼女はここを知っていたのか。否。ここを見つけ出したのは、舞の異能力だった。
『望む人間に巡り合う力』
 面倒くさがり舞は名づけないが、彼女が抑圧している『力』の一端のおかげだった。
 
 
 たまに彼女は、『移動』中に他人の影を感じるそうだが気にしてはいない。
 そう、これだけの力を持つにいたっても、彼女に野心は無い。
 『ONE』にも『KANON』にも、その他のいかなる集団にも組しない。
 彼女の望みは舞が望む――自らが生まれた日本、いや、想い出残るある場所を消そうとする組織を壊す――ことに、ついていくことなのだから。
 
 
 
 
 
 二人が虚空へ消えたあと、死体のひとつが、蠢いた。
「フフフ、刺客とはやるワネ……こうなったら、せめて相打ち……ヨ」
 血でらせん状の模様がついた指に、レミィは渾身の力をこめコンソールのボタンを押す。
 しかし、無意味なノイズを立てるだけとなったコンピュータは、何も起こさなかった。
「アハハ……壊れちゃったノネ……ワタシ、治せないヨ……」
 レミィはさっきから虫が這ってるようにうずく、前頭部に手をやった。
 べっとりと、生暖かいものがついた髪が目の前に垂れ下がる。
「……ヒロ、ユキ…ワタシ、あかり、と同じ、真っ赤な髪になったヨ……振り向いて…くれる…カナ」
 がくんと手首が崩れ、血まみれの手が、今や放電を繰り返すだけとなった機械のコンソールパネルに痕跡を残して、地に落ちた。
 
 
 
 
 同日、『大統領』らこの国家の主要官僚全員が、変死。
 この日以降、『米国』の覇権は、大きく後退することになる。
 
 
To be continued.